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真実が一つじゃないので困る?!

やっとの思いで四条大宮駅についたのは、タイムリミットまで、あと1時間てとこだった。
今日一日は、本当に大変だった。午前中は貴船神社で佐伯の彼女のお守りを買う予定で、京都の山奥まで行ったのだが、お雪さんの興味本位が仇となり、奥の院の森の中で大変な痕跡を発見したのだった。
特に龍馬暗殺とは関係ないけれど、現代版呪詛っていうやつで、朝から背筋がゾゾゾゾゾってなった。
時間がない!!っていうのに、サカモトさんがダダこねて、その後、源義経が牛若丸時代に修行した鞍馬寺に行く羽目になり、だいぶ時間をロスした。
しかし、なんでサカモトさんがダダこねて、みんながサカモトさんの思い通りに動くのか不思議だった。だって、サカモトさんの姿は、僕と山田と秩父さんにしか見えないはずなのに・・・。
サカモトさんが、
「行くんだ! 行くんだ! ぜぇーったいに鞍馬寺に行くんだ!」って、天狗の前で、3歳児のようにジダンダしていて、いくら僕ら3人にしか見えないってったって、こんないいおじいさんが公衆の面前で恥ずかしすぎる!!と思ってたけど、そんな状況を見えるはずもないお雪さんが、
「ねぇ、鞍馬寺行ってあげようよ。よっぽど行きたいみたいじゃない・・・」
と、なんだか呆れ気味で言ったのだった。

「不思議だ・・・」
白い塀が延々と続く道を歩きながら、僕は首を傾げていた。
壬生の光縁寺。
新選組隊士の山南敬介墓。
僕の横で、静かに手を合わす山田。墓に西陽が差して、まるでそこに山南さんが立っているように見えた。
「立ってますよ。いつもここに墓参りに来るときは、出てきてくれるんだ。山南さんは」
山田がニコニコして、五光の差す山南さんの横に立つ。
「もう、なんでもありの世界だね・・・」
山南さんは、
「君が不思議がっていることだけれどね。簡単なことだよ。サカモトさんが君に乗り移っているのさ」
と言った。
一瞬、頭が混乱したけれど、このなんでもありの世界。
それじゃあ、鞍馬の天狗の前でダダこねたのは、僕ってことかよ!!
心臓がズキンと傷んで、背中や脇下からドバっと汗が吹き出た。

「ほんっと嫌だ・・・。マジでほんと嫌だ・・・」
僕は、前川邸の格子にうなだれかかって、ブツブツ言っていた。
「ねぇ、拝観すると、出口でお抹茶とお餅もらえるって」
お雪さんが、拝観券を僕に差し出してきた。
「あ、ありがとう・・・」
お雪さんは、八木邸の石畳をケンケンして、先に行ってしまった。
八木邸の土間から見上げる天井の大きな梁。
夕暮れ時の館は、ちょっとだけ不気味な気配がしていた。
ここで、残酷な殺戮がおこなわれたんだ。
土方歳三と沖田総司と・・・裏で指示したのは近藤勇。
芹沢鴨の妾まで惨殺。
ここは、血の海となったんだ・・・

「いやあ、どうも!」
「また、来てたんかい?」
「修学旅行で」
「え? 修学旅行? 今度は何歳に化けたんだい?」
「15歳です」
「15歳?! そりゃ、無理があるだろう!!」
「わははははははは!!!」
と、笑っているのは、山田と芹沢鴨。
「あ、頭痛い・・・」
僕は、よろめきながら隣の部屋へ。と、あっち爪を文机のカドッコにぶっつけて。
「ああ、イタタタタタ・・・っつう・・・」
と僕は、畳に転がった。
「だ、大丈夫?! 網村くん!!!」
「お梅!! 逃げろ!!」
「え? 本当に大丈夫? 網村くん、今日少し変よ!」
お雪さんが、転がる僕の肩を叩いた。
「うまいなぁ! 君! そう、そんな感じだったよ。あの時も」
芹沢鴨は、扇子で膝を叩いて喜んでいる。
「こんな感じだったんですね。あの時、私は他にいたものですから・・・」
山田が深妙な面持ちで唸った。
そんな山田を見て、芹沢は、
「気にすんな! もうだいぶ昔のことだ」
と言い、山田の肩に優しく手を置いた。
芹沢は、柱の傷跡に手をあて、庭を眺めて言った。
「俺の魂は、いまは、行方に帰っているんだ。まだ、生家が残っているからな。自然豊かで、いいところさ」
そして、山田の方に居直ると、
「お前は、いつまでそんなことしてるつもりだ」
と真剣な表情で言った。
山田は、返事に困ったように黙り込んでいた。
「冤罪を晴らしてなんになる? もうすべて終わったことだ」
芹沢は静かに言った。

壬生寺の端っこには、近藤勇の胸像と芹沢達の墓が。
山田は、墓に手を合わせ、自分の胸像をペタペタ触っていた。
「どうしてなんだろう?」
僕は、山田に問いかけた。
「なにが?」
山田が振り返った。
「いや、さっき近江屋跡に行った時、坂本龍馬は出てこなかったじゃないか。山田が行くとこ行くとこ、山南さんや芹沢さんは出てくるのに。そう言えば、蘇我入鹿も義経も出てこなかったけど・・・」
僕は、素朴な疑問を山田に投げかけた。
だけど、山田はとても恐い顔をして僕を見ていた。
「な、なに?」
僕は、山田の鬼の形相に震え上がった。
「それはね、、、それだけ恨みが深いからだよ、、、」
山田がぼそっと言った。
「え?」
僕は凍りついた。
「新選組の仲間は、もう成仏してあの世で幸せに生きているのさ。だけど、入鹿と義経と坂本龍馬さんは、成仏できていない。自分の死に納得できていないんだ」
山田は、そう言い終わると、ナンマンダナンマンダとお経を唱え始めた。
「ええ?!」
僕は、お経を唱える山田を見つめていた。しばらくして、お経が終わると、山田は、僕を見て、
「3人共、信頼していた人物に裏切られた。だからこそ、その恨みは深い。入鹿は斉明天皇に、義経は兄の頼朝に。そして、坂本さんは・・・」
と言いかけて、やめた。
「ちょっと、トイレ!」
佐伯の声がした。壬生寺の境内で、鬼ごっこをしていた佐伯と秩父さんとお雪さんとサカモトさん。
お雪さんは、鳩を追い回して笑っている。
「恨みと言うか、悲しみかな・・・」
山田が言った。その横顔は、あの時と同じ。
調布の墓で、僕に見せた寂しそうな横顔。

「さぁ!! 帰ろう!! 夕食が始まっちゃう」
山田が壬生寺のあちこちに散っている中学生達に呼びかけた。

夕暮れの前川邸。ここで山南敬介が、愛しの遊女と別れを惜しんだんだ。
長く続く白壁の塀。向こうでカンカンと鳴る踏切の音。
そろそろお仕事の時間。
京都の警備を任された新選組。

「僕、いつか書くよ。大河ドラマの新選組を!」
僕は、山田に誓った。
「もう書いた人いるけどね。何年か前に」
山田が言った。
「え!! 嘘!! 僕生まれてないもん!!」
僕は必死に山田に噛み付いた。
「はははっははは!!」
「じゃあ、坂本龍馬!!」
「それももうやっちゃったもんね!」
「義経!」
「それも! とっくにね!」
「もうっ!! じゃあ蘇我入鹿!!!」
山田が止まった。そして、僕を見下ろして、
「それ、まだかも!! それ! いいね! 新しいね!!」
と人差し指を立てて言った。

坂本龍馬が信じていた人。それは、背後でなく、目の前にいたのかも。
そう思うと、僕は、胸がキュウっと締め付けられた。
「信じ過ぎだよ! 純粋過ぎるよ!! もっと自分のこと、ちゃんと守らなきゃだめだよ・・・」
僕の隣で大いびきをかく、山田と佐伯を尻目に、僕は少しだけ泣いたんだ。
子どもの僕にも何となく分かる。大人の世界。
龍馬は、利用されるだけ利用されて、殺されたんだ。
しかも、一番信頼していた人物に。
いまは、真実がいっぱいだけど、いつかは必ず一つになる。
龍馬に信頼されていた人物の心に、悲しみという言葉があるとすればね。

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