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文化財調査と資料保存の意味

以下は、京都新聞 2017年5月5日朝刊のコラム「ソフィア」に寄稿したもので、多数の資料を調査、保存、再評価する意味を考察しています。


(京都新聞 2017年5月5日朝刊)
国宝120年、適切な文化財評価
 
 今年(注:2017年)は古社寺保存法が制定(1897年)されて120年になる。神社や寺院が所有する「宝物類ニシテ特ニ歴史ノ証徴又ハ美術ノ模範」となる「宝物」を政府が「国宝」に指定し、修理に対する補助などの保護を加えるとともに公開を促進する、現在の文化財保護制度の原型である。変遷はあったが、制度の枠組みは現在でも生きている。
 当時の政府はやみくもに国宝を選んだわけではない。1888年、宮内省に「臨時全国宝物取調局」が設置された。この組織は約10年間、全国の寺院、神社等が所蔵する宝物の調査を行った。
絵画、彫刻、工芸品、古文書等の広い分野にわたり、岡倉天心はじめ専門家たちが作品や資料の名称、品質形状、作者などのデータを記録するとともに、写真師小川一真(かずまさ)が写真を撮影し、調査対象は約21万件にも及んだ。
 多くの情報が集まると、相互に比較ができる。どれが優秀な制作か、保存が良好か、歴史的由緒があるか、といった条件を勘案して、最初の「国宝」が選ばれた。打ち捨てられかけていた「宝物」は、近代国家と社会の中で新たな文化的役割を担うことになった。
調査の記録と写真は、東京国立博物館に伝えられ、昨年この資料自体が重要文化財の指定を受けている。
 文化財を適切に評価するためには、十分な調査研究が必要である。私が1985年に京都府教育庁文化財保護課に就職した時に与えられた仕事が、制定間もない府文化財保護条例に基づく美術工芸品の指定であった。大学を出たばかりの新米が何とか候補を選び、審議会の錚々たる専門家を前に内容を説明して、指定にこぎつけることができたのも、先人の調査の蓄積があったからだ。
常に参照したのが、第二次大戦下に行われた「京都府寺院重宝調査」の調書である。京都府の社寺課長で後に京都大学教授となった赤松俊秀先生が主導された府内全域にわたる詳細な調査で、全国でも類例がない。
短期間の実施にもかかわらず綿密な内容に感銘を受けた。他にも府と文化庁が共同で行った「文化財集中地区特別総合調査」の成果なども参考にしながら、在職中かなりの数の文化財を府指定や登録にすることができた。最近は昔、私自身が行った調査の記録を見た方から連絡をいただき、情報が長く引き継がれていることをあらためて実感する。
 これからも社会の変化、歴史の流れの中で、新たに保護するべき文化財、未来の国宝が現れてくるだろう。放置すれば失われてゆくものの意義を見逃さない調査と不断の再評価が、行政にも研究者にも求められると思う。

田良島 哲(東京国立博物館 博物館情報課長(注:掲載当時))
*カバー画像:旧江戸城写真帖(東京国立博物館 所蔵)/出典:ColBase


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