JTBツーリズムビジネスカレッジ 「日本遺産」課題研究プレゼン授業 参加レポート(講評:日本遺産普及協会 代表幹事 黒田尚嗣)
執筆:日本遺産普及協会編集部 平嶋
9月上旬、東京都豊島区にあるJTBツーリズムビジネスカレッジを訪れ、授業を聴講しました。この学校は、旅行業界の未来を担う若者たちを育成するために、1982年にJTBの70周年記念事業として開校した歴史ある専門学校です。今回の訪問では、教育内容や授業の様子を間近で感じることができましたので、その時の様子をお伝えしたいと思います。
JTBビジネスツーリズムカレッジとは
JTBツーリズムビジネスカレッジでは、少人数教育やクラス担任制を取り入れ、学生一人ひとりに寄り添った指導が行われています。これにより、ツーリズム分野に特化した専門知識だけでなく、幅広いビジネススキルやITスキルをしっかりと身につけることが可能です。特に、日本の旅行業界でトップシェアを誇るJTBグループが長年にわたって蓄積してきた実績や情報、ノウハウを最大限に活用したカリキュラムが組まれている点が、他の専門学校との大きな違いです。この実践的な教育が評価され、卒業生は観光・旅行・ホテル・ブライダル業界へと進む傾向が強く、これまでにJTBグループには3000人以上が就職しています。
今回私たちが見学した授業は、選択科目の「国内観光資源Ⅲ」です。この授業では、国内の観光地理や文化についての理解を深めることを目指し、観光業界で必要となる知識を実践的に学んでいくそうです。授業当日は、日本遺産に関するテーマで、生徒たちが事前に選定したストーリーや観光ポイントについて、スライドを使った課題研究発表が行われました。日本遺産は、地域の文化や歴史を背景にした観光資源として注目されており、発表内容も多彩で興味深いものでした。
ここでは、3名の学生による発表と、それに対する日本遺産普及協会代表幹事・黒田尚嗣(クラブツーリズム株式会社顧問)の講評を紹介します。
プレゼン発表
石塚仔竜さん「日が沈む聖地出雲」
午前9時30分、授業は「ふれあいことば」の唱和から始まりました。「おはようございます」「お願いいたします」「失礼いたしました」「申しわけございません」といった7つの言葉を、全員で声に出します。この取り組みは、学生が卒業後に多くのお客様と接する中で、適切な言葉を瞬時に使えるよう身につけるためのものです。
そして、トップバッターの石塚さんが紹介したのは、島根県の日本遺産「日が沈む聖地出雲 ~神が創り出した地の夕日を巡る~」。この日本遺産に興味を持った理由について、彼はまず出雲の夕日に魅力を感じたことを挙げました。しかし、宍道湖が夕日スポットとして有名な一方で、出雲そのものはあまり夕日に焦点が当てられていないことに疑問を持ったと言います。また、彼自身これまで山陰地方に足を運んだことがなかったことも、この日本遺産を選んだきっかけだそうです。
発表では、まず島根県の概要を説明した後、実際に彼が夏休みに訪れた出雲の経験をもとに作成した旅行プランが紹介されました。プランは、東京から寝台列車「サンライズ出雲」を利用し、夜に東京を出発して朝に出雲へ到着するという、スムーズな行程で組まれていました。
出雲に到着してすぐ、ご当地グルメの「出雲そば」を堪能し、その後、松江城を見学するなど、午前中は観光スポットを巡り、充実した時間を過ごします。それから、出雲大社へ参拝し、最後に夕日スポットとして有名な稲佐の浜へ向かいます。
稲佐の浜は、南北に約10km続く美しい砂浜で、その北端に位置する弁天島は「国譲り神話」の舞台として知られています。出雲大社はこの弁天島から東へ1kmの場所にあり、『日本書紀』に「天日隅宮」と記されていることから、かつてここが「日が沈む聖地」として重要視されていたことがわかります。
稲佐の浜は現在でも神話の歴史を感じさせる場所で、毎年旧暦10月10日、全国の八百万の神々を迎える「神迎行事」がここで行われます。この行事では、出雲大社の神職たちが夕日が沈む瞬間を待ち、神々を迎える儀式を執り行うなど、神聖な空気に包まれたこの地が今なお特別な場所であることを物語っています。
さらに、島根県の出雲・松江地域に加え、隣接する鳥取県の観光スポットも紹介され、旅の締めくくりとしては米子鬼太郎空港からの空路で帰路につくという、旅行全体の流れが説明されました。
一方で、日本遺産という制度の認知度がまだ低いことにも触れ、多くの人々にその背景や魅力が十分に伝わっていない現状を指摘しました。彼は、これから旅行業界に携わる者として、積極的にPRし、日本遺産の価値を広めていく必要があると強調していました。
この発表に対して、黒田は「非常に興味深い発表だった」と評価しつつ、「もし天気が悪く、夕日が見られなかった場合はどうするのか?」という鋭い質問を投げかけました。ツアーをこのプランで組んだ場合、3回に1回は夕日が見られない可能性があるため、その際の代替プランやフォローを準備しておく必要があると指摘しました。
また、夕日の出現時刻が夕食時間と重なる点にも言及しました。稲佐の浜からホテルや旅館までやや距離があるため、どの食事処を選ぶか、あるいはお弁当を用意するのかなど、具体的な対応策を考える必要があるとアドバイスしました。
さらに、出雲では夕日を神聖視しており、「夕方になりました」という意味で、通常の「こんばんは」よりも早い時間帯に「ばんじまして」という独特の挨拶が行われることを紹介しました。黒田は、実際に出雲を訪れ、夕日を見るだけでなく、現地の人々との交流を通じてその地の魅力をより深く理解することが重要であると強調しました。
吴万成さん「関門"ノスタルジック"海峡」
続いての発表では、中国出身の吴さんが、地理的にも自身の故郷に近い山口県と福岡県にまたがる日本遺産「関門“ノスタルジック”海峡 -時の停車場、近代化の記憶-」について紹介しました。この日本遺産は、関門海峡を舞台に、明治から昭和にかけての日本の近代化の歩みを物語る場所であり、海峡を挟んで両県にまたがる重要な歴史的スポットを含んでいます。
彼は台風の影響で、夏休み中に現地を訪れることができなかったものの、事前の調査を通じて、この日本遺産のストーリーや構成文化財について、丁寧に解説してくれました。特に、関門海峡が日本の産業や交通の発展において果たしてきた役割や、下関と門司の街並みが今もその時代の記憶を色濃く残していることを説明しました。
この発表で最もみんなの注目を集めたのは、旅行プランに含まれていたホテルや旅館のセレクトについてでした。彼は、訪問する地域の雰囲気や特色に合わせた宿泊施設を選び、旅行者がその土地の文化を深く体感できるよう工夫したといいます。
まず、山口側で選ばれたのは、「日本らしさ」を強く感じさせる伝統的な旅館です。この旅館は、手入れの行き届いた美しい庭園を誇り、四季折々の自然を楽しむことができる点が大きな魅力です。彼は、この宿泊施設が「静かな環境で日本の伝統美を堪能できる場所」として、観光だけでなく、ゆったりと過ごしたい旅行者に最適であると紹介しました。実際に旅館の写真をスライドで見せることで、その静謐な雰囲気や美しい景観が、聴衆にも強く印象づけられました。
一方、福岡側では、雰囲気が一変し、スタイリッシュで洋風なホテルが選ばれていました。この選択は、山口の日本的な伝統美とは対照的に、現代的で洗練された空間を楽しみたい旅行者を意識したものでした。都会的でおしゃれな雰囲気が、観光で疲れた体を癒すだけでなく、リラックスしつつも楽しさを感じられる場所としてアピールされていました。
最後に、彼は「文化の保存と革新」、「スマートインフラの導入」、「エコフレンドリーな観光」、「国際的な文化交流の拠点」といった複数の観点から、日本遺産を通じた持続可能な旅行についても提案を行いました。この視点は、単に観光を楽しむだけでなく、地域社会や環境に配慮しながら、未来に向けた観光の在り方を考えるという点で非常に意義深いものでした。
この発表に対して、黒田はまず「台風の影響で現地に行けなかったのは残念でした。むしろ、実際に訪れた福岡の大宰府などをテーマにした日本遺産『西の都』について語っていただいたほうが、よりリアリティがあって良かったかもしれません」とフィードバックしました。実際のツアーでも予期せぬ出来事が起こるため、臨機応変な対応力が求められることを強調しました。
さらに、「旅行者にとって食事も大切な要素なので、『食』に焦点を当ててほしかった」と、観光における食文化の重要性にも触れ、旅行プランの構成におけるさらなる工夫を提案しました。特に、ふぐのような関門地域の食文化、名物料理を紹介することで、旅行者の満足度をさらに高めることができると指摘しました。
一方で、発表内容については高く評価し、「この関門地域は、日本が近代国家へと躍動し始めた時代の遺産が多く残る非常に興味深い場所であることが、発表を通じてよく伝わってきました」と称賛しました。黒田は最後に、「近い将来、実際に現地を訪れた際の感想をぜひお聞かせいただきたいと思います」と期待を込めた講評を述べ、実際の体験がさらなる学びと発展につながることを促しました。
石澤航生さん「知ってる!?悠久の時が流れる石の島」
石澤さんが選んだ日本遺産は、「知ってる!?悠久の時が流れる石の島~海を越え、日本の礎を築いた せとうち備讃諸島~」。
彼がこの日本遺産を知ったのは、半年ほど前に訪れた小豆島で日本遺産の立て札を見かけたことがきっかけでした。その際に、島が本州と異なる独自の文化を色濃く残しているのではないかという興味が湧き、詳しく学びたいと思ったそうです。
彼は、なぜ備讃諸島が石切りの産業で長年栄えてきたのか、そして石を切り出すことによって生まれた山岳霊場など、石と共に生きたことで形成された島々の独自の文化について詳しくまとめてくれました。
日本遺産とは直接の関係はありませんが、旅をより充実させるためのプランとして、岡山県笠岡市のご当地グルメ「笠岡ラーメン」や、小豆島を舞台にした人気漫画・アニメ「からかい上手の高木さん」の聖地巡礼についても言及していました。これらの要素を組み込むことで、観光客が地域の魅力を多角的に楽しめるように工夫されています。
発表の最後には、彼自身が実際に現地を訪れて「若い人々にも興味を持ってもらう仕掛けやきっかけがある」と感じたことを述べました。そのため、アクセス方法の周知や山岳から港町までの観光導線の整備を行うことで、日本遺産としての魅力がさらに向上するのではないかと提案してくれました。
黒田はこの発表について、「とても分かりやすくまとまっており、具体的な感想とともに石の文化が興味深く紹介されている内容でした。また、オリーブなどの名産品やおすすめの料理も取り上げられており、さらに魅力を向上させるための考察がなされている点も素晴らしいと思いました」と絶賛しました。
「石と海と人が創った備讃諸島の伝統と文化が、今も島の人々の暮らしに息づいていることを改めて実感できました」とも述べています。
さらに、黒田は「江戸時代に幕を開けた採石業では、人々が石を動かし、石を刻み、石を用いて暮らしを立ててきました。しかし、石は時に人の前に立ちはだかり、心に恐れや悲しみを刻むこともあります。その結果、石は人の心を動かし、精神文化とも結びついて信仰の対象となったのです。『石の島』のストーリーは、自然界の石、庭石、石の建造物、石碑などが旅を促すだけでなく、旅の思い出も提供してくれ、『人と石との出会い』について再考する機会を与えてくれる日本遺産だと感じました」と感想を述べました。
編集後記
今回の取材を通して、JTBツーリズムビジネスカレッジの学生たちが日本遺産について熱心に語ってくれたことが印象的でした。彼らとともに、これからも日本遺産を盛り上げていければと思います。
紹介された日本遺産
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運営:日本遺産普及協会