日銀ETF“異形の金融政策”③ 10万円の次はETFを配っては?
日銀のETF購入について①信託報酬が高いほどシェアが大きくなっている問題、②3月16日(月)の金融政策決定会合で買い入れの上限を12兆円と設定して以降、ますますメドや上限の示す意味合いが分かりにくくなっている問題――を指摘してきた。第3回目では、もろもろの取材を通して考えてきたことを踏まえ、出口を巡る議論を封印せず、なるべく早く建設的な道を探ることを提案したい。
改めて感じるのは、2010年10月「包括的緩和政策」の枠組の中でETF、J-REIT購入に初めて踏み切った際には、「まさかこの政策がこれだけ長期間続き、そして年間12兆円もの規模にまで拡大するとは恐らく誰も考えていなかっただろう」ということだ。当時の白川方明総裁は、著書『中央銀行』(東洋経済新報社)の中で、この政策が中央銀行の政策としては極めて異例なことを十分に意識しながら踏み切った背景を次のように振り返っている。
「買い入れによる株式投資にかかるリスク・プレミアムが引き下げられれば、企業の資金調達の低下につながりうると判断したからである」
当時の日本経済は、米FRBの金融緩和策、QE2の導入などを背景に、円高進行、それに伴う景気や物価への対応に苦労していた。この時、短期金利はすでにゼロ。「長めの金利に働きかける」などの様々な政策の枠組みのなかでのETF購入策の採用だった。当初の購入額はETF4500億円、J-REITが500億円だ。今さらながら、“異次元緩和”のはるか前、白川総裁時代に異例の政策が始まっていたことに驚く。想像に過ぎないが、国債市場に過度に負担をかけることへの抵抗もあったのかもしれない。
2013年4月の異次元金融緩和の際には、ETFの保有残高が年間1兆円に増加するように増額された。当時日銀審議委員を務めていた木内登英・野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストは、「当初は過度に拡大したリスクプレミアムの縮小を図る目的を図るという、第1分類の施策(※筆者注。日銀が分析する各国中央銀行による新たなリスク資産買い入れ策の4つの類型のうちの一つ。第1分類はクレジット市場の機能を活性化あるいは補完が目的)であったが、『量的・質的金融緩和』のもとでは、資産価格を押し上げ、それを通じて経済効果の発言を目指す施策へと、その目的が変容したように見える」(『異次元緩和の真実』日本経済新聞社)と指摘している。4つの類型のいずれにも属さない、「グローバルな基準に照らしても極めて異例な施策」との見立てだ。金利、量的緩和などの新たな施策の採用、深掘りに苦労する中で、ETF購入は、折々他の施策を取りにくいタイミングに、やや乱暴にその規模を拡大していったように見える。日本銀行の伝統の中で、金融機関や短期金融市場に比べて縁遠いもの、もう少し言って“土地勘の働きにくい分野”だったことが結果的に禍したのではないだろうか?
量的金融緩和、時間軸効果、マイナス金利政策、そしてイールドカーブコントロール(YCC)政策などと、この20年あまりの世界の中央銀行の金融政策手段を巡る開発の歴史において、日銀がその先頭近くを走り続けてきたのは間違いのない事実だと思う。今年の新型コロナ禍を受けては、米FRBも個別企業の社債購入を本格的に開始し、またYCCを巡る議論が進んでいる。
そうした中でも、未だに日銀に追随する中央銀行が現れない政策がETF購入だ。井上哲也・野村総合研究所主席研究員によれば「強いて言えば、ECBで導入検討が取りざたされることがある」くらいだという。それくらい、金融政策としては“異例”であり“異形”。難しさを抱える手段であることの証左ではないかと思う。
一般的に指摘される範囲内でも、ETF購入の弊害としては、企業のガバナンスを歪めかねない、品薄株を中心に株価の価格形成に影響を与える、市場価格全体に影響を与えることで他の投資家の投資機会を減らしてしまう――などがある。加えて、これだけの規模になったことで、株式相場の下落それ自体が日銀の財務を傷つけ、結果的に国民負担になりかねない問題も以前に比べて現実味を帯びつつある。
“出口”を巡る議論は厄介だ。乱暴な言い方ではあるが、放って置けばいつかは償還を迎える債券とは、質的にまったく異なるからだ。しかし、出口を巡る議論が封印されていること自体が不安や不信を招き、投資家の信頼を減らすことにつながりかねないのだとしたら、むしろ“出口”議論を避けない方がよい。
BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは、ETF保有が巨額になり、財務に影響を与えかねない状況を鑑み「先々、別の機関に移すなどして日銀のバランスシートから外すことは避けられないのではないか」とみる。前出の木内さんは著書『世界経済、最後の審判』(毎日新聞社)で出口について3つの選択肢を提案している。①極めて緩やかなペースでETFを売却する②保有し続ける中で株価が下落した際には損失の穴埋めについて政府と取り決めを結ぶ③2002年に設立された「銀行等保有株式取得機構」をモデルに第3者機関へ譲渡する――。いずれも簡単ではなく、また損失や立法措置などの面で政府に負担をかけかねない点から、「日銀としては取りたくない、独立性に関わりかねない道」(木内さん)だ。
コモンズ投信の渋澤健会長は「異次元の金融緩和の出口は異次元で」と提案する。日銀保有ETFを第3者機関などに移管したうえで、税制上のインセンティブを付けるなどして、ETFを広く国民が保有するよう促すというものだ。例えば「例えば、個人が日銀から買ったETFを相続する際に課税対象にならず、相続後に売却して利益が出た場合も税優遇が適応される。また、損失があった場合も相続財産から差し引くことができる新制度が施行されたら、大勢の国民から大歓迎される」というわけだ。
実現に向けてのハードルが高いことは分かる。それでも思うのだが、政治にもてあそばれた挙句に国民に10万円の給付金を配っている現在の措置に比べても、幅広い日本人にETFが行き渡り、「貯蓄から資産形成」への呼び水になる方がはるかに明るい未来を描けるように思う。10万円の次はETFを配ってはどうか?
(直居の長いおまけ)今回、日銀とETFを巡る過去の記事や発言、著作、論文などなどあちこちひっくり返してみたのですが、一言でいって金融政策に関するものの中では圧倒的に存在感が小さいです。金融政策の中でも例えば非伝統的金融政策、いわくマイナス金利、量的緩和、YCCなどなどについては、とにかくたくさんの人がいろいろなことを発言している。それに比べると、ETFは肩身が狭い。通常は「ちょっと触れてみた」みたいな扱いです。
それは記者会見などなどの場でも感じることで、僕なんかは黒田総裁会見でも「他にあまり質問する人もいないのかなぁ」などと思いながら敢えて「ETFとか債券市場に絡む質問」をしたりもするのだけれど、これはこれで「え、そんなこと総裁に聞く!?」みたいなプレッシャーを周囲から感じたりするのである。考え過ぎかもしれないけど……。
でも、僕自身は株式市場とか個人の資産形成に関わる取材が長いので、ETFは決して軽んじることのできない大きなテーマなんですよ。特に今回①で挙げたコストの話とか、ほんと、FPとか投信ブロガーさんにこそ声を大にして伝えたいです。
そんなこんなを考えると、ETF購入がこんな感じで日銀の政策の中で大きくなってしまった一つの背景は、結局は日本人の金融リテラシーに行きつくのかなぁとも思ったりもしています(これは複数の市場関係者が共通して漏らしていたことでもあります)。
普通に金融リテラシーが高い国民性だったら、多分こういう状態(ETFがこのように政策の手段として使われる状態、しかも例えば手数料競争が起きていないように見える状態)を許してないのでは?と思えてしまいます。そう考えると、証券界・金融界や運用業界もそうだけれども、我々メディア、特に金融・証券に関わるメディアも本当にもう少しがんばらなくちゃと思います、本当に。
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