ラジオドラマ「聖なる夜の訪問者」

概要:関西の某ミニFMの番組内のラジオドラマ用に執筆(O.A.済)。登場人物は女性三人という条件。尺は約13分。2011/09/30作。

〇ログライン
 貧乏故にひねくれた智美が泥棒に入った家で恵理子と出会い、裕福でも辛い境遇を知り、心を入れ替える話。

〇登場人物
安井智美(24)泥棒
中村舞(23)智美の幼馴染
高野恵理子(58)盲目の資産家


   SE 微かに聞こえる鈴の音
   SE コツコツと歩く二人の足音

舞「うわぁ、真っ暗やなぁ。月明かりしかあらへん」
智美「停電もええもんやな」
舞「折角のクリスマスのイルミネーションも台無しやん。ほら、見てみ。あ
 の家とかめっちゃ気合い入れてやってるのに」
智美「ふっ、ざまぁみろやわ」
舞「またそんなこと言う。あ、でも、今夜はキャンドルだけでも雰囲気出る
 かもね」
智美「そんなん火事になればいいねん」
舞「もう、ほんまクリスマス嫌いなんやね。智美って」
智美「ああ、嫌いや。施設におった時も、なんでこんなんやらなあかんねん
 って思ってたわ」
舞「クリスマスパーティー? え~楽しかったやん。私は好きやったけどな
 ぁ」
智美「だって、あんなん金持ちの自己満足やん。『寄付してやるから楽しめ
 ば?』みたいな」
舞「そんなことないと思うけどなぁ。そもそも、寄付のおかげで生活できて
 たんやし」
智美「それでも、なんか嫌やねん。同情されても余計なお世話」
舞「そうかなぁ……」
智美「そんなことより、見えてきたで(立ち止まり)舞、あの家や」
舞「えっ?! あそこって……」
智美「そう、高野恵理子の大豪邸」
舞「いつも寄付してくれてた資産家の?」
智美「ひとりで暮らしてるみたいやし、好都合や」
舞「なんで、そんなとこに泥棒に入ろうとしてんの?」
智美「泥棒とか、そんなん言わんといてや」
舞「でも、なんで……」
智美「なんでって、金持ちになるためやん」
舞「は?」
智美「いつも、良い思いするのは金持ちだけ。貧乏ってだけで損するってこ
 と、あんたもよう知ってるやん」
舞「そうやけど……」
智美「うちらかて、お金さえあれば、こんな生活せんでも幸せになれたはず
 やねん」
舞「べつに今の生活が幸せじゃないってわけじゃ……」
智美「そうかな? 毎日バイトでその日の生活費を稼ぐので精一杯。そんな
 生活から、うちは脱出したい」
舞「脱出?」
智美「金持ちになったら、もう昔みたいに惨めな思いせんでもよくなるで」
舞「そうかなぁ……」
智美「そうや」
舞「なあ、智美。ほんまに行くん?」
智美「行くよ」
舞「でも、わざわざクリスマス・イブの夜に行かんでも……」
智美「イブの夜やからこそ行くんや。パーティーだのデートだの浮かれて、
 留守になったとこを狙うねん」
舞「もし留守じゃなかったら?」
智美「その時はその時や。クリスマスやし、サンタのふりでもしたらええん
 ちゃう」
舞「ほんま大丈夫かなぁ……」
智美「幸せって思ってる人に、不幸を届けに行くで」

   SE 窓ガラスが割れ鍵を開ける音
   SE 窓ガラスのサッシをそっと開ける音

智美「案外すんなり入れたな」
舞「セキュリティとか、ちゃんとしてると思ってたけど……」
智美「停電で止まってんのとちゃう?」
舞「そうかなぁ」
智美「めっちゃ部屋がつづいてるな。どっから物色しよっか」
舞「なぁ、やっぱりやめようや」
智美「はぁ? 何言ってんねん。もう入ってんのに」
舞「でも……」
智美「もう、大丈夫やって。ほら、この部屋から行くで」

   SE ドアをガチャッと開く音

恵理子「誰?!」
智美・舞「(小声で)ひっ」
恵理子「誰かいるの? ねぇ、いるんでしょ?」
智美「(小声で)逃げるで」
舞「(小声で)え? うん。わっ」

   SE ガンッと壁にぶつかる音

舞「いたっ!」
恵理子「ほら! やっぱりいるんじゃない?! 誰なの?」
舞「ど、どうしよう?!」
智美「もう! はよ逃げるで!」

   SE 微かに聞こえる鈴の音

恵理子「待って! もしかしてサンタ?!」
舞「え?」
恵理子「サンタ……サンタなんでしょ?!」
智美「はぁ? 何言ってんの?!」
恵理子「だって、今夜はクリスマス・イブなんでしょ?!」
智美「そうやけど、それが何なん?」
恵理子「じゃあ、やっぱりサンタじゃない。イブの夜に来るのは、サンタっ
 て決まってるもの」
智美「そら今夜はイブやけど……」
恵理子「なによ、もう。しばらく休暇を与えたのに、こんなこと企んでたの
 ね。誰かしら、この声は……山本?」
智美「はぁ? 山本ちゃうし」
舞「ねぇ、智美。どういうこと?」
智美「知らんよ」
恵理子「智美? そんな使用人、うちにいたかしら?」
智美「使用人? 何言ってんの?」
舞「この人、誰かと間違ってるんとちゃうかな?」
智美「はぁ? うちらサンタでもないし、ましてや、ここで働いてる使用人
 でもないで?」
恵理子「え? 何言ってるの? サンタじゃないの?」
舞「えっと、あの、私たちサンタじゃなくて……」
智美「(ため息)もう、うちら泥棒や」
恵理子「泥棒?!」
舞「そうなんです……」
恵理子「(笑いながら)何を言ってるのよ。泥棒だなんて……」
智美「あんたの方が何言ってんねん。見てわからん? いくら停電で真っ暗
 言うたって、もう目慣れてるやろ?」
恵理子「停電? 今停電になってるの?」
智美「は? 真っ暗やんか」
恵理子「真っ暗……外も真っ暗なの?」
智美「なに、このおばはん……見えてへんのか?」
舞「ちょっと?!」
智美「だって、見たらわかること、いちいち聞いてくるやんか」
舞「で、でも、言い過ぎやない?」
恵理子「いいのよ。本当のことだから」
舞「え?」
恵理子「私……見えないのよ」
舞「……なんで?」
恵理子「事故でちょっとね……」
智美「ざまぁみろやな」
舞「ちょっと智美!」
智美「ふん、いいやん」
恵理子「でも、泥棒が私に何の用なのよ?」
智美「そんなん決まってるやん。あんたから金を奪いに来たんや」
恵理子「お金? ふ~ん、お金ねぇ……」
舞「智美、やめようや。わざわざ目が見えん人から奪ってまで……」
智美「関係ない。金持ちは金持ちやん。舞は黙ってて!」
舞「智美……」
智美「さ、高野恵理子、あんたの金貰っていくで」
恵理子「……どうぞ、好きなだけ持って行けばいいわ」
智美「は?」
恵理子「お金が欲しいならいくらでもあげるわよ。そこに金庫があるから、
 この鍵で開けて持って行きなさい」

   SE チャリチャリと鍵の音

智美「なに、ほんまに持って行っていいんか?」
恵理子「ええ、それがお望みなんでしょ? 遠慮せずに持って行きなさい
 よ」
智美「……」
舞「智美、あかんよ、やっぱり……」
智美「いや、でも、これさえあれば……」
恵理子「ねぇ、ちょっと聞いてもいいかしら?」
智美「なに?」
恵理子「どうしてお金が欲しいの?」
智美「は? 金持ちになるために決まってるやん」
恵理子「どうして、そんなにお金持ちになりたいの?」
智美「幸せになるためや」
恵理子「幸せ?」
智美「そうや、今より幸せになるためには、絶対必要やねん」
恵理子「そんなもので幸せになるほど、世の中甘くないわよ」
智美「なんやて?」
恵理子「ただお金持ちになったからって、それが本当に幸せとは限らない
 の」
智美「そんなことない!」
恵理子「あら、どうしてそんなこと言えるの? お金持ちの気持ちも知らな
 いくせに」
智美「あんただって知らんやん! 人から与えられてばっかりの貧乏人が、
 どんだけ惨めか」
舞「智美……」
智美「金さえあれば……」
恵理子「なんでもできるとでも?」
智美「そうや、そうに決まってる」
舞「……私は違うと思うなぁ」
智美「え?」
舞「べつにお金なくても、なにかできるんとちゃうかなぁ……」
智美「舞……」
恵理子「世の中、お金が全てじゃないのよ」
智美「でも、ないよりあった方が……だって、これは舞のためでもあるんや
 で」
舞「私のため?」
智美「そうや。お金があれば舞だって、ちゃんと学校にも行けて、やりたい
 こといくらでもできるんやで」
舞「やりたいこと?」
智美「子供の頃に言ってたやん。世界中を旅したいって」
舞「そうやけど、べつに私は、人から奪ったお金じゃなく、自分で稼いだお
 金で行きたいねん」
智美「でも、貧乏ってだけで自分からできることが限られてくるねんで」
舞「智美……」
智美「うちは嫌や、そんなん」
恵理子「それは、あなたの努力次第じゃないの?」
智美「は?」
恵理子「私は頑張ったわよ。そんな自分が嫌だったから」
舞「え? それは……」
恵理子「私だって昔は貧乏だった。施設出身ってだけで馬鹿にされ、悔しく
 てお金持ちになろうとしたのよ」
舞「え? 施設出身?」
恵理子「ええ、そうよ」
智美「あんたが……?!」
恵理子「頑張って会社つくって……お金持ってたら、周りにたくさん人が集
 まってきたけど、友達と呼べるような人は一人もいなかった」
智美「……そんな」
恵理子「周りが見えてなかったのよ。貧乏な時は、お金に執着してた。今の
 あなたみたいにね」
智美「うちみたいに……?」
恵理子「ちゃんと友達の言葉に耳を傾けないと、いざ誰かのためにお金を使
 おうにも、誰もいなくなっちゃうわよ」
智美「そんなこと……」

   SE 突然流れるクリスマスソング

舞「あ、あれ! 智美、窓の外見て。停電なおったみたいやで!」
智美「え? でもこの部屋は真っ暗のままやで」
舞「あ、ほんまや。なんでかな?」
恵理子「ああ、もともと電気点けてないのよ。ほら、私、目が見えないでし
 ょ?」
舞「ああ、そっか」
恵理子「点けようか? 真っ暗じゃ、あなたたちも動きにくいでしょ」

   SE パチッとスイッチをつける音

智美「なにこれ……?!」
舞「クリスマスプレゼントがいっぱい……」
恵理子「ああ、まだそこに残ってるのね。みんな持って行くように言ったん
 だけど。私ね、自分が育った施設に寄付してたのよ」
舞「え?」
恵理子「そこの子供たちが、毎年クリスマスを楽しみにしてる様子を見るの
 が好きでね。それは、そのためのプレゼントだったの」
舞「へぇ……」
恵理子「あなたたちをサンタと間違えたのも、昔、施設の友達同士、サンタ
 のふりしてお互いの部屋遊びに行ったりしてたのを思いだしてね。もう、
 そんな友達いないんだけど……」
舞「……あの、じつは、私たち、その施設出身なんです」
恵理子「あら、そうなの?!」
舞「私、毎年クリスマスが楽しみでした」
恵理子「そう、それはよかった……あ、よかったら、そこのプレゼント持っ
 て行きなさい」
舞「えっ?」
恵理子「おもちゃばかりだけど、売れば少しは……」
智美「いらん」
舞「智美?」
智美「舞、あんたは好きやったかもしれんけど、うちは嫌いやねん。それ
 に、なんなん? 余ったプレゼントまでよこして、貧乏人、馬鹿にしてん
 のか?」
恵理子「そんなつもりは……」
智美「昔は貧乏やったけど、今は金があるってこと自慢したいだけやろ? 
 だから、嫌やねん、金持ちは」
舞「智美……もう、いいやん。やっぱり、泥棒なんてするもんちゃうよ」
智美「でも、お金がないと、ケーキもプレゼントも買われへん。うちは舞が
 欲しいものもプレゼントできへんねんで?」
舞「え?」
智美「いつも人から与えられてばっかり。もう、嫌やねん、そんなん」
舞「智美……泥棒したお金で買ったプレゼントなんか、私はいらん」
智美「え?」
舞「安もんでも、智美が自分で稼いだお金で買ってくれたってだけで嬉しい
 ねん」
智美「……」
舞「今の智美がやってることは、結局、人のお金で幸せになろうとしてるだ
 け。それって、智美が嫌がってる、人から与えられるのと変わらんで」
智美「そ、そんなことない!」
舞「智美は私のためって言うけど、私、今の生活に不満なんてない!」
智美「え?」
舞「貧乏でも智美と一緒に笑ってられればいいねん!」
智美「舞……」
舞「もう、こんなことやめて、一緒にケーキ食べたり、プレゼント交換しよ
 うや」
智美「でも……」
恵理子「したらいいんじゃない?」
智美「え?」
恵理子「今夜はクリスマス・イブなんでしょ。ちょうどいいじゃない。今か
 らでも十分楽しめるわよ」
智美「今から?」
恵理子「せっかく友達もいるんだから。泥棒なんかやってるより、その方が
 楽しいんじゃない?」
舞「高野さん……」
恵理子「お金しかない私にはできなかったけど、今のあなたたちにはできる
 んだから」
智美「……舞、やろう。クリスマスパーティー。お金ないけど……」
舞「私もない。でも、それでいいやん」
恵理子「私のことはかまわないから、あなたたち、もう行きなさい」
智美「でも、うちら、ここに泥棒に入ったんやで?」
恵理子「だから?」
舞「私たち、警察に……」
恵理子「窓ガラス割られたくらいでしょ? そんなの私にとって、なんの被
 害でもないわ」
智美「出た! 金持ち発言」
恵理子「だって、私はお金持ちだもの」

   SE 少し間があってから三人の笑い声

智美「そう開き直ってもらえる方が、なんかすがすがしいわ」
恵理子「いえ、これでも結構ムリしたのよ」
舞「ほんとにいいんですか? 私たち、このまま行っても……」
恵理子「大丈夫よ。もう、何度も言わせないで」
舞「ありがとう……」
恵理子「お礼を言いたいのはこっちよ」
智美「高野恵理子……」
恵理子「ん?」
智美「うちが間違ってたわ……」
恵理子「……まだ若いんだから、自分の力で稼ぐなんて簡単よ」
智美「う、うん……」
恵理子「でも、生活が豊かでも、そこに本当の友達がいなければ幸せとは言
 えないの」
智美「そうなんかもな……」
恵理子「友達、大切にしなさい」
智美「わかってる」
恵理子「さあ、もう行きなさい」
舞「智美、行こうか」
智美「うん……」

   SE 車が走る音
   SE 微かに聞こえる鈴の音

舞「あ、イルミネーションが綺麗」
智美「……うん」
舞「やっぱりクリスマスは、こうでないと」
智美「なぁ、舞。今、お金なんぼくらい持ってる?」
舞「お金? え~っと……」

   SE 小銭がチャリチャリ鳴る音

舞「二百円あるかないかくらい……うわぁ、見るも無残な結果」
智美「そっか……うちの三百円も足したら、コンビニであのケーキ三つは買
 えるな」
舞「え? 三つ?」
智美「うん、三つ」

   SE 微かに聞こえる鈴の音
   SE 窓ガラスをコツコツ叩く音

恵理子「誰?! 誰かいるの?!」
智美「サンタです」
恵理子「は? サンタ?」
舞「サンタが二人帰ってきました」
恵理子「あっ!(笑う)」
智美「メリークリスマス」
恵理子「……メリークリスマス」

   SE シャンシャンと聞こえる鈴の音

                              (了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?