日記4

 祖父が死んでから1年が経った。

 暑くもないのに日差しがけが強い9月の末に鳥は低く飛んでおり、1年ぶりに着る喪服が少量の汗をしかたがないと言った様子で吸い込んだ。

 早朝から支度をして現地に到着、一周忌の法事が幕を開けるかと思われたが、叔父の義父らを載せた車が30分ほど遅れた。申し訳なさそうに謝る叔父に、坊主は、「大丈夫ですよ。午後は何も入っていないので。」と、穏やかに答えた。30分後、「うぃー迷った迷った…」と、反省の色なくニコニコと入ってきた叔父の義父らに、坊主は一瞥もくれなかった。

 ともあれ一周忌の読経を始めようとした坊主が位牌は何処かと叔父に尋ねる。
「あ!忘れました!」
坊主の顔が引き攣る。
「大丈夫ですよ。紙に書きますので、そういう方も多いんですよ。ですので、大丈夫ですよ、紙に書きますのでね。紙に書きますので。」
 仕事だものなぁ。誰だって腹立つよ。おれだって。同じこと言っちゃってる。3回も。

 それにしても、と思う。

 本堂に入場した我々に、
「暑いでしょう。扇風機をおつけします。」
といった坊主は、扇風機のボタンを足で押した。
坊主、という神聖で格式高い職業の人間が、人前で足を巧みに使った横着をするということが新鮮であり、私は見入ってしまった。怒っているのか。一周忌に遅刻し、位牌を忘れるような不届者には、足でつけた扇風機の汚れた風でも浴びていろということか。

 さらに坊主の攻撃は続く。
「本日は○○様(叔父の名前)の一周忌ということで、皆様追善法要をお願いします。」
あろうことか叔父と亡くなった祖父の名前を間違えたのだ!途端に叔父の身体は足先から石灰状に変化し、扇風機によって齎された激臭を放つ赤紫色の突風によってサラサラと崩れ落ちた!叔父がいたところには、白い粉と叔父の持っていた位牌代わりの紙だけが残されていた。そして、かつて叔父だった粒子は一つ残らず舞い上がり、徐々に人の形へと再構築された。そう、亡くなったはずの祖父の形に!ふと祖父の遺影に目をやると、そこには出してくれ!と言わんばかりの叔父の顔があった。突然のことに唖然とする一同。
「祭りかい?」
無口だった祖父が上機嫌にそう言うと、私の体を中心に、全て!本当に全てが渦を巻いた!すでに私以外の全員はこの忌々しい汚れた風と一体となっていたのだ!
「ああ!うわぁぁぁぁ!」
何故だ?底知れぬ高揚感と目が霞むほどのゴミ捨て場に似た強烈な臭いに、私は慄いた。

トントン、

 肩を叩かれハッとすると、私に焼香の順番が回ってきていた。目の前にはムッとした父の顔。
ああ私は…、これは、夢か。と思った。
辿々しく焼香を終え、そのまま何事もなく一周忌は幕を閉じた。最後に坊主は、
「本日はお名前を間違えてしまい、誠に申し訳ありませんでした。」と、大変すまなそうに言った。

 本堂内部の厳しい装飾の中で、祖父は静かに私たちを見つめていた。彼を照らす金色の照明から伸びる黒いコードが、私の部屋とお揃いのテーブルタップにだらしなく刺さっていたことを、はっきりと覚えている。

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