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71_TRPG世代論『ダブルクロス』UGCの夜明け

TRPG文化の歴史において『ダブルクロス』は2つ重要な意味があります。1つは、現代異能モノというジャンルを確立したこと。もう1つは、同人TRPGからプロのゲームデザイナーが生まれた象徴的な作品です。サブカルでのUGCによる盛り上がりがゲーム業界でも活発化してきた始まり。『日本アニメの革新』によると、1980年代のアニメブームはファン創作活動から盛り上がりました。やがてファン出身のクリエイターも生まれてきました。生まれたときからアニメを見ていた第一世代の代表例が庵野秀明監督です。映画『シン・仮面ライダー』を創った庵野秀明監督は最初の『仮面ライダー』TVシリーズを小学生のときに見ていました。約50年後にシン作品を作ったのは素晴らしいことです。2010年代からマーケティング用語で「User Generated Content(UGC)」が注目されています。漫画、アニメでは40年以上もUGCの伝統があります。デジタルゲームやアナログゲームも、ユーザが自主制作し、その中からプロ作家が誕生する文化があるようです。

◆ゲームデザイナーの登竜門

『ダブルクロス』は、F.E.A.R.が主催する「第1回ゲーム・フィールドゲーム大賞」準入選に愁傷して、商業作品となりました。2023年に24回目が募集されるコンテストの出世頭であり、ファンからの登竜門を認識させた作品です。漫画・アニメの同人誌即売会コミックマーケット(通称コミケ)は21世紀の今や海外からも参加者があり、3日間の会期に約50万人が参加する大イベントです。メジャー作品の場合には同人誌の元ネタとなった作品名がジャンル名になることもあります(例:ガンダム、鬼滅の刃)。そんな中に「ゲーム(電源不要)」というジャンル名で、TRPG関係の同人誌も頒布されています。リプレイやシナリオが多い中で、同人TRPGを創作される人もいます。やがて同人活動から「ゲーム・フィールドゲーム大賞」へ応募する人も現れました。グループSNEは不定期に人員募集を行ってきましたが、定期的に才能発掘するきっかけを提供しているゲームコンテストの意義は大きいです。毎年開催と言っても、入選作なしのときも多く、本当に出来の良いものだけが入賞。だからか、入賞して商業作品デビューしたゲームデザイナーはその後も活躍しています。

◆『ダブルクロス』概要

『ダブルクロス』は現代異能モノTRPGの嚆矢と言えます。昨日まで日常生活が繰り広げられていた街で、突然異形の世界に踏み込んでしまった元一般人や、秘密を知るエージェントたちとなって事件に立ち向かう物語が語られます。能力を使えば使うほど、怪物化、闇堕ちに近づいていきます。それに悩みながら行動し、日常の側に踏みとどまろうとするのがこのTRPGの特徴です。基本的なシナリオ展開では、超常能力を悪用するテロリストに対する秩序を守る側との戦いとなります。
 超常能力は13種類の系統に大別されています。シンドロームと呼ばれる各系統は分かりやすさより、少し詩的にネーミグされています。光の狙撃手エンジェルハイロウ、電子使い&発電機ブラックドッグ、ゴム人間エグザイル、剛力異形の鬼に“変身”するキュマイラ、神速のハヌマーン、炎と冷気を操るサラマンダー、血液から使い魔を生み出すブラム=ストーカー、化学物質で人を操るソラリス、調査や戦闘を天才的にこなすノイマン。自らの“領域”の支配者オルクス、物質変換で武器を現出させる錬金術師モルフェウス。重力を操る魔眼のバロール。複製能力を持つ真蛇ウロボロス。キャラクターはこのうち1種類または2種類の系統の能力を持ちます。第3版から3種類選択も可能になりました。

◆『ダブルクロス』の歴史

 21世紀初め。2001年9月11日、同時多発テロに世界は震撼し、世の作家たちは「フィクションを超える事実」に戦慄しました。その同時多発テロが起こる約2カ月前、2001年7月31日にTRPGユーザたちは新たな世紀の始まりを予感しました。それが『ダブルクロス』です。ゲーム大賞に入賞した当時、ゲームデザイナーの矢野俊策先生は大学生だったそうです。それから2003年2月に富士見書房へ移籍し第二版が発売されました。同時に定期的なリプレイ・シリーズが刊行され始めました。当時を知るTRPGユーザは、わずか1年半で版上げされたこと、多数のリプレイ出版展開に富士見書房(現・KADOKAWA)の推しの強さを感じていました。さらに6年後(初版より8年後)、2009年7月に文庫本の第3版に進化しました。基本ルールブック掲載のシンドロームが9種類から11種類、12種類と版上げごとに追加整理されたのに加え、遊びやすさの面でも改良が加えられて来ました。それから10年以上、いくつものサプリメントやシナリオ集が発売され、サポートが継続しています。
 そして、2020年。現実世界の私たちは、新種のウィルスによるパンデミックに怯え、対策し、克服しようと努力してきました。こんな世間情勢となる20年近く前から、TRPGユーザはダブルクロス世界観で未知のウィルスによる現象と戦いに馴染んできました。

◆現代異能モノに影響を与えた参考作品

『ダブルクロス』世界観は、ジョージ・R・R・マーティン編纂の小説に大いなる影響を受けています。

「西暦1946年9月15日、ニューヨーク上空で異星の細菌兵器が爆発した。そのウイルスに感染した者の90%は死亡し、生存者の90%も恐ろしい肉体変容が生じる。しかし、残ったごく少数の者は様々な超能力を得ることができた。かくして、超能力者たちが争う世界となった。ニューヨークの大惨事の後、ウイルスは気流に乗って全世界に拡散した。そして、直接の感染者は潜在的なままで、第二世代以降に影響を受けて生まれてくるミュータントたちもいた。」

未知のウィルスにより発現した異能力。元ネタを知らない人が読めば『ダブルクロス』そのものです。これは1980年代にアメリカ合衆国で書き始められたシェアワールド小説「ワイルドカード」シリーズの設定です。大規模な反対運動や規制法の制定、特殊部隊への利用など、さまざま面で架空の戦後史を背景にして書かれた世界観と、ヒーローとは言えない個性的なミュータントたちのキャラクターが好評を得て20巻以上のシリーズが続いたそうです。日本でも翻訳されて、創元SF文庫から『大いなる序章』『宇宙生命襲来』『審判の日』の3巻まで出版されました。『GURPS』サプリメント(未訳)も作られた魅力的な世界観でした。この小説世界に触発されて生まれたTRPGが『ダブルクロス』です。ルールブック初版には参考作品として紹介されています。

ルールブック初版では、以下の作品が紹介されていました。
「スーパーマン」(DCコミックス)
「ワイルドカード」シリーズ(創元SF文庫、ジョージ.R.R.マーティン編)
「ダブルブリッド」シリーズ(電撃文庫、中村恵理加)
「レベリオン」シリーズ(電撃文庫、三雲岳斗)
「ザンヤルマの剣士」シリーズ(富士見ファンタジア文庫、麻生俊平)
『仮面ライダーSPIRITS』(講談社コミックスデラックス、村枝賢一)
『ARMS』(少年サンデーコミックス・スペシャル、皆川亮二)
『魔人~DEVIL~』(講談社コミックスデラックス、大暮維人)
20年以上前なので、今では入手困難な作品が多いようです。

個人的に参考作品を挙げてみると、『仮面ライダーダブル』『仮面ライダーオーズ』『仮面ライダーファイズ』『仮面ライダーアギト』などの平成仮面ライダー。『シン・仮面ライダー』もあり。石ノ森章太郎作品では、他にも『サイボーグ009』『スカルマン』など。令和に入ってからの話題作では、『ジョジョの奇妙な冒険』『幽遊白書』『るろうに剣心』『コードギアス 反逆のルルーシュ』『スパイダーマン』も参考になる。3版が発売された頃に参考作品と書きましたが、時代が巡って最近も話題になっています。

◆影響を与えたこと

『ダブルクロス』は現代異能TRPGの嚆矢と言えます。現代を舞台に遊べるTRPGでは『クトゥルフの呼び声(CoC)』が有名ですが。ホラーでありライトノベル的ヒロイック展開に向いていません。過去には『ガープス・妖魔夜行』『BEAST BIND 魔獣の絆RPG』など魔物をプレイするTRPGもありました。でも、特殊能力を持った人間が戦うTRPGは『真・女神転生II TRPG誕生篇』くらいでした。21世紀に入り、『ダブルクロス』が現代異能ジャンルを確立しました。以降は『アルシャードガイア』『ナイトメアハンター=ディープ』『デモンパラサイト』『パラサイトブラッド』『神我狩』『デッドラインヒーローズ』など複数の現代異能TRPGがあります。『忍術バトルRPG シノビガミ』も現代異能の亜流と言ってもいいでしょう。

そして、現代異能TRPGというジャンル区分にこだわらず、幅広い舞台で遊べるのも『ダブルクロス3rd』の大きな魅力です。時代的には、平安京、アーサー王時代、戦国時代、ヴィクトリア朝、トワイライト(第二次世界大戦前夜)。現代の地球上で特化した舞台設定では、魔界都市、太平洋上の巨大学園、黒海周辺の紛争地帯。マルチバース的な平行異世界では、クトゥルフ神話の世界観、ヒーローが活躍する世界、不良モノ、MMO内部に閉じ込められた世界、悪の組織が勝利したディストピアなど。
個人的には、公式設定の組織が発足する前の時代「ビギニングエイジ」や戦国時代の忍法帖ステージ、『上海退魔行』の設定を借りた19世紀末の上海ステージでも遊びました。公式NPCリヴァイアサンの語られていない過去を想定したり、真田丸と戦ったりという奇妙なシナリオは身内卓だけでなく、JGCフリープレイ卓で初見の人にも楽しんでもらえました。

参考文献
氷川 竜介『日本アニメの革新 歴史の転換点となった変化の構造分析』
『安田均のゲーム紀行 1950-2020』

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