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体の中に耀る月 第五話「睡余」



第5話 睡余

 情はどこから沸いてくるんだろう。源泉はどこにあるんだろう。知らず知らずに溢れ出るものであれば、枯渇を自覚できないのも然り。満たされた時間は一瞬で、それに気づくのは過ぎたとき。振り返って懐かしく思う。虚しいものだ。

 楓は家族を愛していた。両親を、娘を、そして、もちろん妹を。彼女の良いところは、家族を恨み妬んでも、彼らの愛によって育まれ、満たされた日々の全てを嘘だと思わなかった事だ。正確に言うと、嘘だと思う暇がなかっただけかも知れないが。彼らを責めて憎むに至るまで、自分の想いを穿つ時間は楓になかった。妹への嫉妬を自覚したとき、楓は家を出た。それまでの想いは言葉にできない只の靄、気持ちの歪みで、日常の中で看過し、そして自身を省みるとむしろ自己嫌悪に至る程度のものだった。典子や春には信じられないかもしれないが、楓にとって妹と娘は最期まで守るべき愛しい存在だった。

 病臥の中、細波の絶えない心のうちで

たくさんの記憶が浮かんでは消えた。走馬灯というにはあまりに長い時間だった。

 楓が五つの時に妹は生まれた。妹との初めの記憶は、彼女に服を着せた時のこと。妹が生まれてから、母親は二人の子どもを連れて風呂へ入り、乳児の妹の体を洗い、脱衣場で自身はバスタオルをまいただけの格好で妹に服を着せてから、再び浴槽へ戻り今度は自分の体を洗っていた。それを幼心に大変だ、と感じた楓は、母の代わりに妹の着替えを買って出た。

 この頃の妹は、無闇に手足をバタバタさせるだけで、楓にとって人形やペットの感覚に近かった。彼女を仰向けに転がすが、妹には、楓の慈愛の行為を邪魔としか捉えられず、すぐにぐずりはじめた。

よーしよーし良い子、良い子、とあやしながら、片手で妹の両足を掴み、もう片方の手で妹の腰を浮かして、乾いたおむつを下に敷く。乳児の脚は思いの外力強く、5歳児の片手では文字通り手に余った。おむつに気を取られると、一方の足首が手からすり抜けて、またバタバタが始まる。ようやくおむつを履かせたところで、楓は寒気を感じて

「くしゅん」とくしゃみをひとつ。

それを見た妹はケタケタと無垢な笑い声をあげた。

 またある日の初夏だっただろうか。縁側への襖が開け放たれた縁側で、楓と妹二人だけだった。母親に、妹を見ているよう言われたのだと思う。楓は文字通り、ぼんやりと妹を眺めていた。妹はふと、妹にとって急に地続きの視界が途切れている未知が気になったらしく、縁側に向かって匍匐前進し始めた。妹は必死に手足をバタバタさせるが、推進力はほとんどないので、何がしたいか分からない。畳の淵に差し掛かって、ようやく妹の意図を察した楓は、妹の腹に自分のかいなを回して、ずりずりと畳の中央まで引きずった。きゃっきゃっと嬉しそうに笑っていた妹が、直にぐずり始めたので、「お母さーん」と土間に向かって声を張り上げた。目を瞑ると、あのときの妹のえもいわれぬ臭い、乳児特有のお乳しか吸ったことのない甘酸っぱい体臭が蘇るような気がする。春を初めて腕に抱いたときと同じ。そのときこれは守るべき者だと五感が囁いたのだ。楓の流した涙は、目尻を伝い耳に流れ込む。

 妹がたどたどしいながらことばを言うようになってから、よく妹と遊んだ。あやとり、お手玉、けん玉、側溝でザリガニ釣り、金たらいで駒回し、近くの丘でゲーラカイトの凧を揚げた事もあった。楓は春よりも手先が器用で、なんでも良くできた。

「えーちゃん、すごい」

妹は手を叩いて喜んでいた。今も昔も、典子は楓を『えーちゃん』と呼ぶ。お姉ちゃんが訛ったものか、楓を簡略化したものかは分からない。しかしその『えーちゃん』に籠った思慕は、疎遠になったときも楓に懐かしさと喜びを思い出させてくれた。

  都内の病床で、数年ぶりに妹と再開した。そのときも典子は「えーちゃん」と言った。泣きそうな顔で、囁くように。楓は典子を抱き締めたくなった。典子に泣いてすがりたかった。あのときの事を繰り返し思い出しては、楓は死ぬまで恥ずかしいと感じ、後悔した。でもどうにもならなかった。なぜ典子を愛しく思う反面、痛烈な面罵を浴びせたのか。怖かった。日毎衰えていく体、窶れ、弾力を失い、くすんでいく肌。それを見るのも一日一日新たな勇気が必要だった。そこに現れた久しい二十代半ばの妹の顔は、化粧などしなくても頬には朱が差し、健康でそこはかとない色気すらある。そして傍らに、典子と手を繋いだ春がいた。ことばを失い呆然とする楓に、典子は何か話しかけていたが、楓は覚えていない。耳に残っていることばはただ一つ。

「心配しないで、えーちゃん。春と私、うまくやっているから」

脳に雷が直接落ちたかのような衝撃だった。運命の理不尽に対する怒りが一気に噴出したのだ。そして、目の前に典子がいたから、当たり散らさずにおれなかっただけの事である。

「ごめんね」

 春がそのことばを、典子にも伝えてくれれば良いのだが。

 楓が十七、そして妹が十二の時だ。進路を決める段になって、母親と楓、そして教師との三者面談があった。教師は、楓の成績ならこの辺りの大学に行けると言った。母親は、「無理に進学しなくとも良いと思ってるんですよ。そんなに勉強好きでもないですし、ね?」

 楓は頷いた。

「そうか」

教師も頷いたが、一言加えた。

「しかし良いのか。勿体なくないか」

母親は曖昧に笑った。

「ええと」

楓は言葉に詰まった。進学したいと言うべきか、就職したいと言うべきか。どちらが正解か、返答を決めかねた。

「もう一度話し合ってみますね」

母親は教師に告げて、楓と家に帰った。

「どうしよう」

と楓が言うと、

「どうしようって、ねえ」

母親はやや不機嫌に言った。

「今まで進学したいなんて、一度も言わなかったでしょ。なんで今になってそんな事言うのよ」

「うん‥‥」

考えたこともない、と言いたいが、母親の剣幕に気圧されて、楓は何も言えなかった。病床に伏しながら、楓は思った。

(あのとき、『今になって』と母親は言ったけど、じゃあいつ言えば良かったの)

 今思えば、アジア市場の不況が父の勤める会社に少なからず影響して、その年の賞与がはかばかしくなかった。給料の事で明け透けに不満を言う母ではなかったが、要は楓を私学に入れて卒業させるだけの学費を賄う自信がなかったのだろう。タイミングが悪かった。ただそれだけの事だ。そう考えられる余裕のあるときもあった。

 高校を卒業して、楓は両親の薦めで事務の仕事に就いた。平日は仕事をして、土日は仕事に関係する勉強をして、家事をして、たまにコンパに参加した。

 それから二年、楓より一回りも歳上の上司と深い関係になった。上司は、バツイチで連れ子もいたが、お互い想い合っていれば問題ない。春を身ごもったのが契機。いざ結婚を決意し、両親に紹介しようとした。なんと楓の恋人は、「問題外」と門扉で追い返されてしまった。それから、上司との関係はギクシャクしてしまい、別れた。春は実家で未婚の母となった。両親は楓の結婚を許さなかったものの、楓の妊娠については一切咎めなかった。今思い返すと、確かに両親は正しかったのかも知れない。一生共に手を取り合って生きると決めたはずの相手だが、別れてからはどうだろうか。養育費として定めた額を、楓の口座に振り込むだけで、楓や春を気遣うことばは一つとして贈られなかった。むしろ、楓の両親に追い返された事に傷付いたらしく、職場で楓を見る目が恨みがましくなった。楓は、悪阻に耐えながら、仕事と出産の準備に忙しく、上司の態度など気にしている暇はなかった。安定期に入ってホッとしたところに、夫にならなかった元恋人、そして上司から、一通のメールが届いた。

 

別れてからは俺の事を少しも見ない。

初めから俺の事など愛していなかったに違いない。さようなら

 

純然たる喫驚。大の男が何ヵ月もの間、メールのような内容の事を、ずっと悩んでいたと思うと、滑稽だった。それまでの恋心も情も一瞬で揮発し、残ったのは不思議だけである。なぜ、この人を一瞬でも「頼れる」などと自分は思ったのだろう?一生手に手を取り合って生きていけるなどと?ばかばかしくなり、メールは消した。

 

それから三年、春を生んで忙しくも幸せな日々を送っていたある日、楓の気持ちが突然ふつ切れる事件が起きた。妹の進学である。

 五年前、選択肢としてすら与えられなかった(楓はそう思っていた)進学だが、妹は、父親からアッサリ許可が降りたらしい。東京の名の知れた国立大学に受かった妹に、両親は両手を上げて喜び妹を褒め称えた。楓と両親の当時の確執を知らずにはしゃぐ妹に、楓は「おめでとう」と言ったが、内心は複雑だった。

それだけならまだ耐えられた。両親にはそのとき、春の世話を手伝ってくれた感謝が大きかった。気持ちの靄を墓場まで持っていくことも、(どうせ長くない人生だったし)できただろう。

 しかし、ある日、友人を呼んで居間で宴会していた父親が、酒に酔い話すのを聞いてしまった。春を寝かしつけてから、廊下を渡り風呂場へ向かう途中だった。

「娘の楓は面倒見が良くて料理もうまい。でも勉強は、妹の典子の方が出来る。あの子には出世してもらって、老後は姉の方に面倒見てもらうかなあ」

父親の定年はまだ十年先、ほろ酔いの戯れ言。そう捉える事もできた。けれど、楓には耐えられなかった。

良い計画ですな、と呑気に相槌を打つ、父親の知己にすらにわかに殺意が沸いた。

 別れた男ばかりではない。なぜ、両親ですら楓の人生を利用するばかりで、彼女の幸せを一番に考えてくれないのだろう。楓は二階の寝室に戻り、春の寝顔を眺めながら芒ダの涙を流した。

 隣の部屋から、楓の嗚咽が聞こえたか、単なる勘か、典子がそっと様子を見に来た。

「えーちゃん?」

春を起こさぬよう、声を潜めながら楓の傍らに寄り、その顔を覗きこもうとする。

「どうしたの?」

楓は首を振った。出来の良い妹。これから春を謳歌する彼女には、同情するフリはできても、決して楓の苦しみを理解することはできない。

春が幼稚園に進級するタイミングで、楓は家を出ることにした。それまで勤めた会社に辞表を出して、こつこつ貯めたお金で上京した。楓の「家出」を知った両親は、必死に説得し楓を思い止めようとした。

どうして?なんで?

春はまだ小さい。

大変だ。

両親のことばに不安を煽られたが、楓は頑是なく繰り返した。「もう親の言いなりになりたくない」

それなら、せめて東京に、と。楓と春、そして典子、近い場所に居てくれれば、近況が知れるから、と両親は言った。

 本当は典子からも遠く離れたかったが、楓はしぶしぶ従った。

 幸い、東京でも事務の仕事をすぐに見つけることができた。育児、仕事に、役所の手続き、家事、その他もろもろ。のどかな実家とは比べ物にならないほど東京での生活は忙しかった。まさに忙殺といったところで、楓は両親への恨みも妹への嫉妬も、程なくして忘れていった。典子とはメールのやり取りをしていたが、彼女も学生生活で忙しいらしく、楓の劣等感を掘り起こすほどの交流はなかった。

 それからは矢のように時間が過ぎた。シングルマザーはハンディキャップのように認知されることもあるが、楓にとってそれは逆であった。春は、楓の唯一無二の宝だが、典子への嫉妬は息を潜めているだけで、楓の心の根底に澱んでいた。皮肉なことに「母親であること」は、典子に対抗する肩書きにもなり得た。春は9歳、典子は24歳になった。典子は修士に留まらず、博士課程へ進むことを選んだ。それは少なからず親の不満を買い、楓の密かな嫉妬心を慰めた。典子から両親への愚痴のメールが届くようになり、両親は典子が「女の子なのに、勉強オタクになってしまった」と愚痴のメールが届くようになった。

楓は双方を労った。

典子に「まあまあ」と言って、両親にも「まあまあ」と言った。

それまで家族というやじろべいの双極に、楓と両親がいて、その重心に典子がいた。だから楓の心の触れ幅は大きく不安定だったが、典子の進学で再びその関係が変わり、典子が極に、楓が重心に近くなったようだ。

 典子が両親から、わずかなり疎まれて、初めて楓は姉らしく、典子の研究を応援する、と心から励ますことができた。

 不肖の両親は、唯一の孫である春が可愛くて堪らないようで、しょっちゅう東京に遊びに来ていた。

 楓は幸せだった。春の幸せを願い、典子の幸せを願い、両親に心から感謝しながら、働いていた。健全な身体には当然のように健全な魂が宿っていた。

 楓の幸せに陰が差したのは春が小学校6年生に進級してすぐの5月。楓の左胸に腫瘍が見付かったのである。病魔の苦しみと斬首の死刑は似て非なるものだ。闘病の苦しみと生き残る努力と、折り合いを付けられる治療法を、楓自身が選ばなくてはならない。独房で結果を待つ囚人とは違う。地獄の底に垂らされるのが、葦や蜘蛛の糸、どれだけ頼りなくとも、すがり付かずにはいられない。

 楓は、腫瘍を小さくしての除去手術に臨んだ。恐怖の夢、麻酔から目覚めて唾を飲み、自分の感覚がどこも損なわれていないことを知った。楓は一時生の喜びに自分の身を抱いた。再び娘の春を抱き締められる事に歓喜した。

 そして、一年後に再発と転移を知った。闘病に集中するために、仕事を辞めた。入退院と腫瘍マーカーの数値で、一喜一憂を繰り返した。念のため、遺書も書いた。病気は一進一退、完治の見込みはほとんどないのに、雑事だけはたくさんあった。

 春。

 でも自殺はできない。死亡保険は、この先春の大事な糧になる。この先。なぜ、私は自分に与えられなかったものを、人に与えようとするんだろう。でも自分の娘だ。そうだ、私はあの子の為なら。日々、痛みや苦しみに紛れていろんな想いが浮かんでは消えた。母の愛。矜持。虚栄。弱気。無気力。状態が悪くて何度めかの入院の時、春と共に典子が来た。

 一度目の手術時に、既に両親は癌の事を知っていた。典子に心配させたくないからと、楓が口止めしていた。しかし闘病が長引き、典子に春の面倒を見てもらう方が春は学校を休まずに済むからと、両親が典子に告げた。

「心配しないで、えーちゃん。春と私うまくやっているから」

見舞いに来た典子は言った。

 楓の、眼窩の落ち窪んだ瞳でも、典子はよく見えた。きめ細かい透明な肌、滲み出る知性と憂い。美しい妹だ。私が愛したかわいい妹。その傍らに楓の娘。楓が一心に愛した娘、春。

その子は私のものだったはず。

いいえ、そうではない。

春は誰のものでもない。

春は幸せにならなくてはならない。

典子も誰のものでもない。

典子も幸せにならなくてはならない。

けれど、その幸せから私は排除されなくてはならないのだろうか。

春のために、典子に譲り渡さなくてはいけないのだろうか。

それは理不尽ではないだろうか。それが道理だろうか。道理ではないのだろうか。

道理など無いなら、春は私のものじゃないのだろうか?

「春、その女から離れて」

楓は叫んだ。春は瞠若し、身をすくめた。

「何しに来たの?!もうアンタは十分なはず!また私から何かを盗るつもりなの?!」

楓は心のままに叫んだ。きっと典子には、楓の気が触れたように見えただろう。いや、春にだってそう見えたに違いない。

「春、あの女と仲良くしないで、あの無神経の性悪と仲良くしないで」

 楓はフロアに轟く大声で叫んでいた。看護婦が飛んできて、楓に鎮痛剤を打った。それ以降、楓が死ぬまでの一月、典子は楓の病室に来なくなった。代わりに春が毎日学校帰りに見舞いに来た。汚れた下着を持ち帰り、替えの洗濯済みの、綺麗なのを持ってきてくれた。

楓は典子への暴言を後悔していた。

「お母さん、心配しないで」

そう言って微笑む春の顔が日毎歪んで行くようだった。学校と、家事と、楓の看病で、無理をしているのは明らかだった。典子か、せめて楓の両親のところに行った方が良い。春にそう言うべきだ。せめて、楓の病状が良くなるまで。春の手を離すべきだ。

 でもこれが最期なら?もし明日私が死んでしまうなら?もう少しわがままを言っても良いはず。もう少し、もう少しだけ。ある夜、楓は呼吸がままならなくなり無我夢中でナースコールを押した。お母さんと叫んでいるのは、私だろうか。それとも春?息苦しさに喘いだ。酸素を求めて足掻くうち、不意に体が軽くなった。突然の多幸感。視界が真っ白になり、痛みも苦しみも消えた。楓は春を愛し、典子を愛し、両親に感謝していた。疑いようのない心の底から溢れるその気持ちに、楓は安堵した。

典子も、楓を愛していた。

楓の遺書に準じて、葬式は東京、葬主は典子、家族のみで密やかに行った。春の父親は告別式に参加せず、弔電だけ届いた。かつて彼を門前払いした両親は、薄情な男だと悪し様に言って憚らなかったが、楓の銀行口座には養育費として月に一定額が振り込まれていた。典子は、それほど見下げる事も無いだろうと思ったが、庇うほどの気持ちも無い。ただ典子は、楓の遺体が丁寧に洗われ、少しは自分で前身ごろを押えたり、手で自分の体を支えたりして良いものを、為されるがまま。御棺の中に納まった楓の頬は、まるで冷蔵庫の「鶏ささみ」と同じなのに、それが典子の姉・楓と同じ顔をしてスヤスヤ眠っているように見える事に、悲しみと怒りが沸き起こって仕様が無かった。

典子がお見舞いに行くと、「何しに来たの」と楓は怒鳴った。楓が亡くなった後、その気持ちを遡って探る事が容易では無かった。遺書の中は、事務的な事が大半で、家族に対する気持ちはほとんど書かれていなかったし、典子にとっても、お見舞いの時が「異常」なのであって、記憶の中の楓は、総じて優しい姉だったからである。

 典子は、楓の自分に対する劣情を思い至って、恥ずかしい気持ちに駆られた。それはもう謝っても謝りきれるものではなく、謝る術もなく、和解の日は二度と訪れない。典子ばかりが悪いのではないだろう。楓が生きてさえいれば、これからいくらでも話しあう事はできたろう。あの時、こんな風に思っていたのよ。笑いあって語り合う事もできたかも知れない。そうならなかった今。楓が死んで棺に納まっている今。これは、仕方ない事なのか。その「仕方なさ」に、典子は猛然と腹が立った。こんなどうしようもない事があって良いのだろうか。まるで意地の張り合いのように、一滴の涙も溢さない典子と春を見て、神はどんな気持ちだろう。 

典子は、春を甘く見ていた。典子への嫉妬から楓が春に何を言っても、生活に不便を感じても、典子や典子の両親を頼るに違いないと考えていた。楓の讒言も、心身の不安定から来るものとして、何もかも許し受け止めるつもりでいた。じきに典子は、自分の考えの甘さを認めざるを得なくなった。春は強情だった。強情の一言で済ませられるものだろうか。母親の一言で親戚の助力を拒んだ。「お前らの手を借りるくらいなら、死んでやる」と、一人で生活をし始めた。無論、生活していく上で「大人の肩書」が無ければ、どうにもならない局面は多々あるが、そのときどきで、頭を下げる春は屈辱が顔いっぱいに広がっていた。楓が死ぬという運命を決めた神は、今どんな気持ちだろう。

ドラマでも見ているような気分で、一時の昂揚感に浸っているか

 運命に翻弄される人間と自分を比して、万能感に酔いしれているか、

 あるいは初めから目に留めていないか

バカにしている。どれだけ鎮めようとしても、典子の怒りは収まらなかった。楓の、典子に対する気持ちを変える事は、もうできない。過去に戻って、両親に姉妹をひたすら平等に扱うよう諌める事ができるなら、そうしよう。でもそれが出来るだろうか。運命や自然が、ひたすら不平等で理不尽なのに、地球の塵と言って差し支えない人間に、いくら時間を巻き戻したところで神のごとき采配ができるとでも?春が、母親を愛するのは当然の事だ。ひとつひとつの事象や感情は自然で、楓の病死だけが理不尽さを纏って、典子の前に納得できない出来事として立ちふさがっている。楓を生かしてくれてさえいれば。楓が生きてさえいれば。奇跡を望まなくても、いくらでも取り返しが付いた事なのだ。典子の中に怒りが渦巻いていた。春の面倒を誰が見るかという事を話し合う段になって、両親は「典ちゃんと一緒に住むのが良いんじゃない」と言った。典子は、怒りを抑えて無表情のまま「それが良いと思う」頷いた。春の、楓の遺影を抱く手が震え始めた。涙をいっぱいに湛えた目で、「鬼ども、お前らの世話になんかならない」

そういう主旨の暴言を吐いた。両親は唖然としていた。典子は春を追いかけた。春に同情していた。彼女に中にも怒りがあるのだ。春と私はよく似ている。春の魂は、姉よりも私に近いかも知れない。けれども、私は春より大人だから、春の怒りを甘んじて受け入れよう。私自身の怒りは、この強さと知恵で、この身から出す事なく死ぬまでに鎮火してやる。

 



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