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「知れる」という人の気が知れない

小5の国語の授業では、毎週作文を宿題に課している。
何度か注意しているのだけど、「知れてよかった」という表現をする。

ひょっとして、私が間違ってる?!と思って、調べてみたら、やっぱり間違ってないけど、どうやら最近若い人たちの中では「知れる」という表現が使われているらしい。

毎日ことば https://salon.mainichi-kotoba.jp/archives/20766

NHK放送文化研究所のウェブサイトに、「事実を『○○』よかった」をどう埋めるか、という2012年のアンケートの結果が載っています(こちら)。それを見ると「『知れて』と言い、『知ることができて』とは言わない」という選択肢を、10代で13%。20代で6%が選んでいます(それより上の年代はほぼゼロ)。

可能の意味の「知れる」が目に入るようになってきたのは、「知れてよかった」のような言い回しを当たり前に感じる人もいる世代が、情報を発信する側に回ってきたためと考えられます。

毎日ことば https://salon.mainichi-kotoba.jp/archives/20766


「知る」という動詞は確かにやっかいだ。
日本語を教えているときも、「食べますか」「はい、食べます」「いえ、食べません」のような使い方ができない。
「知りますか」「はい、知ります」「いえ、知りません」という会話はおかしい。

どうしても使うシチュエーションがあるとしたら、封筒を渡して、「ここに情報が入っています。知りますか?」とか????
でも、それなら「知りたいですか」となるのが自然だろう。

尋ねるとしたら、「知っていますか」となる。
ている形である!
YESの返答はまだいい、「はい、知っています」だ。
でも、Noは「いいえ、知っていませんでした」は誤りで、「知りませんでした」が正しい。
「食べていますか」なら、「はい、食べています」「いいえ、食べていません」なのに!

この「知る」という言葉、ドイツ語との関連も厄介で、「wissen」と「kennen」を使い分ける。
知識として知っている場合は、wissen。(ヴィッセン)
例えば、名詞形Wissenschaftは科学!
Schlechtes Gewissenは罪悪感、Bewusstseinは意識など。
経験を通じて知っている場合は、kennen。(ケネン)
名詞形はKentinis(知識)、Lernen(学ぶ)とくっついて、Kennenlernen(知り合う)など。

Kentinisを知識と訳したけどねw
「あの人知ってる?」はkennen
「答えは知りません」はwissen(分かるに近い?)
という感じ。

さて、「知る」は、学校文法でいうところの五段活用の動詞。
「知らない」「知ります」「知る。」「知るとき」「知れば・・・」と活用する。
同じ五段活用の動詞は、例えば「読む」「打つ」など。
これらの動詞は、語幹に「える」をつけることで、可能動詞にすることができる。
「読める」「打てる」ように。

例えば比較的新しい言葉「タピる」(もう新しくない?)も、五段活用だと思う。
「今日、タピります?」とか「昨日、タピれば、スタンプ2倍だったのに!」とか。
だから、理論上、「タピれる」と言えるはず?

「今日、バイトないよね~?
授業あと、タピれる?」
「うん、15時ならタピれるよ!」
そんな感じの会話は成り立ちそうである。
つまり、文法的に「知れる」はひとまず間違いではない。

まあ実際に「お里が知れる」「気が知れない」という使い方は以前からされている。
では、どこに違和感を感じるのだろう。
「お里が知れる」にせよ、「気が知れない」にせよ、ネガティブなイメージを持たせる使い方だ。
まあ、「気心が知れる」という言い方もあるけど。

「知る」と似た表現に「知らせる」があるが、これは能動的だ。
主語に当たる人が意図を持って、その情報をもたらしている。
一方で、「お里が知れる」は誰かの意図的な行為はない。
知らせようと思って知らせたのではなく、言動からにじみ出て、分かってしまうということだ。
能動の反対でいえば、「自発」だ。

ところが、「事実を知れて、よかった」という文の「知れる」は自発ではなく、可能として使おうとしている。
だから違和感があるのだ。

「読む」が「読める」、「書く」が「書ける」になるのは可能の意味になるが、「知る」の「-える」の形は通常可能の意味にならないのだ。
冒頭で挙げた「知りますか?」「知っていません」がおかしいように、「知る」という行為が完了の状態を示すので、未完了の可能性を想像させる形が合わないのだ。
「要る/要れる?」、「有る/有れる?」などもおかしい。

他に「-える」が自発を表す動詞は、「怒れるランボー」とか!
感情を表すものを可能形で使わないらしい。
他にも、「喜ぶ/喜べる?」「悲しむ/悲しめる?」「驚く/驚ける?」などがある。

そんなわけで、違和感にはちゃんと理由があった。
それでは、これからも添削していこう!
(でも、10年後にはまた変わっていることだろう・・・)


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