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環境設計のための最強のネタ本 『建築の環境価値BOOK』⑥ ~実プロジェクト紹介「成城学園初等学校」~

中川 沙知子
日建設計 設計部門 
アソシエイト

「次の100年」を支える新校舎

成城学園初等学校は仙川沿いの閑静な住宅街にあります。都心には珍しい豊かな緑と起伏に富んだ地形は、昔から初等学校の子供たちにとって恰好の遊び場であり、「自然と親しむ教育」を学園理念とする教育方針に則った理想的な学び場として親しまれてきました。
 2017年に創立100周年を迎え、『次の100年』に向けて舵を切るため、時代に沿った新たなカリキュラムを具現化する上で、この「自然と親しむ」伸び伸びとした教育姿勢を校舎の佇まいの根幹と捉え、屋内のどこにいても光・風・緑が五感で体感できるよう配置計画にこだわりました。

写真1 校舎全体を望む

森の中にたたずむ学び舎

年月を経て大きく成長した敷地内の樹木を極力保存し、校舎はそれらよりも低い2階建てに高さを抑え、3棟の分棟形式として屋内外の回廊でつなぐ構成とし、子供たちが1日の大半を過ごす校舎のどこからでも木漏れ日や、自然風、木々との近さを感じとれるように設計しました。また旧校舎からの配置変更に伴い、『地獄谷』と呼ばれ親しまれる雑木林の保存に加え、雨の日でも軒下でくつろげるレインガーデンのある中庭と学年間交流の拠点である『つながる~む』と図書室を地つなぎで開放的に設えたり、渡り廊下から登って校内を見渡せる『星見テラス』を設けたり、理科の教材としても利用される『かんさつの森』を理科室のベランダから直接出られる距離に新設し、建替え前より更に自然とのインターフェースを曖昧に設計することで森も包含した回遊性の高い教育空間へと更新することが出来ました。先生のへやからも常にこどもが屋内外で活動する様子を見渡すことができます。新校舎では、全学年の教室から屋外への移動がし易くなり、校舎間移動の時間短縮が実現できたこと、またその体験の端々で近接する植物の生長やその日の天候、季節感を感じ取ることができるとの実感の声をいただいています。

写真2 既存樹木を生かした『かんさつの森』
写真3 『かんさつの森』 の中にある砂場
写真4 『つながる~む』 と地続きのレインガーデンのある中庭

異学年交流の場、つながる~む

この校舎の1階中央に位置する『つながる~む』は、「つながり」、「城」、「遊び」、「散歩」といった異学年交流を促す授業の拠点として比較的にぎやかな活動に利用される多目的室で、隣接する「図書のへや」と一体的にも利用できる大広間です。気軽に立ち寄れる設えの図書のへやは、一方で読書に集中できる「静的」な空間とすることも求められましたので、地面に掘り込む形で床レベルを落とし、『かんさつの森』に向けて視界を開くことで、心理的に落ち着いた環境で課題に取り組むことができるようにしました。また『つながる~む』との間にガラス戸の間仕切を設け、波打つグラスウールクロス巻き天井を施すことで音の減衰、吸音、拡散を調整し、近くでは聞こえやすく、遠くに音が届きすぎない音響環境を実現しました。

写真5 『つながる~む』と図書のへや FIXガラス入り木建具と波打つ天井
図1 『つながる~む』と図書のへやの音環境シミュレーション

木造校舎へのこだわり

校舎の2階は、先生方から木造とすることを設計当初から強く求められましたので、一般的に流通している規格製材(2x6材)を用い、日本古来の在来工法『和組』を基軸にLVL材ガセットをスクリュービスのみで接合させた細かな木材の集合体による『合わせ格子フレーム』を開発し、ホームルーム一つ一つを家形に組み上げました。最大高さ4.8mほどある教室の気積が、繊細な線材で見せる木組の迫力と、小屋裏、またハイサイドライト越しに見える木々までの抜け感により、こどもにも心地よいスケール感を生み出しています。

教室内の音環境としては、合わせ格子フレームの隙間による音の拡散に期待できることを利用すべく、構造材は素地のまま無塗装で仕上げました。小屋裏の格子フレームの間に隙間を持たせて貼った木毛セメント板で吸音を確保することで、音の拡散と吸収をバランス良く整備して相乗的に生かす工夫を施しています。

写真6 合わせ格子フレームによる快適なホームルーム
図2  木梁の下端にそって設置されたLED照明 配線も梁上を這わせて子供たちからは見えない

木々の下、森の延長上にある教室

各ホームルームに設けた北向きのハイサイドライトは、天空光をホームルームの小屋裏に拡散させ視覚的に明るく感じる効果に寄与するとともに、教室内の空気の流動を促し、西向きの卓越風を利用して効率的に自然換気が行えるよう設計時にシミュレーションを実施した上で設置しました。照明は従来バックヤードなどで採用されるラフでスリムな造りのLEDをシームレスに格子フレームの下端に沿わせて設置し、光線が木組の山成を浮き立たせるようなあり方としました。教室に欠かせない校内放送スピーカーやシーリングファン、空調機などの設備も隠さず格子フレーム間に吊り下げることで「木々の下、森の延長上にある教室」という周囲の緑に馴染む空間性を獲得することができたと考えています。

図3 旧校舎の教室と新校舎のホームルームの光環境の比較 新校舎ではホームルーム、廊下とも 自然採光と照明配置をバランスよく掛け合わせることで空間全体が均質に明るくなった
写真7 ホームルームの小屋裏を見上げる
図4 ホームルームの光環境
写真8 ハイサイドライト・トップライトによる自然採光

成城学園初等学校における環境価値

建築の環境価値BOOKによると、成城学園初等学校では健康や学習効率、レジリエンスの面で効果が期待できます。
(以下、環境価値BOOKより抜粋)

  • 窓から自然を眺めることで集中力が回復する。(景色を望める窓)
    緑地の豊富な周辺環境に立地させることで、ネガティブな感情が低減し、ポジティブな感情が増加する。(都市緑化)

  • 自然音環境下ではノイズ環境下と比較して心理的ストレス状態からの回復が9%~37%早い。(音環境)
    オフィスの音環境満足度が上がるとモチベーションが向上する。(音環境)

  • 自然換気を行うことで、災害時でも少ないエネルギーで室内環境を維持できる。(自然換気)

  • 会議室(つながる~む)へのアクセス性を高めることでグループの団結力が向上する(レイアウト)

  • 健康関連QOL(生活の質)と精神的健康には季節変動があるものの、室内照明を改善することで季節性の症状が 緩和される。(照明)

  • 自然採光により、非常時は少ないエネルギーで、ある程度の室内光環境を維持することに貢献する。(自然採光)

  • 木造校舎の生徒は鉄筋コンクリート造の校舎の生徒と比較して眠気やだるさを訴える割合が約12%低い。(建築材料)

  • 木造校舎の生徒は鉄筋コンクリート造の校舎の生徒と比較して注意集中の困難を訴える割合が約10%低い。(建築材料)

  • 木造校舎の教師は鉄筋コンクリート造の校舎の教師と比較して精神的疲労や蓄積的疲労、労働意欲の低下を訴える割合が低い。(建築材料)

3棟それぞれに1年生から6年生までが1クラスずつ入居した2x3=6教室が1ユニットとなり、異学年のつながりを強くするレイアウトもこの学園ならではです。このおおらかな校舎で子供たちがどの様に人間関係を育み、心情豊かに成長してくれるか、期待しています。


中川 沙知子
日建設計 設計部門
アソシエイト
2008年入社。主な担当プロジェクト:成城学園案内所、成城学園初等学校、33Port(香港のオフィスビル)、Alva Hotel By Royal(香港)など


TOP画像、写真1~8:TololoStudio



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