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夢の音

 外の空気を吸いたくて。
 僕は外へ出た。

 夜道はとても暗く、目の前ですら認識できないほどだ。
 そこへ、黒一色に包まれた僕が外界へ飛び出した。

 わいわいがやがや。

 正面から、三つのライトが見えた。
 それは、真っ直ぐとやってくる。
 なぜか、僕は避けようとはしなかった。
 それは、向こうと同じ。

「あぶねっ!」

 ギリギリで、お互いに軽くだけ避けた。
 向こうは気づかなかっただけだが、僕は気づいていた。
 でも、なぜ避けなかったのだろう。
 轢かれるのを望んでいたからなのか。

「前が見えないのは危険だな」

 それでも、僕は歩くのをやめなかった。
 目的のない散歩が好きだ。
 好きな時に外へ出て、好きなだけ歩いて、好きな時に戻る。
 僕は目的を持って動くことが嫌いだった。
 決まった時間に、決まった場所へ、決まった状態で向かわなければならない。
 まるで、人生だ。
 人間は目的のために動き、目的を求めて動く。
 だから、時間に支配されてしまう。
 僕は、そんな支配から逃げ出したのだ。

 赤信号に止められると、視界の端に公園が映り込んだ。
 こうして僕も、目的を見つけてしまったのである。
 吸い込まれるように、公園へ入り、ベンチに腰掛けた。

 ドン、ガシャン、コンコンコン。

 顔も背丈も、性別も年齢もわからない、そこにたまたま居合わせた人が、ソフトボールの投手の練習をしていた。
 僕は星を眺めながら、心地よい音に包まれた。
 夢の音。
 それは、こんな夜遅くまで、目的に向かって、夢を追いかけている音に聞こえた。
 まるで、光に飲まれることを拒んでいるように。
 本当に、心地よかった。
 水滴が落ちる音、風の音、会話、足音、環境音のどれもが鬱陶しく感じていた。
 けれど、それは、夢の音だけは、耳から入って、脳から離れようとしなかった。

 心動かされた僕は、立ち上がった。
 居ても立っても居られなかったのだ。
 何も道具を持ってきていなかったため、とりあえずジョギングを始めた。600mほど。
 軽くアップをしてから、60mほどの距離を、駆け抜けた。
 数年ぶりのダッシュは、体にこたえたらしく、数本が限界だった。
 でも、僕の駆け抜けた音が、夢の音として、誰かの心を動かせたらなと、思った。
 成功の音だけでなく、失敗の音も、夢の音を構成するためには、必要不可欠なのである。

 帰り道、行きとは打って変わり、車のヘッドライトが眩しすぎて、前が見えなかった。

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