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りんごに不慣れ。 #罪と罰

人が勝手に負う罪とは、結局のところなんでもいいのだと思います。
他人から見たら「そんなことで?」と思うことでも、本人にとっては罪。

私が誰かに迷惑をかけ害を与えたことも、断罪されるべきものです。


私が今後、自分から誰かの心の扉を叩いたり。
嬉しかったことや楽しかったことを自分から共有したりする機会は激減するでしょう。


ああ、どんな罪を犯したかですか。


それを誰かに語る気は一切ありません。


ただ一生とまでは言わずとも、私は今後、少なくとも数年間は自分を許さずに生きていくでしょう。

それが罰になるかは分かりません。

長い間罪を負い続けるのではなく、逆に「何か夢中になれるものを見つけ、そのために限界まで命を削り、内側から崩壊しろ」という方が罰として正しいならそうしましょうか。


自分を許さずに生きていくことそれ自体は、慣れていますのでご心配なく。

少なくとも約10年間はそうして生きてきました。
ひと昔前の自分に戻るだけです。



明日からもまた、あなたが心身ともに健やかであることを切に願います。

どうか、あたたかい夢を見られますように。

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