見出し画像

【はじめに①】NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX

はじめに

「ブロックバスターはぼくらの1000倍もデカいんだぜ」

 2000年初頭。テキサス州ダラスのルネッサンスタワーの27階で、私はだだっ広い会議室に足を踏み入れながらマーク・ランドルフに耳打ちした。そこはホームエンタテインメント業界の雄、ブロックバスターの本社で、当時の同社は年商60億ドル、世界中に9000店近いレンタルビデオ店を展開していた。

 ブロックバスターのCEO、ジョン・アンティオーコはやり手経営者として知られていた。超高速インターネットの普及で業界が激変するであろうこともよくわかっており、私たちを丁重に迎えてくれた。品の良いあごひげをたくわえ、高級スーツに身を包み、悠々としていた。

 それに引き換え、私は心底ちぢみあがっていた。マークと2人で2年前に立ち上げたちっぽけなベンチャーは、ウェブサイト経由でDVDレンタルの注文を受け、郵送するサービスをしていた。社員は100人、会員はわずか30万人。事業は順調とはいえず、その年だけで損失は5700万ドルに膨らむ見通しだった。なんとかブロックバスターと手を組みたいと、何カ月もアンティオーコに連絡を取り続けた末にやっと実現した面談だった。

 私たちは特大のガラステーブルを囲んだ。しばらく世間話をしたあと、マークと私は本題に入った。ブロックバスターがネットフリックスを買収してくれれば、オンライン・ビデオレンタル部門の「ブロックバスター・ドットコム」を立ち上げて運営する、という申し出だ。アンティオーコは熱心に耳を傾け、何度もうなずいてから、こう尋ねた。「それでブロックバスターはネットフリックスにいくら払えばいいんだい?」。だが5000万ドルというこちらのオファーを聞くと、アンティオーコはきっぱり断った。マークと私はしょんぼりと会議室を後にした。

 その晩ベッドに入って目をつむると、ブロックバスターの6万人の社員が、私たちのバカげたオファーに爆笑する場面が浮かんできた。アンティオーコが興味を示さなかったのも当然だ。何百万人もの顧客、莫大な売上、有能なCEO、家庭用レンタルビデオの代名詞のようなブランドを有する大企業のブロックバスターが、ネットフリックスのような危なっかしいベンチャー企業に興味を持つはずがない。ブロックバスターが自前でやる以上にネットフリックスがうまくできることなどあるだろうか。

 だが世界は少しずつ変化していった。そしてネットフリックスは生き延び、成長していった。アンティオーコとの面談から2年後の2002年には株式を上場した。ネットフリックスは成長していたが、ブロックバスターはまだ100倍も大きく(50億ドルvs 5000万ドル)、しかも当時メディア企業として世界最大の時価総額を誇っていたバイアコムの傘下にあった。だが2010年には破産に追い込まれた。2019年の時点では「ブロックバスター」のレンタルビデオ店はオレゴン州ベンドにたった1店舗残っているだけだ。DVDレンタルからストリーミングへという時代の変化に適応できなかったのだ。

 2019年はネットフリックスにとって記念すべき年となった。自ら制作した映画『ROMA/ローマ』がアカデミー賞作品賞など10部門にノミネートされ、3部門でオスカーを獲得した。アルフォンソ・キュアロン監督のすばらしい快挙によって、ネットフリックスは押しも押されもせぬ本格的なエンタテインメント企業となった。そのずっと前に私たちは郵送DVDレンタルから、世界190カ国で1億6700万人の会員を擁するインターネット・ストリーミングサービスに転換し、さらには世界中で独自のテレビ番組や映画を制作するようになっていた。ションダ・ライムズ、コーエン兄弟、マーティン・スコセッシなど、世界で最も才能溢れるクリエイターたちと一緒に仕事をする機会にも恵まれた。ユーザーがすばらしい物語を楽しむための、まったく新しい手段を生み出した。それはときとしてさまざまな壁を打ち破り、人生を豊かにする力を持つ。

 「なぜこうなったんだ」とよく聞かれる。なぜネットフリックスは何度も世界の変化に対応することができたのに、ブロックバスターにはそれができなかったのか、と。私たちがダラスを訪れたあの日、ブロックバスターには最高のカードが揃っていた。ブランド、影響力、経営資源、そしてビジョンだ。ネットフリックスなど敵ではなかった。

 しかしあのときは私にもわかっていなかったのだが、ネットフリックスにあって、ブロックバスターにはないものがひとつだけあった。プロセス(手続き)より社員を重視する、効率よりイノベーションを重んじる、そしてほとんど制約のないカルチャーである。私たちのカルチャーは「能力密度」を高めて最高のパフォーマンスを達成すること、そして社員にコントロール(規則)ではなくコンテキスト(条件)を伝えることを最優先している。そのおかげでネットフリックスは着実に成長し、自らをとりまく世界と社員のニーズ変化に応じて変化することができた。

 ネットフリックスは特別な会社だ。そこには「脱ルール」のカルチャーがある。

--------------------書籍のお求めはこちら--------------------

楽天ブックスで購入する

https://books.rakuten.co.jp/rb/16444883/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?