編集を担当したニジノ絵本屋いしいあやさんに聞いてみました。
ニジノ絵本屋の絵本作家であり、働く女性向けのコラムなどを書いているナカセコエミコさん。『ビーズのおともだち』作者であるおおにしわかと制作チームメンバーに、ナカセコさんが聞き手となってこれまでの道のりや絵本制作秘話を伺います。絵本づくりに携わったそれぞれのオンリーワン・ストーリーをご紹介します。
episode4_いしいあや
わかちゃんが手作りで制作したオリジナル絵本『ビーズのおともだち』。商業出版をするにあたり、わかちゃんの原案をもとに制作するチームを作り、出版準備を進行したのがニジノ絵本屋いしいあやさんです。
絵本『ビーズのおともだち』インタビューマガジン4回目は、いしいさんのこれまでのヒストリーと『ビーズのおともだち』制作秘話をお聞きします。
絵本『ビーズのおともだち』制作が始まったきっかけを教えてもらえますか?
ナカセコさんの絵本『LEMON TIME -檸檬とつなぐ毎日-』の原画展をしていた2021年7月に、わかちゃんのお母さんが初めて都立大学のニジノ絵本屋の店舗にいらっしゃいました。それが最初のスタートになります。
その少し前にシャイン・オン!キッズさんのオンラインイベント(手紙舎さんと絵本作家の小林由季さんと開催しているお絵描きワークショップ「アート!アート!アート!」)に、わかちゃんが参加してくれていました。自己紹介のときに「絵本作家になりたいです」と話してくれましたが、その後実際に作品を持ってお母さんがお店に来られるとは思ってもいませんでしたのでおどろきました。
わかちゃんから持ち込まれた作品だったのですね。
私から、お礼のご連絡をした直後にすぐわかちゃんのお母さんから電話をいただき、こんな話を聞かせてくれました。
「わかちゃんが七夕の願い事に3回「絵本作家になりたい」って書いていた。4歳から小児がんでずっと入退院を繰り返していることもあり、願い事をかなえてあげられることがすごく少ない。でも、絵本作家になりたいという夢は、親としてかなえてあげることができるんじゃないか。たまたま、最近ニジノ絵本屋を知ったことにも何か意味があるのではないかと思って行動に移した」と。
このとき、わかちゃんが描いたいくつかの作品を預かっていたのですが、その中の一つが『ビーズのおともだち』です。特にこの作品を絵本にして、世の中に広く届けたいという希望をはっきりお持ちでした。
もし、ニジノ絵本屋が携わるとしたらこういう方法があるといったことをお金の話も含めてきちんと伝えました。
するとわかちゃんのお母さんは「絵本づくりの学びを経験させてあげたいと考えている。きちんと形にする方法を教えてもらえるのだったら、ぜひお話を進めていただきたい」とおっしゃいました。
そういうことなら私の方でちょっと考えてみますとお話ししました。
その後、いしいさんの中でどんなふうに構想がまとまっていったのでしょうか?
「絵本づくりを学ぶ」という感覚で絵本を作るということをあらゆる方向から考えてみました。私が11歳の子と一緒に絵本を作るプログラムを考えて、最終的にきちんと流通できる形までいかに持っていくかが重要でした。
Zineや小冊子のような形式ではなく、きちんとした出版物としての絵本にしていくということ。そして「学ぶ」というキーワードについて考えていたところ、ちょうど思い出したことがありました。
以前に、文章絵本作家の大川久乃さんから、ニジノ絵本屋と一緒に物語を作るワークショップをしてみたいという案をいただいていたんです。
もともと、わかちゃんから持ち込まれた作品を、絵本のサイズに合わせて、テキストを調整する必要があるだろうな。その際、もし可能であれば、プロの文章作家さんに伴走してもらいながら一緒にテキストを作るのが良さそうだと思っていました。
そして、わかちゃんは入院している時間が長く、自分で絵を描く時間が取りにくいのではないかというお話しだったので、プロのイラストレーターさんと一緒に描く形で進めるのはどうかと提案することにしました。
大川さんからわかちゃんに文章づくりを教えてもらい、イラストレーターさんに一緒に絵を描いてもらう。この形なら実現できるのではないかという思いに至りました。
もし、大川さんが「ワークショップをやりたい」と相談してくれていなかったら、お声かけしようという発想にならなかった。そして、わかちゃんのお母さんの熱意と行動力も強かった。やっぱり、縁やタイミングだと思います。
わかちゃんはFoorin楽団のメンバーでしたが、その活動が終わってからの絵本制作ということでしょうか?
実は最初、やりとりをしていたとき、私はわかちゃんがFoorin楽団のメンバーだったことを知らなかったんです。
後で聞いたのですが、Foorin楽団はオリンピック・パラリンピックに向けて組まれたチームでしたが、コロナの影響もあって十分に披露する場がない中で終わってしまうと感じたそうなんです。
わかちゃんもご家族もオリンピック・パラリンピックを一つの目標にしていたから、活動が終わってしまうのがすごく悲しい。目標と希望にしていたものがなくなってしまう。だから、次は絵本作家になるという目標のために動いたんだと、わかちゃんのお母さんに後で聞かせていただきました。
実は筆者(ナカセコ)が『LEMON TIME』原画展でたまたま在廊していた日は、わかちゃんのお母さんがニジノ絵本屋に初めて作品を持ってこられた日でした。スタッフの方にお話ししている様子を目にしていましたが、とても情熱的で印象に残っています。
やっぱり物事が進むときには不思議な縁やタイミングがあるんですよね。こうしてナカセコさんにインタビューしていただこうという話が上がったときには、私もわかちゃんのお母さんも、あの日ニジノ絵本屋にナカセコさんが在廊していたことを知らなかったんですよ。後日、インタビュー企画が固まってから判明したんですよね。
絵本づくりに関しても、双方(作家さん、ニジノ絵本屋)が「この人とだったら何か一緒にできるかも」という相性だったり、ときにはインスピレーションも大切だと感じています。すべてにおいて言えることですが、縁とタイミングは本当に大事だと、日々実感しています。
絵本作家になりたい人が夢を実現していくために大事にするといいことはありますか?
行動をし続けること、ではないかと思います。
たとえば、自分が形にしたものをいろんなところで見てもらう機会を増やして、目にとめてもらう。
児童書や絵本の業界は、横のつながりやコミュニティがたくさんあるんです。だから、つながりをどんどん広げる活動をしていくことは大切だと思います。
たとえば、個展をたくさん開催していくこと。編集者さんは常にアンテナを立てているので、ギャラリーに足を運んで新人さんを探しているという話を聞いたことがあります。
自分の作品発表の場を、いろんなタイミングでどんどん作っていく。リサーチして行動力がある人は、おそらく前に進んでいけるんだろうなと感じています。
文章作家の大川久乃さんの次にイラストレーターののだかおりさんがチームに入りましたが、そのきっかけを教えてもらえますか?
のださんはニジノ絵本屋のトークイベントに何度か参加してくれたり、お店にも遊びに来てくださっていました。私自身ものださんの原画展に行ったりと、のださんのご活躍は知っていました。あとは、のださんがSNSでdeleteC大作戦の投稿をしてくれたのを見ていたので、今まで交流はありました。ですが、「いつかなにかご一緒できたらいいなあ」と思いつつ、お仕事のご縁はなかったんです。
わかちゃんのイラストのタッチと相性が良くて、2021年夏からすぐ作業に動き出せる人、デジタルでイラストが描ける人という条件で考えたときに、すぐにのださんのことを思い出しました。
「わかちゃんが持つ世界観を活かしつつ、ニジノ絵本屋の絵本作品として仕上げてもらえないか」と、のださんにご相談しました。
ちょうど東京オリンピック関連の仕事をされていて、翌年には北京オリンピックの仕事も控えているタイミングでとても忙しい時期に重なってしまいましたが、快諾していただいたという経緯です。
最後にアートディレクターの髙橋まりなさんがチームに入りましたが、そのきっかけを教えてもらえますか?
アートディレクションをしていただいた髙橋まりなさんは、わかちゃんのお母さんからのご紹介でした。
NHKでFoorin楽団としてのわかちゃんを取材するドキュメンタリー番組制作で知り合ったとお聞きしました。わかちゃんのお母さんといろいろ話している中で、絵本全体のアートディレクションをしていただこうということになったのです。髙橋さんも売れっ子さんなのでとてもお忙しい方ですが、快諾いただきました。
最終的に、担当の割り振りなど全体の進行管理含めたプロデューサー的なことを私が、絵本全体のアートディレクションを髙橋さん、イラストをのださん、文章を大川さんというチームが出来上がっていきました。
Zoomで初顔合わせをしてから、それぞれのパートごとの打ち合わせや、わかちゃんとのワークを設定をしたりと、超特急でいろいろ予定を組みました。
今回のチームでの絵本作りが、正式にスタートしたのは2021年7月23日、ちょうど東京オリンピック開会式の日でした。
わかちゃんと絵本づくりをするうえで、いしいさんが心に留めていたことはありますか?
わかちゃん本人ももちろんですが、ご家族にも楽しく絵本づくりに参加していただくことを心がけました。
『ビーズのおともだち』は、わかちゃんが絵本作家としてデビューする作品になるので、わかちゃん自身にも、絵本制作の大事な決断の部分には参加してもらいました。
わかちゃんと大川さん、のださん、髙橋さんとの作業を「ワーク」と呼んでいたのですが、入院中のわかちゃんの負担にならないバランスでスケジュールを組んでいきました。
知らない大人たちとオンラインで打ち合わせをするといったことは、わかちゃんも本当に大変だったと思います。
実は、私、わかちゃんとたまに「あつまれ どうぶつの森」(以下:あつ森)をしているんです。一年くらい電源を入れていなかったNintendo Switchを取り出して、わかちゃんがあつ森をするということを聞いたので、秋(2021年)くらいから再開しました。あつ森上で会うとわかちゃんがキャラクターを通して、たくさん話してくれたんです。私はわからないことだらけなので、いろいろ教えてもらいながら進めました。ゲームを通して心の距離がグッと縮まったように感じています。
少し話がずれましたが、わかちゃん自身が「絵本を作ってよかった」と思ってもらえるように、その工程をよく考えながら進めました。
クリエーター3人の方とチームで絵本づくりをするうえで、いしいさんが心に留めていたことはありますか?
このプロジェクトにおける私の仕事は、一言で言えば「情報共有」と「進行工程管理」です。企業でいえば「チームのマネジメント」でしょうか。
なるべく、どんなことも情報共有するようにしました。五月雨式に流すということではなく、まず文章担当の大川さんとアートディレクターの髙橋さんの意見を全部伺ってまとめてから、イラスト担当ののださんに伝えていくなど共有の仕方やタイミングに工夫をしました。
大川さんに関しては、文章の作業というソロパートからスタートしたので、テキストが完成した後の作業を進めていくうえで、大川さんへ進行状況をこまめにお伝えして確認していただきました。お伝えすると的確な指摘をいただけるので、何かしら進んだら大川さんにも常に確認を取りました。
髙橋さんに関してはお忙しいことはわかっていたので、本職のご負担にならないように、前後のパート(文章とイラスト)とうまくつながるように連携をとりながら、スケジュールを組んで打ち合わせをお願いするようにしました。
のださんに関しては、さらに細かく間に入って調整するようにしました。やはり、イラストは一番時間がかかるパートで、キャラクターから背景の色や形、デザインなどわかちゃんのこだわりポイントを形にしていきます。わかちゃんやわかちゃんのお母さんも希望を伝えるときには、遠慮する部分があると思うので、一旦私に思うことをすべて言ってもらい、わかちゃんの気持ちをのださんによりわかりやすく伝えるということを心がけました。
私はこの作品だけではなく、どの案件でもこういう調整に関する役回りが多いです。
いしいさんから見てわかちゃんはどんな人だと思いますか?
「わかちゃんは、大人だなあ」と感じることがあります。
もちろん、とてもかわいい子どもらしい部分も知っているのですが、ZoomやLINEでのやり取りの中で、ふとした会話の間の取り方にとても配慮があると感じることが多いです。実は私、実際にわかちゃんに会ったことがないんです。最初から最後までZoon、LINE、Nintendo Switchなどのツールを使ってオンラインのみでやりとりをしていました。余談ですが、私は肺に持病があり、コロナ禍になってからの2年以上、他の案件含めてオールリモートで仕事をしています。
またあつ森の話に戻ってしまうのですが、ゲーム内で、喫茶店に入ったとき、わかちゃんが「ここはごちそうするね」って言ってくれたり、いろいろ紹介してくれるんですけど、先輩とお茶をしている心境になったりします(笑)。もう年齢は関係ないですよね。
日頃、他の11歳と接していないのでわかりませんが、自分の意見をきちんと言ってくれて、ここはこうしたいとか、こう気づいたとか、ちゃんと伝えてくれるんです。そういうところが本当にすごいなと思います。
『ビーズのおともだち』を通じて、いしいさんが伝えたい人・ことはありますか?
今回のような形式の絵本づくりは、結構特殊だと思うんです。一番に伝えたいのは、病気の子が作った絵本ということではなく、11歳の子が本気で「絵本作家になりたい、絵本を作りたい」と思った気持ちから周りの大人が動いた。子どもと一緒に絵本を作ったということではなく、全員がプロフェッショナルな形で携わった絵本だということです。
そして、絵本自体はただただ「素敵な絵本だな」と思って手に取っていただきたいです。全然、作られた背景を知らなくていい。「この絵本、ちょっとかわいいから開いてみよう」という感覚で読んでもらって、後で小児がんの子が作った絵本だったということを知ってもらえばいいのではないかと思います。
絵本作家って国家資格ではありませんし、どんな人でも強い気持ちと行動力があれば形になっていくんだということを改めて実感しました。以前に(当時)88歳の作家さんと絵本を作ったことがあるのですが、「夢や目標を叶えるのに、年齢は関係ない」と、今度は11歳の作家さんと絵本を作って改めて実感しました。
たくさんの人に、この絵本を読んでもらえたらうれしいです。
最後に一言!(絵本が持つ力とは?)
絵本が持つ力とは、一言で言うと「ボーダーレスなもの」だと思っています。大人と子どもの境界線もボーダレスです。
『ビーズのおともだち』は日本語表記ですが、今後は外国語版の出版も視野に入れていきたいと思っています。絵本は、国境もボーダレスですよね。
絵本であるがゆえに、その1冊から誰かと話ができたり、さまざまなコミュニケーションを取れることがあります。
絵本が持つ力ってすごいなって、いつも思っています。
▼2022年こどもの日に『ビーズのおともだち』が産経新聞に掲載されました。
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