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当事者家族も三年生

先日、当事者会に行ってきました。
脳疾患を発症して一年くらいの高次脳機能障害のご主人と奥さまが参加されていました。

失語のご主人にきつい口調で話す奥様にちょっと驚きました。
「まだ一年、高次脳機能障害の回復は緩やかだからのんびりいきましょう。必ず今より良くなりますよ」
そんな話が当事者の先輩から出ました。

"本人も家族もまだ雲を掴むような話しにしか思えないだろうな"
私はその言葉をそんな風に聞いていました。

私は発症から1年と10ヶ月。
生活していく中で上手く立ち回る術は少しずつ覚えたけれど、高次脳機能障害が良くなって来ているという実感はまだまだないです。

来られた方は発症して一年。退院してそんなに時間が経っていないなら、回復なんてまだ想像つかなくても仕方ない時期じゃないかな、そんなことを思いました。

最初は奥さんのイライラしたような口調がとても気になりました。

"どうしてもっとゆったり構えてあげられないんだろう?発症して一年なら本人もどうしていいかわからないだろうに"
と思っていました。

でも時間の経過と共にふと気がつきました。
本人が当事者一年生なら、奥さんもまた当事者家族一年生だと。

本人が障害を受け入れる事が大変なように、家族だって障害者家族であることを受け入れるのは大変なのだろうと。

いや、むしろ本人よりも家族の方が大変な時期かもしれない。
退院してきてどう扱って良いかわからないご主人、行政の手続き、病院やリハビリの手配、お金の問題、etc。
一度に奥さんの肩にのしかかっている訳で、余裕なんてあるはずもないか‥
そんなことを思いました。

家で夫によく言われます。
"障害を抱えて一番辛いのは本人である君だから"

でももしかしたら家族の方が辛いかもしれないと思いました。

先日、娘がコロナにかかりました。
幾日も高熱が続き食事もとれない。
可哀想だけれど、アイスノンを替えたり食べやすいものを作ったりしかしてあげられない。

どれだけ代わってあげたいと思ってもどうにもなりません。
見てるしかないって辛いなと思いました。

自分がくも膜下出血になった当時
"なんでこんな病気になったのだろう"
何度も何度も泣きました。

ただ、少し落ち着いたころ
"家族で誰かがなるのだとしたら、他の誰でもなく自分で良かった"
そう思いました。

私は当事者家族になったことはないけれど、苦しむ家族を見ているしかできないこと、それも辛いことだと思いました。

夫に障害者としての気持ちをわかってもらえないと嘆くことがあるけれど、夫もまた支援者としての気持ちをわかってもらえないと嘆いているかもしれないと思いました。

再来月で発症してから丸2年を迎えます。
障害者3年生になります。
夫もまた障害者家族3年生に進級します。

私は障害者であることを、夫は当事者家族であることを受容しながら3年目を目指して歩んでいくしかないのだなと思いました。