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ジェットコースター人生 その38

午後1時にお伺いして、玄関を出たのは夕方。夕焼けがビルを赤く染めていました。

その日の女将はブラウスとスカート、髪も下ろして別人のようでした。4,5歳若く見えます。

それよりあの冷たい表情の人とは思えないくらい満面の笑みで自分の帳場に手招きしました。

「狭いとこで悪いけど、ここが落ち着くのよ」

先日のあいさつは手短かにして、何年も前から知っているような話し方です。

都会のど真ん中で商売することの大変さや、ご主人を5年前に亡くされて途方に暮れたこと。後妻できて全く分からない世界は着物の着付けから始まったとも。

自分より6歳しか違わない長女と大学生の次女は結婚のあいさつに行った時、あからさまな嫌悪感で迎えたこと。

聞き手一方の私に止めどもなく話は続きます。

ふと我に返ったのか「初めての人になんでこんなこと話したのか不思議!」

「私の方が‼」と思いつつもぎこちない笑顔で返しました。

老舗となると本家、分家に始まって、右も左もわからない素人に料理長や仲居の冷たい態度。そんな環境の中、戸惑いながら今までやってきたそうです。

この人も自分の意思に関係なく未知の世界に入ってきた女性。

何か通じるものを初めて会ったときに感じたそうです。仕事以外のことは話していないのになぜだろう。

女の勘?荒波に放り込まれた者同士が船酔いのような気持ち悪さを抱えながらも笑って生きている。それを見逃さなかったのかもしれません。

チョコレートが好きなことで話も弾みました。そろそろ開店準備。

「今度は自宅に来てね」フレンドリーになってもやはり威圧感ある女将のお誘いでした。

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