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【イベントレポ】 目の見えない白鳥さんと砂丘館の展示を見に行く


1.白鳥さんの新潟滞在

 目の見えない人と美術を鑑賞するーそう聞いて、皆さんはどんな画を思い浮かべるでしょうか。静かにゆっくり見て回る様子でしょうか。それとも、見える人が見えない人に丁寧にガイドする様子でしょうか。
 全盲の美術鑑賞者、白鳥建二さんは美術館をまわることが新たな鑑賞の場になると気づき、今では美術鑑賞ワークショップのナビゲーターや写真家として活躍しています。そんな白鳥さんが、新潟市芸術創造村・国際青少年センター「ゆいぽーと」のアーティスト招聘プログラムで2024年の4月から6月まで新潟に滞在することになりました。今回は、新潟滞在期間中に白鳥さんと企画した鑑賞会の様子を、企画者であり参加者でもある井上が感じたこととともにレポートします。

プロフィール:白鳥建二(しらとりけんじ)さん
1969年千葉県生まれ。全盲の美術鑑賞者、写真家。生まれつき強度の弱視で、20代半ばで全盲に。その頃から様々な人と会話しながら美術鑑賞をする独自の活動を始め、水戸芸術館現代美術センターなどでワークショップのナビゲーターを務める。2005年より写真撮影を開始。
2014年水戸芸術館現代美術ギャラリー(茨城県)ヂョン・ヨンドゥ「地上の道のように」作品協力。2021年はじまりの美術館(福島県)「(た)よりあい、(た)よりあう。」に写真家として出展。2022年アトリエみつしま企画展「まなざす身体」に写真家として出展。

白鳥建二さん  Photo by Ryuichiro Suzuki

2.鑑賞会スタート

 鑑賞会を開催したのは6月11日。数日前から急に気温が上がり、初夏の日差しがまぶしい日でした。今回鑑賞したのは、新潟市にある芸術文化施設「砂丘館」で5月から7月まで開催していた「吉田重信展 ヒカリノミチ 2024」。企画展の広報チラシには、一本の木に虹色の光があたっている写真と「自然光にひそむ色から浮かび上がる、日常空間の非日常という新鮮!」という文字が踊ります。

吉田重信:作家。1958年福島県生まれ。主に光をテーマに作品を制作する現代美術家。90年代初頭から太陽光線を利用したインスタレーションや映像作品を発表し続けている。Grundy Art Gallery Blackpool(イギリス)、岩手県立美術館、和歌山県立近代美術館など国内外に作品が収蔵されている。砂丘館ホームページ: https://www.sakyukan.jp/2024/04/10442

 参加者の方は4人。NASCスタッフと白鳥さんも含めて7人が砂丘館の和室に集合し、鑑賞会がスタートしました。砂丘館は旧新潟銀行支店長の邸宅で、約90年前に建てられた立派な日本家屋です。和室からは広い庭も見えました。
 白鳥さんの進行で、イントロダクションがスタート。美術館での対話型鑑賞会をするようになった経緯をお話し、その後参加者一人一人の自己紹介を行いました。白鳥さんの本を読んだ人、新潟滞在の間にお会いした人、福祉の仕事をしている人……初対面同士でまだ少し緊張感がただよっています。
 次に、白鳥さんから鑑賞の仕方についてお話がありました。

「実際どういうふうに鑑賞するか、なんですけれども、作品に関することだったら何を話してもOKというのがルールみたいなものでして・・・例えば、作品を見て、色とか形とか大きさとか言葉にしやすいものを言うのがひとつ。その他のこととして、考えたこととか思い出したこととか、それぞれの頭の中で展開されていることを言葉にする。”この作品はこういう作品でしょう”みたいな、答えを探す場じゃないので。しゃべりたい人がしゃべりたいタイミングで話しましょう。僕は全盲なので、誰かが話さないと始まらないというのはあるんですが、僕のための鑑賞会じゃないので、同じ立場で、全員で鑑賞する感じです。自由な会話というか、これでいいのかなとか怖がらずに、しゃべってもらえばいいのかなと思います。」
 

 白鳥さんの言葉で、鑑賞会という言葉からイメージしていた堅苦しいものがほろほろと崩れていき、なんとなく方向が共有できた気がしました。そして、白鳥さんが話し終わる前に、急に部屋のふすまに虹色の光が。どうやら庭に置いてある装置によって日光が虹色に反射しているようです。いきなり現れた虹色の光に、一同は目を奪われ、流れのままに鑑賞会が始まりました。

ふすまにあたる虹色の光

3. 写真作品「ニジヲアツメル 2023.5.12」

 部屋の中に現れた虹色の光を気にしながらも、さっそく床の間にかかった写真作品を見ていきます。実際にその場で起こった会話をいくつかそのまま以下に書いてみました。

1つ目の写真作品

「お部屋の床の間ですね。そこに掛け軸がかかっていて、それが全面の写真で」「はい、はい」
「一列に木が並んだ写真。手前の一本にフォーカスした写真で、その木にレインボーの光があたっています」「うん、うん。ふーん」
「ベンチがあって、これは公園かな?」「あー」
「奥の方に湖が見える。山もある。潟かな?」「へー」

 
「これ、虹色が木に塗ったみたいにくっきり見える」「そこだけ人工的、合成したみたい」
「よく見ると、七色がふたつ重なってる・・・?」
「ずっと見てたら、手前の木だけ顔みたいに見えてきた」「ふふふ」

みんなの発言に相槌を打つ白鳥さん

「さっきの光、ずいぶん上にあがったな、この10分で」「へー、はやいね」
「なんか揺れてる・・・?風?あとちょっとで消えちゃうのかな」「ははは」「ふすまのガラス張りのところを通って、今白鳥さんが向いてる方向に映ってます」「へー」「あの庭のバケツみたいなのに鏡があって、水が入ってる」「へえ、なるほど」

 色々な角度から思ったことを口にしたり、誰かの言葉を聞いてさらに連想したりしながら見ていると、あっという間に20分ほど経っていました。写真に撮られた虹色の光と、今まさに日光が反射して部屋の中に現れた虹色の光を交互に見て私たちは口々に話し、白鳥さんはその真ん中に座って時折相槌を打ったり、笑ったり。一つの作品でここまでたくさん会話が生まれるのか……といきなり驚く時間でした。

4. 映像作品「ニジヲアツメル 2024」

 次にもう一枚写真作品を見て、3つ目に見たのが奥の2階建ての蔵で展示されている作品。暗くてひんやりとした蔵に入ると、大きなスクリーンに映像が映し出されています。


「なんだこれ」「地球みたい」「へえー」
「下の方は青くてなみなみ、上の方に赤っぽいもの。真ん中にピンクと水色の光がまんなかに走っている。画面全体がぷるぷる動いているんですよ」「うん、うん」
「なんか竜が飛んでるみたい」「地平線があって・・・違う惑星にきたみたい」「あー!映像変わりました!」「細かい縦の筋がたくさん、左から右に動き続けてる」「うん、うん」
「ミラーボールみたい」「ずっと見てると頭がぐるぐるしてくる」「ははは」

「あ!また変わった。さっきの湖畔の写真の動画版だ!」「動画だと揺らぎがあって、優しい」「ほお」
「写真とまた違う印象だ、不思議な感動」「ふふふ」
「風が強いんですかね。虹の光がかなり揺れてる」「うん、うん」
「水面に揺れてる葉っぱが映ってる。写真ではなにかわからなかったけど・・・」「へー」
「なんかレインボーの光がかわいく見えてきた」「ふふふ」
「光が離れたりしてる」

 数分ずつ4つの映像が順番に映されるこの作品も流れるままに見ていましたが、やはり気が付くと20分ほどずっとしゃべりながら鑑賞をしていました。暗い中で見ているのでお互いの顔もあまり見えず、白鳥さんの立っている位置もなんとなく把握しながらの鑑賞。相変わらず白鳥さんは、特に質問もせず相槌を打ちながら私たちの話を聞いていました。

5.ふりかえりタイム

 3つの作品を鑑賞し終わって、もとの部屋に戻ってきた私たち。目と口をたくさん動かして、少し疲れたのでお茶を飲みながら最後のふりかえりタイムです。ここでも、ルールは同じでしゃべりたい人が思いついたことを好きに話していきます。入口で配られていた展示の作品一覧を見ることで、作品タイトルや素材についても分かってきて、種あかしのような時間でもありました

 特に皆さんが口々に話したのは「複数で見ること・しゃべりながら見ること・長い時間見ること」の面白さ、新鮮さ

井上:1人で見ると、ひとつの見え方で分かった気になって次の作品にいっちゃいますよね。複数だとこんなにいろんな見え方が出ることにびっくり。
Fさん:美術館は静かにしなきゃってイメージもあるし、人と話しながら見るという経験はあまりできないですよね。
白鳥さん:本当は美術館にしゃべっちゃいけないっていうルールは無いんだけどね。
Kさん:あとなかなか1つの作品を10分、15分も見ないよね。それくらい長く見るからこそ見えてくるものがある。
白鳥さん:今日くらい時間かけて会話も多いと、記憶にも残るんだよね。今日みたいな作品(時と場所によって現れ方が変わる作品)は特にどこでやっても面白いだろうな。

 とある参加者さんはこんなことも話していました。
「目が見えてる人には同じものが見えてると思い込んでわざわざ言わないけれど、白鳥さんがいると白鳥さんにもわかるように説明しようと思うから解像度高く話すんですよね。普段説明しないところまで話す。そうすると、意外と(見える人同士でも)別の人には同じように見えていなかったりするから面白い。」

最後に参加者さんに全体の感想を聞いてみると、こんな返答も返ってきました。

Kさん:俺は、美術館のおしゃべりデーがあったらいいなとやっぱり思うな。美術館関係の人にかけあって、そういう日をつくる活動してみたい。

Sさん:人の話を聞くっていいなと思った。聞いて、自分が話すと、自分でもそんなこと私思ってたの?みたいな発見があって。体の中・頭の中が変わっていくっていうか。感動!というよりは普通にできることなんだなと思いました。

6.白鳥さんへのインタビュー

 鑑賞会が終わったあと、砂丘館の一室をそのまま借りて、白鳥さんにいくつか気になることをインタビューしてみました。

自分が楽しいから続けられる

NASC:今回の対話型鑑賞会はどうでしたか?

白鳥さん:今日はさあ、最初から作品自体の動きがあって良かったよね。ふすまに光が映って。あと、静止画で見た作品が動画で出てきたのもよかった。仕組んでないんだけど、流れがばっちりだったね。

NASC:イントロダクションで急に光が入ってきましたもんね。白鳥さんにとって良い鑑賞会ってどういうものなんでしょうか。

白鳥さん:逆にいうと、失敗の回っていうのは無いんだよね。美術業界で言う対話型鑑賞は、もともと鑑賞教育の手法だから、「作品について深められた」とかっていう目標があるけれど、俺は教育としてやっているわけじゃないから。言葉が出なくても、そこまで会話が盛り上がらなくても、参加者それぞれがなにかを持ち帰ってくれればそれでいいって思ってる。

NASC:白鳥さんはあんまり質問しないですよね。この鑑賞会の形に定着するまでどんなプロセスがありましたか?

白鳥さん:鑑賞会について真剣に考えるようになったのが2019年だから、ここ数年で(鑑賞会のやり方について)よく考えるようになったね。前は自分がもう少ししゃべっていたんだけど、それだと会話もワンパターンになってしまうなとか。
 以前から「教育的なことはやらない」って思ってたけど、他の人のワークショップにも参加して、やっぱり俺はやらなくていいかなと思った。なんでやってるかというと、自分が楽しいから続けられるんですよ。

反芻すること、時間と場所

井上:今までで印象に残っている鑑賞会はありますか?

白鳥さん:毎回面白いんだよなあ。毎回、すごく反芻して楽しんでる

井上:そうなんですね!どこに注目して反芻するんですか?

白鳥さん:その時々によって、言葉の時もあれば作品の時もある。だいたい俺、朝はぼーっとしてるんで、その時とかにね。今はちょっと忙しくなってきたけど、前は鑑賞会のあと2週間くらい楽しめたよ。今日の回もそれくらい楽しめるくらいのものだったよ。楽しいことって思い出さない?

NASC:2週間も!すごいですね。最近はSNSの影響もあって、自分の頭の中で何回も反芻するっていうことが減っているかもしれませんね。 

井上:今回の鑑賞会は、まとまって何か言わなきゃいけないタイプの鑑賞会と違って、良い意味で「自分」と「言葉」が切り離されていいなと思いました。責任を持たずに言葉を出せるので楽で。場に置いて帰れるというか。

白鳥さん:言葉の出し方も、なんかやっぱりその人の趣味や考え方が出るよね。

NASC:切り離されてるという感覚、蔵の中が特にそうでしたね。あんまり見えないし、言葉だけが投げ込まれてるし、白鳥さんは映像の方向いてないし(笑)絶対的に共有されないことが保証されてる。共有されることを目指していないというか……

白鳥さん:そうなんだよね。時間と場所だけなんだよね。あとはどうでもいいっていうか。あとコミュニケーションツールとしての作品があるっていうね。

 鑑賞会後のインタビューでは、鑑賞会を体験するだけでなく、白鳥さんがどういうことを感じたり考えたりしながらこれまでナビゲートしてきたのか、ということを聞ける貴重な機会になりました。インタビューを終えると時刻はすっかり夕方。残って聞いてくれていた参加者の皆さんと一緒に砂丘館をあとにしました。きっと今日の日をそれぞれでまた反芻するでしょう。

 白鳥さんの対話型鑑賞会の参加定員は多くて6人。新潟滞在の3か月の間に行われた数回の鑑賞会に参加できた方は、それほど多くないかもしれません。体験しないと分からないことも多いですが、この記事で少しでも白鳥さんのことを知ってもらったり、「鑑賞する」という行為のイメージが広がったりしたら嬉しいです。
 きっとこれからも日本のあちこちで行われるであろう、白鳥さんの鑑賞会。「自分が楽しい」ことを大切にしながら、記憶に残る「時間と場所」を提供し続ける白鳥さんがまた新潟に来る日を楽しみにしています。

(記事執筆:NASCスタッフ 井上)

*白鳥さんが新潟滞在中に撮った写真などはこちらのnoteから見れます。


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