ラジオドラマ「片隅にて」

概要:シナリオ学校の課題にて執筆。媒体はラジオドラマという条件。尺は約8分。2009/06/08作。

〇ログライン
 女から逃げる男と老人の最期の話。

〇登場人物
男(27)
老人(65)
女(25)


   SE 夏の夜に聞こえてくる涼しげな虫の声
   SE 必死で逃げる男の足音
   SE カサカサと音をたてながら隠れる男の荒い息づかい

男「はぁはぁ……なんやねんあの女、いきなり……はぁ」

   SE ドタドタと走ってくる女の足音

女「あいつ~……どこに行ったんや?!」
男「やべっ! こっち来た!」
女「絶対逃がさへんで~!」
男「どないしよ、この先は行き止まりやし……」

   SE 遠くから聞こえる老人の声

老人「おい、そこの若造! こっちへ来るんや!」
男「えっ?」
老人「こっちや、こっち! 早くせんか!」
男「えっ、あ、はい!」

   SE カサカサと音をたてながら老人の声がする方へ隠れる男の衣擦
      れ

女「こっちに逃げたと思ったんやけどな~……」

   SE 遠ざかる女の足音
   SE 微かに響いている虫の声

老人「……行ったようやな」
男「はぁ……助かった~」
老人「しばらくここに隠れとけば見つからん。お前さんも大変やったなぁ」
男「何なんすか? さっきの女」
老人「このへんを縄張りにしてる奴らの一人や。おっと、それ以上は近づか
 んといてな。わしゃ、ベッタリくっつくのは好かんからな」
男「あ、すんません」
老人「それからなぁ、下手に動くと奴らの罠にかかってしまうで」
男「えっ?!」
老人「ま、とりあえずここに隠れとけ。女が来んようにわしが見張っといて
 やるから」
男「はぁ、どうも……」

   SE 涼しげな虫の声

老人「静かな夜やなぁ……また一年が過ぎたんか……」
男「ん?」
老人「いや、なんでもない」
男「じいさん、あの女どうにかできないんすか? 俺やっぱり隠れてるだけ
 なんて、なんか癪っすよ。相手は女なんすから俺が本気出せば……」
老人「いや、女やからって油断せんほうがええ。たいていの女はわしらを見
 たら、悲鳴をあげて逃げるっちゅうのに、ここの女ときたら……」

   SE ドタドタと近づいてくる女の足音

女「向こうにもおらんかった。どこに隠れたんや、ほんまにもう……」

   SE 遠ざかる女の足音

老人「気が強くてかなわん」
男「じいさんもあいつらに追われた身なんすね」
老人「若い頃はよく仲間とこのへんをうろついてたからなぁ。見つかれば四
 方八方に逃げて、あいつらを撒いたあとまた落ち合って……危ない橋も渡
 ったもんや」
男「あいつら、何とかならないんすか?」
老人「やめとけ、相手がでかすぎる」
男「でも……」
老人「わしらも昔、お前さんと同じように考えてた頃もあった。しかし、ほ
 とんどの仲間が殺されてしもたんや……おおかた、あいつらに毒でももら
 れたんやろう。壊滅状態にまで追い詰められた中、なんとか逃げてきたん
 やけどなぁ……」
男「何でなんすか? 何で殺されなあかんのですか?」
老人「理由なんてもんはないんや。しいて言えば、わしらはあいつらにとっ
 て不快な存在、消し去りたい存在、ただそれだけなんやろう」
男「でも、だからって……」
老人「しっ!」

   SE ドタドタと近づいてくる女の足音

老人「……そろそろ、ここを離れた方がよさそうや。お前さん、さっさと行
 け」
男「じいさんは?!」
老人「わしはここに残る」
男「でも、ここにいたら……」
老人「わしの足元を見てみぃ」
男「えっ……あ、これは?!」
老人「そうや、ゴキブリホイホイに捕まってしもたんや。ゴキブリの生命力
 で今までなんとか生きてきたんやけど、ここまでのようや……」
男「じいさん……」
老人「最期にお前さんと話ができてよかった。もう思い残すことはなんもな
 い」
男「じいさん……やっぱり俺、あいつらと戦ってきます!」
老人「や、やめとけ! あいつらはこの罠だけじゃなく、飛び道具や毒ガス
 も使うんや! お前さん一匹でなんとかなる相手やない!」
男「でも、このままじゃ何のために生きてきたのかわからないじゃないっす
 か!」
老人「そやけど、今は逃げろ。逃げて生き延びるんや。わしらはあいつらと
 違ってどんな環境でも生きていける。日々進化するあいつらの武器にだっ
 て負けん日が、いつか来るはずや……」
男「わかった……俺もゴキブリ。この素早い動きで逃げ切ってみせます! 
 そしていつの日か、あいつらに目に物見せてやりますよ!」
老人「達者でな……」

   SE カサカサと音をたてながら逃げる男の動作音

女「もう、気になってなかなか寝られへんし……あっ! 出てきた! お母
 さ~ん! ゴキブリそっち逃げた~!」

   SE ドタドタと遠ざかる女の足音
   SE 遠くから「パン!」と叩く音
   SE 近づいてくる女の足音

女「あ~、やっと寝れるわ」

   SE 涼しげに響く虫の声

                              (了)

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