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日銀ETF“異形の金融政策”特別補講――「B/S正常化へロードマップを」(中央大学・原田喜美枝教授)

日銀のETF購入に関する問題については「日銀ETF“”異形の金融政策」として6月中に3回、短期集中連載を試みた。①「コスト競争が起きないわけ」(6月11日)②「広がる分かりにくさ」(6月15日)③「10万円の次はETFを配っては?」(6月18日)――。6月26日(金)の日経CNBC朝エクスプレス「マーケット・レーダー」では中央大学の原田喜美枝教授にリモート出演をお願いし、いわばこの問題に対する総括的なまとめをしていただいた。そのポイントを、バックグラウンドを交えながらまとめた。いわば「日銀ETF“異形の金融政策”特別補講」といった趣旨だ。

このETF購入政策が最初に導入されたのは2010年10月。黒田東彦総裁による“異次元緩和”よりはるか前、白川方明・前総裁時代の“包括的金融緩和”の一環だった。当時、米FRBによるQEⅡ緩和策導入などを背景として円高や景気後退への対応に苦労する中で、ETF購入はどのように位置づけられていたのだろうか?

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(原田)そもそもETF購入策は2010年、包括的金融緩和政策導入の折に翌年12月までの時限的政策として始まった。当時としても異例の政策。当初は年間4500億円を目安としていた。その後、延長され規模も拡大、2014年には3兆円になり、2016年には6兆円、そして今年の3月には倍増の12兆円となり、買い入れが進んできている状況だ。ここまでの買い入れ額は、5月末現在、簿価ベースで32兆円を突破するところまできている。また、日銀の保有額はETF純資産総額の8割を超える規模にまで拡大していて、ETFの購入を通じて日銀が個別銘柄を買っていることになり、株価形成への影響なども懸念されている。

かなり異例の政策ではあり、時限的な政策として導入されたものが、当初は想定しえなかったほどの期間と規模に及んだというのは、多くの見方が一致するところだ。

それにしても今さらながら「なぜこの時期に?」「異次元緩和より前に?」という疑問が付きまとう。中央銀行としては異例ではあっても、日本では政府が株を買う前史があり、ある意味でそれほど違和感はなかったのかもしれない。

(原田)中央銀行ではないが、90年代には政府によるPKO(株価維持政策)があった。ある意味では前例があり、今度は中央銀行がやるという流れになっている、という見方はできるのではないか。

実際に、導入に至る前には中央銀行による株式買いについての要請のような主張は決して少なくなかったし、どうも今考えるほどには抵抗のない政策だった可能性はある。そして何と言っても規模が小さかった。

さて、原田教授は、かねて論文などを通じてこの政策が株価形成に与える影響や、連載①で指摘した信託報酬の問題(信託報酬が高いところほどシェアが高くなっている構図)などについて問題提起をしている。コストの問題、そして今年5月から実施されている購入方式の変更(時価総額→市中流通総額)はどう映るのだろうか?番組の中ではニッセイ基礎研究所・チーフ株式ストラテジスト、井出真吾さんの試算をもとに聞いた。

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(原田)表をみると2つの特徴に気が付く。第1に時価総額が大きいところは日銀の保有額も大きいところだ。そして市中流通総額は逆に時価総額が大きいところが小さくなっている。2番目の特徴としては信託報酬は時価総額の大きいところのほうがなぜか高いように見える――ということが挙げられる。今年の5月からは時価総額に応じて買っていた方式から市中流通総額、つまり時価総額から日銀が保有する分を除いた額に応じて買うように変更された。従来は信託報酬が高い、低いということは全く考慮されていなかった。時価総額に応じて買うというルールの中で買い入れを続けてきて、よく見ると手数料が高いところほど買っているということが結果として明らかになった。これは公平ではないのではないか?手数料を引き下げて努力している運用会社のETFが買われないのはおかしいのではないか――そうした議論があった。日銀が自分たちで購入を続けてきて時価総額を大きくしてきたという面があるので、大きいところほどより大きくなるという“自己増殖型”になってしまった。それを改めようという動きが見直しにつながったのではないか――。

この点は残念ながら日銀とは平行線である。日銀は「コストや手数料の問題を考慮して買い入れ方式を変更した」という説明は決してしない。「トータルリターン」。買い入れ規模が増える中でよりスムースに政策を進めるための措置だという。

ところで、信託報酬から運用会社に支払われるコストの中には、TOPIX、日経平均株価といった株価指数について支払われるライセンス料がある。この点について原田教授は次のように指摘している。

(原田)TOPIX(東証株価指数)、日経平均株価といった株価指数についてはJPX、日本経済新聞社などが著作権などの知的財産権を保有している。各ETFが株価指数をビジネス上利用する際には、利用の許可を得たうえで一定のライセンス料を支払う必要がある。

この指摘は私たちの立ち位置を明確にするうえで大切だ。日経CNBCは日本経済新聞社グループの放送会社で、ライセンス料という観点から利害関係者にあたる。今回の一連の取材の中では「この点がETF問題を報道しにくい一つの背景になっているのではないか」という率直な指摘をいただいたこともある。少なくとも今回の私どもの報道に関して何か抑制がかかったという事実はない。蛇足だが、株式市場、そしてETF市場の実態、組成といったディテールに至るまで詳しく知った上で、日銀について発信する記者、メディアはあまり多くはない――というのが実態ではないかと想像している。これはこれで問題だが。

さて、コロナ禍による経済停滞への懸念もあり、現在、世界の中央銀行は次々と今までにない領域の金融政策に足を踏み込まざるを得なくなっている。それにもかかわらずETF購入政策に追随する中央銀行が今までにはない。この点をどう考えるか?

(原田)想像の域に入るが、市場に介入することには弊害があるということを日本銀行から学んでいるということではないか?

米FRBが今回の金融政策で購入を始めたのは債券を組成したETFだ。これも従来の常識からは相当に踏み込んだ政策で、信用不安への波及を何としても抑え込むという中央銀行の姿勢を強く示している。半面、民間企業への資金配分に中央銀行が直接かかわることの是非は、今後問われるべきテーマだ。日本政策投資銀行のような公的色彩の強い金融機関が米国にはないという事情もある。それでも購入しているのは債券ETFだ。株式ETFではない。

最後に、いわゆる“出口議論”についてどう考えているのかを聞いた。

(原田)小型株の株価形成、浮動株が少なくなっている企業の例もあることなどから、この政策が持続可能かどうか。このままの政策を維持することはもうすぐ難しくなるのではないか。その意味でも出口というよりバランスシート(B/S)を正常化していく際のロードマップを示すことが必要ではないか。

(あとがき)非伝統的金融政策の中でもETFに関する論考は非常に少ない。原田教授は珍しくこの問題を多角的に論じてきた数少ない研究者のひとりだ。もちろん、ETF市場に関わる市場関係者はたくさんいる。しかし多くの場合、日銀の金融政策とは距離のある場所にいる。日銀とETFとの距離感ーー。メディアもまたしかりだ。もう一点、今回の一連の取材や原田教授へのインタビューでは深めることができなかったが、日本では政府が株式を買う政策(PKO)が90年代に現実に行われていたという事実は小さくないと感じる。そうした前史があってこその2010年の導入だった。日銀とは立場やガバナンスに関する考え方が全く違うとはいえ、日銀と並ぶ日本市場の巨大投資家は、公的年金GPIFだ。これらをもって“社会主義的”と言ってしまっていいのかどうかは分からないが、日本市場が抱えている大きな問題、もしくは特徴だと思う。

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