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ぐるぐる話:第21話「かのんちゃん」

杏は大学で幼児教育について学んでいた。いくつかの幼稚園、保育園へ赴き、何度か教育実習を行ったこともある。
そんな中に、「花音ちゃん」という子がいたのだ。

あれは、杏がゼミの仲間たちと作った訪問する園を決めるくじで、大学から一番遠い保育園が当たってしまった時のことだった。
その時の課題は、『ぐりとぐら』の読み聞かせ。

杏は、読み聞かせがあまり得意ではなかった。感情を移入しようにも、どうしても感情豊か……というよりも過剰な母親のことが頭をよぎり、照れが入ってしまう。幼い子どもたちはそんな杏の様子を敏感に察知し、集中してくれなかったりおしゃべりを始めてしまったりするのだった。

重い気持ちで園の入り口をくぐった杏だったが、大人っぽくしっかりした彼女と園の先生方との会話はスムーズに進み、まずは会場となる教室の下見、持ってきた絵本の確認、打ち合わせなどを順調に済ませることができた。
子どもたちは園庭で遊んでいる。

そのとき杏は、ふとなつかしい光景を見たように思った。
砂場で、女の子がひとりで砂山をこしらえている。

『柚、ゆーず。今日はなにをして遊んだの?』
『こんなに大きなお山を作ったよ!こーんな、こーんなよ!』

柚が保育園に通っていたとき、忙しい母親に代わって中学生だった杏が柚を迎えに行くことがしばしばあった。そんなひとときの会話だ。昔から杏は柚が大好きで、柚も杏が大好きだった。
最近母親への、女性としての反発が表に出てしまっていて、柚が子どもなりに心を痛めていることにも気づいていた。きっと杏の葛藤に気づかないように、柚の気遣いにも麻子は気づいていないだろう。

「本当に、鈍い親なんだから……。」

杏がそう思ったとき、砂場で遊んでいた女の子がこちらを見て、ニカッと笑ったのだ。まるでひまわりの咲くような笑顔。杏は幼かった頃の柚を思い出し、緊張がほぐれていくのを感じた。

その日の実習は、杏にしてはかなりうまくいった。砂場の女の子が柚にかぶり、柚に拙いながら一生懸命絵本を読み聞かせたかつてのことを思い出しながら、感情をこめて読むことができたのだ。

「まるで柚に助けてもらったみたい。」

名札をちらりと見ると、ひらがなで「もりたかのん」とあったので、レポートに登場してもらい、ゼミで発表するときにも大いに活躍してもらったのだった。


「そうだ、あの子だったのね。」杏は独り言ちた。

「何のことだい?」木綿子は杏に尋ね、「花音ちゃん」のいきさつを聞いて納得した。
「たぶん、あの子だと思う、森田花音ちゃん。」
幼い子どもの話題は杏と木綿子の心をほんの少しだけ和ませた。
「そうかい。しっかりした子だね、お母さんに似たんだね。」

そのとき、木綿子のスマートフォンが鳴った。発信者はもちろん麻子だ。
木綿子も杏も緊張した面持ちで、こくりと頷きあう。
木綿子は、今日担いだ験の数々を思いながら、通話ボタンを押した。

【つづく】

tsumuguitoさんから代打のバトンで、小川牧乃さんからのつづき、第21話を書かせていただきました。

次回、麻子は柚の生存をどんなふうに木綿子たちに伝えるのでしょう?
たのしみでなりません!

tsumuguitoさん、楽しい企画に参加させていただきありがとうございました。


…………✂️…………

わたしの確認ミスで、冒頭に病院からの電話がまだないと書いてしまいましたが、18話で時点で電話が来ていて、矛盾してしまいました。よって冒頭を削除し、つじつま合わせを行いました。

tsumuguitoさん、皆様に、ご迷惑をおかけしましたことをお詫び致します。

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