映像シナリオ「桜の季節」

概要:シナリオ学校の自由課題にて執筆。尺は約16分。2009/04/14作。

〇ログライン
 スランプの山口、才能ある佐藤や地道に就職する方を選ぶ戸田を見て悩む中、自信を取り戻し再び絵を描く話。

〇登場人物
山口慎一(21)花園芸術大学・洋画コース
佐藤伸夫(21)同・彫刻コース
戸田一郎(21)同・洋画コース
吉岡守(32)画家、有名美術大出身者
森田康介(32)美術評論家、吉岡の同期


〇 花園芸術大学・洋画コースのアトリエ
   壁や床に絵具やペンキの汚れが目立つこじんまりとしたアトリエ。
   様々なサイズのカンバスやイーゼル、絵具や学生の作品が所狭しと置
   かれ、暖かな日の光が射している。
   山口慎一(21)が一人、絵筆も持たず呆然と真っ白なカンバスの前に
   座っている。
   カンバスを見つめ溜息をつく山口、気だるそうに視線を傍らへ向け
   る。
   山口の傍らには美術雑誌が一冊、表紙には三月号の文字、有名美大・
   芸大出身者たちの作品が受賞したニュースの見出しが書かれている。
   数々の受賞者の名前が並ぶ中に吉岡守の名前がある。
   忌々しそうな表情の山口、カンバスの方へ視線を戻す。
   しばらくカンバスを見つめる山口、頭を抱え、グシャグシャと髪をか
   き回す。
   山口、思い立ったように立ち上がり、アトリエから出て行く。

〇 同・喫煙所
   屋外に設置された喫煙所。
   ベンチと灰皿、飲み物の自動販売機が一台ずつ置かれている。
   ベンチに座り一服している山口。
   つなぎ服の佐藤伸夫(21)が歩いてき、山口の隣に座ると一服し始め
   る。
   お互い興味無さそうな表情の山口と佐藤。
佐藤「調子悪そうだな」
   少し意地悪そうに言う佐藤。
   佐藤をちらっと見る山口、視線を前に戻す。
山口「べつに……お前はどうなんだよ」
佐藤「俺? 俺は絶好調! 今が旬だぜ」
山口「何だそれ」
   苦笑いする山口、タバコをもみ消し、その場から去ろうとする。
佐藤「あんま考えすぎるなよ」
   山口の背中に向け声をかける佐藤。
   山口、振り返らずにそのまま歩いていく。

〇 同・並木道
   大学の敷地内にある並木道。
   桜の木に蕾がつき始めている。
   春休み中のため、歩いている学生も少ない。
   山口、とぼとぼと歩いていると向かいからリクルートスーツを着た戸
   田一郎(21)が歩いてくる。
   山口に気付きニヤニヤした表情で近付いて来る戸田。
   山口、戸田に気付くと露骨に嫌そうな表情になる。
戸田「こんなとこをほっつき歩いてるってことは、スランプになっていると
 みた」
山口「うっせぇな~……お前こそ最近描いてないじゃん」
戸田「あ、俺、卒制じゃなく論文で出すんだ」
山口「はぁ?」
戸田「だって就活やってると、絵なんて描いてる暇ねぇし。だいいち俺、絵
 で食ってく気ねぇからちゃんと就職しないとヤバイんだよ」
   暗い表情で戸田を見る山口。
山口「就職ねぇ……」
戸田「あぁ……こんな三流芸大行ってると、就職先マジねぇし……」
   溜息をつく戸田。
   沈黙する山口と戸田。
   苦笑いしつつも明るく話し始める戸田。
戸田「まあ、グチってても仕方ないけどさ。あ、そうだ! お前、こんなの
 興味ない?」
   鞄から一枚のフライヤーを出す戸田。
   フライヤーには『吉岡守絵画展』。
戸田「何となく今注目の画家って聞いて取って来たんだけど、俺行く暇ねぇ
 なと思って」
   山口、フライヤーを受け取り、じっと見つめる。
戸田「少しは気分転換にでもなるんじゃねぇかな」
山口「……気が向いたら行ってみるよ」
   戸田を見る山口。
戸田「じゃあそろそろ行くわ」
   戸田、その場を去る。
   戸田の後ろ姿を見送る山口、再びフライヤーを見る。

〇 山口家(夜)
   学生アパートの一室。
   様々な美術書籍、生活用品が散らかっている。
   山口、コンビニの弁当を食べながら、ぼーっとテレビを観ている。
   テレビではバラエティ番組。
   山口、リモコンでチャンネルを変え続けるが、どれもつまらない様
   子。
   山口、テレビを消し溜息をつくと、傍らに置いている鞄から戸田から
   貰ったフライヤーを取り出す。
   じっとフライヤーを見つめるが、くしゃくしゃに丸めてその場に捨て
   る山口。
   山口、ふてくされたようにベッドに寝転がるが、気にするように丸め
   たフライヤーの方を見る。

〇 繁華街
   多くの人が行き交う繁華街。
   山口、フライヤーを片手にキョロキョロしながら歩いている。

〇 ギャラリー・外観
   繁華街から少し離れたところにある小さなギャラリー。
   『吉岡守絵画展』が催されている。
   山口、入り口付近から中の様子を窺い、恐る恐る中へ入る。

〇 同・中
   風景画から抽象画まで様々な作品が飾られている。
   それらをゆっくりと観て回る山口。
   山口、ふと前方に目を向けると、吉岡守(32)と森田康介(32)が絵
   を見ながら話している。
森田「吉岡……お前、いい加減こんな小さいとこじゃなく、もっと大きいと
 こでもできるんじゃない?」
吉岡「いいんだよ。このくらいが性に合ってるし」
森田「相変わらず、のん気なこと言ってるよな。こんな場所、今どき三流美
 大卒の凡人くらいしか使わねぇぜ?」
   嫌味っぽく笑う森田。
   吉岡と森田を見る山口、森田の言葉に少し悔しそうな表情になる。
森田「俺が紹介してやろうか? コネなんていくらでもあるんだ。やっぱり
 俺らみたいな一流には一流の場所ってものがあるぜ」
   馬鹿にしたように延々と喋り続ける森田。
   呆れたように森田を見る吉岡、山口がこちらを見ているのに気付くと
   苦笑いする。
   山口、気まずい表情になり、足早にその場を去る。
   気にかけるように山口の方を見る吉岡。

〇 花園芸術大学・彫刻コースのアトリエ
   広々としたアトリエ。
   校舎一階にあるため、大きなガラスの扉から外の作業場への出入りが
   可能になっている。
   アトリエ内は彫刻のための道具や木材が置かれ、辺り一面に木屑が散
   乱している。
   佐藤、真剣な表情で木材を削っている。

〇 同・洋画コースのアトリエ
   誰もいないアトリエ。
   真っ白なカンバスが置かれている。

〇 同・喫煙所
   一人、ベンチに座り一服している山口。
   遠い目をしている山口、疲れたようにタバコの煙を吐く。

〇 同・並木道
   山口が一人、とぼとぼと歩いている。
   ふと近くの掲示板に目を向け近付く山口。
   再試や事務局からの連絡が掲示されている中、佐藤の作品が入賞した
   知らせが掲示されている。
   呆然と立ち尽くす山口、その掲示をじっと見つめる。

〇 山口家(夕)
   ベッドの上でうつ伏せになっている山口。
   部屋中に山口が今まで描いてきたデッサンや作品が、ぐちゃぐちゃに
   散らばっている。
   ゆっくり顔を上げる山口の視界に『吉岡守絵画展』のフライヤーが入
   る。
   じっとフライヤーを見つめる山口。

〇 ギャラリー・中
   閉館間際で人気の少ないギャラリー。
   フロアを歩く吉岡、暗い表情で絵を観ている山口を見つける。
   山口に近付き話しかける吉岡。
吉岡「君、この間も来てくれてたよね?」
   驚いたように顔を向ける山口。
   山口の顔を見て微笑む吉岡。
   山口、気まずそうに顔を背けると小声で答える。
山口「えぇ……まあ……」
吉岡「また観に来てくれたんだ。それは嬉しいな~」
   吉岡、嬉しそうに言いながら、山口が観ていた絵の方を向く。
   大きなカンバスに描かれた抽象画。
   暖色系の色が多く使われている。
吉岡「この絵はね、僕が絵を描き始めた頃の事を思い浮かべて描いたんだ」
   じっと絵を見つめる吉岡。
   山口、吉岡を見て絵の方を向く。
吉岡「……初心を忘れないようにね」
   無言で絵を見つめる山口と吉岡。
   そこへ森田が来る。
森田「いたいた」
   吉岡に近付く森田。
   森田の方を見る吉岡と山口。
森田「吉岡、この前言ってた場所の事なんだけど。良い所見つけたぜ~」
吉岡「森田」
森田「いい加減、ちゃんとした場所で個展をしないとな。お前の作品は商品
 としての価値は十分あるんだし……」
   森田、吉岡の呼びかけが聞こえない様子で話し続ける。
吉岡「森田!」
   自信満々に話す森田を遮る吉岡。
吉岡「そういうの興味ないから」
森田「は?」
吉岡「もう紹介とかそんなのいいよ。こういう場所が好きなんだ」
   吉岡、驚く森田に冷たく言い放つ。
森田「……どういう意味だよ、吉岡」
吉岡「べつに~。とうぶんお前の顔は見たくないかなぁと思って」
   驚く森田、次第に不機嫌な表情になり吉岡を睨む。
   吉岡、森田を無視するように絵の方を観ると、ご機嫌な様子で鼻歌を
   うたう。
   山口、吉岡と森田の様子を驚いた表情で見つめる。

    ×    ×    ×

   閉館後のギャラリー。
   最低限の照明で少し薄暗い中、椅子に座っている山口のところへ、缶
   コーヒーを持ってくる吉岡。
   苦笑いしながら山口に缶コーヒーを渡す吉岡、明るく話しかける。
吉岡「いや~、前回といい今回も気分悪いところに巻き込んじゃったようで
 悪いね」
山口「いえ、べつに……」
   山口、吉岡に会釈をして缶コーヒーを受け取る。
   山口の隣に座る吉岡、缶コーヒーを開け一口飲む。
吉岡「君も絵を描いてるの?」
山口「……どうしてそう思うんですか?」
吉岡「いや、ただなんとなく。違った?」
山口「いえ、当たってます」
   山口、恐る恐る吉岡に尋ねる。
山口「あの……どうしてあんな事言ったんですか?」
   吉岡、少し考え込む。
吉岡「う~ん……なんだか、ちやほやされるのって嫌いなんだよね。性に合
 わないというか」
   吉岡の方を見る山口。
吉岡「コネとか学歴とか、正直そんなのどうでもいいじゃん。自由に描けた
 らさ」
   考えるように俯く山口。
   吉岡、ぼそっと呟く。
吉岡「森田も昔はあんな奴じゃなかったのにな……」
   無言になる山口と吉岡、目の前にある
   大きなカンバスの抽象画を見つめる。

〇 花園芸術大学・彫刻コースのアトリエ
   外の作業場でペンキを塗った木材が乾くのを待つ佐藤、晴れた日の光
   を浴びながら作業用の椅子に座って本を読んでいる。
   そこへ通りかかる山口。
山口「何作ってんだ?」
   本から目を離し山口を見る佐藤。
佐藤「ちゃぶ台。俺んち、メシ食う時地べたに置いてたからさ。お前にも作
 ろうか?」
山口「いや、いらねぇ……のん気なもんだな」
   佐藤を見て楽しそうに笑う山口。
   その場から去ろうとする山口に話しかける佐藤。
佐藤「何かあったか?」
山口「べつに」
佐藤「……そっか」
   無言で微笑み合う山口と佐藤。
   佐藤、歩きだす山口の背中を見送ると再び本を読み始める。

〇 同・並木道
   春休みが終わり、新入生を勧誘するサークルで賑わっている。
   その中を一人歩く山口。
   楽しそうに笑う新入生たちの明るい表情を見つめる山口、ふと上を見
   上げると満開の桜の花が咲いている。
   桜の花をじっと見つめる山口、明るい表情で歩いて行く。

〇 同・洋画コースのアトリエ
   暖かな日の光が射しているアトリエ。
   大きなカンバスに桜がモチーフになっている抽象画が描かれている。
   その絵の隅に山口のサインが入っている。

                              (了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?