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僕がどのように歩んできたのか(大学時代)


こんにちは!花咲 徳太郎です🌷

大学の頃、僕の身の回りに色々なこと起きました。
良いことも悪いことも。

そちらをお話しする前に、前提として、
家庭環境のことをお話ししてきたいと思います。

父は、僕が物心つく前まで、世界的に有名な企業で、
システムエンジニアとして、働いておりました。

その当時、たまたま見つけた新聞記事を見つけ、
本人曰く雷に打たれたような感覚があり、
導かれるように当時日本でまだ誰もやったことがない事業を
起こすと決め、独立しました。

軌道に乗るまで、寝る間を惜しんで朝から晩まで没頭し、
ついには成功を収めたのです。
僕がちょうど小学校の頃でした。

そんな父を今でも心から尊敬しています。
またそれを嫌な顔一つせず、支えた母の凄さにも尊敬しかありません。

ただそんな好調の流れも長くは続きませんでした。
僕が大学に通う頃、父が起こしたビジネスは、
他社との価格競争の中で雲行きが怪しくなっていったのです。


  • 【大学時代】

僕の大学時代に戻しますが、その当時の頃を振り返ると、
恥ずかしいぐらい、どうしようもないやつでした。。笑

大学に通わせてくれる親にも感謝せず、バンドや合コンに明け暮れ、
授業に出席しない日々が続き、単位はいつもギリギリ。

環境に身を委ね、とにかく堕落する生活を送っていました。
なんとかなるだろう。。そんな感覚で目的もなく、
一日一日が過ぎるのをただやり過ごしていたのです。

3年生に差し掛かる時、父の事業がうまくいかなくなり、
ついに倒産してしまいました。

僕自身心のどこかで、事業をそのうち継ぐだろうしという
「甘え」があったことにそこで初めて気がつきました。

自分は何がしたいんだろう、自分には何ができるんだろう、
時間を無駄にしていたことに激しく後悔をしました。

とにかく今できること、したいことに集中しました。
「過去は変えられない、
 でも今この瞬間から方向性は変えることができる!」
心の底から僕が力になるんだ!そう決意しました。

とにかく大学を休学し、実家に戻りこれからどうやって生きていくかを
一緒に考えました。
真剣に物事に向き合うと、必ず何かヒントを与えてくれる気がします。

これも不思議なのですが、父は夢の中でワッフルという言葉を聞きました。当時ワッフルなんて食べたこともないし、少なからず日本で流行ってもいなかったので、最初言ってきた時、気にも止めなかったのですが、その言葉を聞くとなぜか心が踊るような気持ちを覚え、ワッフルのカフェをやろう!
と決断しました。

家族全員で作り方も、店の経営も、サービスの仕方やメニューまで
全くわからない中、ゼロからスタートしました。

試行錯誤を繰り返した上で、友達を呼んで食べてもらいましたが、
とてもじゃないけど店で出すレベルじゃない、やめた方がいい!
など散々な言われようだったのです。。

でも僕らは諦めませんでした。さらにブラッシュアップを重ね、
独自のワッフルにたどり着き、ついにオープンしました。

最初はそもそもワッフル自体がメジャーではなかったので、
お客さんが来なかったのですが、来てくれたお客さんには
とびっきりのサービスと愛を込めながら提供したところ、
徐々にリピートしていただけるようになりました。

そこから一気に口コミが広がり、
ついには数多くの芸能人の方まで来ていただき、
雑誌で紹介されるまでになったのです!

信じられませんでした。
明らかに自分の想像を遥かに超えた結果がそこにありました。


  • 【今回お伝えしたいこと】

人生生きていると、絶望に近い出来事が起きるかもしれません。

ただ一番大事なのは、その時自分がどう思うかで、
その後の景色が変わると僕は思っています。

また自分だけが良ければいいという考え方ではなく、
身近な人と幸せを共有することが、「本当の幸せ」
なんじゃないかなと思っています。

「人生」は「人と生きる」という意味だと僕は感じます。

何か一つでも伝わるものがあれば僕も幸せです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

全ての人に愛を持って、これからも伝えていきます。
よろしくお願いします。







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