好きなバンドが売れていく
ギターボーカルのテツシは高音を出すとき、無理して喉を開くため声が少し掠れている。
ベースのヤッさんは、曲ごとに顔の向きを変える。盛り上がる系の曲では、右向きに。しっとり系ソングでは左向きに。
ドラマーのキッカーは、曲の初めに必ずスティックを両手に持ち、ペン回しを始める。ちなみに、今までそのスティック回しを失敗したことはない。
スリーピースバンド、鉄人のことを知っているのは私とここにいる数十人だけ。
クラスの友達も、バイトの先輩も知らないバンド。
メンバーと、この空間を共有している数十人だけが同じ話題で盛り上がれる。
例えば、三人が街中にいたとして、他の人たちは気にすることなくメンバーとすれ違っていたとしても、同じラインまで出て、こうして手を上げてリズムにノっている私たちはすぐに鉄人のメンバーだと分かることができる。
「みんなー! まだまだ盛り上がれる?」
テツシの言葉に、皆声をあげる。
「よし、じゃあ次は新曲披露したいと思いまーす! 記念すべき十二曲目です! ちなみに、この曲は撮影オッケーです! どんどんSNSに拡散してくれー!」
うぉー! と一斉に私たちは声を出す。
“走れ!”
その言葉を合図に、キッカーは頭を上下に振り、高速スティック回しを披露した後、リズムよくドラムを打つ。
ヤっさんはニヤリとした表情で顔を右に向ける。
初めて聴くリズムに新鮮さを感じながら、ポケットから取り出したスマホを動画モードに設定し、小刻みにリズムに合わせてノる。
「今日も、どこかで走れ~!」
無理やり出した高音で、声が枯れているテツシ。
目の前の小さなステージで奏でる音楽に、私たちは一つになる。
キャパ七十人のライブハウスに、集まったファンはざっと見ても二十人くらい。学校の一クラスにも満たないような人数で、このまま活動していくのは少し困難かもしれない。
「今日は本当にありがとう!」
テツシの言葉に、もう一時間経ったのかと悲しくなった。
「えー、次回のライブは今日と同じ時間からです! 日付は、ちょうど二週間後! 金曜日です! ぜひぜひ、皆さんのお友達も大歓迎ですので、また来てくれると嬉しいです!」
行くよ~! もちろん!
隣から、そして後ろから聞こえる声。
声の主の人たちは、何度も顔を見たことある人ばかりだ。
「イェーイ!」「ヒュー!」
ヤッさんとキッカーもそれぞれ声を出す。
「じゃあ、最後にみんなでアレをやりたいと思います!」
テツシがそう言うと、ヤッさんとキッカーは前に出てテツシを挟むように横に並んだ。
「じゃあ、今から俺たちが言うことに、皆は“オー!”と掛け声をお願いします!」
皆前に集まって! と、テツシが付け加えると、後ろにいた人が一斉に前に詰め込むため最前列にいた私は体が後ろから押されるような状態になってしまったが、これもこのライブの一つの楽しみである。
「じゃあ、行くぞー!」
オー!
「夢はメジャーデビュー!」
オー!
「夢は東京ドーム!」
オー!
「絶対叶えるぞー!」
オー!
十回目のコレ。
初めて参加したときは、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかった。
でも、目の前で声を上げて宣言している三人の明るい表情に全て持っていかれたんだ。
早くこのバンドの才能を沢山の人に知ってもらいたい、早く有名になってドームはもちろん、音楽番組に沢山出てほしい。アニメやドラマ、映画はもちろんだけどCMのタイアップも出来ますように。
小さなライブハウスから願うのには、大きすぎる夢かもしれないけど。
私は、いつかこのバンドが有名になって活躍する過程をちゃんと近くで見ていたい。
私は、鉄人を応援している。
____
バンド結成から半年の鉄人の新曲、『走れ!』が、動画投稿アプリPOPTOKでバズったのは、あのライブから一週間経った日のことだった。
あの時、ライブにいたファンの人がPOPTOKにて楽曲を使った日常系動画をアップしたところ、動画の反応よりも、使われている楽曲のクセが強い・リズムがいい、などと言った理由から曲がバズり、今ではほとんどの動画では『走れ!』が使用されているほど。
グループの公式SNSのフォロワーも、今まで十七人しかいなかったのにPOPTOKでバズってからはあっという間に千人を突破。
今まで、注目されていなかったファンのライブ投稿動画も沢山のいいねとリツートがつき、実際にその動画からグループのファンになったという人も多くなった。
ライブのチケットも、今まで余裕に取れていたのに、今回だけは高倍率で取れるか取れないかギリギリというところ。
まだデビューもしていない小さなバンドが、経った一週間でこんなにSNSを中心に大きくなり、嬉しい反面、少し嬉しくないという矛盾した気持ちでいる。
鉄人の夢に一歩近づいているのに、その一歩が大きすぎるからか、素直におめでとう! と言いたくない。
そして、十一回目のライブが始まる頃までには、『走れ!』がついにPOPTOKを超えて、音楽番組でも今話題の曲として紹介された。
そしてそんな話題の中、まだどこのレコード会社にも所属していない形だけのバンドに事務所からのスカウトが来るなんて誰もが想像できることであった。
『緊急ニュース! 明日のライブにて、超特大ニュースをお届けします! 皆さんお楽しみに!』
いつしかフォロワーが五桁を超えていた鉄人のSNSからつぶやかれた文面に、私は全てを察してしまったのだ。
絶対メジャーデビューだ。
このバンドは東京に行くんだ、と。
そして、次の日。
いつもはスカスカのライブハウスも今日は満席。
一番前をどうしても取りたくて、いつもより早い五時間前から会場前に待機していてよかったと心から思う。
隙間を作ることが困難なくらいの集客率に、古参で参加している人はどれだけいるのだろうと考える。
「どうも〜! 鉄人です!」
三人がステージに登場すると、大きな歓声が響く。
いつもの倍大きい歓声に、三人の表情も明るい。
音楽に合わせて両手を上にあげて振る。
たったこれだけの行為で、皆んなで一つになれる。
何度も聴いた曲。
CDというカタチに残っていなくても、歌詞もメロディーも、全部知っている。
ふと、横を見渡すと初めて来た人だろうか。
あまりライブ会場で見かけないポニーテール姿の女性の、リズムと手の動きが合っていない。
この人は何でライブに来た?
『走れ!』をきっかけにハマった人?
私に比べると新規のはずなのに、今は同じレーンにいるんだと思うと変に腹が立ってしまう。
あぁ、古参だの新規だのと思うことを辞めたい。
でも、やっぱりずっと前からライブに通っていた身としては、たった一曲流行っただけでライブに来るようなファンをファンだと認めたく無い。
だって、この人は知っているの?
テツシの家族構成。3歳離れた妹と、5歳離れた弟と、12歳離れた兄と、14歳離れた姉がいること。
ヤッさんは小学生の頃から書道を習っていて、字がとても綺麗なこと。
キッカーは、中学の頃バスケ部に所属して、全国大会進出し、エースと呼ばれていたこと。
言い出したらキリがないくらいのメンバーの情報も、この人は知っているの?
なんでグループ名が鉄人なのか。
なんで三人でバンドを組もうとしたのか。
なんで夢が大きいのか。
私は全部知っている。今まで欠かさずに来ていた鉄人のライブだもん。
ファンが一桁の時からずっと応援していたんだもん。
何度も目があったし、多分メンバーにも顔は覚えられていると思うんだもん。
なんなら、本人たちから直接ライブのチラシを貰ったことだってある。
「スリーピースバンド鉄人の、記念すべき第一回ライブ開催しまーす!」
駅前で、誰からもチラシを受け取ってもらえなかった三人。
風に流れて私の足元に落ちたチラシがやって来た。
「すみません! 今日これからライブするんですけど、よかったらどうですか?」
今日暇だから、可哀そうだから。
そんな善意で行ってみたライブで、私は心を奪われた。
オリジナル曲は五曲だけ。
あとはひたすら、メジャーなバンドの曲をカバーしたり、本人たちが好きな曲を演奏しているだけ。
正直、学校祭の有志バンドのような雰囲気があったが、それが良かったんだ。
そして、最後に始まったあのコールアンドレスポンス。
ここから始まる大きな夢への物語が、こんなにも半年でリーチへと進んでしまうのか。
「みんな盛り上がってる~? まだまだ盛り上がろうぜ~!! じゃあ次はこの曲!」
テツシの煽りから始まったイントロに、今まで静かだった歓声は一気に大きくなる。
鉄人のライブ史上、一番の歓声理由は『走れ!』のイントロが流れたからだ。
うおー!
後ろから聞こえる太い声。
この曲のために来ました! みたいな感じ。
横にいるポニーテールに人も、先ほどよりも楽しそうに体全体を使ってノッている。
やっぱり新規ばかり。
ちゃんとライブに来るなら『走れ!』以外の曲もちゃんとネットで調べて予習してきなよ。
楽しいはずのライブなのに、なんでこんなにモヤモヤしないいけないのだろう。
明るい曲なのに、未来に向けた盛り上がる曲なのに、耳から聞こえる音と胸の気持ちは重ならない。
ただただ寂しくて悲しくて、目から涙が出てきてしまった。
最前列の人が泣いていたら、変に思われるかも。
テツシに、何で泣いているの? って思われるかもしれない。
そっと、前を向いて歌っているテツシを確認すると、その目は最前列にいる私を捉えているのではなく、ただどこまでも続く長い後ろの列でも両手を上げてノッているファンの方を向いていた。
今日で鉄人を応援するの辞めよっかな。なんて、今まで絶対考えられなかったことを思いながらも、私はただ両手を上げてリズムにノることしか出来ない。
「ありがとうー!! すごいね、過去最高の盛り上がり!」
テツシがそう言うと、足元数秒だけ裏に行き、水の入ったペットボトルを取り出して、それを飲む。
ふぅ、と小さく息を吐く声が聞こえると、テツシは後ろを向いてヤッさんとキッカーに、なにやら目で合図を送っているようだった。
「えー、まず皆さんに大事なお知らせがあります」
始まった。
「実は、僕たち鉄人はレコード会社さんの方からお声がけを頂き、正式に今年の冬! 十二月にメジャーデビューすることになりました!」
『走れ!』のイントロが流れた時以上の盛り上がり。
おめでとうー!
おぉー!
鳴りやまない拍手と歓声の中、テツシの目と耳は段々赤くなってきた。
「まだ、正式な日程やデビュー曲などについてはこれから随時お知らせしますので、楽しみに待っていてください! そして、デビュー日までの活動は、今日のライブを持ちまして一回お休みさせてもらいます!」
えぇー! と聞こえるざわめきに、テツシは微笑む。
「でも、それまでの間に沢山自分たちの曲を研究したり勉強したり、デビューに向けてのものだから、安心してね」
テツシの大きなため息がマイクを通して、ライブハウス全体に響き渡る。
「今日、ここに初めて来てくれた方は多分沢山いると思うんですけど、いつもライブの最後でコールアンドレスポンスをしています! 今日は沢山の人が来てくれているから、今までで一番大きな声が聞けますね~!」
後ろからヤッさんとキッカーも前に出てくる。
今から言うこと全部に、おー! と言ってついてきて下さい! テツシはそう言うと、マイクを置いた。
このライブハウス、最後のコールアンドレスポンスが始まる。
「じゃあ、行くぞー!」
オー!
「夢はメジャーデビュー!」
オー!
「夢は東京ドーム!」
オー!
「絶対叶えるぞー!」
オー!
いつも以上の野太い声に、私の声は消されてしまいそうで、それでも負けないように私も声を張りあげる。
最後のコールアンドレスポンスが終わり、もうライブが終わりなのかと思い始めたとき、ヤッさんとキッカーはそれぞれ、自分の担当楽器のある位置に戻った。
「ちょっと順番が逆になっちゃうんですけど、次が活動お休み前の最後の曲になります」
おぉ!
キャー!
再び会場が盛り上がる。
「実は、今日このライブハウスには自分たちが、まだここまで有名になる前からよく足を運んでくれた方々が何人か来てくれています!」
テツシは、色んな方向へ目を向ける。
ふいに、私と目が合った。
「次の曲は、僕たち鉄人が一番最初に作った曲です!」
テツシがまた後ろのヤッさんと、キッカーに目で合図を送る。
ヤッさんは顔を右に向け、キッカーはスティック回し始める。
「それでは、聴いてください。60分」
恥ずかしいからあまり歌いたくない、という理由でライブで披露するのがレアになりつつある60分。
もっと盛り上がる曲をデビュー曲にすればよかった、と笑いながら言っていたあのライブが懐かしい。
『僕たちのバンドとしても目標は、やっぱりメジャーデビューなんですよ! そして、デビューしたらこのライブハウスより何倍も大きな会場でライブしたいなーって思っているんです』
『曲のタイトル考えるのは、このキッカーの役割なんだけど、毎回ちょっとタイトルがダサいのね』
『もしも、メジャーデビューするなら、デビュー曲のタイトルは何にしたい?』
『こっちで、60分ていうタイトルなら、デビュー曲は一時間とか?』
『『ダサ!』』
初めて聴いた時よりも成長した歌声、ヤッさんとキッカーの腕も上達している。
いつも最前列で見ていたこの活動を、もう簡単に最前列で見れないと思うと悲しい。
だけど、メンバーが前から来ていたファンとして私や他の人を覚えてくれていたのが嬉しかった。
最後のライブ、最後の曲。
やっぱりテツシは高音を出すとき、無理して喉を開くため声が少し掠れている。
だけど、そこが愛らしく愛おしいのだ。
『そうだねー、今は皆最前列で見えてると思うけど、いつかドームでライブするときは、もしかいたら最前列じゃなくなるかもしれないから、今のうちに目に焼き付けておいてね』
『ちょ、頭が高い』
『ハハハッ』
最後のドラムがリズムを叩き終えた後、私は今まで以上の大きな拍手を三人に送った。
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街が赤と緑の装飾をするようになった。
赤い服を着た白髭人形がお店の前に立っている。
白い息を吐きながら、私は駅前のレコード店に足を運ぶ。
人通りの多い交差点、今から一年前、三人がここら辺でチラシを配っていた。
その時の三人は今、駅前のレコード店の入り口にある大きな特大スペースの真ん中に貼られているポスターの中に映っている。
【話題のスリーピースバンド! ついにメジャーデビュー! メジャーファーストシングル「一時間」】
カラフルでポップな文字。
今日がリリース日だというのに、もう目の前のCDは一部品切れ状態にあった。
私は、財布の中から一枚の紙を取り出し、それをレジにいる店員に渡して告げる。
「すみません、鉄人の一時間お願いします」
少々お待ちください、と言われ数秒後。
店員から私の手元に渡ったのは、あのライブハウスの前で地面に座りながら微笑む三人だった。
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