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73_TRPG世代論『ダブルクロス』シーン制・ハンドアウト・トレーラー

「21世紀デビューの新スタッフが贈る本格的新世紀RPG」という裏表紙の言葉と「既に世界は変貌していた」という帯が新たなTRPGを期待させました。今から約22年前、2001年7月のことです。赤い「シーンプレイヤーカード」が『ダブルクロス』ルールブック(2001年)に添付されていました。過去に『トーキョーN◎VA』『TORG』などカード類が付属するルールブックはいくつかありました。しかし、たった1枚、実プレイで使用しなくても支障ない赤いカードの存在は「シーン制」を強く象徴していました。また、F.E.A.R.系TRPG以外の『シノビガミ』や『クトゥルフの呼び声(CoC)』同人シナリオでも採用されている「ハンドアウト」(シナリオハンドアウト、導入ハンドアウト)を普及させたのが『ダブルクロス2nd』です。

◆斬新だった『ダブルクロス』のルール

(1)シーン制

私の記憶では、明確に「シーン制」を導入したのは『TORG』が最初でした。映画的シナリオを意識して、大きな区切り「幕」とその細分化「シーン」」を導入していました。場面転換の他に主にリソース管理の区切りとして使われていました。1990年代後半にF.E.A.R.系TRPGで導入されていたかどうか確信がありません。『トーキョーN◎VA-R』『ブレイド・オブ・アルカナ』を要調査です。しかし、多数のリプレイ書籍などでシーン制をメジャーにしたのは『ダブルクロス』と後発の『アルシャード』(2002年)『アリアンロッドRPG』と言えます。
『ダブルクロス』のシナリオ(メインプレイ)はオープニング、ミドル、クライマックス、エンディングの4段階のフェイズに分けられています。基本的に、オープニングはPCごとに1シーンずつ、導入が語られます。クライマックスはPC全員が登場してボス敵との戦闘となります。大半を占めるミドル・フェイズではクライマックスに向けて状況を進め、モチベーションを上げていきます。イベントが発生したり、情報収集を行ったり、NPCとの人間関係を構築したり。初版ルールブック掲載シナリオには「出会い系シーン」「トリガー系シーン」など丁寧に書かれています。クライマックス・フェイズ後のエンディングではオープニングと同様にPCごとに1シーンずつ、物語の結末を語ります。すなわち、「シーンプレイヤーカード」はそのシーンごとに主人公を示すツールとして提案されました。『TORG』と根本的に異なるのは、シーンごとにスポットライトを当てるキャラクター/プレイヤーを明確にしたことです。他のTRPGで見られたような、声の大きなプレイヤーがずっと話し続けるという状況を減らす効果がありました。
下図が「シーンプレイヤーカード」再現イメージです。本物と一部変更してあります。

「シーンプレイヤーカード」再現イメージ

現代異能RPG『ダブルクロス』は初版でシーン制を導入しました。『ダブルクロス2nd』がシナリオハンドアウトを採用し、サプリメントでN/Rハンドアウト(いわゆる秘匿ハンドアウト)も提案しています。そして、『ダブルクロス3rd』はトレーラーを採用しました。2023年現在から過去を振り返って見ると、TRPGの根幹ルールシステム面は初版から完成度が高くあまり変化していません。データバランスなどを調整されています。版上げアップデートでシナリオ運用が進化し、遊びやすくなっています。トレーラーとハンドアウトの説明を『ダブルクロス3rd』基本ルールブック1より引用します。

トレーラー
GMは用意したトレーラー(予告編)を読み上げる。トレーラーとは、文字通りそのセッションの予告編である。これはセッションで遊ぶシナリオについてプレイヤーたちにいい意味での先入観を持ってもらうために存在する。

『ダブルクロス3rd  基本ルールブック1』p198より

トレーラーにおいて重要なのはプレイヤーたちに今日のセッションの雰囲気を伝えることだ。そうすることによって、作成するべきキャラクターのイメージが決まるだろう。

『ダブルクロス3rd  基本ルールブック1』p319より

シナリオハンドアウト
GMは、プレイヤーのキャラクター作成の手引きとして、シナリオハンドアウトを作成して、渡すことになる。シナリオハンドアウトとは、GMがプレイヤーに対して行う「作成するキャラクターへの要望」である。
シナリオハンドアウトいは、そのキャラクターに対する事前情報、指定されるワークスやカヴァーなどが書かれていることが多い。

『ダブルクロス3rd  基本ルールブック1』p320より

(2)侵蝕率

『ダブルクロス』の最大の特徴は「侵蝕率」です。そのキャラクターがどの程度レネゲイドウィルスに侵されているか、言い換えれば、人間離れしているかを示します。高ければ高い程、化け物のような能力を発揮できます。30%から80%、100%と上昇する数値表現が分かりやすいです。20世紀末当時に人気だった『新世紀エヴァンゲリオン』のシンクロ率や『幽遊白書』の戸愚呂(弟)に影響を受けたと推測します。
 侵蝕率100%が一つの目安です。一時的に100%を超えても人間に戻ることは可能。100%を超えて、かつ戻ること能わなかった場合にジャーム化(怪物化)します。PCはシーンに登場するごとに、侵蝕率が1D10上昇する。すなわち、セッションが進行して行くと必ず、PCの侵蝕率は上昇していきます。これは、少年漫画などにおけるキャラクターがクライマックスに近づくにつれて強くなる様子を再現したそうです。また、超能力エフェクトを使用したり、衝動判定(正気度判定のようなもの)を行うことによっても侵蝕率は上昇します。侵蝕率の上昇には、基本能力の上昇、強いエフェクトの封印解除などのメリットがあります。侵蝕率が高くなり過ぎるとレネゲイドウィルスに支配されてしまい、クライマックス戦闘後に日常に戻れなくなるデメリットもあります。
私は、サイコロ出目が悪くて戻れなかったキャラクターを何人も見て来ました。最も過酷だった南極でのナチスとの戦い(ウィアードエイジ)では、5人のPCのうち3人がジャーム化(闇落ち)しました。

◆絆と裏切り 『ダブルクロス』最大の特徴

 ダブルクロスはPCの人間関係が重視されるTRPGです。それを表現しているのが「ロイス」と「タイタス」です。PCの行動の動機となる恋人、仲間、家族、あるいは宿敵などが「ロイス」として設定されます。上限7つという取得枠も絶妙です。そして、シナリオ中に「ロイス」が「タイタス」に変化する場合があります。ロイスの死亡や裏切り、その他の理由により人間関係が変化した場合、プレイヤーの申請により「ロイス」を「タイタス」にすることができます。なお、NPCが死亡したとしても「俺の心の中で生きている」とか言って、「ロイス」のまま残すことも可能です。ロイス/タイタスは複数の役割を持っています。

(a)資源としてのロイス/タイタス

 非常にゲーム的な役割です。ロイスとタイタスはPCの資源としてそれぞれ使用されます。ロイスの数は、クライマックス戦闘終了後の特別な判定「バックトラック」で振るサイコロの数へ等価交換されます。この判定に失敗すると、ボス的に勝利した余韻を残したまま、PCが闇落ちします(ジャーム化という用語で呼びます)。闇落ちを防ぐため、クライマックスの最後まで可能な限り多くのロイスを残しておくべき。一方で、タイタスはいわゆるヒーローポイント的に使います。経験則としては、クライマックス戦闘で、タイタスを2つくらい消費するセッションが多いです。もちろん、GMの嗜好やシナリオ展開、あるいはサイコロ出目によってタイタスを使う数が異なりますが。

(b)設定としてのロイス

 キャラ作成時に3つのロイスを取得します。シナリオ開始時にPC間ロイスを取得します。作成時のロイスがシナリオ本編に登場するか否かはGMのアドリブ次第。うまいGMほど、この作成時ロイスを活用してセッションを盛り上げる印象があります。ロイスに固有名詞を付けると設定をイメージしやすくなります。友人Aなどの単なる記号ではなく、生徒会のシャーリーさんとか、旅の仲間の夏ミカンちゃんとか、宿敵の十蔵という固有名詞を与えるとPCの守るべき日常を具体化できます。あるいは、ルールブックやサプリメントに掲載されている公式NPC(組織の幹部など)をロイスにすることでPCの立ち位置を示すこともできます。

(c)重要NPCとしてのロイス

 個々のシナリオにおいて最も重要なロイスは、シナリオハンドアウトで各PCに提示されます。このシナリオロイスは、そのシナリオの重要登場人物。PCが積極的にシナリオに参加し、行動する動機になります。。また、シナリオが進んで行くうちに、自分のシナリオロイスだけでなく、他のPCのシナリオロイスとロイス関係を結ぶのも意味を持つこともありえます。

 ダブルクロスの核心であるからこそ、ロイスの扱いは盛り上がるポイントだと、個人的に思っています。以下は1人のGM思考です。他のGMには別のこだわりがあるでしょう。まず、ロイスを取得する際には、シーン中で相応の演出をします。PCがロイス候補と知り合い、人間関係を結ぶ。そのうえでプレイヤーがロイス取得の意思表示をし、ゲームマスターが承認すれば、ロイスとして確定します。さらに、ロイスのタイタス化には、たいていの場合は明確なイベントを準備します。NPCの裏切りや死など。ただし、クライマックス戦闘でいちいち演出すると時間が不足するので、戦闘中は演出は簡略化します。資源が不足してきた場合などに、プレイヤー側から心変わりや裏切りを申請して、ロイスを強引にタイタス化することもよくあります。ただし、自発的なタイタス化は、後からつらい演出が行われる場合があります。知らないうちに関係が壊れてしまったり、事件解決後に巻き添え死亡が知らされたりするかもしれません。
 これら侵蝕率とロイス/タイタスが『ダブルクロス』の特徴的なルールです。単純に強いだけの超人ではなく、PCたちが日常と非日常の間、人間性と狂気の綱渡りを生きています。心の葛藤、あるいは闇に墜ちる危険と隣り合わせで超常の異能力を使うのが『ダブルクロス』の魅力です。

◆『ダブルクロス』完成度の秘密

意外と知らない人が多いかもしれません。『ダブルクロス』がテストプレイにこだわり、発売前に何度も初心者に遊んでいただき作りこまれて来たことを。JGCのトークイベントで鈴吹太郎先生が語ったのを聞いて感心しました。TRPG初心者の専門学校生に遊んでもらって、テストプレイをしたと。トークイベント発言なので、雑誌など文献に書かれているかは不明。
傍証として『ダブルクロス』(初版)p209スタッフリストには「スペシャルサンクス:デジタルエンタテイメントアカデミー」と書かれています。『ダブルクロス2nd』p238には「テストプレイ デジタルエンタテイメントアカデミー」「スペシャルサンクスGFコンのみなさま」とあります。『ダブルクロス3rd』p6 には「Special Thanks 『GF-CON』参加者の皆様」と書いてあります。
F.E.A.R.が毎月開催し続けている『GF-CON』がテストプレイの貴重な場となっています(コロナの影響で休止した一時期を除く)。『コボルトのRPGデザイン』に書かれているように、TRPGシステムやシナリオを作り込むにあたってテストプレイが重要です。テストプレイの量と質を実践したという意味でも、『ダブルクロス』はF.E.A.R.の代表作品と言えます。