ラジオドラマ「屋上の叫び場」

概要:シナリオ学校にてこの年のコンクール用に執筆。この年の九月に上京したため改稿は中断。尺は約62分。2016/07/31作。

〇ログライン
思っている事と逆の事を言ってしまう主人公が本心を伝えようとする話。

〇登場人物
小原正美(21)女だらけの職場で働くフリーター
永田芳子(49)正美より後に入ってきたパートの主婦
田川美絵子(57)リーダー格のパート
小原照代(52)正美の母親
森野歩(20)正美の父親、若い頃の姿のまま屋上の応援団団長として現れ
      る。
後藤和樹(38)正美の上司の社員
屋上の応援団
坂本順子
山内早苗

                                 他


   SE 倉庫内の喧騒
   SE 台車に荷物をバンバン置く音

順子「よいしょ、くっ、よっ。はい、小原さん。この荷物も台車載せて」
正美「(小声で)はい。あ、あの、これも……ですか?」
順子「あん? ああもう、急いでんねんからさっさとやって!」
正美「……はい」
順子「ふぅ、重いなぁ。あとこれだけ載せてっと……よし! ほな、これ向
 こうまで運ぶから。はよ、行くで」

   SE 台車を押す音

順子「くっ、ふん! ああ、荷物ぎょうさん載せてるから、重いわ。小原さ
 ん、落ちんよう、ちゃんと横から押さえててな」
正美「(小声で)はい」

   SE 台車がガタガタ揺れる音

正美「(小声で)あ、あの、坂本さん、荷物、ちょっとぐらついて……」
順子「ん? 何? 何か言った?」
正美「(小声で)あっ」

   SE 段ボール箱が崩れる音

早苗「うわー!」
順子「あー! 大丈夫?!」
早苗「危ないな~もう!」
順子「ちょっと小原さん! ぐらついてたんなら、ちゃんと言ってくれなあ
 かんやん! 危ないやろ!」
正美「(小声で)え、は、はい……」
順子「え? ちょっと聞いてんの? もう、さっきから小さい声で何言って
 るんか全然聞こえへんねん! もっとはっきり言いや!」
後藤「おいおい、大丈夫か?」
順子「ああ、後藤主任。もう小原さんが」
後藤「(ため息)小原さんなぁ、ここの仕事やる気あるん?」
正美「えっ?」
後藤「最近ちょっとミス多いで? 注意してや! これかて、ちゃんと声か
 けで防げることやし、誰か怪我してからじゃ遅いねん!」
正美「……」
後藤「いつも黙々と働いてくれてるっぽいけど、黙ってばかりじゃ仕事にな
 らんでしょ。単純作業とはいえ、もう少し周りとコミュニケーションとっ
 てもらわんと」
正美「はい……」
後藤「よろしく頼むで」

   SE 倉庫内のチャイムの音
   SE 従業員たちの足音

順子「やれやれ、やっと休憩時間や」
早苗「先行って場所取っとくで」
正美「(おどおどして)あ、あの……」
美絵子「最近腰が痛くて、荷物の上げ下げがつらくてな」
正美「あの……ちょ」
美絵子「ん? 何や?」
正美「あの、その……」
美絵子「(強めに)あ? 何?」
正美「えっと、その……そこ」
美絵子「通りたいんか? そんならもっとはっきり大きな声で言わんかい
 な」
正美「……はい」
美絵子「ほら、はよ通り」
正美「(消え入りそうな声で)……すみません」

   SE 小走りの足音

順子「なにあの子、あんなに急いで」
美絵子「なんか屋上に行ってるらしいわ」
順子「屋上?! なんでまたそないなとこへ?」
美絵子「さあな。若い子の考えることはようわからん」

   SE 階段を駆け上がる足音

正美「(駆け上がって)はぁ、はぁ、はぁ」

   SE 屋上の扉を開ける音
   SE 遠くに聞こえる町の喧騒

正美「(息を整えながら)今日も誰も……いない……ね。よし! (息を大き
 く吸い込んで)私だってちゃんと言おうとしてたのにー! 皆、押さえつ
 けるような言い方するなー! 何も言えなくなるだろー! くそったれ
 ー! (息を吐いて)よし、スッキリした」

正美M「誰もいない屋上で思いのたけを叫ぶ。王様の耳はロバの耳のよう
 に。これが私の気持ちを落ち着かせる習慣となっていた」

正美「(ため息)いつまで私、こんな事続けるんだろう」

   SE 携帯の着信音

正美「(電話に出て)もしもし」
宮沢「もしもし。小原正美さんの携帯でしょうか?」
正美「え? ええ、そうですけど」
宮沢「私、久米町役場の宮沢と申します。実は、小原照代さんが先日、交通
 事故に遭われまして」
正美「母が?」
宮沢「ええ。退院はされて自宅療養中ですが、要支援二の状態でして。でき
 れば、ご家族の方の」
正美「(遮って)私には関係ないです」
宮沢「はい?」
正美「もうあの人と関わる気はないので」
宮沢「いや、しかし、今後の事も考えると、一度こちらへ来ていただいて」
正美「そちらにお任せします。あの、すみません。忙しいので」
宮沢「え、あの」
正美「(電話を切って)何よ、今更……」

   SE 再び鳴る携帯の着信音

正美「まただ……う~、切っちゃえ(電話を切る)……(息を大きく吸って)
 お母さんとは縁を切ったのよ! もうほっといて! (フェンスを蹴っ
 て)くそっ! 今更どうして、こんな事……」

   SE 玄関の引き戸が閉まる音

正美М「父が出て行ったのは、私が三歳になる頃だった。プライドの高い母
 からの精神的な暴力が原因だろう。私も高校を卒業して家を出ていくま
 で、高圧的な母に随分悩まされてきた。ただ、なぜ父は出ていく時、私も
 連れていってくれなかったのだろう。もし、父がいたら、私の生活も違っ
 ていたはずなのに……」

照代「正美! どうして、お母さんの言う事が聞けないの?」
正美「私の事なんかほっといてよ!」
照代「(ため息)あなたは本当どうしようもない子ね」
正美「私だって、べつにこんな家……」

   SE 吹き荒ぶ風の音

正美М「顔も覚えていない父を責めたって仕方がないけど、責めずにいられ
 ない。そんな時だった。初めてあいつが現れたのは」

森野「(オフ)頑張るんだ、正美」
正美「えっ?」
森野「フレーフレー! 正美!」
正美「え? 誰かいるの? さっき確認したのに……あっ!」

正美М「私の背後に変な人がいた。学ランを来た応援団みたいな若い男」

森野「頑張れ、頑張れよ! 正美!」
正美「だ、誰? どうして私の名前知ってるの?」
森野「ほら、頑張れ! 正美! 頑張るんだー!」
正美「何あの人、気味悪い……どうしよう、誰か呼んだ方が……」

   SE 扉が開く音

正美「あ、後藤主任」
後藤「あれ、小原さん? 何してんの? こんなとこで」
正美「あ、あの、あそこ……あそこに変な人が……」
後藤「え~おらんで? (ため息)わけわからんことばっかり言って……よ
 く屋上に来てるらしいから様子見に来たんやけど、何してんの?」
正美「あ、いや、べつに何も……」
後藤「休憩室もあるのに、わざわざ別館の屋上まで来て」
正美「一人がいいんで……」
後藤「ふ~ん、まあいいや。あんまり屋上の使用状況悪かったら、出入り禁
 止になるからね。気をつけてや」

   SE 携帯の着信音

後藤「(電話に出て)もしもし……はい、はい(F・O)」
正美「もしかして、私にしか見えてない? あの人、一体誰だろう?」

   SE 遠くに聞こえるチャイムの音

正美「あ、もう行かなきゃ」

   SE 足早に去る足音
   SE 倉庫内の喧騒

正美「(検品しながら)チークが三個、アイブロウが二本……と」
後藤「小原さん」
正美「はい」
後藤「今日から新しい人が入るから、小原さん指導お願い」
正美「私が……ですか?」
後藤「こちら永田芳子さん」
芳子「永田です。よろしくお願いします」
後藤「永田さんは、昔ここで働いてた吉野さんの紹介で来たんやって。そう
 やったよね? 永田さん」
芳子「はい」
後藤「そういう事らしいから、あ、そうや、永田さん。言い忘れてた」
芳子「何ですか?」
後藤「休憩時間が終わるまでは、ここの倉庫内は立ち入り禁止やから」
芳子「入ってはいけないんですね?」
後藤「まあ、ないとは思うけど、倉庫内の商品盗まれたりしたらあかんし
 ね」
芳子「わかりました」
後藤「ほな、小原さん、あとよろしく」
正美「は、はい……えっと小原正美です。よ、よろしく、お願いします……」
芳子「正美ちゃんね、よろしく」
正美「えっ? ああ、えっと永田さん、ここではえっと、ピッキングされた
 商品を、け、検品して梱包します」
芳子「ふ~ん。で? どうするの?」
正美「え、えっと、この伝票の番号をその」
芳子「伝票? ああ、これね。番号ってここの? これをどうしたらいい
 の?」
正美「あ、あの、その……」
芳子「何?」
正美「番号をえっと、ここに、その……」
芳子「ねぇ、もうちょっとはっきり言ってくれない? ぼそぼそ言われても
 わからないんだけど?」
正美「す、すみません……」
芳子「この伝票の番号をここに入れたらいいのね?」
正美「は、はい……」
芳子「(おぼつかない様子で)六、八、二、三、一、八、二、五……と。は
 い、これで、この商品をスーパーのレジみたいにピッてしていくのね?」
正美「は、はい」

   SE ピッピッと商品が通る音

芳子「(検品しながら)正美ちゃんは、ここ長いの?」
正美「えっ? ああ、えっと二、三年くらい……です」
芳子「ふ~ん、今いくつ?」
正美「二十一……ですけど」
芳子「じゃあ、うちの娘と一つ違いね」

   SE エラー音

芳子「あらっ?! これ、どうしたの?」
正美「あ、えっと、お、同じ商品を……」
芳子「え? 何?」
正美「あの、その、同じ商品、二回通して、その、過剰になって……」
芳子「え? あ、私が間違って二回通してしまったのね?」
正美「は、はい」
芳子「もう、それならそうと、もっとはっきり言ってちょうだいよ」
正美「す、すみません……」
芳子「(検品しながら)はいはい、次これね。はい、次はこれ、これと」
正美「あ、あの、永田さん……もう少し、手元も見て……」
芳子「はいはい(検品しながら)正美ちゃんって、彼氏いるの?」
正美「え、いや」
芳子「一人暮らし?」
正美「あの……」
芳子「どこ住んでるの?」
正美「ちょ、ちょっと! 仕事してください!」
芳子「……ごめん」

   SE 倉庫内のチャイムの音
   SE 自販機で商品を買う音

正美「(缶を開けて飲み)ふぅ、やっと休憩できる……」
芳子「(オフ)正美ちゃん、正美ちゃん!」
正美「えっ?」
芳子「(オン)そんなとこ立ってないで、ほら、私の横空いてるから座りな
 よ」
正美「え? あ、いや、でも、そこは……」
美絵子「(オフ)ちょっとあんた!」
芳子「ん? 何?」
美絵子「(オン)何してんの? ここはウチらの席やで。ちゃんと取ってた
 やろ!」
芳子「えっ? ああ、もしかしてこのハンカチ置いてたのが? こんなのわ
 かるわけないわよ。ね? 正美ちゃん」
正美「え、あ、いや、その……」
美絵子「はぁ? あんた新入りか?」
芳子「ええ、今日から入った者ですけど」
美絵子「新入りなら知らんやろうけど、ここにはここのルールっちゅうもん
 があんねん。覚えとき!」
芳子「(鼻で笑って)そんなくだらないルール、なぜ覚えなきゃいけない
 の。面倒くさい」
美絵子「はぁ?」
芳子「ほら、正美ちゃん、ここ座りな」
正美「え、えっと、その……」
美絵子「ちょっと! 人の話聞いてんの?」
芳子「もう、いちいちうるさいわね」
正美「あ、あの、私はこれで……」

   SE 駆け出す足音

正美М「面倒な事に巻き込まれるのはもう沢山。こんな時は屋上に避難する
 に限る」

   SE 屋上の扉を開ける音
   SE 強い風の音

正美「誰もいないね……よし……(息を大きく吸い込んで)いちいち絡んでき
 てこの野郎! 私を巻き込むなー! くそったれー!」
森野「(オフ)フレーフレー! 正美!」
正美「えっ?」
森野「(オン)頑張れ、頑張れよ! 正美!」
応援団員「頑張れ正美!」
正美「あっ! またあの人……」

正美М「今日は仲間が一人増えていた。この人も学ラン姿だった」

正美「あ、あの! あなたたち、ここで何しているんですか?」
森野「……」
正美「ここは関係者以外立ち入り禁止なんですけど?」
森野「……」
正美「あの、ちょっと、聞いてます? ……何よ、無視?」
森野「……」
正美「(ため息)もういいや。行こっと」
森野「逃げるな正美!」
応援団員「逃げるな正美!」
正美「はぁ?! な、何よ急に」
森野「逃げるな正美!」
応援団員「逃げるな正美!」
正美「べつに、逃げてなんかないわよ!」
森野「逃げるな正美!」
応援団員「逃げるな正美!」
正美「うるさい! 同じ事何度も言わないで!」
森野「……」
正美「何よ、そんな不満気に私を見て……面倒な事に関わりたくないって、
 思っちゃダメなの?」
森野「……」
正美「また、無視ですか?」

正美М「私が話しかけても何も反応なし。応援しかしてこないこの集団が、
 なぜ現れるのかわからなかった」

森野「フレーフレー! 正美!」
応援団たち「フレーフレー! 正美!」
正美「うわっ! また増えてる?!」

正美М「屋上で叫ぶ度に現れる謎の応援団。ただ、最初に現れた団長らしき
 人物。あの人には、何か懐かしさを感じた」

森野「頑張れ、頑張れよ! 正美!」
応援団員たち「頑張れ正美!」

   SE 倉庫内のチャイムの音

正美「今日もいるのかな? あの応援団」

   SE 屋上の扉を開ける音
   SE 強い風の音

正美「よかった、今日はあの応援団はいないみたい……でも、他に誰かい
 る……あれは……永田さん?」
芳子「あ、正美ちゃん?」
正美「こんなところで何見てるんですか?」
芳子「え、あ、いや、べつに……」
正美「そ、そうですか……あれ? 永田さん、なんだか目元、赤くなってま
 すよ?」
芳子「え? あ、ああ、ちょっとゴミが入ってこすったから」
正美「そう……ですか」

   しばらく間がある。

芳子「(咳払いして)ねぇ」
正美「は、はい?」
芳子「……ここから、倉庫の入り口見えるのね」
正美「え?」
芳子「ほら、あそこ。あれって、私たちの職場のとこよね?」
正美「ああ、はい」
芳子「私たちの職場って、運送会社の敷地内にあるテナントなんだね」
正美「え? あ、ああ、そうみたいですね。商品梱包して出荷するのに便利
 なんじゃないですか? 詳しくは知りませんけど」
芳子「ふ~ん」
正美「……」
芳子「ねぇ」
正美「はい?」
芳子「あれって田川さんじゃない?」
正美「えっ?」
芳子「ほら、倉庫から出てきた」
正美「あ、ほんとだ。坂本さんと山内さんもいる。でも、今休憩中だから入
 っちゃいけないのに」
芳子「何してるのかしらね」
正美「さぁ……」
芳子「……まあ、どうでもいいか。ごめん、私、そろそろ行くね」
正美「あ、永田さん、何か落としましたよ?」
芳子「えっ?」
正美「私、拾います」
芳子「あっ」
正美「これは……写真? 永田さんと若い女の人が写ってる……もしかして、
 娘さんですか?」
芳子「あ、うん……拾ってくれてありがとね。じゃ」
正美「あ、永田さん?」

   SE 屋上の扉が閉まる音

正美「永田さん……娘さんの写真見て泣いてた? どうして?」

   SE 倉庫内のチャイムの音
   SE 倉庫内の喧騒

正美「(ガムテープをのばして切り)これでよしっと……あれ、永田さん遅
 いなぁ。段ボール取りに行ったっきり戻って来ないや」
美絵子「(オフ)ちょっと永田芳子! 何か文句あるんか?」
正美「あ、またか……(ため息)もう、何してるんだろう。行った方がいい
 かな」
美絵子「(オン)あんたには関係ないやろ」
芳子「邪魔なのよ。こんなところに箱置いて。他の人も通るんだから、それ
 くらいわかるでしょ」
美絵子「はぁ? あ、ちょっと待ち! まだ話は終わってへんで!」
芳子「いやいや、こっちも仕事しないと」
正美「あ、あの、永田さん」
芳子「ああ、正美ちゃん、ごめんごめん。遅くなって。ちょっと変なおばち
 ゃんに捕まってた、あはは」
正美「はあ……」

   SE 倉庫内のチャイムの音
   SE 階段を上がる足音

正美「もう、永田さん。いい加減にしてくれないかなぁ……よし、今日こそ
 は」

   SE 屋上の扉を開ける音
   SE 強い風の音

正美「誰もいないよね……よし(大きく息を吸って)いちいちトラブル起こ
 すな、この野郎! こっちだってな、暇じゃないんだからなー!」
森野「そうだそうだ!」
応援団員たち「そうだそうだ!」
正美「(ため息)またか」
森野「負けるな正美!」
応援団員たち「負けるな正美!」
正美「もう、いい加減にしてください! 一体何のために……」

   SE 玄関の扉を開ける音

正美「ただいま(電気のスイッチ点けて)……(ため息)疲れた」

   SE 鞄をどさっと置く音

正美「そういや、あれから電話してこないな。お母さんは今(携帯を操作し
 て)いやいや(携帯を閉じて)今更関係ない……(ため息)」

   SE ゴミ袋に物をどんどん捨てる音

照代「これもいらない、これも、これも」
正美「ただいま。お母さん、何してるの?」
照代「ああ、正美。いらないものを処分しようと思って」
正美「それ……全部、お父さんの……」
照代「いらないでしょ? もうこの家にはいないんだし。本当はもっと早く
 処分するべきだったのにね」

正美М「家の中から父に関係するものを排除しようとする母。私は父の存在
 が消えるのが嫌だった。でも、母は私の言う事なんか聞かないに決まって
 いる」

照代「正美、お父さんはもういないの」
正美「でも……」

   SE 倉庫内のチャイムの音
   SE 屋上の扉を開ける音
   SE 強い風の音

正美「誰もいないよね……(大きく息を吸って)今更、人の心をかき乱すな
 ー!」
森野「そうだそうだ!」
応援団員たち「そうだそうだ!」
正美「ああ、もう! またあなたたち? 気になって仕方ないじゃないの
 ー!」
芳子「(オフ)正美ちゃん?」
正美「あっ」
芳子「(オン)何してるの?」
正美「い、いえ、べつに……」
芳子「あっそう……」
正美「……」
芳子「よく来るの? ここに」
正美「え? あ、はい」
芳子「一人で?」
正美「はい……一人の方が楽なんで」
芳子「ふ~ん」
正美「……永田さんも、ここにはよく?」
芳子「え? ああ、そうね。私も……一人の方が楽だから」
正美「そうですか」
芳子「……」
正美「……永田さん、えっと」
芳子「何?」
正美「娘さんって今、えっと、前にたしか私と一つ違いでしたよね?」
芳子「ああ、歳? もうすぐ二十歳になるのかな」
正美「じゃあ、成人式楽しみですね。晴れ着着て一緒に写真撮って」
芳子「そうね……できるといいんだけど」
正美「えっ?」
芳子「正美ちゃんは? 成人式、お着物着て、親御さんと写真撮ったりした
 の?」
正美「ああ、私は……行かなかったんですよね、成人式」
芳子「そうなの?」
正美「地元には、家を出てから帰っていないので」
芳子「どうして帰ってないの?」
正美「それは……」
芳子「……長い間帰ってないって事は、親御さん、寂しいんじゃない?」
正美「そんなことないですよ! ……永田さんだって、娘さんと会ってない
 んじゃないですか?」
芳子「まあ、そうだけど……親御さん、会いたいと思ってるかも」
正美「まさか。私の事なんて興味ないですよ、あの人は」
芳子「そう? 自分の子に会いたくない親なんていないと思うけど」
正美「じゃあ、永田さんは会えばいいじゃないですか。娘さんに」
芳子「私の事はいいの」
正美「やっぱり永田さんも会いたくないんじゃないですか?」
芳子「そんな事ない!」
正美「永田さん?」
芳子「(ため息)……いろいろあるよね」
正美「……私……もう行きます」
芳子「え、あ、正美ちゃん?」

正美М「永田さん、自分だって言いたくないくせに……ほっといてくれればい
 いじゃない」

正美「あれっ? 倉庫の扉が……そういや、この前、田川さんたちが出入り
 してたな。まさか中に……」

   SE 倉庫の扉を開ける音

正美「やっぱり……田川さんとそのお仲間。何してるんだろう?」
美絵子「ほら、早くせんと休憩時間終わっちゃうで」
順子「わかってるって」
早苗「でも、大丈夫かなぁ、もしバレたら……」
美絵子「何言うてんの。今まで何回もやってるけど、バレてないやん。大丈
 夫やって」
早苗「そやね、それもそうやわ」
順子「よし、今日はこの棚の商品を一箱ずつ、これくらいなら盗ってもバレ
 へんわ」
美絵子「このメーカーのリップ、テレビで紹介されてから品薄でな。ネット
 で高く売れるんよ」
早苗「便利な世の中になったもんやわ」
美絵子「そうそう、ネットで売るためにパソコン覚えたようなもんやし、あ
 はは」

   SE 美絵子たちの笑い声

正美「まさか田川さんたちが勝手に……」

正美М「見たくなかった……ふと頭に過ったのは、高校受験を控えたの冬の出
 来事だった」

   SE カラスの鳴き声

正美「うぅ、さむ~。あ、ルーズリーフ無くなりそうだった。買って帰らな
 くちゃ」

   SE 自動ドアの開閉音

正美「ルーズリーフは……あ、あったあった。よし、あの、これくださ……」

正美М「店のおじさん、居眠りしてる……起こしたらいいだけなのに、私はそ
 のまま商品を鞄に入れ店を出た」

   SE 慌てて走る足音
   SE 玄関の引き戸が開く音

正美「(息を整えて)ただいま」
照代「おかえり、正美。どうしたの? そんなに慌てて」
正美「べ、べつに」

正美М「黙っていればバレない。なかった事にすれば、何もない。母が父の
 ものを捨ててなかった事にするように……」

   SE 美絵子たちの笑い声

正美「……逃げてしまえば、あっ」

   SE 台車がガタッと動く音

美絵子「誰や! あっ! あんたは……」
正美「え、あ、いや、私は、その……」
順子「小原さん、まだ休憩時間やで? 何そんなとこ突っ立って」
正美「え、えっと、その……」
美絵子「見たんか?」
正美「えっ?」
美絵子「今のん……見たんかって聞いてんねん」
正美「……み、見てません」
美絵子「……ほんまか?」
正美「……」
美絵子「べつにいいんやで、ばらしても」
正美「えっ?」
順子「そうや、後藤主任にでも言ってみたら?」
美絵子「でも、あんたが言える立場か?」
正美「えっ?」
順子「あんた、久米町の出身やろ?」
正美「そ、そうですけど……」
順子「私もそこ出身やから知ってるで。昔、松本商店で万引きした事あるや
 ろ?」
正美「えっ?! それは……」
順子「結構騒ぎになってたらしいやん。あんたの母親が頭下げまくって、店
 の人見逃してくれたとか」
早苗「うわぁ、同情されてたんやね」
正美「……」
美絵子「ふ~ん。で? 万引きした奴がチクったところで、言う事聞くかっ
 て話やわ」
正美「それは……」

   SE 遠くに聞こえる話し声

順子「皆、休憩から帰ってくるで」
美絵子「ああ……よく考えてから行動しいや。わかったか?」
正美「……」

   SE 倉庫内のチャイムの音
   SE 倉庫内の喧騒

芳子「(検品しながら)正美ちゃん、あと商品これだけ残ってるけど、ど
 う? 全部入りそう?」
正美「……」
芳子「正美ちゃん?」
正美「……」
芳子「ねぇ、聞いてる? 正美ちゃん?」
正美「……はい?」
芳子「どうかした?」
正美「えっ?」
芳子「ぼーっとして」
正美「す、すみません」
芳子「大丈夫? 顔色悪いけど、具合悪いのなら言ってよ」
正美「だ、大丈夫です」
芳子「そう? なら、べつにいいけど」
正美「すみません……」

   SE カラスの鳴き声
   SE 屋上の扉を開ける音
   SE 強い風の音

正美「誰もいないよね……(大きく息を吸って)……ダメだ、言えない……い
 や、べつにいいじゃん、言わなくたって。私には関係ないんだから……」
森野「フレーフレー! 正美!」
応援団たち「フレーフレー! 正美!」
正美「またあなたたち? 何よ、いちいち応援して。嫌味でも言いたいわ
 け?」
森野「逃げるな正美!」
応援団たち「逃げるな正美!」
正美「逃げたっていいじゃない! 嫌な事から逃げるのって、そんなに悪
 い?」
森野「負けるな正美!」
応援団たち「負けるな正美!」
正美「うるさい! 黙れ! 応援ばっかりするなー!」

   SE 屋上の扉を開ける音

芳子「(オフ)正美ちゃん、いる?」
正美「永田さん?!」
芳子「(オン)ああ、ここにいた」
正美「どうしたんですか?」
芳子「一緒に帰ろうと思って、探してたの」
正美「えっ?」
芳子「ほら、もう暗くなるから帰るよ」
正美「え、あ……はい」
森野「フレーフレー! 正美!」
正美「えっ? あれ? 一人だけ?」
芳子「ん? 何? どうかした?」
正美「え、あ、いや、なんでもないです」

正美M「応援団長の周りにいた人たちが消えた。永田さんの言葉にうれしい
 と思った瞬間、ふっと……」

   SE 街の喧騒

芳子「正美ちゃん……本当に、大丈夫?」
正美「えっ?」
芳子「体調が悪いんじゃなくて、何か……隠してる事でもあるんじゃな
 い?」
正美「え、いや、べつに、その……」
芳子「……もしかして、田川さんたち?」
正美「えっ?」
芳子「やっぱり、あの人たちに何かされたんでしょ?」
正美「……」
芳子「何があったか知らないけど、言いたい事があるなら、はっきり言った
 方がいいわよ?」
正美「いいんです。私には言えないし、それにもうどうでもいいんです」
芳子「でも……なんだか辛そうよ?」
正美「そんなことは……」
芳子「まあ、あなたの事だから、私がとやかく言う義理はないけど」
正美「……」
芳子「いちいち他人に言われなくたって、そんな事わかってるよね」
正美「私は……」
芳子「あ、もう駅ね。まあ、どうするか、いや、どうしたいかは正美ちゃん
 次第よ。自分で考えなさい」
正美「……」
芳子「じゃ、また明日ね」

正美M「どうしたいかなんて私にはわからない。もう選択を迫られるのには
 うんざりしていた」

   SE 玄関の扉を開ける音

正美「ただいま~(電気のスイッチ点けて)うわっ!」
森野「頑張れ、頑張れよ! 正美!」
正美「応援団長……(ため息)まさか私に何か言いたくて、わざわざここま
 で?」
森野「逃げるな正美!」
正美「(ため息)またそれか……もうほっといてよ」
森野「……」
正美「なんで私の前に出てくるの? 私、何かした? 何かあなたに嫌な事
 でもした? 言いたい事あるなら、もっとはっきり言ったらどうなの?」
森野「……」
正美「ちょっと! 何か言いなさいよ!」
森野「……」
正美「何なのよ、他の団員が消えてよかったと思ってたのに……(ため息)
 え、あれ? 消えた? 何よもう!」

   SE 倉庫内の喧騒

後藤「小原さん、この商品も一緒に梱包してくれる?」
正美「はい、わかりました」
森野「(かぶせるように)頑張れ、頑張れよ! 正美!」
正美「ひっ!」
後藤「何? どうしたん?」
正美「い、いえ、べつに……」
森野「負けるな正美!」
正美「今、仕事中! ちょっと黙ってて!」
芳子「正美ちゃん、誰と話してるの?」
正美「あ、い、いえ、なんでもないです」
芳子「そう?」

正美М「あの団長が職場にも現れるようになった。出てくる度に反応してし
 まう私。周りから次第に変な目で見られるようになり、ますます職場に居
 づらくなってしまった」

   SE 休憩室の喧騒
   SE 自販機の商品を買う音

正美「(ため息)屋上限定じゃなかったの……?」
美絵子「(オフ)そうやねん、変な子」
正美「え?」
美絵子「(オン)仕事中も独り言喋ってるし、ほら、今も、あ、こっち見て
 る」
早苗「大丈夫かな? あの事言ったり……」
美絵子「大丈夫や。あんな子の言う事、誰も信用せん」
早苗「そうやな」

   SE 美絵子たちがクスクス笑う声

正美M「倉庫での事があってから、田川さんたちから、監視されているよう
 な気がした。あの小さい町でもそうだった。結局バレて見逃してもらって
 も、私の罪は消えない……だから少しでも目立たないように働いてきたの
 に……」

   SE 倉庫内のチャイムの音

後藤「皆さん。昨日の棚卸し、お疲れ様でした。久しぶりの棚卸しで、デー
 タの方とかなり誤差が生じてまして、もう一度確認したのですが……この
 倉庫内の商品が何者かに盗まれている可能性があります」

   ざわつくパートの主婦たちの声

後藤「皆さんを疑っているわけではありませが、ここに入れる人間は限られ
 てきますので、何か心当たりのある方は社員の方まで知らせていただける
 と助かります」
芳子「ほら、必ず来るのよ、こんな日が」
正美「永田さん……?」

   SE ロッカーを開ける音

正美「どうしよう……やっぱりあの時の田川さんたちの事……」

   SE リップクリームが落ちる音

正美「ん? 何か落ちた……リップってこれ、倉庫の商品がどうして私のロ
 ッカーに?」
美絵子「小原さん、あんたそれ!」
正美「えっ? あ、いや、その」
美絵子「皆~! ちょっと、小原さんが倉庫の商品勝手に持ち出してる!」

   ざわつくパートの主婦たちの声

正美「ち、違います! 開けたら、その」
順子「うわうわ、ほんまや。あかんのに」
美絵子「倉庫の商品盗んだん、あんたなんちゃうん?」
正美「え?」
美絵子「休憩時間にあんたが倉庫内に入ったとこ見たって誰か言ってたで。
 なぁ?」
順子「うん、そうそう。私も聞いたで」
早苗「ウチも聞いた聞いた」
美絵子「ほら、皆も知ってるで。犯人は小原正美やって」
芳子「待ちなさい!」
美絵子「なんや永田芳子。あんた、犯人が誰か知ってるとでも言うんか?」
芳子「知らないけど、この子じゃない事は確かよ」
順子「その証拠でもあるん?」
芳子「それは……」
美絵子「ないんやったら、いちいちでしゃばるんじゃないよ!」

   SE 美絵子たちの大きな笑い声

芳子「正美ちゃん、行こ」
正美「え、あ、永田さん?」
美絵子「逃げるんか?」
順子「やっぱり犯人やから逃げるんやわ」
早苗「そうや、二人とも犯人なんやわ」
芳子「……」
正美「永田さん……」
美絵子「ほら皆、こいつの顔見てみぃ。指名手配におりそうな顔やわ(笑
 う)」
順子「(笑いながら)ほんまや、犯人顔や」
早苗「(笑いながら)悪い事してると顔にも出るんやね」
芳子「黙れ!」

   SE ロッカーを蹴る音

早苗「ひっ?!」
美絵子「な、なんなん? そんなロッカー蹴らんでも……」
芳子「いい加減にしろよ。言葉で言ってわからないんだったら、体に叩き込
 んでやろうか? え? (ロッカー蹴って)ほら、次はあなたの」
美絵子「(遮って)ちょ、ちょっと待って」

   SE 扉をノックする音

後藤「(オフ)おい、どうしたんや? 何かすごい音したけど……」
芳子「正美ちゃん、行こ」
正美「え、あ、永田さん?」

   SE 屋上の扉を開ける音
   SE 強い風の音

正美「永田さん、どうしたんですか?」
芳子「……」
正美「あんな事したら、居づらく……」
芳子「べつに、もういいの」
正美「でも、私なんかの事で、永田さんに迷惑かけたくないんです」
芳子「……正美ちゃん」
正美「罰が当たっただけです。悪い事したら、罰が当たる。全部自業自得な
 んです」
芳子「だったら……もっとシャキッとしたらどうなの。言いたい事があるな
 ら、ちゃんと言ってみなさいよ」
正美「永田さん……」

   SE 玄関の扉を開ける音

正美「ただいま(電気のスイッチ点けて)……(ため息)私、何やってるん
 だろう」
森野「正美!」
正美「あ、団長、いたの」
森野「……」
正美「何? 団長、そんな怖い顔して……団長も、私の事責めてるの?」
森野「正美! 逃げるな!」
正美「もう私の事なんか、ほっといてよ」

   SE 倉庫内のチャイムの音

後藤「小原さん、この商品もよろしく」
正美「あの、すみません」
後藤「ん?」
正美「永田さんは今日もお休みですか?」
後藤「あ、ああ、永田さんね、なんか最近、全然連絡が取れへんねん」
正美「えっ? 連絡が?」
後藤「う~ん、無断欠勤するような人には、見えんかったんやけどなぁ」
正美「そうですか……」
後藤「それにな、紹介してくれた吉野さんにも連絡してみたら、そんな人紹
 介した覚えないって言うねん」
正美「えっ?」
美絵子「やっぱり盗難事件の犯人やからとちゃう?」
順子「そうや、罪がバレると思って逃げたんや」
正美「……」

   SE 美絵子たちの笑い声
   SE 屋上の扉を開ける音
   SE 強い風の音

正美「永田さん? ……っているわけないか……(大きく息を吸ってやめる)
 だめだ、叫ぶ言葉が出ない……(ため息)」
森野「頑張れ! 正美! 逃げるな!」
正美「あ、団長……逃げるのってそんなに悪い事?」
森野「……」
正美「頑張れ頑張れって言うのは簡単よ。でも、頑張ったところで……」
森野「……」
正美「(ため息)私、どうしたらいいの?」

正美M「無言で責めるような目で私を見る団長。言いたい事は全部、その目
 で訴えてきてるような気がして、私は逃げ出したかったけどできなかっ
 た」

   SE カラスの鳴き声
   SE 玄関の扉を開ける音

正美「ただいま~(電気のスイッチ点ける)あ、いたの?」
森野「頑張れ、頑張れよ! 正美!」
正美「(ため息)あなたもしつこいよね」
森野「頑張れ! 正美! 逃げるな!」
正美「何を頑張れっていうの?」
森野「頑張れ! 正美! 逃げるな!」
正美「逃げるしかなかったのよ! 私には」
森野「頑張れ! 正美! 逃げるな!」
正美「ああもう、いい加減にして! (物を投げつけて)」

   SE ガラスの割れる音

森野「正美、応援してるから」
正美「ああ、まだあいつの声が耳に残ってる。何か……そうだ、テレビ」

   SE テレビがつく音

テレビのニュースの声「三年前、夫を殺害し逃走していた女が自首しまし
 た。女の名前は永田芳子……」
正美「えっ? 今、何て?」
ニュースの声「永田芳子容疑者は、日本各地を転々とした後、昨日未明、港
 警察署に自首しました。永田容疑者は、殺害した夫からDVを受けていた
 模様。夫のDVは当時高校生だった娘にも及ぶものだったようです」
正美「永田さんが殺人犯……」

   SE 倉庫内の喧騒

美絵子「昨日のニュース見た?」
順子「見た見た。あの女、人殺しやったんやね」
早苗「こわいわ~。人殺しと一緒に仕事してたなんて」
美絵子「ほんまねー」

   SE 屋上の扉を開ける音
   SE 強い風の音

正美「永田さん、私決めました。だから……(大きく息を吸って)永田さん
 も娘さんに会えますようにー!」
森野「頑張れ! 頑張れよ、正美!」
正美「出たな、団長。私、もうわかったから。だから、もうあなたの応援
 は……あれっ? 笑ってる? いつも無表情だったのに」

   SE 吹き荒ぶ風の音

正美「うわっ?! すごい風! あ、ちょっと団長! どこに行くの?! 
 待って! 待ってよ! そ、そんな、笑顔で手を振るなんて、今までした
 ことないじゃない! 待って! 団長! 団長! ああっ?!」

   SE 吹き荒ぶ風の音

正美「消えた……団長も……」

   SE 倉庫内の喧騒

正美「あの、後藤さん、これを……」
後藤「えっ? 退職願い? え、どういうこと?」
正美「すみません……あの、辞める前にお話したい事があるんです」
後藤「ん?」
正美「あの盗難事件の事なんですが……私、見ました」

正美M「私はやっと本当の事を言った。心の中にあった重荷が少しずつ軽く
 なっていった気がした私は、最後の荷物を下ろしに行くことにした」

   SE 駅のホームの喧騒
   SE キャリーケースを引く音

正美「この辺も変わったなぁ……あれ? あの店はもう……」

   SE 玄関のチャイムの音

照代「(インターホンで)はい」
正美「……ただいま」
照代「正美? もしかして、正美なの?」
正美「うん」
照代「どうしたの? 急に帰ってきて」
正美「ちょっとね……」
照代「……とりあえず入りなさい」

   SE 玄関の引き戸が開く音

照代「正美……」
正美「大丈夫なの? 事故に遭ったって聞いたけど」
照代「心配してくれなくて結構よ。あなたの世話にはならないから」
正美「そんな事言ってる場合? その足じゃできる事も限られてくるでし
 ょ」
照代「ほっといて」
正美「(ため息)ほっとくつもりだったけど……やっぱり私たち、親子だか
 ら」
照代「何よ、今更……」
正美「昔、お母さんが助けてくれたように……今度は私が助ける番なの」
照代「……」
正美「ただ、私……あの時盗んだもの返しに行かなきゃ。あの時の責任を果
 たさないと……そう思って、松本商店に行ったんだけど、もう閉めちゃっ
 たんだね、あそこ」
照代「そうよ。二年前にね、息子さん夫婦と暮らすとかで引っ越されて」
正美「そっか……」
照代「べつに、あなたのせいじゃないわよ。あの店がなくなった事に関して
 は、あなたが責任を感じる事じゃない」
正美「でも……」
照代「あなたが昔やった事は、そう簡単に許せるものじゃないけど、肝心な
 のは、間違いを繰り返さない事よ」
正美「お母さん……」
照代「あなた、もうお母さんの世話にはならないって出て行っちゃったけ
 ど……お母さん、あなたのためなら」
正美「違うよ。今度は私がお母さんの世話をするの。だから……私の言う事
 聞いて」
照代「何だい……偉そうな事言って、相変わらず素直じゃないね、あなた
 は」
正美「お母さんもね(ため息)……今日は私がご飯作るから、お母さんは黙
 ってそこで休んでて」
照代「はいはい、わかりましたよ」

   SE 紙の束が崩れる音

正美「わっ、お母さん、どうしたの? これ。アルバムとか本がたくさん」
照代「ああ、ちょっと押し入れの整理してたんだけど、事故で途中のままな
 のよ」
正美「うわぁ、これってお母さんが結婚する前の写真? お母さん、若
 い!」
照代「お母さんにだって、そんな時代があったのよ。悪い?」
正美「これって昔のホームビデオ? 今も観ることってできるの?」
照代「ええ、このデッキでたしか観れたはず」
正美「観てみようよ」

   SE ビデオを再生する音
   SE 複数の笑い声

正美「これって私が生まれた頃の?」
照代「そうみたいね。お父さんが撮ってくれたのよ」
正美「……元気にしてるかな、お父さん」
照代「出ていってから、音信不通だから……お父さんにも悪い事したわ……」
正美「……あれ? ちょっと待って! (ビデオ巻き戻して)お母さん、こ
 の人! このビデオに映ってる人って誰?」
照代「え? この人、お父さんよ」
正美「え? お父さん?」
照代「そう、若い頃のお父さん。あなたが生まれた頃だからね」
正美「こ、この真ん中にいる学ラン姿の人だよ? この人が私のお父さ
 ん?」
照代「そうよ。お父さん、高校生の頃、応援団長をやっていてね。正美を応
 援するんだってはりきっちゃって(笑う)」
正美「お父さん……お父さんだったんだ」
照代「正美?」
正美「お父さん、私の事、大切に思ってくれてたんだよね?」
照代「そりゃ、もちろん。いつもあなたの幸せを願っていた」
正美「そっか……頑張らなくちゃ……私も応えなきゃね」
森野「(テレビから)頑張れ、正美! お父さん応援してるから」

                              (了)

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