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年金“見える化” が大切な訳――村井英樹・衆議院議員に聞く

昨年の“老後2000万不足問題”でも改めて鮮明になった感があるが、年金の仕組みはそもそも分かりにくいし、少子高齢化が進行する中にあってはどうも明るい展望を描きにくい。一言でいえば“不安”なのだ。しかも“人生100年時代”が盛んに喧伝されている。この文脈では長生きは楽しむべきものではなく、不安を増幅するだけのものになりかねない――。こうした漠とした不安を抱えた中で、人々が元気に働いて消費しつつ、人生を楽しむというのは簡単ではない。不安ならば、その正体をきちんと見ることが必要だ。個人でも。社会でも。
12月11日(金)の日経CNBC、朝エクスプレス「マーケット・レーダー」では自民党衆議院議員の村井英樹さんを迎え、「年金“見える化”が大切な訳」というテーマでお話しを聞いた。村井さんは財務省勤務時代から税と社会保障の一体改革に取り組んだ経験を持つ。現在も経済関係を中心に幅広い仕事に関わる中で、自民党年金委員会事務局長を務めている。番組の中でコメントしているが税と社会保障、年金をライフワークとして取り組んでいるわけだ。年金不安の源がどこにあるのか、現在、政策はどのような方向に動いているのか、そして、なぜ“見える化”が大切なのか――。様々な示唆に富む話だった。番組内容をざっと採録し、その後に簡単に<バックグラウンド>を補足した。

(直居)
マーケット・レーダーのコーナー。毎週金曜日は“我が事マクロ経済学”ということでお届けしています。他人事の反対で我が事。ちょっと難しくて他人事みたいに思えてしまいますけれども、絶対に他人事にしてはいけないニュース。ある意味典型的なものの一つ多分の年金の話だと思います。村井さんにお話をうかがう今日の「我が事」のテーマ、「年金“見える化”が大切な理由」ということです。簡単に村井さんのご紹介をさせていただきます。東京大学を卒業後、財務省に入省。その後政治の道に入ってしまいました!本当にお忙しそうで先日の国会では自民党の国会対策副副委員長、それから経済関係では年金委員会事務局長、競争政策調査会事務局長、金融調査会デジタルマネー推進 PT 座長……。まだまだあるのですが、色々経済関係を中心にお仕事されていらっしゃいますね?

20.12.16 村井さん主な経歴

(村井)
自分のこれまでのバックグラウンドも関係しているわけですが、経済ですとか社会保障を中心に取り組ませていただいております。
(直居)
幅広く見ていらっしゃるなかで、今日は特に年金についてお聞きしたいということで私どもの方からもリクエストをさせていただきました。年金、税と社会保障の問題というのは、村井さんにとっては財務省にお勤めの時代から取り組んできたテーマでもあるわけですね?
(村井)
そうですね。財務省時代に税と社会保障の一体改革にも取り組ませていただいて、政治家になっても一貫して携わらせていただいている――。一言でいえばライフワークということになります。その“心”なのですが、年金というのは、まさに我々国民一人一人、誰しもが関係する政策テーマなのですが、その一方で、年金については正しく理解していただいている方がかなり少ないということがあります。
(直居)
本当にそう思います。年金は正直分かりにくいです。そして不安ばかりある……。
(村井)
例えば、若い世代の方からよく聞くことですが「我々は将来年金なんかもらえないんだ」「もらえてもごくわずかなんでしょ?」といったこと。これ完全な誤解です。
(直居)
本当ですか?
(村井)
本当です!後ほど時間があればご紹介したいと思いますけれども、年金額は今の年金受給世代よりも、将来世代の方がほとんどのケースで多くなります。
(直居)
正直言って、にわかにはよく分からない点ですが、多分これもある種の誤解でしょうか?
(村井)
そうですね。それはしっかりと年金財政検証というところでも示されていることですが、そういったようなことがきちんと伝わっていないということがあります。また、定期的に“年金不安を不必要にあおる方”も表れます(笑)。昨年も例の“老後2000万円問題”がありました。
(直居)
確かに大騒ぎでした。
(村井)
そうしたことが残念ながら起きてしまうというのが年金の話でもあります。我々の生活だとかライフプランに密接に関わる年金制度について、多くの方にできるだけ正しく情報を共有させていただくとともに、我々の生活様式も人生100年時代ということで変わりつつある。変化に対応した年金制度改革を迅速に着実に進めていくことが大切だと考えています。
(直居)
さて年金については今年の5月に年金制度改正法が成立し、大きな変化がありました。みなさんご存じの方も多いかと思いますが、簡単にポイントを振り返っていただきたいと思います。

20.12.16 年金改正法主な項目

(村井)
年金制度改正法では、こちらに挙げているような大きなポイントが4つあります。一つ目です。「社会保険(厚生年金)の適用拡大」とあります。この背景には、国民年金だけの方と“2階部分”のある厚生年金に加入している方では、年金の受給額にかなりの開きがあるという現実があります。そういう意味で、なるべく多くの方に厚生年金に入っていただけるように制度が変わってきているということです。将来の年金がないだとか、少ないといった不安をできるだけ小さくしていく必要がある。また、これからは労働市場の流動化も進みます。例えば大企業から中小企業に移った瞬間に、厚生年金から国民年金の世界に移ってしまうみたいな方が、これまでいらっしゃいます。そういう方をなるべく減らしていくために、今回の改正では51人以上の事業所で働く短時間労働者の方についても厚生年金の適用を義務付けていくことになりました。
(直居)
適用の範囲を広げていくということですね。
(村井)
そして②から④までのポイントは、基本的に「人生100年時代」を見据えて、一言でいうと「働けば働くほど得する年金制度にしていきましょう」という流れにあります。②の「受給開始年齢の柔軟化」などが注目されています。もともとの仕組みで年金受給開始年齢は65歳が基準です。そのうえでそれよりも早くもらい始める、例えば60歳からもらう方は、65歳からもらう方と比べて月額の年金額は3割減ります。逆に70歳からもらう方は月額の年金額は65歳からもらう方の1.42倍。42%増える仕組みになっています。従来この後ろ倒しの繰り下げ受給というのは70歳までしかできなかったのですが、もっと働きたい、例えば75歳までは元気で働いてそれからたくさん年金もらいたいというニーズもあります。最近の高齢者の方にはお元気な方も多い。今回の改正、柔軟化で75歳まで繰り下げ受給できるようになりました。ちなみに75歳まで繰り下げて受給すると月額の年金額は65歳からもらう方に比べて……。84%増です。
(直居)
大きいですね!それに関連して言えば、年金定期便とか年金請求書についてもいろいろと変えてきているとか?
(村井)
そうですね。これもあの小泉(進次郎)厚生労働部会長時代からの改革の話ですが、皆さんのお手元に、年金定期便というお知らせが届きます。皆さんの誕生月に郵送されてくるものなのですが、その年金定期便がまず分かりづらい。もっと分かりやすくしようということでまだ改革中なのですが、去年の4月から定期便の内容が変わっています。こうした改革の一環で、これが一番効果があったといわれているものをここに映し出しているのですが、65歳になると「年金請求書」というものがみなさんのお手元に届きます。これに返信すると年金の受給が始まるというものです。
(直居)
つまりそれは年金定期便ではなく一生に一回だけ来るものですね?
(村井)
そうです。その請求書なのですが、その一部を拡大しても小さいわけですが、このあたりです。ポイントは例えば65歳だと私まだ仕事をしているから繰り下げ需給をしたい、70歳まで働いて、たくさんの年金を将来もらいたいという方はいらっしゃるわけですが、その仕組みをまず知らない。知っていたとしても、この請求書が結構すごいもので、「この提出期限までに届くように投函して下さい」と書いてあって、さらに「提出が遅れると65歳以降の年金の支払いが一旦止まりますのでご注意下さい」とかという注意書きがあるのですよ。

20.12.17  請求書拡大

(直居)
これは「ヤバいよ、ヤバいよ」って感じですね。
(村井)
そうなんです。ですので真面目な65歳の方は、よく分からないけれど国から送られてきた請求書にとりあえず書いて送り返さなければいけないのだろうということで送り返します。しかし送り返した瞬間に年金の受給が始まります。つまりその瞬間、繰り下げ受給はできなくなります。昨年の4月までは、ずっとこの請求書が送られてきていました。この部分を変えたわけですが、その効果が劇的でした。小泉さんなどが中心になってこのような議論をし始めたのは大体5年くらい前でしたが、それより以前は繰り下げ需給を選ぶ方は全体の2%以下でした。今はもう15%近くの方が繰り下げ受給を選択するように変わってきています。
(直居)
これはつまり繰り下げ需給のことを知らないとか、あるいは通知の仕方に難があったということでもありそうですね。
(村井)
そうです。私たちとしても絶対に繰り下げ需給をしてくださいとかそういうことではもちろんありません。ただ、個々人のライフプランに応じた形で、適切な判断をしていただきたいわけですが、情報提供の形を変えただけで、皆さんの行動が変わった、変容したということだと考えています。
(直居)
例えばこうした改革が、村井さんたちがここ数年議論してきたことの成果ですね。その背景にはある意味で考え方の大きな変化があったようですね?
(村井)
この過程ではかなり大きな考え方の変化がありました。人生100年時代にあっては、長く働ける方にはなるべく長く働いていただけるような方向に、働いたら得する方向に社会保障の仕組みの舵を切りました。それがここ数年の動きです。その背景の考え方をこちらのポンチ絵で表現しています。よくわが国の社会保障制度は持続可能かどうか?という議論が繰り返されてきたわけですが、なぜ、社会保障制度が大変なことになっていくかと言えば、いわゆる支える側の数が減り、支えられる側の数が増えるということです。一人当たりで支える人数が減っていく――。これが基本的な構造的問題です。放っておくと、支える側の負担が増えるか、支えられる側の給付がカットされるかのどちらかになってしまいます。

20.12.17 支えられる側の構図

(直居)
もう何か悲惨な未来しか想像できない感じですね。
(村井)
ですから経済団体によっては消費税を20%近くまで引き上げなければいけないとか、そういった議論になる。財政的帳尻合わせはそういうことなのかもしれませんが、それだと元気も出ません。現実な元気な高齢者の方が多いとすれば、この65歳以上を支えるという構図から75歳以上を支える。75歳までは基本的に現役で、みなさん元気で働いていただきますよ、という社会に変えていくことができれば、今は2人で1人を支えているような構造ですが、それが2040年だとか2065年までにそういう社会、長く働いている社会ができれば十分今と同じような構造が維持できるのではないか、といったようなことを我々自民党の若手議員中心に、5年ぐらい前から議論をしてきたのです。そしてそういう方向に政府の政策も変わってきています。

(直居)
そうした流れの中で、今準備している一つが今日のテーマでもある年金の“見える化”ということだそうですが、どんな変化があるのでしょうか?

20.12.16 年金ダッシュボード

(村井)
昨年の“2000万円問題”の時もそうでしたけれども、やはり年金の問題を発端に過度な不安感というものが日本の国民の皆さんに広がりやすい傾向にあると思います。ですからしっかり将来はいくら年金もらえるのかということを“見える化”していきましょうということに今我々は取り組んでいます。再来年、2022年の4月から大きく制度を支えていこうと思っています。今、年金ネットという仕組みがあって、皆さんの将来の年金の取り分が見えないわけではないのですが、その使い勝手がよくない。そこで民間企業の家計簿アプリなどと連携してAPI 接続をすることによって、あなたの生活を維持するためには将来月額ではいくら必要で、そのための対応として公的年金が今のままだといくらもらえるのか--。それを増やすために67歳まで働いたら、70歳まで働いたら、それがいくらに増えるのか。足りない部分があるのならiDeco(イデコ)とか金融商品などを組み合わせていかなければいけないけない、といったことを個人で見えるような仕組みを作っていこうとしています。分かりづらいから、不安だからこそ過剰に貯蓄する方もいる一方で、適切な資産形成ができていない方もいるというのが現状です。みなさんが適切な資産形成をしっかり個人ベースでやっていただいたら過剰に貯蓄したりすることもなく、しっかり消費にお金を回していただける方もいるでしょう。一方で将来困ったってことにならないように適切な資産形成をやっていただける方もいるでしょう。何よりも見える化ということを推進していこうと考えています。民間事業者の方にも協力していただかなければできないことです。みなさんにも再来年、22年4月の変化をぜひみていただきたいと思います。
(直居)
再来年の変化ですね。村井さん、今日はありがとうございました。
(村井)
ありがとうございました。

<バックグラウンド>
① 年金不安と“見える化”

“見える化”は、例えば年金の家計簿アプリのようなイメージかもしれない。年金に関する情報を一目で簡単に見えるようにするという意味で“年金ダッシュボード”といった表現も使われている。確かに今の年金定期便などの情報は分かりにくいし、アクセスもしにくい。ダッシュボードでは、年齢にかかわりなく、今の働き方や収入、将来の働き方の計画などをベースに、ひとりひとりがどのくらい年金もらえるのか、分かりやすく情報提供されるようになるという。現状ではお金持ちの人はお金持ちなりに不安で、おカネを使う気になれない。一方で資産形成が必要でも、そうした意識を持つことなく暮らしている人も多いだろう。“見える”ことで、それぞれの人生の中で、何が必要なのか、何が不必要なのか、判断できる姿に近付くはずだ。

② 人生100年時代と“第3の道”
村井さんたちがこうした議論に関わる中で、税と社会保障政策の中長期的な方向性に関して、大きな転換があったと理解した方がよさそうだ。番組中でもあった通り、それ以前の議論は「どれだけ消費税率を引き上げなければいけないのか」(=負担増)や「どれだけ給付を押さえることになってしまうのか」(=給付減)の2択、もしくはその組み合わせだった。なかなか前向きな気持ちになれない。そして実際に税負担をあげることの難しさを目の当たりにするにつれ、「こりゃ、無理だなぁ」みたいな無力感すら広がってきたような気がする。村井さんは「75歳以上を“支えられる側”とすると、景色が変わる」と、ポンチ絵を紹介しながら説明した。確かに従来の「負担増か、給付減か」式の議論は閉塞感がつのるばかりだった。僕は当年とって55歳である。正直言ってこのくらいの年齢になって「これから先はどんな暮らしをするんだろうなぁ」みたいにぼんやり考えていたところに、「人生100年時代」とか「75歳までは元気で働いて支える側に!」などと言われると、「何だかなぁ」という気持ちはある。それでもだ。絶望的な感すらある「2択の議論」に比べれば、色々な可能性を感じる。支え手と支えられる側のバランスを変えて考えるのは “第3の道”という大事な考え方だと思う。

③ 新しい時代の政治の予感
さて、村井さんたちがこうした議論を本格的に開始したのは2016年2月、小泉進次郎現環境大臣らを中心に、若手議員でつくられた自民党「2020年以降の経済財政構想小委員会」(通称:小泉小委員会)からだ。「働き方や雇用慣行の変革」「厚生労働省の分割案」や「子ども保険の導入」など様々な議論が話題を呼び、議論を巻き起こした。「人生100年時代の社会保障」、支え手と支えられる側のバランスを変えてみるという発想は、その中で、現実の政策に結び付きつつあるものといえそうだ。僕自身は政治そのものは決して専門ではない。あまり偉そうなことは言えないが、正直言って閉塞感極まる今の政治状況にあって、若手議員の中からこうした動きが出てきて実際に政策を動かしている点があることについては、何か「新しい時代の政治の予感」みたいなものを感じる。このあたりについてご関心の向きには、『人生100年時代の国家戦略~小泉小委員会の500日』(藤沢烈著、東洋経済新報社)や『小泉進次郎と権力』(清水真人著、日本経済新聞出版社)が分かりやすく、興味深いと思う。

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