ラジオドラマ「カゴ抜けの寂しさ」

概要:関西の某ミニFMの番組内のラジオドラマ用に執筆(諸事情によりO.A.ならず)。登場人物は女性三人という条件。尺は約15分。2014/08/31作。

○ログライン
 万引きGメンの博子が母の万引きを捕まえたことにより、母との関係を見直す話。

〇登場人物
西野博子(47)万引きGメン
西野多恵(72)博子の母
柏木由利(51)スーパーの店長


   SE 小鳥の鳴き声

博子「うわ、もうこんな時間?! はよ出な、遅刻するわ!」

   SE 携帯電話の着信音

博子「もう、こんな時に誰や。(電話に出て)もしもし」
多恵「もしもし、博子。おはよう」
博子「ああお母さん。何?」
多恵「久しぶりやね。元気にしてるか?」
博子「元気やけど、何なん?」
多恵「ちゃんとご飯食べてるか?」
博子「食べてるけど、もう何よ? 私、今から仕事行かなあかんねんけど」
多恵「あんな、今晩仕事終わったら、たまにはうちに……」
博子「ああ、忙しいから無理やわ。また連絡するから。もう切るで」
多恵「ああ、ひろ……」

   SE 携帯電話を切る音

博子「ああ、忙しい忙しい! もう出な」

   SE 街の雑踏

博子「今日の派遣先はこのスーパーか。へぇ、お母さんとこの近くに、こん
 なんできたんや」

   SE 扉を開く音

博子「おはようございます。本日、こちらの担当になりました、西野博子で
 す」
由利「ああ、万引きGメンの。どうも、店長の柏木です。よろしく」
博子「よろしくお願い致します」
由利「今日はうちのスーパー、卵の特売日でね。かなり混むんよ。西野さ
 ん、監視の目、光らせておいてな」
博子「はい」

   SE スーパー店内のBGM

博子「うわ、ほんまや。結構お客さん来てるな」

   SE 自動ドアの開閉音

博子「ああ、またお客さん入ってきた……ああ、あのおばあちゃん、あんな
 腰曲がってひとりで買い物大変そう……ん~? なんや、買い物カゴも持
 たずにずっとうろうろ……ちょっと怪しいな。ついて行ってみるか……あの
 おばあちゃん、うちのお母さんと同じくらい……でも、少し若々しい雰囲
 気が……えーと、ここはペット用品の売り場……ん? なんかそわそわして
 んな。ドッグフード持ったまま……あっ、今自分の鞄の中に入れんかっ
 た? いや、入れた、入れたな……おばあちゃん、レジちゃんと通る? 
 いや……そのまま通らず行くんちゃうやろな……」

   SE 自動ドアの開閉音

博子「ああ、やっぱり……追いかけな」

   SE 駆け出す音

博子「ちょっとすいません! そこのおばあちゃん、待ってください!」
多恵「えっ?!」
博子「あのぉ、レジ通してない物ありますよね?」
多恵「い、いや、そんなものは……」

   SE ドッグフードの缶が落ちる音

多恵「えっ?! いや、なんでこんなものが?」
博子「もう何とぼけてますの。すいませんが、ちょっと事務所の方まで来て
 もらっ……え……お母さん?!」
多恵「……博子?!」
博子「何これ、どういう事?! え、その頭、かつらかぶって、え? 
 え?」
多恵「い、いや、その、博子……」

   SE 扉を開く音

由利「(ため息)なんで今日かなぁ……」
博子「店長」
由利「西野さん、この人?」
博子「はい」
由利「名前や住所は聞いたん?」
博子「いえ……これからです」
由利「おばあちゃん、お名前は?」
多恵「……多恵です」
由利「いや、下の名前だけ言わんと、名字も言ってね」
多恵「に、西野……西野です」
由利「西野? あら、そういや、あなたも西野さんやったね?」
博子「え、ええ、まあ」
由利「で、おばあちゃん、住所は? 一人暮らし?」
多恵「え、あ、はい……ひとりです」
由利「で、何盗ったんかな?」
博子「えっと、ドッグフードの缶が一つだけです」
多恵「私、盗ってないです!」
由利「え? 盗ったからここに連れてこられてるんでしょ?」
多恵「ちゃいます。ドッグフード売ってるなぁと思ってたら、鞄の中に勝手
 に……」
博子「ちょ、ちょっと待ってよ。こんなもん勝手に入るわけないやろ! 嘘
 言わんと」
由利「まあまあ」
多恵「お願い、信じて。ちゃうねん」
博子「正直に言って。なんでこんな事したん? だいたい、犬なんてとっく
 におらんなったやん」
由利「は?」
博子「あっ……いや、べつに何でも……ははは……」
由利「そう? えっと、おばあちゃん。ほら、話聞くから、ちゃんと言って
 くれるかな」
多恵「違うんです。べつに盗ろうと思って盗ったんやないんです」
博子「ほら、やっぱり自分で入れたんや」
多恵「いや、なんかな、考え事してたら、うっかり入れてしまったよう
 で……」
博子「うっかりって……何やってんの! これ立派な犯罪やで! わかって
 んの? うっかりとかついでは済まされへんの! もうしっかりして
 よ!」
由利「まあまあ、そんな言い方せんと」
多恵「そやそや、なんぼなんでもな、親に向かって」
由利「は?」
多恵「あっ……いえ、その、ちゃ、ちゃいますねん。ははは……」
由利「う~んと、おばあちゃん。悪いけど、誰か迎えに来てもらえる人おる
 かな?」
多恵「えっと……む、娘が……」
由利「娘さんおるの?」
多恵「いや、おるにはおるんですけどね……最近連絡取ってないんです」
由利「でも、娘さんおるんやったら、連絡先教えてもらえる?」
多恵「いや、娘には連絡せんといてください! お願いします!」
由利「でも、そういうわけには……」
多恵「うちの娘、冷たいんです。どうせ、連絡しても来てくれませんよ」
博子「ちょ、ちょっと?! そんな言い方……」
多恵「あんな娘の世話になりたくないです」
由利「でも、おばあちゃん。冷たい事言うようやけど、このままじゃ警察呼
 ぶ事になっちゃうんやわ……」
多恵「えっ、警察ですか?!」
博子「あの、店長! じつは……」

   SE 内線電話の着信音

由利「(電話に出て)もしもし……ああ、はいはい……わかった、すぐ行く
 (電話を切って)ごめん、ちょっと売り場の方行かな。西野さん、おばあ
 ちゃんの話聞いといて」

   SE 扉の開閉音

博子「(ため息)……お母さん……ほんま、情けないわ。私が仕事してる所で
 万引きなんて……しかも何? その格好。かつらまでかぶって」
多恵「いやなぁ、これ、最近買ってん。近所の安藤さんっておるやろ? そ
 の人にすすめられて。ほら、似合ってるやろ? 結構気に入ってんねん」
博子「何浮かれた事言ってんの? 自分の状況わかってる? こんな事し
 て」
多恵「……」
博子「しかもドッグフードって。なんでこんなもん盗ったんよ」
多恵「博子……あんた、もう覚えてないかもしれんけど、今日、クリの命日
 やねん」
博子「えっ?! ああ、そっか……もう一年も経ったんや……」
多恵「お父さんが死んでひとりになって、あの子飼い始めて……お母さん、
 クリがおったから寂しくなかった。栗色の柴犬でクリって。ほんまかわい
 くてな……でも、あの子も死んで、またひとりになって……なんかクリの事
 考えてたら、売り場であの子が好きやったドッグフードが目について……
 よう食べてたなぁなんて思ってたら、つい……手に取ってしまって……」
博子「……」
多恵「博子……あんたに迷惑かけてしまったな」
博子「お母さん……」

   SE 扉の開閉音

由利「いやぁ、ごめんごめん。西野さん、どうでした? おばあちゃんの
 話、聞けたかな?」
博子「店長……じつはこの人、私の」
多恵「(遮って)警察呼んでください!」
博子「えっ?! ちょ、何言ってんの?!」
多恵「店長さん、すいませんでした。早く警察を。もう迷惑かけたくないん
 です」
由利「おばあちゃん……」
博子「て、店長! 待ってください!」
由利「……わかりました。今回はもうお咎めなしって事で」
多恵「えっ?」
博子「店長?」
由利「なんか私も今日はね、あんま事を大きくしたくないねん」
多恵「でも……」
由利「ちゃんと反省して、二度とこんな事のないようにしてくれたら、それ
 でええから。ね?」
多恵「はい……」
博子「なんでです? 店長」
由利「だって、今日、私の誕生日やねん」
博子「はぁ?!」
由利「なんかこう、辛気臭いん嫌やん、ははっ」
多恵「あ、えっと、おめでとうございます」
由利「あ、ああ、ありがとう」
博子「店長……申し訳ございません」
由利「なんで西野さんが謝るんよ」

   SE 自動ドアの開閉音

博子「……じゃあおかあ、いや、西野さん。気をつけて帰ってください」
多恵「あ……はい」
博子「もう二度とこんな事せんようにお願いしますよ」
多恵「はい……えらいご迷惑をかけてすいませんな……ほな」
博子「ああ、ちょっと」
多恵「ん? なんです?」
博子「娘さんにも、その……また連絡してあげてください」
多恵「ええ……」
博子「……じつは私もこの近所に実家がありましてね。その……ほったらかし
 にして悪いなぁと思って……今晩、久しぶりに寄ってみよかなと思ってま
 すねん」
多恵「えっ……あらっ! それはよろしいですな。きっとお母さん、喜びま
 すよ」
博子「え……ほんまに?」
多恵「ほんまほんま」

   SE 二人の笑い合う声

                               (了)

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