数多久遠「有事 台湾海峡」

石破政権が誕生し、衆議院は解散へ。米国では大統領選挙のキャンペーンが進行中。その日米の政治的空白を突いて、中国が台湾海峡で事を起こそうとしている。2024年の、まさに「今」が舞台とも言える小説。著者の数多久遠は元幹部自衛官。その作品は、ほぼ全部読んでいる。日中の新型潜水艦が尖閣や東シナ海で戦う「深淵の覇者」など、ハイテク軍事スリラーともいえる作品が多い。また航空自衛隊の女性副官の日常を描いた「副官斑尾玲於奈」シリーズも、従来に無い切り口で描かれた「平和時の自衛隊」が新鮮だ。著者の作品には、自衛官時代の経験に基づく、僕たち一般人とは違う意識や感覚が描かれていて興味深い。

あらすじ
202X年、アメリカは大統領選挙の真っ只中にあった。日本では総理大臣が衆院を解散する可能性が高まっていた。日米におけるこの政治的空白を突いて中国が台湾海峡で軍事行動を起こす可能性がある。自衛隊の中では早くからこのリスクへの対応が議論されており、時の首相に対して解散を思いとどまるように働きかけていた。しかし首相は解散を断行する。果たして中国は動きだした。国家首席が「金門・馬祖は中国の安全保障上の脅威」と発言し、対岸に戦力を集結させ始めた。金門・馬祖諸島は中国まで最短で数kmの距離に位置する島でありながら第二次世界大戦後、台湾の領土として死守された島である。緊張が高まる中、邦人避難のために金門島に向かった自衛隊の輸送機に、それを妨害しようとした中国軍戦闘機が接触し、自衛隊機の搭乗員に負傷者が出る。さらに台湾海峡で台湾の軍艦と中国の軍艦が衝突し、負傷者が発生する。負傷者の搬送を要請された自衛隊は救難ヘリを派遣するが、またしても中国軍戦闘機の妨害を受ける。日本国内では東京電力の送電塔が倒されるなど、インフラへのテロが発生。首相は平和安全法制の「重要影響事態」を認定。中国軍は金門島への砲撃を開始。さらに台湾海峡を封鎖する動きを見せる。米軍も空母打撃群を台湾海峡に向けて移動させようとしていた。そして金門島に支援物資を輸送していたアメリカ軍のLCAC(ホバークラフト艇)が中国軍の砲撃を受けて負傷者が出る。米国内ではチャイナタウンの中国人による大規模な暴動が発生。首相は「存立危機事態」の認定に踏み切る。事態は、大規模な戦闘に向かってエスカレートしようとしていた。そんな時、自衛隊は、首相に対してある作戦を提案する。それは太平洋戦争の真珠湾攻撃以来ともいえる大規模な奇襲作戦だった…。

(ここから僕の感想)
自衛隊は軍隊である。
本書に限らず著者の作品を読んでいると、自衛隊は、その組織も装備も、紛れもない「軍隊」であると感じる。しかし、その活動に関しては憲法や自衛隊法によって厳しく制限されている。いわば手足を縛られた軍隊である。そして自衛隊が恐れているのは、手足を縛られたまま、自分たちが戦闘地域に放り込まれることである。だから自衛隊は、これまで自らを縛る拘束をなんとか取り除こうとしてきた。歴代の首相、特に安倍首相によって推し進められた平和安全法制は、彼ら自衛隊の意志と関与によって実現したものである。本書には、それらの法制が、現実の有事の際に、どのように政権を動かし、自衛隊を動かすのかが描かれている。安倍元首相が語った「台湾有事は日本有事」とは実際にはどのような事態なのかが生々しく描かれる。重要影響事態、存立危機事態、武力攻撃事態…。それらの事態認定があれよあれよという間に首相一人の判断で認定されていく。読んでいる間はスリリングで面白かったが、読み終えてみると、怖くなった。

自衛隊内部の視点で描かれている。
本書に登場する人物は9割ぐらいは自衛隊・防衛省の人間である。いわば自衛隊の「内部」の視点から描かれた小説である。主人公の1人である防衛省の官僚で内閣参与の蓮田は、安倍政権の元で平和安全法制の整備に尽力した人物として描かれている。首相をはじめとする閣僚たちも、自衛隊にとっては「外部」であり、自衛隊が働きかけて影響を及ぼすべき存在であると認識されていること。彼らは、台湾有事のリスクを予測し、その対応を準備し、時の首相に対して、積極的に関与していく。そしていざ有事が発生すると、政権に働きかけて緊急事態の認定を促し、作戦を実行しようとする。本書は「防衛村の中の人」の物語なのである。武力行使に反対する野党などは、まるで中国の手先であるかのように描かれている。

奇襲で敵の出鼻をくじくという発想って?
ここからはネタバレ注意。本書でもう一つ気になったのが中国に対して米台日が合同でおこなう作戦について。台湾海峡を封鎖するために
金門・馬祖島付近に集結した中国艦隊を、米台日の大規模な空海軍が強襲して壊滅状態にさせ、戦闘継続を断念させるという作戦だ。航空自衛隊の戦闘機が全国から250機も参加するという大作戦となる。本当にそんなことが可能なのか、という疑問は置いといて、僕が気になるのは、作戦の狙いである。何となく太平洋戦争において日本軍が何度も犯した過ち「敵に先手を打って強襲し、戦意を喪失させ、戦争を有利な条件で早期に終結させる」という考え方である。本書では、その考え方をさらに進め、圧倒的な戦力差を作り出すことで、戦闘直前に敵に敗北を悟らせ、壊滅的な全面戦争を回避するという作戦だ。いわばチキンレースを仕掛けるようなものだ。そんなリスキーな作戦を時の首相が承認するとは思えない。法制を定めた故安倍首相なら承認するかも。軍事オタクと言われる石破首相はどうだろう。総裁選前に台湾を訪れたりしているからやってしまうかも?


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