映像シナリオ「静寂の檻」
概要:シナリオ学校の課題にて執筆。“超悲劇”というテーマで、短編の映像シナリオという条件あり。尺は約15分。2008/11/16作。
〇ログライン
次第に耳が聴こえなくなる音楽家とその周りの人々とのすれ違いの話。
〇登場人物
黒木章造(53)音楽家
黒木律子(24)章造の娘、ヴァイオリニスト
小宮誠二(32)章造のマネージャー
矢沢真一(42)章造が指揮する楽団のコンサートマスター
酒井正彦(47)代役の指揮者
楽団関係者
記者たち
〇 黒木家・黒木の部屋(夜)
薄暗い部屋。
窓の外は大雨が降っており、雨粒が窓ガラスを打ちつける。
大きなグランドピアノの前に座っている黒木章造(53)。
黒木、一心不乱にピアノを弾き、時折五線譜に書きとめ作曲してい
る。
鬼のような形相の黒木。
そこへ部屋の扉をノックして入ってくる黒木律子(24)。
真剣な表情の律子、黒木に話しかける。
律子「お父様……あの、私……」
律子の声など聞こえないかのように、一心不乱に作曲をしている黒
木。
律子「お父様……」
悲しそうに黒木をじっと見つめる律子。
× × ×
窓から日の光が差している。
疲れきった表情の黒木、完成した楽譜をじっと見つめている。
そこへ小宮誠二(32)が部屋の扉をノックして入ってくる。
小宮「おはようございます、黒木先生」
丁寧に挨拶する小宮、黒木が持っている楽譜を見ると、喜んだ表情で
黒木に近づく。
小宮「先生! とうとう完成したんですね?!」
黒木、近づいてきた小宮に気付くと、無言で楽譜を渡す。
楽譜には交響曲第八番の文字。
小宮「これで今度の演奏会はさらに話題になります! この曲を演奏会の最
後にお披露目して……あ、あの、先生?」
喜ぶ小宮を無視して部屋から出て行く黒木。
小宮、楽譜を片手に呆然と去っていく黒木の後ろ姿を見つめる。
〇 シンフォニーホール・リハーサル室
黒木が指揮する交響楽団のメンバーが集まって練習している。
黒木、指揮台に立ち交響曲第八番を指揮しているが、楽団の演奏と合
わずバラバラになっている。
次第に困惑した表情になる楽団のメンバーたち、演奏を止める者もい
る。
指揮に集中していて気付いていない黒木、指揮棒を振りながら曲の指
示をしている。
黒木「ここは流れるように……そこ、もっと明確に!」
注意された奏者は少し不満な表情をするが、しぶしぶ黒木の指示通り
に演奏する。
指揮と演奏が合っていないまま続けられている様子を不安そうに見て
いる小宮。
× × ×
リハーサルが終り片付けをしている楽団のメンバーたち。
矢沢真一(42)が小宮に小声で声をかける。
矢沢「小宮さん、ちょっと……」
〇 同・リハーサル室前の廊下
リハーサル室から出て廊下で話をしている小宮と矢沢。
矢沢「今日の黒木先生、どうしたんだい? あんなに指揮がずれていってる
のに気付かないなんて……」
小宮「それが私もどうなっているやら……」
小宮と矢沢、困惑した表情で話す。
矢沢「このままでは、今度の演奏会に間に合わないぞ」
矢沢と小宮、不安そうにリハーサル室を覗き黒木を見る。
指揮台の上でスコアをじっと見ている黒木。
楽団のメンバーが一人、楽譜を持ち黒木に話しかけているが、黒木は
気付いていない。
その様子を見ている小宮と矢沢、心配そうに顔を見合わせる。
〇 黒木家・黒木の部屋(夜)
ソファに座り交響曲第八番のスコアを見ている黒木、頭の中でイメー
ジしながら指揮棒を振っている様子。
黒木、指揮棒を振るのを止めると、グランドピアノに近づき曲を弾き
始める。
弾き始めは穏やかな表情をしている黒木、次第に困惑した表情に変わ
っていき力強く弾いて大きな音を出したり、ピアノに耳を近づけたり
する。
はっとした表情になる黒木、ピアノを弾くのを止め、苦しそうな表情
で頭を抱える。
〇 シンフォニーホール・リハーサル室
黒木が指揮する交響楽団のメンバーが集まって練習している。
指揮台に立つ黒木、交響曲第八番を必死に指揮しているが、楽団の演
奏とどんどんずれていく(黒木の目線では不明瞭に聴こえる演奏の
音)
気難しい表情をしながら一心不乱に指揮棒を振る黒木。
困惑した表情の矢沢、必死に黒木の指揮に合わせようとする。
不安な表情で見ている小宮。
× × ×
一人でリハーサル室に残っている黒木。
黒木、演奏会でする曲のスコアに目を通している。
静かに入ってくる小宮、深刻な表情で黒木を見る。
小宮、黒木に近づき黒木の肩を軽く叩くと、大きめの声で黒木に話し
かける。
小宮「先生、このまま演奏会で指揮するのは難しいです。ここは代わりの指
揮者に任せた方がよろしいのでは……」
黒木「駄目だ! この楽団の指揮者は私だ。私が最後まで指揮する。それに
この曲は私にとって大事な曲だ。他の誰にもこの曲は触れさせないぞ!」
厳しい表情で怒鳴る黒木、小宮を無視して足早に去って行く。
困った表情で溜息をつく小宮。
〇 黒木家・律子の部屋(夜)
バイオリンを弾いている律子。
律子、弾くのを止め、悲しそうな表情になる。
机に近づき引き出しを開ける律子。
引き出しの中からパリ行きの航空チケットと音楽学校の書類を取り出
し、じっと見つめる律子。
〇 シンフォニーホール・リハーサル室
交響楽団のメンバーが集まり、各自練習している。
小宮、指揮棒とスコアを持った酒井正彦(47)を連れて入ってくる。
小宮と酒井、矢沢に近づく。
小宮たちに気付き立ち上がる矢沢。
小宮「矢沢さん、この方が以前お話した代わりの指揮者の酒井さんです」
酒井「どうも酒井です」
酒井と矢沢、握手をする。
〇 同・玄関ロビー(夜)
黒木の演奏会のポスターや看板が至る所に貼られており、多くの客や
取材の記者で賑わっている。
〇 同・黒木の楽屋
化粧台やソファがある広い楽屋。
燕尾服を着た黒木、悔しそうな表情でスコアをじっと見つめている。
ノックの音がして小宮が扉から顔を出す。
小宮「先生、舞台袖までお願いします!」
小宮、大声で黒木に声をかける。
黒木、少し間を置いて小宮の声に気付いた様子で扉の方を見て立ち上
がり、扉の方へ向かう。
〇 同・ホール内
満員の客席。
ステージ上には指揮台が二つ用意され、楽団のメンバーたちがスタン
バイしている。
厳しい表情で入場する黒木。
その後ろに続いて代役の酒井が入場する。
拍手する客たち。
黒木、指揮台に立ち指揮棒を構え、楽団のメンバーたちをじっと見わ
たす。
酒井も指揮台に立ち指揮棒を構える。
指揮棒を振り始める黒木と酒井。
酒井の指揮に合わせ交響曲第八番を演奏し始める楽団のメンバーた
ち。
一心不乱に指揮棒を振る黒木。
酒井の指揮を見ながら演奏する楽団のメンバーたち。
じっと演奏を聴いている客たち。
× × ×
交響曲第八番のクライマックス。
黒木、高々と指揮棒を振り上げて止める。
少し遅れて、酒井の指揮が止まったところで演奏が終わる。
一瞬の静寂の後、拍手喝采になる客席。
黒木、厳しい表情のまま客席に背を向たままでいる。
〇 同・黒木の楽屋前の廊下
黒木の楽屋の扉の前に集まる大勢の記者たち。
小宮や他の関係者、押しかける記者たちを扉の前でなだめている。
大勢の記者たち、閉まっている扉に向かい、口々に叫ぶ。
記者1「黒木先生! 本日の演奏会、とても素晴らしかったです!」
記者2「交響曲第八番、最高でした!」
記者3「先生! ぜひ取材させて頂けませんか?」
〇 同・黒木の楽屋
黒木、外の騒ぎが聞こえておらず、暗い表情のまま鏡の前の椅子に座
っている。
黒木「もう駄目なのか? 私は……」
頭を掻き毟る黒木、いらいらしたように傍に置いてある灰皿を鏡に向
かって投げつける。
派手に割れる鏡(黒木の目線では無音で割れる鏡)
黒木、絶望した表情で割れた鏡を見つめ、首を横に振りながら後ずさ
ると、頭を抱え発狂し暴れる。
〇 同・黒木の楽屋前の廊下
黒木の楽屋の扉の前に集まる小宮や他の関係者、大勢の記者たち。
楽屋の中から物が壊れる音が聞こえ、驚き静かになる小宮や他の関係
者、大勢の記者たち、心配そうな表情で顔を見合わせる。
小宮、はっと気付いた様子で慌てて楽屋の扉を開ける。
〇 同・楽屋
ぐちゃぐちゃに物が壊され散乱している部屋。
取り乱した黒木、手当たり次第投げている。
驚いた表情の小宮、慌てて黒木に駆け寄り取り押さえる。
〇 黒木家・玄関
大きなスーツケースを引きながら玄関から出てくる律子。
律子、ふと顔を上げると門に小宮が立っているのに気付く。
深刻な表情で律子に会釈をする小宮。
〇 道
閑静な住宅街の道。
暗い表情の律子と小宮が並んで歩いている。
小宮「……行かれるんですね」
律子「ええ」
小宮「先生には……?」
律子「結局、言えずじまいよ。何度も言おうとしたけど、一度も耳を傾けて
くれなかったわ」
小宮「でも、それは……」
律子「わかってる……でも、ああなってしまってはもうお仕舞いよ……音楽家
としても……父親としても……」
意を決したようにじっと前だけを見ている律子。
小宮、悲しそうな表情で俯く。
〇 病院・病室
必要なもの以外何も置いていない一人部屋の病室。
窓際のベッドに背もたれを起こし、窓の外をぼーっと見つめている黒
木。
ベッドの傍らに暗い顔で立っている小宮。
黒木「何故だ……何故聴こえないんだ……」
無表情のままぶつぶつと独り言を呟く黒木。
小宮「先生……」
辛そうな表情で黒木を見つめる小宮、
何か言おうとする仕草をするが、ぐっと拳を握り締め何も言わず、病
室を去る。
一人きりになる黒木、窓の外をぼーっと見つめたまま、無表情でぶつ
ぶつと独り言を呟き続ける。
(了)
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