■ ミニ脚本 「ゾンビの餌」

◇キャスト
由香里:28歳、女性、泰介と同棲している。
泰介:38歳、男性、由香里と同棲している。安月給のサラリーマン。
太田:38歳、男性、泰介の同僚
矢崎:25歳、男性、太田の友人
餅岡:30歳、男性、太田の友人
デイジー・イトウ:25歳、女性、日本・イギリスのハーフ。日本語は巧み。ニュースキャスター
ゾンビ10名ほど、7名以上は成年の男性を配する。

◇第一場
 泰介と由香里が住む1DKの古ぼけたマンション。壁紙は薄汚れ、照明は暗い。ガラステーブルの上にに古い型のノートPCがある。
 泰介は安く、しわが寄ったTシャツ、下はジャージ。ノートPCであてもなくネットサーフィング。由香里は泰介の背後、少し離れたところに座布団を敷いて毛布をかぶって昼寝。安いTシャツを着ている。DKには戸棚と冷蔵庫がある。玄関扉には頑丈なチェーン式ロックがかかっている。
 由香里が起き上がってあくび。少しぼうっとしてから、泰介の方を見る。
由香里「ねえ。」
泰介「おはよ。」
由香里「ねえーえ! お腹すいたよ! 」
泰介「‥‥。」
 泰介はノートPCからニュースサイトにアクセスする
泰介「今は世界中がお腹を空かせてるんだ。どうしようもないじゃないか。」
 由香里はごろりと再び寝転ぶ。ニュースサイトの女性の声が聞こえる。
デイジー・イトウ「みなさんこんにちは。配信ニュースCBL、キャスターのデイジー・イトウです。まず、ゾンビ被害情報からです。昨日9月4日、国内でのゾンビ襲撃の死者は68名。これにより、累計死者数がとうとう10万人を超えました。ゾンビはいつ出現するかわかりません。皆様、身の安全を確保するために、極力外出を控えていただきますよう、引き続きお願いいたします。」
泰介「いよいよ大変なことになってきたな。‥な? ゾンビがあっちこっちで人を襲うから迂闊に外出できない。だからあらゆる産業が停滞してる。特に食料品は生産も流通も壊滅状態。政府が配給制度を作ったけど、国民全員を満腹にさせることは難しい。‥仕方ないんだよ。」
 由香里は、ふてくされたように起き上がり、戸棚と冷蔵庫を開き、食べられるものを探す。
 そこに、泰介のスマホが振動する。
 太田が周囲を警戒しながら、ゆっくり入場。手には2mサイズの鉄製物干し棒。泰介宅の玄関口に立つ。
 泰介はスマホ画面を開き、太田が来たことを知ると玄関へ。覗き窓で相手の姿をよく確認してから、チェーン式ロックを開錠、玄関扉も開錠して太田を招き入れると、素早く玄関扉を施錠。チェーンロックも施錠。
泰介「よく来てくれたな。大丈夫だったか? スマホで連絡しあうだけでもよかったのに。」
太田「だめだ。政府が盗聴してる。‥ゾンビなら大丈夫。車乗ってりゃ、あいつら跳ね飛ばせばいいんだ。降りてここまで歩く方はヤバイが、これで突きゃあ何とかなる。」
 太田は物干し棒を泰介に見せる。泰介は頷いて、太田を居間に上げる。太田と由香里の目が合う。お互い無言でお辞儀。
 太田は泰介に顔を向けて尋ねる。
太田「結婚してたのか? 」
 泰介は苦笑。
泰介「違うよ。一緒に住んでるだけ。こちら由香里さん。‥彼女の家、一階でさ、ゾンビおっかないからって、3階の俺の家に入れてあげたんだよ。」
 泰介と太田は向かい合って居間の床に座る。 
 由香里は二人に無関心。彼らに背を向けて寝転がり、スマホをいじくる。
太田「早速だが例の件、手伝ってくれんな? 」
泰介「ああ。‥泥棒をするのは気が引けるけど、この状況だからな。やむなしだよ。」
太田「泥棒ってほどのことじゃあない。誰のものかわかんねー山ん中で、ちょいと栗拾いするだけだ。」
泰介「‥ありがとうな。俺を誘ってくれて。正直、食料になるものは欲しい‥。 」
太田「なに、前の会社では世話んなったし、おまえは信頼できるやつだ。‥それに、仲間は多い方がいい。」
泰介「何人いるんだ?」
太田「俺とお前と、あと2人だ。」
 泰介は頷く。由香里は体勢を変えて、泰介と太田を交互に見る。
太田「決行は次の月曜。夜中の1時ごろに、仲間を連れてお前の家に行く。‥取り分は4人均等。武器を忘れるなよ。ゾンビに噛まれたら、一巻の終わりだぞ。」
泰介「わかった。大丈夫。」
 太田は立ち上がり、帰り支度をしながら言う。
太田「それじゃ。何かあったらグルチャでな。ただ絶対に、盗みのことは文字にするな。」
 そう言うと太田は玄関に向かう。泰介は立ち上がってチェーンロックと玄関扉を開錠。太田は、ゾンビに警戒しながら、素早く立ち去る。泰介は玄関を施錠、チェーンロックも施錠。由香里は起き上がり、泰介に近づく。
由香里「栗取りに行くの? 食べれるの!? やっほーい! 」
 由香里は万歳して、泰介に抱き着く。しかし泰介は不安な表情。その表情を覗き込む由香里。
由香里「‥ゾンビの襲撃には注意してね。ちょっとでも噛まれたら、泰介もゾンビになっちゃうんだから。」
泰介「大丈夫。ゾンビは動作が鈍いから。小走り程度でも逃げられる。4人いるからなんとかなるよ。‥ありがたいことだ。あいつは太田っていう、前の会社の同僚。‥そんな親しくしてたわけじゃないんだけど、‥俺の事覚えててくれて嬉しいよ。」


◇第ニ場
 暗い山中。栗の木が生い茂っている。太田・泰介・矢崎・餅岡の4人は、手に手にスマホを持ち、その灯りで地面を照らし、火箸で栗を拾っては大きなバケツに入れている。
全員、長袖のジャージやスポーツウェア、帽子・軍手を着用。ゾンビ対策用の物干し棒も4本、傍に置かれている。
 泰介は笑みを浮かべながら、栗を取っている。
泰介「取れる、取れる! いやーすごいな栗。モンブラン最高! これ一人バケツ二杯くらい、いけるんじゃないか! 」 
太田「おい、山ん中だけど、大声はやめとけ。あとみんな、ライトを上に照らすんじゃねえぞ。下の民家から見えちまうからな。」
 太田は、そう言いながら、矢崎と餅岡を手招き。泰介に聞こえないようにささやく。
太田「わかってるな。もしもの時は、そうするからな。」
 そう言って太田は、二人の帽子を軽く叩く。矢崎と餅岡は、神妙に頷く。
 泰介は気づかない。
太田「よーし、ここまで取った分を、車に積み込もう。矢崎、餅岡、行ってこい。」
 矢崎と餅岡は頷き、栗がたくさん入ったバケツを持って、車がある方向に向かう(袖にはける)。
 泰介と太田は、並んで地べたに座る。一休み。帽子をとる。汗を拭う。
泰介「由香里、ああ見えて料理得意なんだよ。栗ご飯作らせるから、皆で食べに来てくれよ。」
太田「いい女だな。‥結婚する気はないのか? 」
 泰介は照れ臭そうに、指輪のケースを太田に見せる。太田は、ケースを手に取り、中の指輪を見る。
太田「なんだ、とっくにそのつもりか。それにしても、指輪をこんなとこに持ってくるなんて、変わった奴だな。」
 太田は指輪を泰介に返す。泰介はそれをポケットに突っ込む。
泰介「留守番の由香里、いつも腹減らしてて、あちこちの戸棚や引き出しを漁ってるからな。見つからないように持ってきたよ。」
 その時、矢崎と餅岡が慌てて戻ってくる。重いバケツを持ってなので、二人とも行き絶え絶え。
矢崎「た、たいへんだ! やつらが来た! 」
 ゾンビ達入場。4人にゆっくり近づいていく。ゾンビは千切れて血のついた服を着ている。肌の色は白と薄黄。目の周りと唇はどす黒い。全員猫背。髪はボサボサ、伸び放題。腐敗臭がする。
 太田と泰介は驚いて立ち上がる。太田は手早く物干し棒4本を取る。
餅岡「うわ! こっちからも! 」
 反対方向からもゾンビがゆっくり歩いてくる。
泰介「くそ! どうする! 」
 太田は、物干し棒3本を矢崎に渡し、他の人物に配るよう目で合図。矢崎はそれに従う。
太田「やるしかないだろ! 俺と矢崎はこっちから来る奴を突き飛ばす。泰介! 餅と一緒に、そっちを頼む! 」
 太田の指示で泰介と餅岡は、車がある方の向いて、物干し棒の先をゾンビに向ける。
泰介「で、でもどうすんだ! このゾンビの数、多すぎるぞ、想定外だ! こいつら突いたって死なないんだろ? すぐ起き上がってくるんだろ? 」
 太田は餅岡と矢崎に目くばせ。二人はうなずく。餅岡はやや後ずさりする。矢崎は、泰介の後方から強くタックルする。
 転倒する二人。矢崎はすぐ立ち上がって太田のもとに戻るが、泰介は急な衝撃に、倒れたまま。
泰介「うう。」
 ゾンビ達は倒れている泰介に群がり、かみつく。
泰介「がっ!!」
太田「泰介! 悪く思うな! お前を仲間にしたのはな、こういういざという時に、ゾンビの餌になってもらうためだ! 」
 泰介は身体を食われながら、必死に片腕を伸ばし、指輪のケースを3人のもとに投げる。一瞬躊躇したがそれを拾う太田。
太田「行くぞ。ゾンビが餌に夢中なうちに、逃げるぞ! 」
 太田・矢崎・餅岡の3人は、栗の入ったバケツを持ち、泰介に群がるゾンビの脇をすり抜けて、車を置いてある方向に向かう。ゾンビは泰介の身体に集中して、3人には見向きもしない。


◇第三場
 泰介と由香里が住む1DKのマンション。光景は第一場と同じだが、ガラステーブルには泰介の写真と線香立て。線香が数本刺さっている。拳銃のハードケースがある。
 由香里は拳銃に弾を装填し、素早い動作で銃を撃つ構えを二三度繰り返す。それから手慣れた様子で、拳銃の各所(銃身、グリップ、安全装置部分等)に異常がないか、点検している。 
 由香里はノートPCを操作し、ニュースサイトに合わせる。
デイジー・イトウ「みなさんこんにちは。キャスターのデイジー・イトウです。深刻さを増すゾンビ襲撃の対策として、政府が全国民にゾンビ殺傷自由権を付与、及び拳銃・麻酔銃の貸与を開始してから、本日で1か月経ちました。ゾンビの被害者数はピークの5分の1に低下する一方、拳銃を悪用しての強盗・殺人も増加しております。野党は、配布を麻酔銃に改正すべきと、政府与党を非難しております。」
 由香里のスマホが振動。
 太田が周囲を警戒しながら、ゆっくり入場。右手に拳銃を持って警戒しながら、玄関口に立つ。
 由香里は、拳銃をケースに仕舞って、スマホ画面を開いて玄関へ。覗き窓で相手の姿をよく確認してから、チェーン式ロックを開錠、玄関扉も開錠して太田を招き入れると、素早く玄関扉を締める。施錠。
太田「落ち着いたか? 」
由香里「なんとかやってる。」
 太田は拳銃を懐に仕舞い、泰介の遺影に合掌。
 二人は居間で向かって座る。太田は拳銃ケースを見る。
太田「ああ、そっちにもようやく届いたんだな。どっちにしたんだ? 拳銃か、麻酔銃か? 」
由香里「麻酔。」
 太田は、ケースから銃を取り出して、しげしげと見る。
太田「麻酔銃も、拳銃も、見た目変わらないな。」
 由香里は、泰介の遺影を見ながら、無表情で言う。
由香里「本当なら、今日が結婚式だったの。」
太田「あ? ‥そうか。‥旦那さんのことは、本当に申し訳なかった。急にゾンビが襲い掛かってきてな、近くにいたあいつがかまれた。どうしようもなかった。」
 太田はしゃあしゃあとウソをつきながら、麻酔銃をケースの中に戻す。
太田「あいつ、ゾンビに食われながらも、最後の力ふり絞って、結婚指輪のケースを、俺に投げたんだ。‥死んじまう、‥ゾンビになっちまうことはわかってたけど、それでもプロポーズしたかったんだろうな。」
由香里は指輪のケースを戸棚から取り出して、太田に見せる。そしてそのケースの底から、銀色の小さい円盤(サイズは10円玉程度)を取り出し、太田に見せる。
由香里「これ何かわかる? 最新小型のボイスレコーダー。栗拾いしているときのあなたたちの声がちゃんと録音されているの。‥泰介、自分が裏切られるかもしれないと、実は警戒してたんだね。‥あなた達は、泰介をゾンビの餌にしたのね? 」
 双方沈黙。やがて太田は、横っ飛びしながら、懐の拳銃を取り出し、銃口を向ける。
 しかし、由香里それより素早い動作で麻酔銃を取り出し、冷静に太田に照準を合わせて撃つ。
 太田は、倒れる。全身がしびれて動けないが、意識はある。微かにうめき声をあげる。
由香里「麻酔だから死なないよ。‥今度は、わたしが、あなたをゾンビの餌にしてやる。」
 そう言うと、由香里は太田を玄関の外まで引きずり、太田を放置する。そして太田の頭を蹴り、自宅に戻る。玄関扉とチェーンロック施錠。
 太田は麻酔がきいて、うとうとしてきたが、ひたひたとゾンビの足音がして、目を見開く。3人連れのゾンビが入場。太田の様子を見ると、顔を見合わせていたが、やがて群がって飛びつき、あらゆるところにかみつく。
太田「‥‥!! 」
 口が利けない太田は、無言の悲鳴。


◇第四場
 ある街の空き地。周囲には何もない。風の音がする。
 ゾンビと化した太田は、一人でふらふらと歩いている。服は血だらけ。肌色は保っているが、目のまわりはどす黒くなっている。
 反対方向から、ゾンビの群れ(5人ほど)がやってくる。
 太田は彼らに手をあわせ、群れに加えさせてくれ、と目で訴え、群れに混じろうとする。
 しかし、ゾンビの面々は、太田を見ると、顔をしかめ、鼻をつまみ、太田を追い出す。太田はなおも群れに混じろうとするが、度重なる拒否に、ついに諦め、座り込む。向かいから別のゾンビの群れがやってくるが、ゾンビは太田を無視して通り過ぎる。既に何度も追い出された太田は、もう群れに加わろうとしない。
 絶望するゾンビの太田。
 そこに拳銃の発射音。人間がゾンビの太田を狩りにやってきた。
声1「ゾンビがいたぞ、殺せ! 」
声2「頭を撃て! それでゾンビは死ぬぞ! 」
声3「撃て撃て! 殺したら政府から報奨金と食糧が出るぞ! 」
 太田は中腰で、両手で頭を覆い、ゆっくりとしか動かせない両足を懸命に動かし、逃げていく。拳銃の発射音が何度も響く。



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