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インターンの終わり、後期の始まり

夏休みの2ヶ月間、インターンシップに参加した。
就活のためのインターンではなく、NPOソーシャルインターンシップという、大学生がNPO団体の活動に2ヶ月間参加し、社会のためになる事業を考え提案するというものだ。
今回はそのソーシャルインターンでの体験について書こうと思う。


夏休み前のわたしは、コロナ禍で何もできないことに不安と焦りを覚えていた。
大学に入るまでは安定志向で公務員を目指していたが、色々と心変わりし、就職を視野にいれるようになった。しかし、今のわたしには何もない。性格や個性みたいなものは少しはあるが、そんなもの社会に出たら見てはもらえないだろう。他の人と一緒にされたくないという生意気で意固地な心もあった。
ではどんな自分になりたいのか。今の自分に足りないものは何か。
主体性、発言力、人脈、経験、、ありきたりだし見せかけの理由に見えるが、そういったものが欲しかった。し、わたしは目に見える形に残らないと頑張れない人間だと分かっていたから、それらを身につけたという証明が欲しかった。


わたしが参加することになった団体は、障がいのある子どもたちが通う施設だった。わたしは元々子どもと関わった経験がほぼなかったし、普段街中で見かける障がい者の方にも好奇や同情、その他罪悪感と気まずさと偽善が入り混じった妙な視線を向けていたように思う。とにかく自分の苦手を潰したかったから、一番苦手だったところに飛び込んだ。
そこには、想像していたよりも重度の障がいを持った子どもたちがいた。喋れる子は2、3人、その中にもかなり聞き取りにくい子もいたし、あまりややこしい話し方をすると分かってもらえなかった。また、ひとりでは歩けない子、全く起き上がれない子、食べることさえできず食道に直接流し込んで栄養をとっている子もいた。
わたしは初めかなり後悔した。参加費も馬鹿にならないし、交通費もかなりかかる。大切な2ヶ月をふいにすることになるんじゃないか。

子どもたちと遊ぶ初めての日、子どもたちはめいめい音の出るおもちゃを鳴らし続けていた。同じ音がずっと反復し続けるのが苦手なわたしは気が狂いそうだと思った。また少し参加したことを後悔した。
すると職員の方が、
「あの子は喋れない代わりにおもちゃで自分の感情を表現しているんですよ」
「あの子は音楽がとても好きなんですよ」
と言った。
その子のそばにいってタンバリンを鳴らしてみると、にこにこと笑ってくれた。
言葉がなくても通じるんだと思った。
わたしの中で何かが変わった気がした。
それからその日は、タンバリンを叩いたり叩いてもらったり、タンバリンについている紐をふらふら遊ばせて、どうにか笑ってもらえるように頑張った。
そんな日が何日かあって、ふと気付くと子どもたちがどんな子なのか、何を好きなのか、何が言いたいのか、分かる気がした。 



今回インターンシップに参加してみて学んだことは、「子ども」や「障がい者」という括りでは捉えられないことがたくさんあるということだ。
わたしが出会った子のほとんどは音楽が好きで、それはとても素敵なことだしわたしの慰めにもなった。しかし急に鳴る音にびっくりしてしまい発作を起こす子もいた。
「子ども」や「障がい者」の中にもわたしと合う人、合わない人はいる。子どもや障がい者とどう接したらいいのか学ぼうと思って参加した活動だったが、結局答えは分からなかった。しかし、「分からない」ものなのだということが分かった。なんだか答えになっていないように感じるし当たり障りのない答えに辿り着いてしまったようで居心地が悪いのだが、例えばわたしが他人に、「あなたは女性で未成年だからこうやって接すればいいんだね」みたいな態度で接されたらすごく腹が立つだろう。そういうことだ、と身をもって感じた。



インターンシップに参加している、と言うと、すごい!と思う人もいるだろうし、なんだか鼻につく、意識高い系じゃん、と思う人もいるだろう。(わたしも例外ではないかもしれない)
でも、わたしが思うのは、そうやって口だけで文句を言う人よりも、何か行動にうつせた人の方がはるかに偉いということだ。偽善でもいいと思う。それに、わたしと遊んだあの子は目があまり見えていないけれど、他の人ではなく「わたし」が施設に来たことで、施設で過ごす時間がいつもより少し楽しくなったかもしれない。
わたしが子どもたちと遊ぶことでその子たちが楽しむ、それでわたしも生きてていいんだと思える。少し大げさだが、結構本気でそう思ったし、健常者が与えるばかりの立場ではないんだと感じた。
将来福祉の仕事には就かないだろうが、一生忘れないだろうと思える2ヶ月だった。

終わり

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