ラジオドラマ「やかんの中からこんにちは」

概要:関西の某ミニFMの番組内のラジオドラマ用に執筆(諸事情によりO.A.ならず)。登場人物は女性三人という条件。尺は約15分。2015/02/21作。

〇ログライン
 無職でひきこもりの女性が、突然現れたやかんの魔人の力により、母親の幽霊と向き合い立ち直ろうとする話。

〇登場人物
麻生千尋(24)ひきこもり
麻生瑠璃子(48)千尋の母親
マダム・ミヨコ(50代)やかんの魔人
惣菜屋(50代)ミヨコと一人二役


   SE カラスの鳴き声
   SE 電気のスイッチを押す音

千尋「あれ? おかしいな」

   SE 電気のスイッチを何度も押す音

千尋「電気、なんでつかんのやろ?」

   SE 電気のスイッチを何度も押す音

千尋「あかん。ついに電気止められたみたいやな。全然つかんわ。貯金も底
 ついたし、そろそろやばいな。いつまでもひきこもってるわけにはいか
 ん。でもなぁ、今さら私に働くとこなんか……」

   SE お腹が鳴る音

千尋「(ため息)お腹すいた……この最後のカップ麺、食べてしまおうか。
 ガスは? (カチッとひねって)よかった。まだ大丈夫や。ええと、お湯
 沸かすのにやかんは……あっ! 取っ手が取れてる! これも古いもんな
 ぁ(ため息)他にお湯沸かせるものは……」

   SE 戸棚を開ける音

千尋「この鍋は使いづらいし……ん? 何か奥に大きな箱がある(ごそごそ
 と探って)何入ってるんやろ? あっ! やかん! ラッキー! なんか
 めっちゃ古そうやけど、使えるみたいやし、ちょうどええわ。ああ、でも
 汚れまくってるなぁ。こすったらとれるかな、これ」

   SE やかんをこする音

千尋「(こすりながら)くっ、なかなか頑固な汚れやな。ふん、くっ、あ、
 ちょっととれてきたかな?」

   SE ボワンと爆発する音

千尋「うわっ?! 何? 急に煙が?! ゴホゴホ」
ミヨコ「どうもどうも、こんにちは! いやぁ~! やれやれ、やっと出て
 これました~!」
千尋「えっ?! 誰?」
ミヨコ「はじめまして。私、マダム・ミヨコと申します」
千尋「マ、マダム・ミヨコ?!」
ミヨコ「はい。やかんの魔人を務めさせていただいております」
千尋「や、やかんの魔人?」
ミヨコ「はい。あなたが新しいご主人様ですね? どうぞよろしくお願い致
 します」
千尋「ちょ、ちょっと待って! おばちゃん、どっから入ってきたん?」
ミヨコ「いえ、おばちゃんではありません。やかんの魔人、マダム・ミヨコ
 でございます」
千尋「はぁ? やかんの魔人? もう、アホなこと言ってんと、おばちゃ
 ん、ひとんち勝手に入ってこんといてよ」
ミヨコ「いえ、おばちゃんではなくて魔人。それに入ってきたのではなく、
 出てきたのです」
千尋「どっから?」
ミヨコ「やかんから」
千尋「はぁ? やかん? やかんってこの古いやかんから?」
ミヨコ「はい。やかんに限らず、古い物には私のような魔人や精霊が宿って
 おります」
千尋「おばちゃんの魔人が?」
ミヨコ「いえ、ですから、やかんの魔人。失礼ですが、ご主人様。お名前を
 伺ってもよろしいですか?」
千尋「千尋……麻生千尋」
ミヨコ「千尋様。この度はありがとうございました。長い間使われずにいた
 ため、大変窮屈な思いをしていたところ、千尋様に出していただいて」
千尋「べつに、私は何も……」
ミヨコ「お礼に一つ願いを叶えて差し上げたいのですが」
千尋「願い?」
ミヨコ「はい」
千尋「やかんのおばちゃんがそんなことできるの?」
ミヨコ「いえ、ですから、やかんのおばちゃんではなくてやかんの魔人」
千尋「だって見た目、おばちゃんやで」
ミヨコ「おばちゃんのように見えても、私はやかんの魔人です」
千尋「ふ~ん、やかんの魔人ね……」
ミヨコ「千尋様。私の力を疑ってらっしゃいますね?」
千尋「そりゃそうやん。急に出てきてそんなこと言われても、信じられるわ
 けないし」
ミヨコ「そうですね。私も久しぶりなので、試しに一つ力をお見せしましょ
 う。何がよろしいですか?」
千尋「じゃ、じゃあ、この部屋の電気、つけてみてよ」
ミヨコ「部屋の電気ですか?」
千尋「料金延滞で止められてん」
ミヨコ「あらまあ! それはまた大変ですね。わかりました。では……ワカ
 ン・ヤカン・アカンヤ・ナンヤカンヤデ、はい!」

   SE バチバチと音がしてから電気がつく音

千尋「うわっ!? 明かりが点いた!」
ミヨコ「いかがです? これで信じていただけましたか?」
千尋「う、うん、まあ、信じてもいいかな」
ミヨコ「では、願いの方をなんなりと」
千尋「願いって何でも叶えてくれるん?」
ミヨコ「はい、どんな願いでも叶える事ができます」
千尋「どんな願いも?!」
ミヨコ「お金にお困りのようですから、億万長者とかはいかがですか?」
千尋「う~ん、お金か。ええなぁ……」
ミヨコ「お若いので、きれいな服などもよろしいかと」
千尋「う~ん、服か。それもええけど……」
ミヨコ「さあ、何にいたします?」
千尋「う~ん、どうしよう、でも……」
ミヨコ「ほらほら、早く言ってください」
千尋「……なあ、魔人のおばちゃん」
ミヨコ「おばちゃんは余計ですけど、なんでしょうか?」
千尋「なんでも叶えてくれるんよね?」
ミヨコ「はい、どんな願いでも叶えて差し上げます」
千尋「じゃ、じゃあ……死んだ人間に会いたい……とかでも?」
ミヨコ「亡くなった方にですか?」
千尋「私のお母さん……半年前に交通事故に遭ってな……」
ミヨコ「まあ、事故に?」
千尋「いつものように仕事行って……それっきり……お母さん、帰ってくると
 思ってたのに……帰ってこんかった……」
ミヨコ「それはそれは……」
千尋「事故に遭う前の日、お母さんと喧嘩してな……お母さんと喧嘩したま
 まなんて嫌や。お母さんに会いたい。お母さんと仲直りしたい」
ミヨコ「わかりました。千尋様のお母様ですね」
千尋「えっ?! いいの?!」
ミヨコ「はい。あっ!」
千尋「な、何?! 急に大きな声出して」
ミヨコ「千尋様。大変申し訳ございませんが、言い忘れていた事がございま
 す」
千尋「え? ここにきて?」
ミヨコ「私の力は三分間が限界です。三分経てば、こちらの電気も消えてし
 まいます」
千尋「三分間?」
ミヨコ「はい、三分です」
千尋「三分か……」
ミヨコ「ただ、千尋様の願いは叶えます。よろしいですか?」
千尋「うん……お願い」
ミヨコ「では……ワカン・ヤカン・アカンヤ・ナンヤカンヤデ、はい!」

   SE ボワンと爆発する音

千尋「うわっ?! また煙が?! ゴホゴホ……はぁ、煙が消えてきた……誰
 か立ってる?」
瑠璃子「ゴホゴホ、もう、なんや? 急に」
千尋「お母さん?」
瑠璃子「ん、千尋か?」
千尋「お母さんなん?」
瑠璃子「千尋!」
千尋「お母さん! ほんまにお母さん?!」
瑠璃子「ここは?」
千尋「お母さん、ここはうちや」
瑠璃子「なんで、こんな所に?」
千尋「話せば長くなるんやけど」
ミヨコ「千尋様、三分だけですからね」
瑠璃子「千尋、このおばちゃん誰?」
千尋「ああ、このおばちゃんな」
ミヨコ「いえ、おばちゃんではなくて」
千尋「はいはい、この魔人のおばちゃんにな、お母さん連れてきてもろて
 ん」
ミヨコ「私、マダム・ミヨコと申しまして、(強調して)やかんの魔人でご
 ざいます」
瑠璃子「え? やかん?」
千尋「ほら、あのやかん」
瑠璃子「ああ、これ。あんたが生まれた頃にもらったやつ。使わんまま、し
 まいこんでたんよね」
千尋「二十四年前のん? そんなに古いやつやったんや」
瑠璃子「なんで、このやかんが?」
千尋「前のやかんの取っ手がな、取れてしまって……あの時の喧嘩で……お母
 さん」
瑠璃子「ん?」
千尋「えっと、あの時はその、ひどいこと言ってごめ……」

   SE バチバチと音がしてからプツッと電気が消える音

瑠璃子「わぁっ?! なに? 急に電気消えて」
千尋「うわっ?! もうそんな時間?」
ミヨコ「はい、三分経ちました」
瑠璃子「千尋、どういう事?」
千尋「いや、ちょっとね、電気止められたから……」
瑠璃子「電気止められたって……あんた! もしかして、まだ働いてないん
 か?!」
千尋「……うん」
瑠璃子「(ため息)いつまでこんな生活続けてんの? これからの事とか、
 ちゃんと考えてんの?」
千尋「あ~はいはい、これから考えるって」
瑠璃子「あんたはもう、ほんま危機感がないなぁ! もう二十四やねん
 で?」
千尋「それが何よ」
瑠璃子「あんたくらいの年で結婚してる子かておるんちゃうの?」
千尋「う、そうやけど……」
瑠璃子「もうええ大人やねんで? いつまでも、親のスネかじってたらあか
 んの!」
千尋「ああ、もう! わかってるって。このままじゃあかんって事くらい。
 でも、今さら私が働ける所なんかないねん」
瑠璃子「そんな事あるか! あんたのやる気さえありゃ、いくらでも仕事見
 つかるわ! 自分から探そうとせんと、ただ逃げてるだけでしょ!」
千尋「だからもう、うるさいって! お母さん関係ないやん! ほっといて
 よ!」

   間

瑠璃子「(ため息)あ、もうこんな時間や」

   SE 扉を開ける音

千尋「お母さん?! どこ行くん?」
瑠璃子「仕事に決まってるでしょ!」
千尋「仕事って……?」
瑠璃子「お母さんが働かな、あんたが食べていけないでしょ! ほなね、行
 ってくるから」
千尋「お母さん、何言ってんの? お母さんはもう……」

   SE 扉が閉まる音

千尋「お母さん、待って!」

   SE 街の雑踏

千尋「はぁはぁ、お母さん! 待って! 行かんといて!」

   SE 踏切の遮断機の音

千尋「あっ、お母さんが踏切の向こうに!」

   SE 電車が近づいてくる音

千尋「お母さん! 待って! お母さん! (通り過ぎる電車の音にかき消さ
 れて)お母さん! お母さん! (電車、通り過ぎて)お母さん! ……お
 母さん? いない……お母さん……」

   SE 街の雑踏

千尋「(すすり泣きながら)私はアホや……死んだお母さんにまで仕事行か
 なあかんて思わせて……なんで私はこんなアホなん」
惣菜屋「(オフ)いらっしゃい! そこのおねえちゃん!」
千尋「え?」
惣菜屋「(オフ)おねえちゃん、ちょっとちょっと!」
千尋「え、私?」
惣菜屋「(オフ)そやそや、あんたや」
千尋「何やろ……? なんか聞いた事ある声……あ、あの人や!」
惣菜屋「(オン)いらっしゃい、おねえちゃん! おいしいお惣菜いっぱい
 あるで~! どう? 今晩のおかずに」
千尋「魔人のおばちゃん? 何してんの? こんなとこで」
惣菜屋「ん? 魔人? 魔人てなんや? うちは美人のおばちゃんやで。も
 う、おねえちゃん、かなんなぁ」
千尋「い、いや、そうやなくて……」
惣菜屋「なんや、おねえちゃん、元気ないな。ほら、唐揚げ。これ食べて、
 元気だし!」
千尋「え? え? あの」
惣菜屋「ほら、遠慮せんと、はよ食べ!」
千尋「え、あ、ありがとうございます……唐揚げ、いただきます(食べて)
 ん、おいしい……あ、なんかお母さんが作ってくれた味に似てる」
惣菜屋「そやろ? 一番人気やからな」
千尋「ここって昔からあったかなぁ……」
惣菜屋「うちの店、先週オープンしてん」
千尋「へぇ、そうなんですか。近所やのに、ひきこもってるから何も気づか
 んかった」
惣菜屋「お陰様で、オープンしてから連日盛況でな。ほら、これこれ」
千尋「ん? お惣菜屋の貼り紙……なになに……『アルバイト募集中、お惣菜
 のミヨコ』……これは?」
惣菜屋「そやねん、人手足りんでなぁ。おねえちゃん、あんたどう?」
千尋「えっ? 私?! 私はその……」
惣菜屋「そうやんな、おねえちゃんもちゃんと働いてて忙しいよな」
千尋「え、ああ、いや……」
惣菜屋「なあ、あんたの知り合いでおらんかな? ああ、どっかええ人おっ
 たらなぁ」
千尋「う~ん……」
惣菜屋「どないしたん?」
千尋「あ、あの……も、もしよかったら、私でも……」
惣菜屋「えっ? おねえちゃんが?」
千尋「……だめですか?」
惣菜屋「そんなことあるかいな。あんたみたいな若い子入ってくれると助か
 るわ。ええ売り子になってくれそうやし」
千尋「え、でも、ほんま私なんか……?」
惣菜屋「全然大丈夫! あんたやったら申し分ないで」
千尋「ほ、ほんまに?! ほんまにいいんですか?」
惣菜屋「何言ってんの、もっと自信持ち! 働く気があるなら大歓迎や。な
 んなら、明日からでも来てくれたら嬉しいわ」
千尋「ぜ、是非! ありがとうございます!」

   SE 小鳥の鳴き声

千尋「今日から仕事や。お母さん、私頑張るわ……さてと、お茶飲んで行く
 か! う~ん、やっぱ、魔人のおばちゃん出てくる気配ないなぁ。昨日の
 あれはなんやったんやろう……あ、やかんのお湯沸いてきた」

   SE やかんの蓋がカタカタいう音

千尋「あれ? なんかこのやかん、心なしか嬉しそうな……(少し笑う)お
 ばちゃんも喜んでくれてるわ」

                              (了)

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