突然父が路上で倒れた!脳死!?移植!?

「お父さんが路上で倒れたって。警察から電話が来た。」
年度末、突然兄から電話がかかってきた。父が路上で倒れたと言うのだ。
状況としては心肺停止。とても危ない状況と言える。

父は40代で脳梗塞をしており、心臓も弱いのだ。
昔から「70歳まで生きられたらいいかな」と言っていた父。倒れた日は70歳と3ヶ月。
生きていて欲しいと言う気持ちと、ダメかなという諦めの気持ちで病院に向かおうとした

が!

我が子が数日前に体調不良だったため病院に行けず、私は家でお留守番となった。

モヤモヤとしながら家で待つこと数時間。病院に行ってくれた兄から連絡が来た。状況を確認すると心停止であることと、脳死であることを告げられた。


脳死になった時、家族としてどうするか


我が家の母は55歳という若さで亡くなっている。死因は癌だ。その時、母の一部でも生きていて欲しいと思い、臓器移植(正確には角膜移植のみできた)を選択した。
移植という選択は生前母から「何かあったら切り刻んで全部使って」と言われていたものであり、私自身、一部だけでも母が生きていられると思える、救われた選択だった。
父も移植に賛同し、自分が死んだらして欲しいと言っていた。

そんな父も脳死となった今、父自身も母と同様に望んでいた移植を試みるチャンスが来たのだ。


2日目、私も病室に入ることができ、兄と2人で脳死の父を目の当たりにした。
父は医療器具で命を繋がれており、以前のような笑顔は見せてくれなかった。
ドラマだったら大声で泣きつくであろう。「おとうさーん!」と大声で泣き叫ぶシーンも見たことがある。
しかし実際自分がなってみると、泣きはするもののそこまでドラマチックにはならなかった。
それどころかこれから始まるであろう、相続と実家の後処理が過り、最後は父に不満まで言っていた。兄妹揃ってである。

一通り父に感謝と不満告げると面会時間が終わった。
看護師に呼ばれ帰る時、私と兄は「脳死ならば器具に繋がれ辛そうでもあるので、早く臓器移植をしたい」と看護師に申し出たのだ。
すると看護師は

「臓器移植ご希望されていたんですね。ありがとうございます。でも今お父さんは頑張って生きていますので、機械を切ることはできないんです。」

と告げた。
どうやら私たちが希望する「機械を切って命を止めて臓器移植をする」という行為は出来ないらしい。
私たちは一刻も早く父の死を望んだ子供達のようになってしまい、ちょっと気まずい雰囲気の中「担当者からまた連絡しますね」と言われ、病院を後にした。
色々不満はあるが、殺そうとはこの時はまでは思ってなかったよ、ごめんねお父さん。早まっちゃった…


気まずい雰囲気の中兄と帰る途中、臓器移植の担当者から連絡がかかってきた。

どうやら高齢(70歳オーバー)であること、臓器のコンディションが良くないことから臓器提供は難しいかもしれないと言われた。ただ少しコンディションが戻れば出来るかもしれないとのことだった。

しかし結局父のコンディションは良くなることはなく、入院3日目にしてこの世を去った。70歳と3ヶ月である。


死んだ後に発掘されし、献眼バンク


後日父の遺品を整理していると一枚カードが出てきた。献眼バンクのカードである。

裏に名前と登録日などが記載されていた

慶應義塾大学病院眼球銀行
登録日は母の死去と近く、恐らく母の移植に賛同して自身も登録したのであろう。
ならばソフマップとビックカメラのカードと一緒に保管しないで、保険証と一緒に入れておいて欲しかったと私は強く思ったが、死んだ父には届いただろうか。


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