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立退料の相場

1 店舗の明渡しに伴う立退料は、裁判上、(ⅰ)借家権価格と(ⅱ)借家人が被る経済的損失の補償という2つの要素を考慮して決定されていると考えられている。(ⅰ)借家権価格とは、様々な考え方があるが、「地価の高騰等に伴う建物の資産価値の増加部分について、借家人に配分されるべきもの」(コンメンタール借地借家法〔第3版〕225頁)と説明されることがあり、(ⅱ)借家人が被る経済的損失の補償は、借家人が不随意の立退きに伴い事実上喪失することとなる経済的利益等と説明される。

2 借家権は、借地借家法上、かなり手厚く保護されているために、その権利が高い経済的価値を持っていると考えられるものがあったり、居住場所や営業場所の移転には経済的な損失が伴うことがあるので、立退料は、借家人が権利を失うことによって損失を被る場合に、その損失を貸家人及び借家人との間で調節する機能を有している。
 そして、国交省が定める不動産鑑定評価基準に、借家権の鑑定評価を行う場合の算定方法が記されている。概要としては、①借家権としての取引慣行がある場合(例えば、かつて銀座などでは、テナントの賃借権が、借家権として数千万円、数億円で取引されている時代もあった。)と、②取引慣行がない場合に分けられる。但し、現在、借家権が財産権として取引対象になるケースはほとんどないため、多くの場合は、②取引慣行がない場合で評価される。取引慣行がない場合には、代替建物の新規賃料と現行賃料との差額等や完全所有権での建物と借家権付建物との差額に所要の調整を行って得た価格を関連付けて決定される(貸主が得る経済的利益の分配という発想)。

3 補償については、公共用地の取得に伴う損失補償について定められた「公共用地の取得に伴う損失補償基準」(通称「用対連基準」)があり、これが重要な指針となる。具体的な項目としては、①工作物補償(内装、造作、設備等を移設・新設に伴う費用)、②動産移転補償(引越業者に払う運搬費用)、③営業補償(営業休止や移転に伴い発生する営業損失の補償)、④賃料差額補償(現在の賃料と移転先の賃料の差額の一定期間の補償)、⑤移転雑費補償(代替物件を探すときに発生する仲介手数料など)を挙げることができる。

4 不動産価格が右肩上がりだった頃、賃貸人が明け渡しによって、その後の土地の値上がりによる大きな含み益を得ることができたため、賃借人には借家権価格を認めることによってできる限り手厚い補償を行うべきとの発想があった。そのため、立退料が高額化していた時期もある(実際に、数億円という立退料が認められた判例のほとんどはバブル崩壊前のものである。)。しかし、最近はそのような状況にないため、立退料が極めて高額化する案件はかなり限定されている。つまり、バブル期等に立退料が高額化したのは、高額な借家権価格が認められたからであり、現在のように含み益が期待できない状況では、立退料の算定は、借家人が現実的に被る経済的損失を補償するという発想が中心になるため、高額化することは余り考えづらい。

5 当事務所の経験上、裁判所の判断としては、①借家権価格のみを考慮した事例、②経済的損失の補償のみを考慮した事例、③両方を併用して考慮した事例などがあり得る。
 都心部においては、借家権価格を考慮する事例もあるため、借家人の立場からすれば、借家権価格に関する十分な主張を行うべきである。
 また実際には、①工作物補償や③営業補償が立退料の金額の中心をなすことが多いため、借家人の立場からすれば、店舗の内装にいくら要したのか、場所を移転することによりどの程度の損失を被るのかについて、十分な主張立証を行う必要がある。

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