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忍辱 第五場

■第五場
 前場と同時刻、愛実がウグイス公園脇の歩道を一人で傘をさして歩いている(傘の色は白か透明が望ましい)。あたりはうす暗い。ピアノレッスンからの帰宅が遅くなってしまった。トートバッグにピアノ教則本が入っている。
 けたたましい救急車の音が聞こえる。愛実は思わず足を止めて音の鳴る方向に反応。遠ざかる音。やや強い風が木の葉を揺らす。愛実は傘の先を風の方向に向けるが、雨のしぶきが少し顔にかかる。不安な表情。
 彼女の後ろから異常者が近付く。服装は上下黒のパーカーとGパン。上着のフードを深くかぶり、顔の上半分を覆っている。
異常者 「しん。」
 愛実は、声に驚いてふりむく。人がいることに驚き、固まってしまう。
 異常者も、足を止める。黙っている。
 しばらく二人、お互いを見たまま動かない。愛実は、たまりかねて口を開く。
愛実 「‥あのう? 何か? 」
異常者 「しんごん、ぼうこく。」
愛実 「え? 」
 異常者は愛実に飛び掛かる。
愛実 「いや! 」
 愛実はとっさに傘を盾にするが、異常者はあっという間に傘を払いのけ、片腕で愛実の上半身をの自由を塞いでしまう。愛実はふりほどこうと、相手の手首を掴むが、びくともしない。異常者は落ちついて、上着から小型のナイフを取り出し、左腕の脇近くを思い切り刺す。
 異常者は愛実を捨てるように離す。愛実は痛さとショックで声も出ず、その場にうずくまる。異常者は冷静にフードを深くかぶりなおし、走って逃げ去る。
 (ここで舞台照明全てカットアウトが望ましい)雨音が激しくなる。テレビニュースの音が聞こえる。


アナウンサー 「5月24日のニュースです。昨日夜9時頃、埼玉県三田市琴吹町に住む高校生が、町内の公園付近で何者かにいきなり襲われ、鋭利な刃物と思われるもので左腕を刺されました。傷はかなり深く、県内の病院に緊急搬送されましたが、命には別条がない模様です。」

アナウンサー 「‥5月26日のニュースです。昨日夜10時頃、埼玉県三田市琴吹町にて、またも通り魔事件が発生しました。被害者は町内に住む20代の女性。鋭利な刃物と思われるもので左腕と右足を刺されましたが、幸いにも軽傷とのことです。」

アナウンサー 「‥番組の途中ですが速報です。つい先ほどの、夜9時20分、またも埼玉県琴吹町にて、通り魔事件が発生しました。被害者は町内に住む20代の女性。右腕を深く刺され、重傷です。なお、琴吹町では類似の事件がここ一週間で四件も発生しております。また被害者はいずれも若い年代の女性です。三田市の村上警察署長が緊急記者会見を開き、夜8時以降の外出を自粛するよう市民に呼び掛けました。」

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