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食欲の秋はつらいよ

人間の三大欲求、睡眠欲・性欲・食欲。
私はいずれの欲求も上手く満たせていない。
睡眠は年々浅くなっている。就寝後に一度はトイレに起きてしまう。
性欲は一人でどうにも出来ないし、最近では欲求そのものが起きない。
これはやはり、順調に老い衰え、死に向かって歩を進めているからだろう。

しかし、食欲はある。三大欲求のうち、私の中に唯一残された欲求だ。
日々確かな食欲が湧いてくる。
朝は空腹で起きるし、昼は遅めの時間に猛烈な食欲が湧く。そして満たされた直後に、次の食事は何を食べようか、と思い巡らせてしまう。
一見、とても健康的に見えるが、実はもう何年も摂食障害と言っていい状況だろう。医師の診断を受けたことはないが。
私の身に起きている摂食障害は、食べられないのではない。食べて吐いてしまうのだ。過食嘔吐という状態のようだ。
吐く前提で食事を食べるし、テイクアウトや外食は、特に吐きたい衝動が大きい。以前は自炊した食事を吐き出すことは無かったが、ここ2、3年は自分で作った食事をも吐き出してしまう。症状の現れる機会が増えている。悪化していると言える。

原因は何だろうかと考える。
私は体形に自信がない。中学生の頃からずっとぽっちゃりしている。短大時代に少し痩せたが、社会人になり一人暮らしを始めたころから、食べては吐くをしている記憶がある。残念なことに、現状は痩せていない。
吐いているのに痩せないし、しかしながら、拒食症状も起きていない。
だから病院に行っていない。それが、良くないことだというのは分かっている。
摂食障害とひとくくりに言っても、症状や状況は様々だろう。
拒食症になり、最悪の場合、命を落とす危険性もある。有名なところでは、カーペンターズのカレン・カーペンターは長年摂食障害を患っており、32歳という若さで心不全で亡くなった。
やはり摂食障害は、命を奪う重大な病気だ。
私の場合はどうだろう。
食べたものを吐くという摂食障害ではあるが、食に対する欲求は有り余るほどある。拒否する気持ちは生まれていない。
昔何かで読んだことがあるが、料理人が他の料理人が作った料理を勉強したいがために、食べては吐くを繰り返していたという人も居るらしい。
この場合、料理人は自分で欲求をコントロール出来ているから、摂食障害とは言わないのだろう。
私とカレン・カーペンターは決定的に違うが、この料理人とは少し近い感覚だと自認している。
私は太っている。食事をたくさん食べる。食べ過ぎて後悔して、吐き出す。
しかし、痩せない。という循環を繰り返しているだけなのではないか。
太った人がご飯をいっぱい食べる→食べ過ぎたから少し吐く。というのは、おかしいのだろうか。

もちろん、食材という大地や海の恵み、動物の命を粗末にしている点は、正絶対的に良くないことだと思っている。食事を吐き出した後の最大の後悔は、食欲をコントロール出来ていないことではなく、食材を正当に消費しなかったこと対して、自責の念がある。私が食べない代わりに、食事にありつくのが難しい人に渡ったらいいのにと思うこともあるが、どうにも出来ないのだ。

医学的なことは分からないが、私の場合、死に至る病ではなさそうだが、どうやって治癒するのかも分からない。屁理屈をこねて、太っているという事象が起こるループの一環だと考えてしまっていることも良くない。

食欲が湧くが、沸き立つ食欲の向こうに、便座に向かって吐き出している自分の背中が見えてくる。食材を無駄にし、自分を傷つけているけど、欲求を抑えられない。
欲求とは真に罪深い。その欲求に勝てない私はもっと罪が重い。


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