脚本 「かごめ」 第八場

■第八場
  前前場から10日後。昼すぎ、曇り空。美羽のアパート。美羽、玲奈、良玄、トキオ、洋一郎がいる。部屋は前より整然としている。青い花(造花)が、飾られている。
  美羽は、家族の事、特に父の事について語り終えた。
  美羽は布団から半身を起こしている。淡々とした表情。玲奈は呆然とした表情で美羽の傍にいる。良玄は美羽と正対の位置にいて、まっすぐに美羽を見て冷静を装う。トキオは良玄の隣にいる。美羽に同情して顔が苦痛にゆがんでいる。洋一郎は隅で、スマホをいじっている。無表情。
美羽「お父さんとわたしのことは、これで全部。みんな、内緒にしててごめんね。」
玲奈「‥美羽!、‥辛いこと話させちゃってごめん。‥良くんに会ってみろって言ったわたしが馬鹿だった。」
  良玄はちらりと玲奈を見る。美羽は玲奈を優しい目で見る。
美羽「いいんだよ。これで。」
良玄「どうしてお父さんとのこと、お医者さんやカウンセラーの人に話さなかったの? 」
玲奈「良くん! お願いだから、これ以上美羽に辛いこと話させないで! 」
  良玄は玲奈を無視してじっと美羽を見つめる。美羽は少し苦笑。
美羽「わたし、今でもお父さんから仕送りもらってるんだ。‥もしわたしがお父さんのことを周りに話すと、お父さん警察に捕まるかもしれない。そうしたら取り残されたわたしはどうなる? 頼れる親戚はいないし、警察もカウンセラーも、わたしの生活の面倒までは見てくれない。飢え死に‥。」
洋一郎「子供って、‥みじめなもんだよなー。牢獄から出ても、まだ自由になれないのか。」
トキオ「‥辛かったんだね、美羽。幼稚園からずっと一緒だったのに、気づいてあげれなくてごめん。‥俺は美羽のお父さんが憎いよ。」
美羽「‥憎まないであげて。拒否らなかったわたしが悪かったのよ。そりゃ、最初のころのセックスは痛くて叫んだり泣いたりしたけど、‥わたしも早熟だったということかな、慣れたら気持ちよくなってきたしね。‥わたしから誘ってベッドに入ったこともあったな。」
  美羽の淡々とした口調に、戸惑うトキオ。洋一郎も珍しく顔をあげて、美羽の顔をじっと見る。良玄は珍しく混乱して、顔をなでる。玲奈は自分の悲惨な過去を思い出して複雑な表情。
トキオ「じゃあ、憎んだり、恨んだりしてないの? 」
美羽「うん。‥そういえばさ、誕生日に超高級ラブホに行ったことあるよ。高校入ったばっかりの時だっけな? 年齢完全アウトだから、さすがにドキドキしたよ。でも部屋は温泉とプールつき。贅沢な夜だったー。」
玲奈「‥え、じゃあ、ひょっとして妊娠も? 」
美羽「そ、実は相手、お父さんなの。‥世間一般では、これって性的虐待ってことになるのよね。でも、‥どうなんだろ。‥ピンと来ないや。家の中ではずっとお父さんと2人だったからね。わたしのお父さんはお父さんで、でも、生まれた時から一緒にいる男の人でもあるんだよ。」
玲奈「‥それが虐待じゃないなら、今の美羽の鬱は、一体何が原因なの? 」
  美羽の顔が曇る。
美羽「‥お父さんが再婚したからかな。‥わたしはお父さんを誰にもわたしたくなかった。いやだってあれだけ駄々こねたのに! 」
  美羽は当時の悔しさを思い出す。
美羽「新しいお母さんと一緒に住むの、どうしても嫌だった。だから家出た。でも、それでお父さんと会えなくなったし、‥お父さん、このアパートに来てくれたこと一度もないんだよ! ‥捨てられちゃったよ、わたし‥。」
玲奈「‥それでも、憎んでないんだ、お父さんのこと‥。 」
美羽「そんなわけないだろ! あいつはぼくの身体を犯すだけ犯したんだ! ‥でもわたしわかんない。子どものころは本当に優しいお父さんだったから。仕事もあって大変なのに、毎日弁当作ってくれたし、勉強手伝ってくれたし、いつも笑顔。そんなお父さんを許してあげようかなとも思うけど、‥けど。‥あいつは夜になると獣になる! 獣にぼくの身体は引き裂かれて、もう誰にも見せられない! ぼくの将来はめちゃくちゃだ! 」
  多重人格になり、混乱した美羽は、握りこぶしで床をどんどんと強く叩く。
  あわてて良玄とトキオが美羽のその手を止めようとするが、美羽は恐ろしい力でそれを引き払い、床を叩き続ける。
玲奈「そっとしておいて。しばらくしたら、冷静になるから。」
  この事象を何度も見ている玲奈は冷静に語る。やがて美羽の手は止まる。表情が普通のときに戻っていく。
トキオ「‥美羽の思ってること、わかるよ。お弁当を作る優しいお父さん、獣になるお父さん、どれもお父さんなんだもんな。」
美羽「どのお父さんが、本当のお父さんなんだよ? 教えてよ。」
トキオ「‥全てお父さんなんだから、どれひとつってことはないよ。」
美羽「それじゃわかんない。おとうさんは一人でしょ? 」
  一同、黙る。美羽はぐったりと、首をたれる。
美羽「‥疲れた。」
  美羽は布団にもぐりこむ。互いに目配せをして、良玄、トキオ、洋一郎は静かに美羽宅をあとにする。玲奈は美羽に布団をかぶせ、水を持っていく

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