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アメリカ西部キャンピングカーの旅【番外編】ダーティージョブの担い手

アメリカでキャンピングカーをレンタルすると聞いて、まず思い浮かべるのは、ハリウッドのコメディー映画で見かける、汚水の処理ではないだろうか。慣れないキャンピングカーでの家族旅行。嫌々ついてくるティーンエイジャーの子供たち。お父さんが家族にいいところを見せようと張り切る。汚水の処理の場面でホースから “Sh*t” が噴き出す。お馴染みの光景だ。誇張されたコメディー映画なので、まさか実際に ”Sh*t” が噴き出す事はないとは分かっている。それでも、手や足に付くぐらいはあるかもしれない。

出発前には、使い捨てのビニール手袋をたくさん用意した。キャンピングカーをピックアップする際には、念のため汚水排出の仕組みを聞いてみた。どんなことを聞いたかというと、トイレの汚水は単に重力で流れ出るのか、あるいは機械的に圧をかけるのか、と言うこと。相手をしてくれたレンタカー会社の若い女性は、「このおっさんマジ?映画の見過ぎじゃない」、みたいな笑みを浮かべて、重力のみだと教えてくれた。これで一安心だ。

まぁ、こんな感じで、慣れないキャンピングカーを借りるにあたっては、いろいろと心配な事もあるだろう。そこで、アメリカ西部キャンピングカーの旅【番外編】として、私のキャンピングカー初体験でのハプニングや、気づいた点をお話しよう。

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(グランドティトンの山並みをバックに)

今回の旅の行程はというと、先ずはキャンピングカーをソルトレイクシティーでピックアップ。レンタル期間は、7月の第一週目の(土)から翌週(土)までの8日間。宿泊場所は、初日は決まっていなかったので、行き当たりばったり。その後、グランドティトンで3泊、次いでイエローストーンで3泊で計7泊8日。正確にはロサンゼルス・ソルトレイクシティ間の往復1000マイル(1600㎞)を自家用車で移動する日数を加えて9泊10日の旅

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(ソルトレイクシティーを後にしてまず向かったのはボネビル・ソルトフラッツ)

ソルトレイクシティでの引き渡しの手続きは簡単だった。出発の1週間ほど前にイーメールでビデオのリンクが送られてきていた。ちゃんと見たかとの問いに、イエスと答えると。「それじゃ、分かってるわね。マニュアルは車の中にあるから」と、キーをくれた。その間、わずか数分。自家用車から荷物や食料を移し、いざ出発。

ちょっと緊張しながら駐車場を出て、車道へと。歩道との段差を乗り越えたとたん「ガタ・ボカ・ドーン」という物凄い音。何が起こったことかと仰天した。その後、走り始めても車内は相変わらずうるさい。快適な車内を想像していただけに、現実とのギャップは大きかった。アメリカで車を運転したことがある方なら知っていると思うが、一般的な道路の舗装状態は日本ほど良くない。かなりデコボコしている。

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(初日の宿泊はフリーウェイ脇のレストエリア)

ちょっとした段差を乗り越えるたびに、ガタガタ・ギシギシ・ドンドンという凄まじい音。車内に備え付けられている電子レンジや冷蔵庫が、外れて落ちて来るのではないかと気が気ではなかった。一時間も走ると、バラバラになる事はないと分かったが、そう簡単に慣れるものではない。

フッと頭に浮かんだのは、何故か幼い日の記憶だった。子供の頃に飼っていた犬のロクと、手作りの犬小屋。何十年も前のことなので記憶は定かではないが、おぼろげに蘇って来たのは、市議会議員かなにかの、選挙用ポスターが張られたベニヤ板で作ったロクの家。外側はベニヤの裏を使ったので無地だが、小屋の中はというと、立候補者の写真が貼ってある。角材に脆いベニヤを釘で打ち付け一人で作った。小学校の3~4年生だった気がする。当然、出来は悪く、長持ちはしなかった。今更ではあるが、風が吹くたびにガタガタと音を立てる小屋で、選挙候補者の熱い視線に耐えながら、眠れぬ夜を過ごしたロクには申し訳ない事をしたと思う。

ちなみに、ロクは黒い犬だった。あれから数十年が経った今、ロサンゼルスの自宅では赤茶色のゴールデンレトリーバーを飼っている。名前はブラウニーだ。犬の名だけを見ると、まったく成長の跡が見えない。

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(スネークリバー・オーバールック駐車場にて)

話を元に戻そう。今回レンタルした車両は長さ6.1m。おそらく2トン・トラックより少し大きいくらい。幅は日本のトラックより広めだが、運転中はまったく気にならなかった。唯一苦労したのは、バックアップカメラなしでの駐車場からの出入りくらいだろうか。

型式は2018年のものだが、走行距離は6万マイル(10万キロ程度)超。メカには詳しくないが、ガタガタの原因はヘタったサスペンションだったかもしれない。

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(運転席の上にあるベッド。狭く見えるがかなり奥行きがある)

さて、このギシギシ・ドンドンと音を立てる車内装備はというと、(1)運転席の上のベッド。小さく見えるが大人二人が余裕で寝られるスペース。窓もあり結構快適。(2)ベッドにもなるダイニン・グテーブル。4人掛けサイズで、とっても便利。ベッドへのコンバージョンも簡単。(3)ガスコンロ付のキッチン。電子レンジと、そこそこの大きさの冷蔵庫もあり、ちょっとした調理をするには充分。(4)シャワー付きのユニットバス。小さいスペースではあるが、ちゃんとお湯も出る。水圧は強くないが快適にシャワーを浴びることができる。当然、用もたせる。(5)クローゼット。二人分の衣類や食料を保管するのに十分なスペース。一週間分の食料を買い込んでも大丈夫。ただ、冷蔵庫のスペースは限られているので、要冷蔵の食料が多い場合には別途クーラーボックスを持参するとよいだろう。

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(四人がけテーブル。シートベルトもあるので走行中も座ることができる。)

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(簡単にベッドになる。身長175cmの私が快適に寝る事ができる。)

装備はざっとこんな感じ。アメリカではクラスCと呼ばれるカテゴリー。その中では一番小さい部類のものであるが、二人旅なら快適に過ごせる装備、スペースを備えている。独り身なら、ここで寝泊まりして暮らすのも悪くないと思えたくらい。一方、定員は3名となっているが、大人3名だと、やや窮屈な感じがするかもしれない。

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(グランドティトンの山並みを眺めながらの朝食)

車内の装備を動かすための動力源はというと、(1)12v電源。キャンプサイトに電源がある場合に延長コードの様なものを繋いで電力を供給してもらう。車内のコンセント、電子レンジ、水を使うためのポンプなど停車中に必要なものは、ほぼ全てこれで賄う。(2)次いでジェネレーター。キャンプサイトに電源がない場合や、駐車場などで外部からの電源が確保できない場合に利用。仕組みはよくわからないが、おそらくガソリンを使うジェネレーター。スイッチを入れると、それなりにうるさい。夜の利用が禁止されているキャンプ場もある。夕食準備のための電子レンジ、寝る前のシャワーなど、様々なことに電力が必要なため、これが使えないとかなり困る。夜の利用が制限されている場合には、ちょっと面倒だがキャンプ場外に移動したうえでジェネレーターをオンにする必要がある。(3)そしてLPガス。これはキッチンのガスコンロ、快適なシャワーを浴びるための温水器、そして冷蔵庫に使う。正直、この手のことには疎いので、どのようにLP ガスで冷蔵庫を動かしているかはわからない。

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(最後尾にあるキッチン。左上に電子レンジ、その下のは冷蔵庫 。収納スペースもたくさん)

動力源と合わせて大事なのが水。今回レンタルしたキャンピングカーのタンクの容量は78リットル。キャンプ場に備え付けられているホースみたいなもので注入する。多くのキャンプ場では“Potable” (持ち運び可能なPortableとは異なる単語)即ち、飲んでも大丈夫な水を提供しているが、タンクの清掃が行き届いているとは思えないので、一度注入した水は飲まない方がよいだろう。ちなみに私は気にせずに飲んでいた。

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(キャンプ場に備えて受けのホースでタンクに水を入れる)

この上水用のタンクとは別に、使用後の水を貯める下水タンクがある。後で詳しく触れるが、ブラック・ウォーターと呼ばれるトイレの水と、グレイ・ウォーターと呼ばれるシャワーや食器洗いに使った下水は、それぞれ別のタンクに分けて貯められる。容量はというと、ブラックが22リットル、グレイが64リットル。


ここで何が言いたいかというと、下水用タンクの容量が上水用タンクよりも小さいという事。よって、78リットルのタンク満タンの水を、シャワーや皿洗いで全て使い切ると、64リットルのグレイ・ウォーターの下水タンクのキャパをオーバーする。即ち、キャンピングカー内が水浸しになる。今回の旅では、知らずに長いシャワーを浴びて、キャパオバーになったことが数回あった。

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(シャワー付きのユニットバス)

車内にマニュアルがあることは、ピックアップ時に教えてもらったので知っていたが、そんなものを読むはずは無い。マヌケな初心者は、てっきり故障か欠陥だろうだと思った。得意げに、返却時に文句を言って、レンタル料を割り引いてもらおうと、浅はかなことを考えていた。ちなみに、この上・下水用のタンクのキャパ、車両によって容量は異なるが、上水より下水タンクの方が小さいのは一律の様だ。

無知を誇るかのように、ジャブジャブと使ったシャワーの水は、ユニットバス内に幼児用プールの様に溜まった。幸いにも寸前のところで気が付き、車内が浸水することはなかった。一方、プール騒動が起こるたびに(そう、一度だけではなく何度も起きた)、コップで水を掬い、便器に流す作業を行った。そのダーティージョブを担ったのが誰であるかは言うまでもない。夫婦間のパワーバランスだ。

念のため言っておくが、トイレは殆ど使っていなかったので、ブラック・ウォーターのタンクがキャパオーバーになって、後始末を余儀なくされる事はなかった。そんな事が起これば本当の一大事だ。車内は汚臭で満たされ、夫婦間で、お前のせいだと互いを責める。夫婦存続の危機を迎えることなりかねない。

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(足元のトレイに溜まった水をトイレに流しタオルで残った水を拭う)

そんな大惨事を回避するためのツールがある。車両後部に設置されているコントロール・パネルだ。この便利な装置は、ジェネレーターのスイッチ、温水器のスイッチ、さらには水の残量、そして極めて重要なブラック・グレイ双方のタンクの空きスペースを表示してくれる。これがあれば大惨事は避けられる。と思いきや、今回、私たち夫婦に貸与された、その究極のツールは、機能不全に陥っていた。

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(役に立たないコントロールパネル)

その役立たずパネルであるが、壊れていたのは、厄介なことにグレイ・ウォーター用の表示。タンクのキャパを示すランプが常時赤く灯っている。つまりタンクが空なのか、一杯なのか全くわからない。最悪の事態を避けるべく、ブラック・ウォーター、グレイ・ウォーター双方の排出を頻繁に行った。お陰で、始めはかなり及び腰だった汚水処理だが、一週間の旅が終わることろには、すっかり達人になっていた。”Sh*t” 処理の達人では何ら自慢にもならないが、習得した技はというと・・・

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(道路脇で一人寂しく草を食むバイソン。仲間とはぐれたのだろう。されど腹は減る)


実際のところは、そんな大袈裟なものではなく、慣れればどうってことない作業だ。車に装備されている排出用のホースを所定の位置にねじ込んで、反対側を地面にある穴に差し込む。この時あまり距離を開けない事。ホースが伸びていると、排出が始まった時に思わぬ動きをする可能性がある。そして、ホースの先端を不必要に奥まで突っ込まないこと。入れすぎると地下(いわゆる肥溜め)に溜まっている ”Sh*t” に先端が触れるかもしれない。実際、今回使ったホースは、先の方に乾いた茶色いモノが付着していた。浅すぎず、深すぎず。30センチくらい突っ込む。あとは、備え付けのレバーを引き排出を行うのみ。先ずは黒いレバー。これで、固形物が出てゆく。黒いレバーを元に戻した後で、グレーのレバーを引く。大量の水が放出され固形物をきれいさっぱり流してくれるという仕組みだ。とても良く出来ている。

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(車体下の排水口にホースを繋ぎ、左下にある銅色の蓋を開けて "Sh*t" を流し込む)

ちなみに家内は、いつも少し離れたところから、何か面白いこと起こらないかなぁ、と楽しそうにビデオを撮っていた。幸いというか、残念というか、優秀なダーティージョブの担い手がいたため、毎回、期待外れに終わったのは言うまでもない。

排出をした後に忘れてはならないのが、ホースを所定の位置に戻して、しっかりロックをすること。走行中にホースを落としてしまったら大変だ。

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(キャンプ場脇にあるダンプ・ステーション)

こんな感じで、初めてのキャンピングカーの旅であったが、案ずるより産むがやすし。ダーティー・ジョブの手順もしっかりマスターし、かなりエンジョイすることが出来た。慣れれば更に容易に、ハプニングなく旅を満喫することができるだろう。

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(イエローストーン、グランド・プリスマティック・スプリングを高台から望む)

窓越しに絶景を見ながらの朝食。いつでも冷蔵庫にある冷えたビール。テントをたたく風に悩まされることのない眠り。キャンプとは呼び難いほどの快適さだ。一度はアメリカでキャンピングカーの旅をしてみたい、と考えているのであれば、是非チャレンジしてみる事をお勧めする。様々なハプニングも含め、一生モノの思い出になるだろう。

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(ジェニーレイクをカヌーで探索。湖の畔で子連れのクマに遭遇した。)

快適なキャンピングカーの旅、個人的にはちょっと複雑な気持ちだ。というのも、その快適さと引き換えに、諦めざるを得ないものがある。元来キャンプとは、寒さ、暑さ、不便さなど、自然の中で非日常を楽しむものだと思っている。日々便利なモノに囲まれて暮らすことが幸せではない。更に、車両の大きさ故に、乗り入れが制限されているルートもある。今回はマウンテンバイクが役に立ったが、それでも辿り着けなかった場所や、見ることの出来なかった景色も少なくない。

自然の中で得られる感動を求めて旅をする私にとって、「快適さ」の優先順位はそれほど高くないかもしれない。

By Nick D

ワンポイント・アドヴァイス:

危なく忘れるところだったが、サプライズが無いように伝えておきたいことが一つある。それは、キャンピングカーは燃費がすこぶる悪いということ。今回レンタルしたモデルは一番小さい部類に入るものだが、それでも恐らくリットル当たり5㎞くらい。大きなモデルになれば、さらに悪くなる。アメリカではガソリンの単位はガロン、そして距離はマイル。旅の途中ではピンとこないかもしれないが、後でクレジットカードの明細を見てビックリしないようにご注意を。

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