脚本 「かごめ」 最終十三場


■第十三場
  前場の翌朝。結局朝まで付き合わされた二人は、疲れ切って例の喫茶店に入る。
良玄「すみませーん。コーヒー二つ。」
玲奈「濃い目でお願いします。」
  そう言いながら、瞼をこする良玄。玲奈は首を鳴らす。
玲奈「美羽に朝まで付き合わされちゃったね。」
良玄「美羽、しばらく昼夜逆転するだろうな。」
玲奈「でも、よかったよ。美羽、少しは元気出たみたいだし。昼夜の逆転くらい、何でもないよ。‥美羽のこれまで、ずっと夜だったんだから。‥夜しかなかったんだから。‥朝も、昼も、何もなかったんだから。」
  言いながら少し瞳をうるませる玲奈。
玲奈「‥それにしてもさ、‥危なっかしいことしたね。美羽のトラウマをわざわざ引き出すなんて。」
良玄「賭けだった。‥美羽は父親に対する感情が混乱してたから。無理やりにでも一度整理する必要があると思ったんだ。‥自分の性を邪険に扱われて嫌じゃない人間なんていないよ。たとえ相手が親であろうと、憎む、恨む。‥そういう感情をはっきり出させてやりたかった。‥昔は、玲奈が美羽にそうしてもらって助かった。‥玲奈が昔の事を話してくれたから、俺も賭けをする勇気ができたよ。」
玲奈「‥ようやく恩返しが、できたのかな。」
良玄「でも、美羽はお父さんを好き、という感情もあるから。‥お父さんを好きな自分も、憎んでる自分も、全て自分の感情として整理できるようになるのは、まだまだ時間がかかると思う。」
玲奈「美羽が朝と昼と晩がある生活を取り戻すのは、まだまだ先のことかー。」
良玄「玲奈がいれば大丈夫。美羽には、玲奈を守る、という強い気持ちがあるから。だから父親を振り切ることが出来た。‥その気持ちはこれからも絶対なくならないから、前に進んでいける。」
  玲奈はふと泣きそうになり、笑顔でごまかす。
玲奈「そこもお互い様なんだけどね。わたしも、もし、美羽を守るという気持ちがなくて、ただ日々を適当に過ごしていたら、ビッチに逆戻りしていたかも。」
良玄「誰かを守ろうとする気持ちが、自分の心を支えるんだ。」
玲奈「‥そうだ! 思い出した! 」
良玄「おお、びっくりした! 何、急に? 」
玲奈「良がどうして美羽を守ろうとしたのか、その理由まだ聞いてなかったよ! 」
良玄「あのとき言わなかったっけ? 」
玲奈「うやむやにされたじゃないの。ひどいなー、わたしは全部話したのに。‥さあ、話して! 」
  良玄は、黙って上着を全部胸のところまでまくり上げる。
  露になった良玄の腹部に大きく目立つ火傷の跡。玲奈は絶句して、虐待の傷なのか、無言で良玄に問う。
良玄「うん。7歳のとき、父親にやられた火傷の跡。‥俺も、美羽や玲奈と同じなんだ。‥美羽を守ることが、今の俺の心の支え。」
  そういい終わると、良玄は、過去の虐待の記憶を思い返し、徐々に顔が硬直する。動機が速くなる。
良玄「‥使わなくなったゴルフクラブをさ、‥ガスコンロで焼いて、真っ黒にするんだよ。そいつを持って笑いながら俺を追いかけまわすんだ。狭い家だからどこにも逃げ場がない。‥家の隅に追いやられて‥。」
  玲奈は良玄の手をとる。
良玄「おかあさん。‥どうして、‥どうして助けてくれなかったの? ‥痛かったのに。‥熱かったのに。‥苦しかったのに。」
  良玄は涙をこぼす。玲奈は歯をくいしばって耐える。
玲奈「大丈夫、大丈夫よ。わたしが良を守る。‥絶対に生きよう! 生きてやる! 」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?