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ある日の取材のお話 ー1ー 【雨余花(栃木・茂木町)】

6月半ば、栃木県茂木町の料理店〈雨余花〉を取材させていただいた。

この日はお店が定休日で店主の風間寛さん、麻衣子さんご夫婦がこの地域を案内しますとご提案してくださった。「それじゃあ、行きますか」と寛さんが運転する車に乗せてもらい、まずはじめに到着したのはこの地域で運営するブルーベリーの摘み取り農園だった。早朝からの作業は既にひと段落したようで、パック詰めされたブルーベリーが置かれていた。農園の方へ向かうと、地域の人たちが果樹の手入れをしていた。「食べてみるか」と摘みたてのブルーベリーをいただく。ぷりっと膨れた果実は、噛むと酸っぱさの後に甘みがじわっと口の中に広がっておいしかった。個人ではなくこの地域の人たちで運営する農園が今年もおいしいブルーベリーを実らせているのも、一人一人がこの樹々を愛でて、虫から守ったり剪定をしたりして大切に守ってきた証だろう。
続いてお二人が連れて行ってくださったのは、野菜をよく仕入れさせてもらっている農家さんの畑だった。この地域が「竹原」地区と呼ばれているように畑の周りは竹林が生い茂る。間伐した竹は蔓のある植物の支柱、玉ねぎやニンニクを吊るして保存する竿に活用したり、昔からの知恵がいたるところに残っている。「早朝に訪れると、もっと空気が澄んでいて靄がかかっている日はなんだか神聖で。心まで洗われるようです」と、寛さんもこの場所が好きなのだという。
畑を後にして雨余花へ戻る道中、他にもお世話になっている農家さんたちをまるで友人のことを紹介するようにお話してくれた寛さんと麻衣子さん。窓を開けて風を感じながら走る帰路は、少し遠回りをしてくれたようだがあっという間に到着してしまった。
元々は倉庫だった雨余花が入る建物〈ドライブイン茂木〉には、他にもお菓子屋〈葦月〉の磯部なおみさん、パン屋〈Serendip〉の落合正昌さん、古本屋〈ハトブックス〉の町田夕子さんが店を構えている。お昼時、葦月のなおみさんも訪ねてくださった。みんなで長いテーブルに横一列に座り、寛さんが作った「地元野菜とお肉のプレート」をいただく。眼前に広がる茂木の風景。五感全てで味わう、この上ない贅沢な時間だった。
その後、なおみさんも一緒にドライブイン茂木から程近い農家さんへ会いに歩いて向かう。代々農家を営む、生井信子さんと金田恵子さん親子と次の営業日に仕入れさせてもらえる野菜の相談をする寛さん。雨余花の副菜のメニューが週替わりなのは、そのときどきに農家さんから仕入れられるものに合わせて献立を考案しているため。農家さんのところを訪ねた際の世間話も献立のヒントに繋がっているという。
帰り道では、ドライブイン茂木「農の部」の皆さんが栽培している麦畑とお茶の木を見せてもらった。黄金色に輝いて風になびく麦が美しかった。規模は小さいながらも、自分たちが管理できる範囲を丁寧に手をかけていきたい。地域の人たちに習いながら自分たちも体験を重ねていきたい。土にふれながら暮らしていきたい。そんな願いも込められた「農の部」という活動なのだろう。
取材もひと段落し、寛さんは畑へ行って苗の植え替え作業を始めた。寛さんがお料理も、畑仕事も、農家さんとの日々も、目の前のことに集中して全力で取り組めるのは麻衣子さんの存在があるからだろう、きっと。風が心地よい、夏のはじまりの日の取材は、寛さんと麻衣子さんの休日を一緒に過ごさせてもらったようなとても楽しい一日だった。

当然ながら取材先の方々もそれぞれの事情があって、その可能な時間の中で私たち編集部はできる限りさまざまなお話を聞き、思いを巡らせる。私自身がより多くの気づきに出会えるように。

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少し話は逸れるが、最新号 issue65の表4(裏表紙)は雨余花を撮影してくださった、カメラマンの矢野津々美さんによるものである。矢野さんはドライブイン茂木の皆さんともお付き合いが深いということもあり、「矢野さんが好きな茂木の風景も載せたいです」と事前に相談をしていた。取材当日、朝陽が昇り始めた里山を撮影しているときに朝露が光る蜘蛛の巣が目に留まり撮ったという写真、その偶然の出会いが表4に採用された。ぜひこちらは本誌を手に取りご覧いただけたら。issue65の巻頭特集のテーマは「素敵と出会おう。楽しいを作ろう」。人によっては目に留まらないし、美しいと感じないかもしれないもの。それを引き出せるのがカメラマンさんによる素敵と出会う、なのかもしれない。
nice things.で撮影してくださっているカメラマンさんは、取材先でご自身も何かを感じ取っている方ばかりで、その視点やお考えから私も多くの学びをいただいている。

最後に、雨余花の風間寛さん、麻衣子さん、葦月の磯部なおみさん、カメラマンの矢野津々美さん、そして茂木町の皆さん、貴重なお時間を本当にありがとうございました。

nice things. 編集者
小野寺 華

写真:矢野 津々美

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