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フレイルとヤングケアラー

                           鶴田知佳子

最近気になるカタカナ英語に、フレイルとヤングケアラーがある。フレイルについては、「日本の英語を考える会」の活動に賛同している大学で英語を教える同僚が、杉並区の例として紹介してくれた。杉並区から「疲れやすく何もしたくない、もしかして、フレイルかも」という運動をすすめるチラシが送られてきて、その中で「フレイルとは、健康で元気な状態から介護が必要となる状態の狭間を表します」という定義がされ、「足腰の力が弱くなることを予防するため」の運動のすすめをしているという。はて、フレイルがあたかも名詞であるように扱われているが、frailは形容詞で名詞ならfrailty になるはずではないか。しかしどうも健康長寿ネットで検索すると、「『フレイル』」は2014年5月に日本老年医学会からのステートメントで、欧米で使用されているFrailtyの日本語訳として初めて使用された言葉である」という。ということは、医学会が名詞として扱う判断をしたのだろうか。

杉並区のウェブサイトで参照してみたところ、フレイルの予防として「ノルディック・ウォークで体力アップ (スポーツハイツ」」を推奨している。スポーツハイツというのは場所の名前である。さて、これがどのようにホームページで英語のお知らせとして出ているのか、検索してみた。English との表示を押すと、まず、ほかの地方自治体でも多くあるパターンだが、Notification The following pages are translated by a machine translation system. Note that the machine translation system isn’t 100% accurate. Some proper nouns might be translated inaccurately. Thank you. Some PDF might not be able to translate.

自動翻訳を使っているので翻訳の正確性は保証のかぎりではないという免責を求める文章が英語で表示されて、OKのボタンを押すとこうなる。

By a Nordic walk, physical strength rise frail prevention. (sports heights)

固有名詞は正確に翻訳されないこともあると、断りはあるもののとてもこれでは、何のことかわからないし、英文が不正確でこれしか見ない人にはスポーツハイツが場所の名前であるというのもわからないだろう。ましてや、Nordic walk も何のことかわからないし、physical strength rise frail prevention が特に意味不明である。frail はもとの形容詞に戻ってしまって、予防を説明する「脆弱な予防」の「脆弱な」になってしまう。カタカナ語は、すでに今までの「日本語の輸入加工技術」のところでも述べているように、いったんカタカナ語になると不可逆的で、もとの英語にはもどらないのだ。

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さて、一方でヤングケアラーということばは、昨今、日本でマスコミに多く登場しているが、これについてはもともと、れっきとした英語で、その読みをそのまま、カタカナ語にしているという例である。カタカナのまま使われていて、これもどうして翻訳語がないのだろうか、と気になる。あるところでこのことばがトピックとしてとりあげられたのだが、そのときに担当した通訳者とふたりして、「どうして翻訳語を考えないのかしら、最近の風潮としてカタカナ語は増えているのかしら?昔と比べて、翻訳語は好まれないなんてことあるのかしら?」などと、話した。しかし、これだけは言える。少なくとも元の英語のままで使われていて、英語に戻すことが出来るのがまだ良いと言えば言えるかもしれない。

ずいぶん前のことになるが、1995年に最初に和製英語に関心をもって「和製英語に関する一考察」という文章をまとめたときに参考にした石野博史氏の著作「現代外来語考」大修館書店(1983年1月)のことばを思い出した。

pp53-54より引用
外来語と和語・漢語を比較すると、外来語にはしばしば"高級だ・新しい・すてきだ“といった感じが付きまとう。翻訳語だけが残って原語がなかば忘れられている「鉄道」や「飛行機」などの場合はよいが、両者がともに使われている場合は、当然ニュアンスに違いが出てくる。そして外来語のほうが、なんとなく感じがよいということになると、外来語のほうが好んで使われ、翻訳語がかえりみられなくなるのは自然の勢いである。

未だに、外来語の響きが好まれているのが日本の現状である。カタカナ語になるときに日本語のすぐれた「翻訳加工技術」を用いて、桂サンシャインの落語に登場するように、日本語でいえばよいものを薬局の店員の頭にはカタカナ語でしかなかったために、どの商品を外国人の顧客が求めていたのか通じない、という滑稽な場面は実はあちこちに実際にあるのだろう。

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音をカタカナに移し替えるだけではなくて、カタカナ語にすでになったものの部分を組み合わせて、新しいカタカナ語を創り出す。しかも、その創り出したカタカナ語が本質をみごとに言い当てていて、それはカタカナ語の優れたところだと、北九州市立大学のアン・クレッシーニー准教授は述べているが、この点については諸手を挙げて賛成だ。毎日目にする「コインロッカー」「コインパーキング」「コインランドリー」「ワンコイン」など、「コイン」を使うということで造語されたことばはいくつもあるがいずれも本質をとらえわかりやすい。毎日、カタカナ語がどのような形で登場してくるのか、眺めている私の興味はつきない。

                        (2021年5月13日)

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