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「&So Are You」第三十四話

内通する村


 ベトナムの地を六ヶ月生き延びた僕たちに与えられた祖国からのご褒美は、たった一週間の休暇だけだった。

 休暇が近づいたある日、本部からの無線で北と繋がっていると思われる人物が近くの村に出入りしているという情報が入り、僕たちはその村を目指した。

 古ぼけた小さな村に暮らしていたのは、ほとんどが老人と女子供たちだった。村に入った僕たちは、手あたり次第に捜索を始める。ベトコンと繋がる証拠を探すためだ。

 証拠とは、小さな村に不似合いな武器や、村民の数にそぐわない量の食糧、手がかりを示すようなメモなど。突如として家に立ち入り、構えた銃でドアを叩き家具を倒し床を剥がしていく。

 彼らを守るためだと口で叩きながら、銃は彼らの大切な暮らしを叩く。当然、彼らはひどく怯えた。

「クヴゥトイ! クヴゥトイ!」
「チュントゥラヴォトイ!」
「ヴァンクェマァクイ」

 結局、すべてをひっくり返すほど村を漁ったがそれらしいものは何一つ出なかった。

 村人たちは震えて座り込み、呪文のように口々に何かを唱えた。通信兵はその意味を解しているに違いなかったが訳さなかった。

 一度同じようなことがあったとき、村人たちがなにをいっているのか訊ねると、通訳係の若い青年は悲壮にも見える顔つきで、「通訳に意味なんてあるのかな。俺たちのこと、悪魔だっていってる」と答えた。彼はその後、キャンプで自分の指を切り落とし、帰国してしまってもういない。

 そのとき、叫び声と銃声が聞こえた。外へ出ると、広場に集められた村人数人が、米兵に向かって喚いていた。村人とアメリカ兵が二つに分かれるような人だかりの真ん中では、ガーナー中尉とウィッカー軍曹、そして、血を流しながら地面にぐったりと倒れ込む村人の姿が見えた。

 状況がわからず、様子を見ていたバークに話を聞いた。

「非道い話だよ。中尉があの倒れてる男に身分証を見せろと言ったんだ。でもあの男、耳が遠いのか、なかなか身分証を出さなくて、痺れを切らした軍曹が男を撃ったんだよ……」

 見れば、倒れている男は随分と歳老いていた。村人たちが抗議し軍曹らに詰め寄ると、軍曹は威嚇発砲を空に放ち、村人たちを遠ざけた。

「この村に北の協力者がいると情報が入った! 正直に言わなければ村を焼き払うことになるぞ!」

 軍曹が銃口を村人たちに向ける。すると村人の中から、子供を抱いた女が怯えた表情で叫びながら逃げ出した。

「追え! 捕まえろ!」

 中尉が叫び、兵士の何人かが女を捕まえる。

「言え! 一体どいつが北の協力者だ!? 言わなければあの親子を殺す!」

 通訳できる兵士が村人に向かって訴えるが、村人たちは口を閉ざしたままで要領を得ない。そもそも村を隅々まで捜して何の手掛かりもつかめないのだから、情報がガセである可能性を疑うのが普通だ。

 でも、ここではそんな考えは一切通用しない。中尉はもちろん、ウィッカー軍曹や一部の兵士たちは本部から回ってきた出所もわからない情報とやらを、すでに事実と断定してこの村へ来ているからだ。もはや捜索でもなんでもない……ただの憂さ晴らしに近い行為だ。

「差し出せ! 後悔することになるぞ! 通信兵、訳せ!」

 村人たちはひたすらに怯え首を振る。軍曹が女と子供を捕らえた兵士に合図を送ると、銃声が二発虚しく響き渡った。女と子供が田んぼにぱしゃりと倒れる。
 村人たちから悲鳴が上げる。本部と通信を取っていた中尉が僕たちに指示を出した。

「本部からの命令だ。この村を焼き払った後、捕虜を連れて移動する!」

 つまりそれは、この村全体がクロだと決定された瞬間だった。
 怪しくなくても噂が立てばクロ。たとえ証拠を示すものがなにひとつなくても怪しければクロ。怪しくなくてもアメリカ軍に逆らえばクロ。

 ――僕たちは一体この国の、なにを守りにやって来ているというのだろう? 

 守らなくちゃならない人たちの住み家を次々と焼き払い、居場所をなくしていくこの行為が、南ベトナムの人たちに何をもたらすのか。 

 一体僕たちは何者と戦っているのか――戦いの実情を知れば知るほど、この疑問で頭の中は常にどす黒いもやが掛かっている。そして同じように苦悩している兵士もいれば、そうでない者がいるのも事実だった。

 手榴弾が家畜小屋や住居を吹き飛ばし、焼き払い、そして跡形もなくなっていく。それまでの生活をすべて奪われた村人たちは、泣き叫びながらも銃を突きつける僕たちに従わざるを得ない。

 疎開できず残された幼子は、訳もわからず泣き声を上げる子もいれば、兵士に抱きかかえられて喜んでいる子もいる。それでもひとつだけ言えることは、彼等には今日以降の未来は不安と恐怖しか待っていないってことだ。

 僕たちがこの地で戦い続ける限り、彼等には些末の希望もない。無意味な戦いを続ければ続けるだけ、不安と恐怖に包まれた人たちを生み出し続ける。

 住み慣れた家が燃え盛るのを横目に、足どりの重い村人たちを兵士が先導する。ふと気がつくとグレッグの姿がなかった。

「なぁ、クロフォード。グレッグを見なかったか?」

 村人の先導にあたっていた衛生兵のクロフォードに訊ねたが、彼はなにも知らないと答えた。捕虜となる村人たちの長い列をたどっていくがどこにもグレッグの姿はない。妙な胸騒ぎがした。

「どうかしたのか? ベンジャミン」

 フィックスが僕に声をかけた。彼は正規の軍人で、真面目で正義感が強く有能な兵士だったが、頭が固すぎるところがあり僕はあまり好きではなかった。一番の理由は、この戦争になにも疑問を抱いていないということだった。

 祖国アメリカのために命を投げ出し、そして国に都合良く使われて捨てられる、そんな従順な駒のような男だ。命令があれば喜んで飛び出していき、アメリカと愛国心のために躊躇いなく敵を殺しまくるような男、それがフィックスだった。

 この戦争の意義を自分の頭では考えようともせず、すべての判断を、この日々殺し合いが行われている、地獄とは遠く離れた平和で快適な部屋の中で偉そうに踏ん反り返る政治家たちに委ねているんだ。まさに軍人の鏡のような奴さ。

「グレッグの姿が見えないんだよ、あんたなにか知らないか?」

「そういえば、ジェフとデクスターとで残党がいないか捜していたが……」

 フィックスはそこまで話すと心当たりのあるような素振りで、「ついて来い」と口にした。

「どこへ行くんだ」

 焼き払われた家屋がいまや轟々と音を立てて燃え盛り始めている。熱気を放つ村の間を走り抜けながら、フィックスが言った。

「村の奥にある豚小屋の床に、人が潜り込めそうな小穴を見つけたとジェフが騒いでいた。ひょっとするとまだどこかに潜んでいた奴らにやられたのかもしれない」

 ひどい不安と焦りで胸が騒いだ。僕は無事を祈りながらフィックスの後を追った。
 

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