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32_プロGMの3つの側面

私が初めて「プロGM」という職業を知ったのは高校生の頃。ラリー・ニーヴン著『ドリーム・パーク』を読んだときでした。TRPGではなく、テーマパークでLARPを開催しており、そこで起きた殺人事件を調査するため、刑事が初心者プレイヤーとして潜入捜査する物語です。そこで描かれる未来絵図に憧れました。次に「プロGM」を意識したのは、2003年の秋に『ローカルペーパー 第1号』を読んだ時です。2021年10月18日、力造先生の一周忌の命日にサンセットゲームズさんのツイッターで公開されたので見た人もいるでしょう。

サンセットゲームズの『ハーン』プロジェクトに参加。
日本初のプロゲームマスターとして同社と専属契約を交わし、今後の活躍が期待されている。

インタビュー記事の後半「ゲームマスターをする時に気をつける点」で述べている「プレイヤーに不快な思いをさせない」「ゲームマスターの権利を利用して、不条理なことをしない」など、当時から心配りされていたことが読み取れます。2003年当時、この記事を読んで、プロとか専属契約とはどういう存在かと興味を持ちました。それから「プロGM」が既に活躍していると気付いたのは、TRPGカフェの存在を知ったときです。そして、2021年、ツイッターを見ていると、ときどき有償GMや有料GMが話題になることに気づきました。一方で、世の中を見渡して見ると、30年前、20年前には想像していなかった新たな職業が出現しています。動画投稿者、eスポーツ選手、ウーバー配達員など。『SF思考』によると、2070年には共感ビジネスなども予測されています。つまり、いつか「プロGM」が職業として確立する時が来ても不思議ではありません。だから、私はこの記事をベンチマーキングと未来予測を半々くらいと思って書いています。

ここで話の前提として断っておきます。プロのゲームデザイナー、ゲームライター、シナリオ作家とプロGMは別モノです。友野詳先生のように、これら全ての才能を持った人もいます。鈴吹太郎先生のように、さらに経営者やプロデューサーを兼ね備えた人もいます。デザイナーでGMも巧い人はユーザー出身であり、遊びの経験値が多いのです。逆に、どれかの才能が秀でている人もいます。この記事では、デザイナーと兼業でないプロGMを想定して書きます。

プロフェッションの要件

「プロフェッション/プロフェッショナル」は、西欧では伝統的に、医師、弁護士、聖職者の3つの職業について考えられ、倫理規範などが整備されてきました。現代では様々な職業がプロと呼ばれます。検索してみると「プロフェッションの要件」についての記事が見つかります。1964年に、ミラーソン(G.Millerson)という学者が共通要件をまとめたそうです。

(1) 理論的知識に基づいた技能を有する(体系的理論)
(2) 訓練と教育を必要とする(教育訓練)
(3) 試験により資格が与えられる(権威資格)
(4) 倫理綱領により忠誠が保たれる(倫理感)
(5) 利他的サービス及び公共善の達成を目的とする(奉仕的方向付け)
(6) 組織づけられている(組織団体)

もともとは医師や弁護士など「資格」を就業条件とする職業から始まった考え方です。日本では、技術士など職業と独立した資格者団体も同様の要件を兼ね備えています。ここから拡大して、様々な職業でプロフェッショナルが存在しています。同業者団体や資格認定も多数あります。私も仕事関係でNPO認定の専門家(professional)資格を有しています。他と比べると、資格者が約1000人とマイナーな存在であり、微力ながら普及発展に協力しています。

石川善助氏によると、プロフェッションの3つの側面が指摘されています。
1)技術的側面
2)経済的側面
3)社会的側面

1. プロGMの技術的側面

「プロGM」について、この3つの側面を考えてみます。1番目の技術的側面は、セッションを適切に司会進行して参加者を楽しませる技術です。ところが、現実には様々なTRPGユーザーがいます。期待する品質とそれに対して必要なGMの力量も様々です。TRPG初心者がお試し体験をしたいのか、システム初心者が新規システムの初体験をしたいのか、熟練プレイヤー同士の濃密なセッションを味わいたいのか。表1に例を示します。対価(例)はTRPGフェスティバルを参考にしており、他意はありません。プレイヤーがGMと初対面だと、どのくらいの力量を持っているか不明です。現状、友人の紹介や口コミ評判くらいです。GM力量が見える化されていれば、新規TRPGユーザーも安心して参加できるようになると思います。

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「究極のセッション」は漫画『美味しんぼ』からの連想です。TRPGセッションの品質を考えるにあたり、個人的には2つのエピソードが印象に残っています。一つは、京極さんをもてなすにあたって、徹底的にリサーチして出した料理が感動で涙させたこと。もう一つは「美食倶楽部」を退職してハンバーガー屋を開いた料理人が、高級なだけでは旨くなくてパンとハンバーグとの食材の相性が重要と理解する話。2件とも、TRPGにも大事なことを読み解けます。

2. プロGMの経済的側面

次に経済的側面です。ツイッターで見かけた話題は、主に経済的側面の話でした。プロGMへの報酬として、どの程度が妥当なのでしょうか。誰でもすぐ思いつく、いわゆる「最低賃金」時給1000円弱とGM報酬を比較するのは不適切でしょう。セッションという一期一会の「おもてなし」から、例えば、私は舞妓遊びを連想します。検索してみると、舞妓さんを1人呼ぶのに花代が45,000円かかり、3人呼ぶのが標準コースという情報があります。あるいは、講演会の講師が類似しています。講師の力量・知名度・実績により価格差がありますが、相場は20万円から50万円程度らしいです(交通費別)。私が直接関わった案件では、時間換算で1万円/時間という講演がありました。驚いたのは日本IBMに講演を依頼したときで、営業活動扱いにするので講演無料かつ懇親会不要と言われました。また、業界団体で講演会企画に関わったときは、事務局が予算15,000円/1時間で講師に依頼していたようです。他に、note記事では私立大学の非常勤講師の場合、時給換算で3000円から4000円程度とあります。一方通行で話す講演会と、プレイヤーとの対話で時と場合に応じて臨機応変に判断するTRPGセッションは要求される力量や知的労働が同じではありません。それでも、この非常勤講師を目安にすると、1セッション(約6時間)2万円からが適切な料金ではないかと思います。プレイヤー1人あたり約5,000円(プレイヤー4人の場合)。現状、TRPGセッション1回にこの価格を支払うユーザーは稀でしょう。TRPGフェスティバル2019のプレミアムセッションが5,000円でしたので、無理な価格というわけでないです。もし仮に1セッション2万円を年間100セッション行えば、年収200万円。専業GMだけでは心もとない収入ですが、学生アルバイト収入としては良い金額と言えます。しかし、現状では、ユーザーニーズと依頼料に対して、試算したプロGMへの適正報酬にギャップがあります。有力な資産家か誰かが投資してギャップを埋めてくれれば、などと思ってしまいます。

3. プロGMの社会的側面

さて、3番目の社会的側面です。石川善助氏によると、社会的承認や地位のために団体が必要とされています。団体の機能は3つ、社会的承認を獲得するための政治的団体、技能の教育・訓練・維持・向上のための基本的な責任を負う団体、職業倫理と自己規制。この理論をそのまま当て嵌める必要はないと思います。「プロGM」を社会に認知させ、技能を保証し、職業倫理規範による自浄作用を持つ団体。先入観を取り払って機能に着目してみると、TRPGユーザーならどこかで聞いたことのある概念ではありませんか。『ソード・ワールド2.5』『ゴブリンスレイヤー』などファンタジーTRPGでお馴染みの「冒険者ギルド」です。前述した職業団体の要素だけでなく、依頼人と冒険者を仲介する機能も持っています。言い換えると、マッチングサービスに加えて冒険者の力量を認証したり、社会的地位向上に貢献したりしています。また、物語では社会的弱者のなけなしの依頼料に冒険者ギルドが不足分を補填して、古強者の冒険者に依頼するという場面もあります。『ゴブリンスレイヤー』では、冒険者ギルドが冒険者の実力認定を行って10段階に等級格付けしています。冒険者等級が依頼遂行能力や報酬の目安となり、依頼人は安心して依頼できます。
「冒険者ギルド」を置き換えて「TRPGギルド」がもし仮に存在したならば、各方面の関係者にメリットがあります。まずTRPGを遊ぶ場を探している新規ユーザーにGMやセッションを提供できます。プロGMが定期的に適切な依頼を受けることもできます。ユーザーが発注するときに念入りに調査し、それに見合った場をマッチングすることで不幸なセッションを事前に回避できるでしょう。TRPGセッションで最大の悲劇とは、シナリオ傾向や嗜好の齟齬です。誰もが不幸を避けたいと思っています。また、GMをやってみたいという初心者GMに対して優しく対応してくれるプレイヤーを紹介することもできるでしょう。図1にビジネスモデルを図解します。

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4. 助け人プレイヤー概略

ツイッターでは、プロGMよりもプロのプレイヤーが欲しいという意見も散見されました。それについても考えてみます。この記事では「助け人プレイヤー」と呼称します(プ音が重なるのを避けたいので)。

「助け人プレイヤー」基本機能
・場の信頼関係を醸成する(アイスブレイク)
・ファシリテーション
・自分も楽しむ
・人数不足のときの補充要員
選択機能
・パーティバランス
・意見取りまとめ調整
・GM暴走をクールダウン
・ルール面でのサポート
・データ面でのサポート
・喜怒哀楽を感情豊かに表現する

概要はこんな感じでしょう。GMと同様に「助け人プレイヤー」に要求される力量もセッション卓の性質によって様々です。個人的には、初心者GMを暖かく見守りフォローする役割が最も重要な一つだと思います。そうなれば、GMをするゲーマーが増えるでしょうから。

5. マッチングサービス参考事例

「TRPGギルド」をマッチングサービスと考えるならば、ゲーム以外の業界では2010年代に様々なビジネスが登場しています。民泊Airbnb、Uber Taxi、Uber Eatsほか。『アフターデジタル』によると、中国のタクシー配車サービスDiDiではドライバーの運転技術をウォッチしてお客様の口コミ以外でも評価し、ランク昇格・昇給する制度が実装されています。善行を繰り返したくなる制度設計と言われています。もしもどこかの好事家や資産家が投資すれば、「TRPGギルド」がいつか登場するかもしれません。なお、このような記事を書いていますが、私は新しい組織を立ち上げようという野望を持っていません。この記事を見た人が自由にこの構想を使っていただいてかまいません。もしもTRPGギルド構想が実在したら、その仕組みを利用して遊んでみたいと思っています。

用語に関する補足

「力量(competence)」は国際規格ISO9001などで使われている用語です。大雑把にいえば、能力値・技能・特技・経験などを全て含めた幅広い概念と言えます。前述した専門家資格では、力量の一覧表(コンピタンスマップ)が提示されています。リストの全てが必須というわけではなく、一定数以上を保持していると認められれば専門家認定されます。ただし、3年に一回更新申請が必要です。力量を発揮した業務の実績と自己研鑽の両方を申請書類に書く必要があります。より有名な例では、普通自動車運転免許証も更新申請が必要です。もし「プロGM」制度が実装されるならば、認証審査と更新が必要になるでしょう。公正な第三者が品質を保証することで、ユーザーが安心して遊べます。

参考資料
『ローカルペーパー 第1号』(サンセットゲームズ、2003年10月発行)
「プロフェッションによる教育と自律のあり方」(野村 英樹、2010)
プロフェッションとは(https://www.prof-law.com/content/individual.html)
『アフターデジタル』(藤井 保文、尾原 和啓、2019)