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整理収納を通して相手の幸せを考える。同じように自分のことも大切にしていいのだと気づく。

家事代行(整理収納)の仕事をしていると、依頼者様の価値観に触れることによって自分の価値観を再認識する場面が何度も出てくる。

依頼者様それぞれ違った生き方をしてきていること、自分もまたその誰とも違う生き方をしていること。
そして、整理収納の観点からは明らかに「正解」と思える理論・方法であっても、当の依頼者様にとっては的外れなアドバイスでしかないことも多いということ。

私自身は物欲があまりなく、モノへの執着もほとんどない方だと思う。
(小学生の頃から持っている本や漫画もあるけれど、3段カラーボックスの1マスに収まる程度の量で、それらは今も時々読み返している)
私にとっては「必要なモノだけがすっきりと収まっている空間で過ごすこと」が自分の人生においての優先順位3位以内に入るくらい譲れないこと、と自覚している。
なので、整理収納の理論は勉強する前からほぼ身についていたように思う。
もっと言ってしまうと、「そのようなスッキリとした空間で過ごすことは全ての人にとっての快適・幸せである(はず)」と思っていた。

でも、整理収納の勉強をして初めて知ったことがあった。
「整理収納の正解は人それぞれ。理論を依頼者様に押し付けるようなことがあってはならない。大切なのは、”依頼者様がどんな暮らしを望んでいるか”を汲み取り、それを実現しようとすること」
このことが「単なる知識としての理解」を超えて腑に落ち始めたのは、実はつい最近のことである。



依頼者のAさんは、窓をほぼ塞いでしまうほど積み上げられた段ボールの山に囲まれて暮らしていた。
中身は主に服・キャラクターグッズ・CD・漫画など。
その部屋に入居する時点で入りきらなかったモノは貸倉庫に保管し、それでもはみ出してしまったものは泣く泣く処分したそうである。
それから約10年が経った今、貸倉庫はほぼ満杯で、部屋もさきの通りとなっている。

Aさん曰く、「自分には子供の頃から収集癖がある」とのこと。
持ち物の大半を占める服については「容姿コンプレックスがあり、可愛い服をたくさん持っていることで少しでも可愛い自分になれる気がする」という理由で、買うのをやめられないとのことだった。

Aさんにはうつの既往歴があり、現在は寛解しているものの薬の常用は続いている。
週に3~4日ほどの仕事は辛く、稼いだお金のほどんどは買い物に消えてしまうので貯金はほどんどないという。
ご本人は「部屋を片付けたい、貯金もしたい」と思っているが、自分ではどうしていいか分からない。
まずは大量にある服を減らしたい。その判断を一緒にしてほしい。
そんな内容の依頼だった。

整理収納の専門家でなくてもほとんどの方が、この状況に対する解決策として同じ回答をするのではと思う。
「モノを減らすこと、買うのをやめること」
当然ながら、Aさん自身もそれはよく分かっているのである。
それができないから助けを求めてきているのである。
では、私には何ができるのだろうか。
どんなアドバイス・アプローチをすれば今の状況を変えることができるのだろうか。
派遣の事務仕事の最中でも、お昼休みでも、お風呂やトイレ・布団の中でも、毎日考え続けた。

「お気に入りのモノだけを残す」
「使うモノだけを残す」
これらは整理収納の基本中の基本だけれど、現時点での持ち物の全てがAさんにとっては「お気に入りであり、使う(予定の)モノ」なのである。
今の部屋に入居する際にお気に入りのモノを捨てなければならなかったことが今でも「心の傷」になっていると言い、捨てることに対する恐怖心やトラウマに近いものも抱えているようだった。
この状態で整理収納の基本を実行しようとしたら、場合によってはメンタル面に悪影響を及ぼしてしまうかもしれない。
こちらからの(外部からの)指示や圧力ではなく、Aさん自身の内側から気づきを引き起こし、これまでの考え方や行動のパターンをほんの少し変えるようなアプローチができないだろうか。

しばらくの間、私は知識としての「整理収納の理論」に縛られて行き詰まっていた。
「依頼者様がどんな暮らしを望んでいるか”を汲み取り、それを実現しようとすること」
それをするためには、「持ち物全てがお気に入りであり大切なモノ」だという依頼者様の気持ちを尊重しなければならない。
それなら「持ち物を減らす」という選択肢は消えることになる。
では、どうしたらいいのか。
名案でないことは分かり切っていたけれど、「より広いところへ引っ越す」「貸倉庫を増やす」以外の方法はどう考えても浮かばなかった。
案の定、Aさんはどちらにも賛成せず、「モノを減らさなければ解決しないことは分かっている。でも、自分ひとりではその判断がどうしてもできないので見守ってほしい」と繰り返した。

判断を見守りアドバイスをすることは簡単である。
でも、今の状況を変えるまでには相当な時間がかかるだろうと思った。
その間にも、おそらくモノは増えていくだろう。
今回の片付けに一定の目途がつくまで買い物を控えてもらうことをお願いしたところで、「減らしている上に買い物もできない」という状況がAさんにとって大きなストレスを与えることは目に見えている。
そして、今回の片付けを終わらせること以上に大切なのは「片付いた状態をキープすること」。
そのためには、Aさんの意識・行動パターンを変えることがどうしても必要なのである。
ここでも「整理収納の基本(適正量を守る)」をアドバイスすることが王道だけれど、それができないという前提でのアプローチを考えなければならない。
どうすればいいんだろう・・・

「依頼者様がどんな暮らしを望んでいるか”を汲み取り、それを実現しようとすること」
このことを、何度も反芻してみる。

Aさんは、「可愛い自分になるため」に服を買い集め、「可愛い自分でいられる気がする」からこそ服を手放せないでいる。
その一方で、買い集めた服のほとんどは見えない状態で段ボールに詰められ積み上げられている。
Aさんが服を買い集め、持ち続けるのは「理想の自分になるため=幸せな気持ちでいるため」であるはずなのに、少なくとも今は「幸せな気持ち」とは程遠い生活をしているのではないか。
「服を買い集め、持ち続けること=自分の幸せ」だと思い込んでしまっているのではないか。
お気に入りの服を買うこともそれらを持っていることも、幸せを感じるための「手段」であり、「目的」ではないはず。

ここで私は「整理収納の基本を実行しようとすること」から離れた。

Aさんが「可愛い自分になれた(幸せな気持ちになれた)」と感じられる時間をたくさん作ってもらおう。
聞けば、大量の服は「友達と会う時やイベント・ライブなど特別な時に着るためのもの」だと考えていて、買ったきり一度も着ていないものがほどんどだとのこと。
そしてそのような「特別な時」は月に一度くらいしかない。
ならば、「特別な時」にこだわらずいつでも着て楽しんではどうか。
出かける用事がない日でも、部屋で「ひとりファッションショー」をしてみるのもよいのでは。
そうやって、「可愛い自分になるため」に買い集めた服を「可愛い自分になるため」にちゃんと使い、幸せな気持ちをちゃんと感じてみてほしい。

Aさんは、これらの提案を喜んで受け入れてくれた。
驚いたのは「実際に着てみることで、自分にとって本当にお気に入りの服かそうでない服かを判断できるかもしれない」という言葉がご本人から出てきたこと。
「当人の思い込みによって当人自身のことが見えなくなっているかもしれない」という思いから、第三者である私から見えていることを伝えるべきなのではと思い悩んだこともあったけれど、当人が自分の中にちゃんと答えを持っていて、それを見つけるタイミングが来るときが必ずあるのだと思った。

自分にとっての当たり前の正解が、目の前の人にとっては正解ではないかもしれない。
逆に、その人の正解は自分には受け入れがたいものであるときもたくさんある。
「価値観・幸せの定義は人それぞれ」だと理屈では分かっていても、自分の価値観が正しいと思いたかったり相手の価値観を否定したくなったりすることは、残念ながら今もある。
私の場合は、整理収納という仕事を通して半強制的に(笑)相手の価値観を全面的に肯定するというレッスンをさせてもらっているようなものだと思う。
相手の価値観・望み・幸せの定義を理解しようとする過程で、それらを大切にする方法を具体的に考える。
そうしているうちに、「そうか、自分の価値観や望みや幸せもこうして大切にしていいんだ」と気づくのである。

Aさんとのお付き合いはまだ始まったばかり。
今回のアプローチがどんな方向へ転がっていくのか、Aさんに起きる(かもしれない)変化を見守ってみたいと思っている。

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