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 鬱陶しいアラームを止め、重い瞼を上げると、何かが降っているのが見えた。

「雪だ!」

 勢いよく起き上がると、それは雪ではなく、埃であると認識した。
 掃除が嫌いな俺は気が向いた時にしか掃除しない。
 そのため、床には足跡がつくほどの埃が溜まっている。
 まるで、俺の心のようだ。
 そんな汚れた俺でも、汚れた場所に住む俺でも、好きなものがある。
 雪だ。
 正確には、雪、という名前の女性。
 少し前まで、一緒に暮らしていた、俺の彼女。
 来月に迎える、彼女の誕生日に、プロポーズしようと計画していた。
 けれど、彼女は、雪は俺の前から姿を消した。

 ***

 あれは六月の頭だった。
 蒸し暑く、じっとりと汗が流れる、そんな日だった。

「掃除機ってさ、誰が掃除するの?」

 雪は純真無垢な声で訊いてきた。

「俺が後でやっとくよ。そんな汚れてたんだ」

 皿を洗いながら、背中で答えた。

「…じゃあ、私の心は誰が掃除してくれるの?」

 俺は水音のせいにし、聞こえなかったことにした。
 わからなかったからだ。
 その答えが。
 いや、違う。
 その答えに、知っていたその答えに、責任を持てなかったからだ。

 そして、その言葉を最期に、雪は姿を消した。
 雪は俺の想像を遥かに超えるほど、心が汚れていたのかと、思い返しては改めて思う。
 あの問いに答えていたら、心の汚れに気づけていたら、雪を失わずに済んだのかもしれない。
 頭の中を後悔が駆け巡る時が、気の向いた時なのだと、俺はそう思っている。
 部屋の汚れが、誰かの心を汚さないように。
 俺は気の向くままに、部屋の掃除をする。

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