ラジオドラマ「入ってます」

概要:シナリオ学校の課題にて執筆。媒体はラジオドラマという条件。尺は約10分。2010/03/30作。

〇登場人物
佐々木(26)サラリーマン
悪魔 佐々木と同年代くらい


   SE 雨の音
   SE 玄関の鍵を開け、乱暴に扉を開ける佐々木
   SE 玄関のドアに鍵とチェーンをかける音
   SE ドタドタと歩き、鞄を投げつけるように置く音

佐々木「クソッ……なんであいつが」

   SE 冷蔵庫の扉を乱暴に開閉する音
   SE 缶ビールのフタを開け、一気に飲み干し、息を吐く佐々木

佐々木「俺の方が……」

   SE 玄関のドアをドンドンと叩く音

佐々木「ん?!」

   SE さらにドンドンとドアを叩く音
   SE 微かに何かを尋ねている声が聞こえる

佐々木「ったく……誰だよ、こんな時間に」

   SE 佐々木の足音
   SE ドンドンと扉を叩く音

佐々木「(面倒くさそうに)はい、どちら様?」
悪魔「(少しくぐもった声で)入ってますか?」
佐々木「はぁ?」
悪魔「入ってますか?」
佐々木「誰だよ、お前」
悪魔「夜分遅くにすみません。わたくし、悪魔です」
佐々木「悪魔?」
悪魔「はい、悪い魔物と書くあの悪魔です。あの~、入ってますか?」
佐々木「悪魔? 入ってる? 何言ってんだお前」
悪魔「よかった……まだ入ってなさそうですね」
佐々木「はぁ? だから何言ってんだって聞いてんの!」
悪魔「ああ、これは失礼。わたくし、混沌とした世界からやって参りました
 悪魔です」
佐々木「悪魔ってのはもう聞いた。その悪魔が何の用だよ?」
悪魔「はい、このたび一人暮らしを始めようと、この世界に来たのです」
佐々木「一人暮らし? 悪魔が?」
悪魔「はい、春ですから」
佐々木「春ねぇ……」
悪魔「なんでもこの世界には住みやすい物件が多いと聞きました」
佐々木「住みやすい物件? この部屋はもう俺が住んでるぞ?」
悪魔「いえ、わたしが住む場所はこの部屋ではありません」
佐々木「じゃあ、どこなんだ?」
悪魔「あなたの心の中です」
佐々木「へ?」
悪魔「ところであなた。最近、何かうまくいかないことありませんでした
 か?」
佐々木「え……?」
悪魔「誰かに先を越されたとか」
佐々木「それは……」
悪魔「憎い相手がいるとか」
佐々木「その……」
悪魔「ちょっと扉を開けてもらえませんか? わたしならあなたのお力にな
 れると思うのですが」

   沈黙
   SE 玄関の鍵をゆっくり開ける音
   SE 勢いよく扉が開くが、チェーンが引っかかる音

佐々木「わっ!? 急に開けんなよ!」
悪魔「(さっきよりはっきりした声で)これは失礼しました」
佐々木「ったくよ……何なんだお前」
悪魔「それは、先程申しましたように悪魔でございますが」
佐々木「いや、そういうことではなくて……その……なんか俺のこと知ってる
 様子だから」
悪魔「ええ、これでも悪魔ですから、その人が暗い感情を持った人間かどう
 か熟知しております」
佐々木「それはどういうことだ?」
悪魔「どういうことって……我々悪魔が住みやすいのは、劣等感や猜疑心に
 満たされた人間の心です。この世界には、どうやらそんな人間が沢山いる
 と聞いております」
佐々木「なんだよ、それ……」
悪魔「いや~、助かりましたよ。沢山いるといっても、そのほとんどはすで
 に他の悪魔が住みついてましたから」
佐々木「ちょっと待てよ」
悪魔「昔はそんな心を持つ人間が少なくて、我々も困っていたんですよ。し
 かし、今はその逆です」
佐々木「聞いてんのか?」
悪魔「便利な世の中になりましたよね」
佐々木「おい」
悪魔「我々にとって、人間の心の隙間につけ込むのなんてたやすいことで
 す。あ、言っちゃった」
佐々木「おい!」
悪魔「あ、はい? 何でしょう?」
佐々木「お前が言ってることが本当なら、俺の心は劣等感でいっぱいという
 ことか?」
悪魔「はい、そうです」
佐々木「お前らが住みやすい心の人間ということか?」
悪魔「はい」
佐々木「なんでそうなるんだよ。俺がそんな人間って証拠がどこにあるんだ
 よ!」
悪魔「証拠もなにも、現に扉を開けてくださっているじゃありませんか」
佐々木「は?」
悪魔「ほら、この扉」
佐々木「玄関の扉だろ?」
悪魔「開けてわたしの言葉に耳を傾けていますよね」
佐々木「でも、そんなの関係ないだろ!?」
悪魔「あとはこのチェーンを取っていただいたら、わたしは入れます」
佐々木「いや、だからなんでそれがお前が入れることになるんだ!」
悪魔「え? だってまだ他の悪魔が入ってる様子もなさそうですし……」
佐々木「どうしてわかるんだ?」
悪魔「どうしてって……」
佐々木「あっ! あれか! 入ってますかとか聞いてたやつか?!」
悪魔「そうそう! それです!」
佐々木「なんだ~そうか……って答えになってねぇよ!」
悪魔「え~そうですか? じゃあお尋ねしますけど、入ってますか?」
佐々木「……」
悪魔「ほら、返事がないじゃないですか。さあ、開けてください。開ければ
 あなたは楽になるんですよ」
佐々木「いや、でも……」
悪魔「なにも迷うことはありません」
佐々木「……」
悪魔「さあ、早く」
佐々木「……」
悪魔「さあ!」
佐々木「……お、俺はお前が思ってるような人間じゃねぇ!」
悪魔「そうですか?」
佐々木「たしかに憎い相手だっているし、そいつをどうにかしてやりたいと
 思うことだってある」
悪魔「ほら、やっぱり」
佐々木「でも、そんな感情、誰でも少しは持ってるもんじゃないのか?!」
悪魔「ということは、誰でも必ず持っているということになりますよね?」
佐々木「でもいつもそんな感情が溢れているわけじゃねぇよ!」
悪魔「ほう……では、あなたは明るい感情も持ちあわせているとでも?」
佐々木「え?」
悪魔「あなたの口ぶりでは、劣等感や猜疑心以外のものもあると聞こえるの
 で」
佐々木「そ、それは……あるよ」
悪魔「わたしがもう一度尋ねても、自信を持って答えることができるのです
 ね?」
佐々木「……あ、ああ、言ってやらぁ」
悪魔「あなたはそう断言できるとおっしゃるんですね?」
佐々木「ああ、そうだよ」
悪魔「本当に答えられるのですね?」
佐々木「そうだって言ってんだろ!」
悪魔「わかりました……」

   沈黙

悪魔「最後にもう一度お尋ねします。入ってますか?」
佐々木「入ってます……夢と希望でいっぱいです!」
悪魔「そうですか……それは残念」

   SE 静かに閉じられる扉の音
   沈黙
   SE チェーンを外し、ゆっくりと扉を開ける音
   雨が止み、微かに鳥の鳴き声が聞こえる

佐々木「あ……晴れてる」

   SE 静かに閉じられる扉の音

                              (了)

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