見出し画像

つながり 


〈あらすじ〉
両親と妻を早くに亡くし、子供は独立して古民家みたいな実家に一人暮らしする孤独な警察官大田圭介。定年を迎え再雇用を署長から約束されるも、部下達に老害扱いされパワハラで監察課に告発された事で定年退職が決定。60歳から、やりたかった事を惜しみなくやる事にして、いつも通っていた居酒屋から意外にも繋がっていく第二の人生がスタート。


「全員、気をつけ!」

ここは、K警察署の屋上である。署員が、ほぼ全員が集まり、定年退職者恒例の行事である点呼だ。
「拳銃!」
と言えば、全員が拳銃を出し、右手に持ち右肘を直角にし、銃口を天に向ける。
「直れ!」
ホルスターに収める。
「手帳!」
警察手銃を出し開く。
本日は、署長の代わりに今年定年退職する大田圭介が、全員の前を歩きながら、手帳を確認してゆき、前の向かい側真ん中に立ち、
「直れ!」
と叫ぶ。
「番号!」と大田が再度叫ぶと、前方左側から
「1、2、3、4、、、、、、、、42」
副署長に刑事課長が、
「総員42名、異常ありません!」
と報告すると、副署長はも敬礼して、真ん中に立っている大田に、いつもはそこには署長がいるけど、本日は特別に定年退職する大田が署長の代理だ。それで、副署長が大田の前に気を付けをして、
「総員42名、異常ありません!」
と報告すると、大田が
「よし!解散!」
と叫び、恒例の儀式は終わり、全員から拍手が起こる。

パチパチパチパチ!

遠くで見ていた署長が歩いて来て大田に、
「お疲れ様でした。」
と言うと、副署長や警部の課長クラスが一人一人、
「お疲れ様でした。」
と次々と挨拶に来る。
すると、女性警察官が花束を持って来て大田に渡す。
「お疲れ様でしたぁ〜!」
拍手の嵐だった。大田は、
「どうも、どうも、ありがとう!」
とか返しの言葉が大変だ。全員が持ち場に帰る時に、署長がそっと近づいて来て、
「大田君、この度は本当に申し訳なかった。私も頑張ったんだが、力になれなくて本当に申し訳ない。」
と頭を下げた。大田は、
「いや〜、とんでも無いです。私自身の力不足ですから、頭上げてください。」
と、本当は思ってもないことを口にする。どうせ署長なんか警部補止まりでブラックな俺を再雇用に推薦なんかしてないと思う。そのくせ力になれず・・・とか。

実は1年前まで他の署で交通課の課長代理までやって、60歳の定年退職後も再雇用の予定でいた。しかし、部下に裏切られた。昔は、通用した暴言や体罰、あと言動など、パワハラやセクハラで注意を受ける様になった。昔から良くあったのが、飲みニケーション。要は仕事が終わったり、休暇の日に上司に呼び出されて、飲み会とかが通用した。っていうか、当たり前だった。それが突然、県警本部の監察課に呼び出しを食らった。大田は何のことか全く身に覚えが無く、ただの定年前の面接だろうとたかを括っていた。それが、なんと監察官から、
「大田さん、大田さんの部署の交通課の部下の方々からセクハラとパワハラの訴えがあります。身に覚えはありますか?」
と言われる。全く覚えがない。その旨を監察官に言うと、
「大田さん、A女性警察官にガタイが良いね。とか、肩を揉んだりしませんでしたか?あと、飲み会で横に座らせて、膝に手を置いたなどの訴えがあります。」
なんだそれ?
確かに大きな女性警察官だったので、ガタイが良いねぇ〜とは言ったことがある。
肩を揉んだりとかは、座っている人によくやるやつだったと思う。さすがに飲み会で膝に手を置いたことはないなぁ〜と思いながら、その旨を述べた。監察官は続けて
「部下の人間を暴言で使ったり、理不尽なことをさせたりしていませんか?」
基本、体育会系で今まで勤務して、自分も上司から同じことを言われたり、されたりしたことがあるけど、今の時代は通用しないんだ。これは勉強不足だった。下手すると呼び捨てもいけないらしい。確かに2〜3年前にそんな勉強会があった気もする。だが、実際現場では縦社会の組織だし、どのような態度をすれば良いかも分からずにいた。
でも、そんなことは他の署からも同じような訴えは無いし、何でおれだけなんだ?と考えてみる。監査官が持っていた調書がチラッと見えたが。俺が一番可愛がっていた部下で巡査部長の男に嵌められたのがすぐ分かった。その部下は、監察官から指摘のあったA女性警察官と付き合う付き合わないで相談にも乗っていた奴だ。しかも、その前には、他の女性警察官を妊娠させてしまい、その子は退官して堕胎した前歴がある。あいつにやられた。恐らく、再雇用をさせないように、A女性警察官に訴えさせたのだ。そのせいで、何回も県警本部には呼ばれるは絶対本件のことを他言しないという誓約書を書かされるはで、顛末書は書かないといけないは、大変だった。しかも、隣町のK署に転勤になり、警務課長として留置係で再雇用が無ければ、生涯最後の警察官人生が留置係ということになる。そういうことがあって、ブラック警官に再雇用はなく、K署の署長が転勤して来た時に、
「大田さん、今、警官が不足しているから、私がなんとか再雇用できるように手を回してとくから安心して!」
あれは何だったのか。俺は不採用だった時のことを何も考えて無かった。救われたのは、独身だったことぐらいか。ちょうど5年前に妻は家を出て行った。何があったかは良く覚えてないが、家にあんまり帰ってこない仕事だったし、単調な生活に我慢できなかったと言っていた。長男も大学まで入れて、なんか起業するとか勉強中らしい。長男が
「俺は別に関係ねぇし、勝手にしたらいいんじゃん。」
と言われ、妻は遠慮なく出て行った。住宅ローンも既に終わり、5年前から独りなので、リフォームもしていない。古民家みたいになっている。
最後の最後まで、署長にまで裏切られて、退官の日は、自家用車のプリウスで机の中の物を入れたダンボール箱と、女性警察官にいただいた花束を積んで、寂しく帰宅した。


パンッパンッパンッ!
5年前に離婚した頃に、開店した居酒屋が歩いて5〜6分のところにある。店名は、マリー。
居酒屋〝マリー〟だ。スナックみたいだけど、警察署にも良く来てた不動産屋社長で仲の良い大久保大造が元々居酒屋だった居抜きの物件に東京の方から来て開業し、看板を変えるのが面倒臭いからって、マリーをそのまま使用している。たまたまだが、開業したママの名前が西岡真理(にしおかまり)と、名前が同じであったこともあった。
「大田さ〜ん!定年お疲れ様!」
パチパチパチ!と大久保さんと西岡ママの娘さん、葵ちゃん、あと、葵ちゃんの彼氏の杉田忍など、店はカウンターだけで、10名も入れば満席になるところに、風船やバルーンの飾りなどをしてあれば、めちゃくちゃ派手に見える。そんなところに娘の葵ちゃんから花束と手作りのマリービール券をプレゼントされた。
「大田さん、おめでとう!そして、お疲れ様!」
俺は、頭を掻きながら
「ありがとうって言っていいのか?少し複雑なんだけど。」
大久保が情報をキャッチしたいたのか、
「圭さん、もう警察官じゃなくなるんだって。再雇用と思っていたから、心配も何もしてなかったけど、何をするつもりだい?」
それは俺が聞きたいよと言いたいところを我慢して、大久保にこの2年間くらいの話を話した。
「なるほどなぁ〜、ってか、誓約書書かされたって事は、もう違反してるじゃん。どんな堅い組織でも裏があるんだなぁ〜。でも、最近そんな時代だよ。うちの事務員の女の子だって、彼氏居るのか?って聞いただけで、社長セクハラです。って言うんだ。もう時代が圭ちゃん変わったんだよ。」
その嵌められた事件が無ければ、あと一年、いや少しづつ定年も65歳に延ばしていくっていうんだ。もしかしたら、あと5年、制服を着れたかもしれない。だが、欠点もある。再雇用されたら階級が一階級下がる仕組みになっている。今まで命令してた奴らから命令されるのも嫌だなと思うのと、給与も当然下がる。保障があるだけだ。何か、天下りじゃないけど警備会社の役員で迎えてもらうとか、元警察官が行くようなところは、大抵決まっている。公営ボートレース場、競馬場などの警備。同じ年齢で定年退職して、ボートレース場に就職して、65歳にはミイラ取りがミイラになった。ボートレースにすっかりハマってしまい、退職金をほとんど使い果たした先輩もいる。そう考えると、どうだろう。今は何も考えてないが、今のところ金に困っていることも無いし、退職金はそのままある。長男にいくらか分けてやろうと相談したが、今は自分で生計立てて自立しているし、今後何か困ったら相談するから、お父さん自由に使ったらと言う。言われたのが、実家を建て直せまでは言わないが、その古民家みたいな家をどうにかしてほしいと言われた。ちょうど、大久保もいるし、長男に家のことを言われた。」と言ったら、
「圭ちゃん、俺もそれ言おうと思ってた。圭ちゃんが仕事に出て、ただ寝てるだけの家だったので気にもしなかったけど、あそこまで古くなると、ちょっと周りの景観から少し浮いていると思ってた。よし、リフォームするか?!」
そうだなぁ。本当は建て替えた方が良いかもしれないけど、俺一人でしか住んで無いし、客という客も来ないし、リフォームでいいかな。外観をなんとかしたいな。あと、内装は、水回りとリビングを今風にしようかと思った。
「大久保さん、業者を紹介してください。今風にって言うけど、その今風が分からないので大久保さん、業者との打合せには来てくれる?」
と大久保に言うと、もちろんだと快諾してくれた。そうだよなぁ。今までは会社(署)に居ることが多かったのが、これからは絶対的に家に居る方が多くなる。
久しぶりにテレビのスイッチを入れてみる。砂の嵐しか写らない。あれ?っとチャンネルを変えてみてもダメだ。また、大久保に電話した。もちろんガラケーからだ。
「圭ちゃん、もしかすると、まだブラウン管?5年ぐらいじゃ、圭ちゃん、今、俺ゴルフの打ちっぱなしやってるから、あと10個ぐらい打ったら、そっち行くわ。どうせ、一回見に行かないと、リフォームをどうするかも決めなきゃだからね。」
大久保には助かる。不動産会社社長やってるし、俺より5歳年上の65歳だけど、すこぶる元気で、俺の理想の生活をしていると思う。
大久保を待っている間に、警友会って言って、警察退職者の会みたいなのがあって、そこで知り合った先輩にあたる〝国立善行(くにたちぜんこう)〟さんから着信があった。
「はい、大田です。」
と10コールしてから出ると
「国立です。大田さんですか。覚えていますか?善行です。」
と、多分皆んなからは善行さんと呼ばれているのだろうと察する。
「もちろんですよ、国立さん。どうかされましたか。お久しぶりです。」と答えると
「この度は、定年お疲れ様でした。色々あったとお聞きします。本当のお疲れさまでした。」
と何かを聞きつけて掛けて来たようなニュアンスの語りだった。
「いえ、そんなことは無いですが、再雇用されなかっただけですから、今、やっと落ち着いて、物事を考えるようになったところです。」
まぁ、このぐらいで流しておいた。
「ところで、大田さん。もうお仕事は何かお決まりになられたんですか?まさか何もしないで人生100年時代、あと40年もありますから、まぁ、しばらくはゆっくりされるとは思うのですが。何かあてがあるんですか?」
まぁ、人生100年時代、体も健康だし、まだ自分では若いと思っている。昨日、警察内では、ナメられ無いように白髪はそのままにして髪の毛の自毛も箔が付くということで、そのままだったが、白髪染めを買ってきて真っ黒に染めた。自分で言うのもなんだが、10歳は若く見えると思った。仕事のあて?そんなもの、今は全く考えてなかった。今は、家のリフォームをして、髪の毛を黒く染め、あとは私服を誰か女性の人に選んでもらいたいぐらいかな。今はそんなことしか考えてなかった。聞かれてそうだなぁ〜って少し考えた。
「退官したばかりで家のこととか、自分のことで精一杯でした。」
と本当のことを話した。国立は、
「まぁ、そうだろうね、退官したらやってないことが多すぎて、時間もかかる。大田くん、落ち着いたら連絡待っているよ。知ってると思うのだが、私は今、この地域の行政書士会の会長をしておる。これも知ってるかどうか分からないが、大田くんは高卒から警察官として勤めているから、高卒からなら15年以上、大卒からなら13年以上勤務していれば、手続きが必要だが、行政書士の免許が得られる。大田くんは該当者なんじゃよ。私が書類を作れば、晴れて行政書士になれる。今は仕事がたくさんあるから、少し勉強すれば、仕事になるぞ。家に大田行政書士事務所って看板も出せるぞ。まぁ、落ち着いて興味あるなら連絡して来たまえ。待っておるぞ。」
と言って電話は切れた。

行政書士?

署に勤務している時に車屋とか映画関係者、色んな人間が許可関係を申請に来てたなぁ。毎日来ている行政書士もいたわ。その行政書士と話もしたことある。警察署はもちろん、市役所、海上保安部、色んな行政に関する申請をしているって言ってたなぁ〜。あれを俺が・・・。しかも既に免許はある。これだ!!!
リフォーム前に話を聞いて良かった。パソコンを立ち上げた。うわっ、これもいつのパソコンだというような大型のデスクトップパソコンだ。だがちゃんと起動し、思い通り動く。会社のとは違ってサクサクは動かないが、ぼちぼちは動く。マイクロソフト、エクスプローラーが起動するが、バージョンアップしてますと待たされる。そして、再起動しろと言われるまま再起動して、再びエクスプローラーを立ち上げ、〝警察官、行政書士〟と検索をかけてみる。
インターネットと固定電話だけはちゃんと繋いでいた。

ピンポーン、ピンポーン!

と玄関のチャイムが鳴る。大久保が来たようだ。玄関からリビングまでの動線は綺麗に掃除しておいた。大久保が
「古いと思ったけど、ここまで古いとは思わなかったなぁ〜。ん??何してんの、パソコンとか立ち上げて。」
大久保にさっきの電話の流れを話して、本当かどうか調べていると言った。
「あ〜、そうかぁ。圭ちゃん、俺の知り合いも警察官を途中でやめて行政書士の看板出して仕事しているお客さんいるなぁ。」
その話を耳を立てて聞きながら、検索していくと「あった!」本当だ。行政書士の免許が既に付与されている。
「大久保さん、これ見て。行政書士になれるわ。やったぞー!」
大田は、どこに就職するより、開業に憧れていた。これなら出来そうな気がする。何もしないよりましだと思った。すると、大久保も
「圭ちゃん、だったらお客さんも来ることだし、リフォームを少し事務所仕様にしないとな。うちも実は不動産屋じゃ無い、建築関係者と繋がってて、車庫証明とか、色々うちからの仕事もしてもらうと助かるわ。決まりだな。俺も手伝うから、開業の方向で動こうよ。」
決まった。国立にも連絡しよう。そして、開業しよう。ってか、いきなり行政書士なんて。〝先生〟か。悪く無いな。その日から大久保と二人でリフォームの青写真を描き、業者を呼んで打ち合わせをして工事が始まった。瓦屋根も見えなくしたり、今風に入り口も立派になった。テレビも70型ぐらいの大画面にしたり、内装はリビングと隣の部屋をぶち抜いて広くして、事務机とか入れた。奥の方には所長室も作った。玄関あたりの床は大理石を使ったりした。この際、贅沢な仕様にしようと思った。そのぐらいじゃ退職金は無くならない。大久保が看板をプレゼントしてくれると言う。今、流行のステンレスの鏡面文字を壁から少し離し間接照明で字が浮いているように見える仕様だ。
〝大田行政書士事務所〟
間接照明で文字がかっこ良く浮いている。めちゃくちゃ仕事出来そうな事務所って感じだけど、免許すらまだもらっていないという。国立さんには既に申請はした。地域の行政書士協会というが、立派なものでちゃんと講習もあって、行政書士の免状の授与式もあるらしい。授与式の案内ハガキも届いた。リフォームも完成に近づいて来た。

居酒屋マリーで小さな祝賀会をした。と言っても、大久保社長と居酒屋マリーのママの真理、その娘、葵ちゃん。葵ちゃんの彼氏と聞いている杉田、といつものメンバーだ。真理が驚いて言う。
「大田さん、今まで何年もここに来てるけど、今が一番良い顔している。しかも、白髪を黒に染めたら10歳若く見える。多分大田さんは今年度は運が良いのよ。あやかりたいわぁ。まだわかんないけど、再雇用なんかしなくて良かったんじゃない。今が一番若々しくて、どっかの社長さんみたい。」
そう、そう言えば、大久保が連れて来た多分キャバクラ嬢の女性だったと思ったが、三人でデパートに服を買いに行った。やっぱり、俺と大久保は似たような服を選んでしまうが、それを見て、ダサいとか、じじいとか言う。
「やっぱ、ダンディにこれよ。」
と次から次へと取って俺の胸に合わせていく。
「オジさん、元々かっこいい顔してるんだから、少々派手でも大丈夫だよ。」と選ばれた服を着てみる。全然似合わないこともない。自分の着たいものと、着合わせしてみたりした。ギャルのキャバ嬢は
「あらっ、それでいいんじゃない。と言うことは、これとこれも合わせるし、パンツはこれ!」
俺の時代は、ズボンのことをパンツと言わなかったし、下着をインナーとか、上着をアウターとか言わなかった。靴も買った。今まで官給品の靴しか履いてなかったので何か気持ち悪かったけど、何日か履いたら慣れて履き心地も良くなった。アウターやジャケットも着用するようになった。驚いたのが、俺らはジーパンと言ってた、ギャルたちはデニムと言っていたが、高校生以来着てなかったのに、今着たら着心地良いし、少しダメージがあったりと、ちょい悪親父って言って流行っているらしい、だいぶイメージが変わるって真理やその娘、葵からも
「凄ーい!」
って言われた。まだ先は全然見えないけど、こんなに自由に好きなことができると言うことがすごく素晴らしく、楽しいことが分かった。大久保も
「圭ちゃん、いいなぁ〜。みるみるダンディになっていく。」
と自分のことを棚に上げて言う。
「大久保さんも自営業だから、自由じゃないですか?他にも趣味があるの知ってるんだから。」
そんな話をマリーでしてたら、バリバリバリバリ!と大きな音がして、しばらくしたら杉田がハーレーダビットソンのバイクで現れる。真理が
「あらっ、今日は早かったのね。」
杉田は皮のグローブとジャケットを脱ぎながら、
「来週からイベントが続くから、今週は昔でいう半ドンで。」
杉田はイベント会社の役員かなんかやっていて、有名アーティストのライブとかコンサートを担当している。居酒屋マリーより先にマリーの横にあるシャッター付きの車庫を大久保から借りていて、住まいはこの近くとだけ聞いている。大久保が
「今、半ドンって無いって言うよな。」
横から大田が
「警察ではありましたよ。まだ。」
葵が杉田に
「来週から大変ね。帯同なんでしょう。誰担当になったの?」
前からここに来て、杉田に業界用語を教えてもらっていたりするので、だいたい話は通じる。杉田が
「来週から、俺は秋山ちはるで、客の年齢層が高く、凄く楽なんだ。葵、生ビール俺にもジョッキでちょうだい。」
と言いながら、大久保の隣の隣に座る。生ビールが来たので、杉田はジョッキを少し上に上げて
「お疲れ様で〜す!」
と言って一気にグビグビ飲んだ。プハーッ!
「ところで、大田さん、その代わりようと自宅を事務所にして行政書士の先生になったんですって!ここ何ヶ月ですごい勢いですねぇ〜!このまま、選挙でも出て国政行って、総理大臣も夢じゃ無いですよー!」
大久保、真理、大田本人も大笑いする。考えてみると、できない事でもないから良くその発想ができたと思う。大田が言う。
「考えても見なかった発想、勉強なるわー!今の総理や、政治が嫌いになったら立候補するかぁ!そんときは杉田くん、選挙プランナーやってくれよ。」杉田は腕を組んで、
「やれると思います!真剣に。」
全員が笑うと、大久保が
「圭ちゃん、60歳からが面白いんだよ。どうだい今の感想は?」
大久保の言う通りかも知れない。好きな事が自由にできない。単調な毎日。これを35年間バカみたいに続けて来た。女房には逃げられ、気が付いたら定年を迎えていた。何の趣味もなく、留置場の係の時は一緒に鉄格子の中、パトカーでは不審車両や不審者を見つけてキョロキョロ見る。お陰で今でも、変なやつを見るとアイツ何かするな?とか、もう関係ないのに後を追ってみたりする。色んな課も回った。刑事も一回やった。刑事は2年で辞めさせてもらった。ほとんどが、ドラマとは違って書類作りだった。心の中では、
「もういいよ、こいつ見逃してやろうよー!」
って思った。何故かと言うと、書類作るのがもう嫌だったから、何でもかんでも書類。2年後に交通課に戻してもらった。制服の方が全然良い。交番勤務なんか最高だよ。階級で給与が違うだけで、配置できついところと楽なところの差が激しすぎる。
「なんか、警官だった35年って何だったんだろうと思うね。リフォームを決めた日にね、大久保さんに言われて、ガラケーをスマホに変えたんだよ。そしたらね、2〜3日は使い方に苦労したけど、Siriとかのお陰で少し使えるようになった。これ、楽しすぎ。世界が変わるね。これも警察辞めなきゃ扱えないしね。警察署内は携帯禁止なんだよ。だからスマホどうですか?とか、携帯屋さんに以前言われた時は変えなかった。でも、大久保さんに言われて先生になるんだからスマホじゃなきゃって。変えて良かったよ。」
と、皆んなに少し大きな目のスマホを見せた。
「お〜っ。」
と声が出た。
「まだ全然使い方が分かんないけど、Siriが何でもやってくれるし、検索もすぐできる。迷子にもならない。」
杉田は家の色んな家電製品とリンクしていて遠隔で操作出来るそうだ。
「遠隔でも操作できないのは、葵ぐらいですよ。」
と葵意外の全員が笑う。


「それでは、おめでとうございます。今後ともよろしくお願いします。どうぞ。」
ここは、K地区の地域行政書士協会事務所。行政書士の免状と許可証、行政書士証など、3〜4種類の許可証が渡される。役所で見せる証明書とか、事務所に掲示しておくものとかだ。
「協会のホームページとか、経産省のホームページとか行政書士の地域案内とかに掲載されていますので、お客様から直接電話相談もあると思いますので、ちゃんと相談に載ってあげてくださいね。」
協会の事務所の職員が全員立って拍手をしてくれた。俺は照れくさそうに体質するしかなかった。晴れて行政書士になれた。士業の仲間入りをした。士業には、弁護士、司法書士、税理士、行政書士、弁理士、最近では宅建士も加わったそうだ。早速、事務所に帰り、免状を飾らないとと思ったら、大久保が業者と待っていた。そうだ外の看板だ。ハシゴで手が届かないところに真っ白のボードに
「大田行政書士事務所」
と綺麗に文字が切ってあって、その字が間接照明で光る仕組みになっている。上場企業みたいだ。ありがとう大久保様。夕方で少し暗くなってきたから、めっちゃかっこいい。
「圭ちゃん、それと第一号の仕事を頼んでいい?俺、車買い替えたから車庫証明取ってくれる?」
と大久保の車の車庫証明が第一号になった。
その夜も居酒屋マリーで打ち上げだ。大田の事を皆んな先生って言い始めた。大久保、
「なんてったって、葵ちゃんより先に士業になり、先生って呼ばれ、仕事の第一号が、俺の車の車庫証明を取る仕事。あっ、そう言えば車庫の大きさ先月大きくしたから計り直さなきゃ。ハーレーダビットソン様が窮屈だってんで、奥を広くして屋根を付けたんだ。杉田くんのハーレーより古いが、ハーレーは古い方が愛着があっていいんだ。あれ、そう言えば先生はバイクの免許はあんの?」
居酒屋マリーのママの娘、葵は東京の六大学の法学部をそ津行、一度司法試験の予備試験を受けるも失敗。現在、某大学のロースクール、要は大学院を修学中である。司法試験を受ける資格がまだ取れていないところである。ロースクールに通いながらも、年に1〜2回ある、予備試験に合格すれば、司法試験の受験資格を得る事ができる。この予備試験が本試験より難しく、予備試験を合格したものは、本試験は軽々合格すると言われている。但し、予備試験を合格してから5年以内に本試験を受けないと、受験資格を失うらしい。その難試験を挑戦中の葵は、最初はマリーの2階の居住部分に母親と住んで自室の部屋も奥にあって、そこで勉強をしていたが、予備試験をなめていたのか不合格になってから、母親の援助もあり大久保に行ってワンルームの部屋を見つけてもらって、歩いて2〜3分のところで勉強に励んでいる。杉田もその勉強部屋は出入り禁止となっている。葵も行政書士と言えど、士業なんで大田に
「ずるーい!先に士業になるなんて先生。」
と羨ましそうにしている。葵ちゃんが言うように、自分も国立から連絡なかったら、試験を受けなくても資格が付与されるとは知らなかったので、まさにずるいのである。
定年退職で最速に有資格の職業にありつくとは。あとは仕事を集めて、それをこなすだけだけど、まぁ、ここまで最速で来たので、あとは自分のペースで、口コミとかで来た客を扱うことにした。その方が失敗しないと思うし、そのことに集中できるんでいいかも知れない。頭の中でそんなこと考えていると、大久保が
「ねぇ、だから、先生はバイクの免許持ってるのって?」
あっ、ぼ〜っとしてたけど、先生って自分のことだと思いながら、
「学生のときに当時の中型二輪を教習所で取って、若い時、好きだったカワサキのFX400を乗っていた。知ってる?FX400。」
当時は中型免許までしか教習所でやってなくて、大型二輪を取るやつもいたけど、免許試験場に平均10回は通わなければ取れない程、難関な実技試験だった。大久保がハーレーに乗っていると言うことは、当時に何回もチャレンjいして取ったか、最近、大型二輪が教習所で扱っているから最近取ったか、どちらかだ。
「バカやろー!圭ちゃん、いや、先生。古いバイクや古い車は俺、大好きで明日でも来たら分かるよ。FX400なんて、今、200万円ぐらいするよ。旧車バイクも良いけど、所有してるだけで満足なんだよ。だけど、せっかく大型二輪を持っているんだったら、いつかはハーレーダビットソンだろ。リッターバイクって分かるか、1リッターって1,000ccだろ。だから、リッターバイクって1,000cc以上のバイクのことを言うんだよ。中型バイクのは無い加速や安定性が何とも言えないんだよ先生。」
警察官になったころ、交通課に配備され、同僚が大型を皆んな取得して、白バイに乗ってたなぁ。俺も取っておけば良かった。仕事だから何回も受けなくて追っていたと思った。自衛官になった先輩なんか、隊内で試験があって、20歳でまだ大型免許とか取れないのに取って帰ってきた覚えがある。あ〜、俺も警察官になった時に募集があったから、白バイも経験しとけば良かったなぁ。
「ねぇ、先生。」
とママの真理が言う。
「どうしたのママ。」
ママは私の前のカウンター越しに来て、
「これ、お店からお祝いで。」
と私の好きな芋焼酎をボトルじゃなくて一升瓶でドンとカウンターに置く。一応リボンがしてあった。
「うわぁ〜、ありがとう。早速、白マジックで縦に大田行政書士事務所と書く。ママ書いてよ。」
白マジック持ってきて、カシャカシャ手で振りながらママが達筆で書いてくれた。
「早速ママ、これロックでお願いします。大久保さんは?」
大久保はちょうどビールを一本飲み終わったところだったので、
「もちろん私も先生と同じ、ロックでお願いします。あっ、ママもこの際だから飲もう。」
ママもちょうどお客さんが引いたところだったので、
「それじゃあ、私も飲んじゃおうかなぁ〜。私もロックで。スリーロックね。」
一升瓶をよいしょ!と抱えて、ロックグラスに丸い大きな氷を入れて3杯作る。皆んなに配ったところで
「では、とりあえず未来に乾杯!」
とママが大きな声で言って乾杯した。とても気持ち良い夜だ。自分は運命、運だけでここまで来た。後輩に裏切られて、再雇用されていたらこんなことになってないし。今頃K警察署やその前の後輩がいる署でも噂になっているだろう。今のところガッツポーズだ。

翌日、大久保の新しい車の車庫証明を取るために大久保の自宅に伺った。事務所と自宅が一緒になっていて、表から見ると不動産屋だと分かる。物件の案内が掲示されていて、その上に看板、その案内版は内側から更新できるように工夫されていた。案内板の横は入り口になっていて、正面はパーテーションで区切られ、右も同じように区切られていて、左側だけ、上りかまちになっていて、その左に靴入れ(下駄箱と昔は言った)が、スリッパと交換するようになっていた。入り口正面には小さな台が腰の高さにあって、用事がある時は受話器を取って〝1〟を押してください。と書いてある。入る前に大久保宅を一周回って見た。正面通り沿いは、今のようになっていて、ちょうど店が角になるように正面右隣に車が一台通るほどの5m道路がある。その道路に入って行くと左側、大久保宅に後方に当たるところにシャッターがあった。なるほど、5m道路に直角にあるのでは無く、斜めに入るように道路に平行にシャッターがある。縦列駐車みたいにして入庫する形だ。大久保が先日、奥を広くしたというのは合点がいく。その道路に対して平行にいくらでも自分の土地内に広げることが出来るからだ。5m道路を進んでいくと、自宅建物の倍くらいの大きさ(広さ)があり、土地の終わりあたりに小さい車も通らない道があった。ちょうど大久保の家の真後ろになるいこの道を歩いて大きい道路に出ると、そこは信号機のある大通りとなっていた。なので、大久保の事務所件自宅は、丸一画が大通り沿いの角にあることになる。商店街jも近いし、羨ましい限りだ。家の周りを樹立で囲んでいるので中までは見えないが、庭もありそうだ。大通りに出て左に折れて、信号機の角から恐らく大久保の土地だ。ぐるっと一周した形になる。再び大久保の事務所の入り口にたどり着いたら、事務所の入り口で居酒屋マリーのママ、西岡真理と会った。
「あら〜、大田先生、いらしたんですね。大久保社長は?」
と真理が尋ねるので
「いや〜、車庫証明の下見に来たんですが、その前に家の回りの道巾も書かなきゃいけないので、探偵みたいに偵察をしてたんですよ。」
「探偵にしては大っぴらね。」
と言われた。
「えっ、ところでママは大久保社長のところに用事ですか?」
3人とも5分以内のところに住んでいるので、会うのも珍しくはないけど、大久保んとこに来ると言ったら店のことしかないだろうと推理した。
「はい、2年ずつ更新なんで、ちょうどこの時期なんです。更新月だけ普通は1ヶ月多く家賃を更新料として取るんですが、大久保社長、前回も更新料なんか要らない。楽しく飲ましてもらってるしって取らないんですよ。それで、今回もこうして更新しようと伺っているんですが、今回は取っていただこうと思って。」
「〜、大久保の物件だろうから色々と税金とかも大変なのに、大久保らしいっちゃらしいわな。」
「大久保社長らしいですね。でも、甘えても良いと思いますよ。彼、儲かってるから・・。」
って言って、右手で人差し指と親指で丸を作ってお金のマークをした。
「ママ、とりあえず行こう。待ってると思うし。」
と2人顔を合わし、
そうねっ!
と言いながら事務所のドアを開けた。
静かだったが、正面に
「御用の方は受話器を上げて〝1〟を押して受付を呼び出してください。」
と書いてあるので、その通り〝1〟を押したら、呼び出し音がして、女性従業員が出て大田と申しますと伝えたら、
「しばらくお待ちください。」
と受話器が切れたので元に戻した。
しばらくすると、左側のドアが開いて、
「いらっしゃいませ、おまちしておりました。あれ?こちらの方は?」
となったので、さっき言えば良かったと考えながら、ママが
「あっ、居酒屋マリーの西岡を申します。社長に更新の件でお話をと思いまして。」
と言うと、私が
「あっ、一緒でいいですよ。社長ともども友達ですから。」
と言ったら、女性従業員は困って顔をして、しばらくお待ちいただけますか?と中へ引っ込んで、2〜3分で帰ってきた。
「あっ、社長がご一緒で大丈夫とのことですので、どうぞ、お入りください。」と言って、2人分のスリッパを出された。一番奥に社長室があるらしく、その案内される道すがら、男性従業員一人、女性従業員案内している人を入れると4人も居る。結構、大所帯だ。
トントンッ! 
と社長室と書いてあるドアをノックする。
「どうぞ。」
と社長が返事して、女性は扉を開けて、真ん中にドーンと鎮座している高級そうな皮のソファーに案内され、コの字になっているソファーの3〜4人は並んで座れるところに2人並んで座った。とても大きなソファだ。よく見るとこの社長室、俺の事務所に似ていると思った。ただ、こんな大きなソファは入らないので小さくなっているけど、社長の執務席の前に大きなソファ、その奥の壁にjは大型テレビ、ただ違うのが、執務席の前のソファーの右側に大きな窓とドアがあって、そっから外に車庫にある車が見える。いつもはカーテンを閉めて見えないようにしてるらしいが、今日は大田が来ると言うことで開けておいたそうだ。
そこに見えるのは、ピカピカの1960年式ぐらいのスカイラインの白。俗に言う〝ハコスカ〟だ。その横には、これまた、入手困難の旧車バイク、カワサキのZ750RS、これも俗に言う〝ZII〟だ。車もバイクも旧車界で言えば最高級車。外回り一周したから分かるけど、この車、入れるのも大変だし、出すのも大変だと思う。大久保が
「よくいらっしゃいました。えっ、2人でデートでもしてたの?」
と笑いながら言うと、大田も真理も手を顔の前で横にヒラヒラさせて、いやいや、という仕草をした。大田が、
「社長んとこ下見に来たら、あまりに大きいんで驚いた。そして、この窓から見て、あのシャッターから、この車やバイクたちを入れるの大変だったでしょう。」
と、だいたいの作りを想像で言ってみた。
「先生、やっぱ凄いな。刑事もやってたから想像で内装も分かる。うーん、でも少し違うかな。最初はこのハコスカとバイクだけ外から入るようにしてたけど、こんな車やバイクを普段乗りしてると、いつ盗まれるか分かんない。それで普段乗りする車をハコスカの後ろに停めていたんだけど、見てきたと思うけど、外の道路が狭くて、最初はシャッターを道に直角に作っていたんだけど、よく考えたら家の奥の方も空いてるんでコンクリート敷いて、道と平行にシャッターの位置を変えたんだ。そしたら、ハコスカ側は足元までのサッシにして、外から見えないようにロールスクリーン付けて、奥に道に平行に2台入れるいことができるようにした。そこで普段乗りのベンツが古くなったので、新しい奴に乗り替えだ。車好きだから、奥と手前、道に平行に2台、ハコスカは取ろうと思えば今、展示あいてあるとこで取れるから、夏頃に車検取って、たまには乗らないと。あっ、今、奥にはハーレーダビットソンがいるよ。今、古いベンツは下取りに出して、代車なんか要らねぇ〜ってんで、ハーレーに今乗ってる。今、一番気持ちよく乗れる季節さ。」
だいたい社長の話で今まで車好きなのに車庫が狭かったと言うのも分かり、少しずつ拡張して来たのも分かる。そう言えば、うちもプリウス1台、シャッターの中に入れっぱなしで、あれ、もう車検も切れてるかもしれない。社長は続ける。
「図面も先生、業者が書いた奴あるんで、これ使えば楽だよ。あと、横の道5m。前の三車線の道、15mだったと思ったよ。そこは歩いて歩数で調べれば大丈夫さ。これも作っといたから、署に出すだけにしといた。」
え〜っ、署から出ているカーボン付きの申請書(3枚組)と、土地使用許可証、地図、配置図、印鑑に印鑑証明、新車の新規車検証まで付いている。
俺は何もすることないじゃないか?ファイルに全部入っていて、おまけに印紙代および手数料として、1万5千円も入っている。いやいやいや、ここまで揃えてあれば、自分で署に持っていって、3日後、陸運事務所に持って行って車検を受けられるんじゃないか。社長は更に
「先生、知ってると思うけど、俺はB自動車でしか車は買わない。今回は、全部揃ってるだろ、それ、見本にしてB自動車も忙しいから是非、車庫証明、あと陸運事務所の新規に限らず、名義変更とかもやってほしいって言ってたよ。先生やる?」
ん〜っと俺が考えてると、あっ、真理ちゃんはなんだっけ?ゴメン。先生とばっか話してて。
「いや〜、2人の話を聞いてても勉強になるし、趣味も入っているし、いいな〜って思ってました。今日は、いつもの更新について話に来た次第です。」
と真理が切り出すと、大久保はビックリしたように
「えっ、真理ちゃん、まさか辞めるとか?」
また真理は手の掌をフリフリして、
「まさか。皆さんに贔屓にしてもらって、楽しくやらせて頂いておりますので継続をと思いまして。ちゃんと更新料をお支払いしたいと。」
と真理がそこまで言うと大久保が
「あっ、その件ですがね、契約書を作り替えたので。」
ガサガサと机の引き出しやら、ファイルやらを探し始め、事務員を呼ぶ、女性事務員が来たので、
「この前、誰かに居酒屋マリーの賃貸借契約書を作り替えてと言ったけど、誰だっけ?」
と言うと事務員が
「あっ、私です。すぐ準備します。しばらくお待ちください。」
と持ち場へ帰りカタカタとパソコンを動かし、何やらプリントし、製本した契約書を二部作成して持って来た。社長がそれを受け取り、
「ママ、これに署名・押印してくれれば更新終わりだ。今、書いてもいいし一旦持ち帰ってこっちに持ってきてもらってもいいよ。こっちは今、印鑑押すから。」
と言って、2部に各々、大久保の会社の座印と実印を押して、製本テープに割印する。めちゃくちゃ手際が良い。めっちゃ慣れた感じだ。すると真理も、
「今、書いて判子も押しますが更新料は?」
と再度聞く。
すると大久保が、契約書をめくって、更新については2年ごとの自動更新で、更新料は特に払う必要はないと説明する。真理が
「えっ、いいんですがぁ〜?だって、給湯器が壊れた時とか、カウンターを全部貼り替えてもらったり色々してもらってますl。」
大田が
「ママ、大久保社長が、良いと言ってるんだから甘えたらいいよ。俺たちの憩いの場だし、カウンターが1日で大理石貼りになったてた時にはびっくりしたけど、明るくなって良かったしマリーは人生に無くてはならない場所だ。俺たちからすると、ずーっと続けて欲しい場所だから甘えていいんだと思うよ。なぁ社長。」
大久保は照れくさそうに
「先生の言う通りだよ。マリーが無いと行くとこなくなっちゃよ。これからも宜しくお願いします。」
真理は少し顔が赤くなり、
「なんか2人に告白されたみたいな気持ちjになっちゃった。もちろん、今、楽しいから続けていきます。それじゃあ、お言葉に甘えて更新させていただきます。」
と言うと、二部の契約書に署名・押印した。さて、車庫証明の方も終わったし、大田は
「車庫証明の方、ありがとうございます。」
では、私も甘えさせていただいます。それはそうと少しハコスカ見せてもらっていいですか?」
と大久保社長に言うと、あっ、そうかそうかと言い、真理は
「私は、店の仕込みがありますので、これで失礼いたします。本当にありがとうございました。」
と言って、事務員に一部の契約書を会社の封筒に入れてそれにあったビニール袋まで用意して渡した。大久保が
「今日も先生と行くからねぇ〜。」
と言葉を投げると
「今日は、九州の田舎からマグロの赤身の美味しいところと、鳥の刺身が入っていますから楽しみにしといてください。」
大田はそれを聞いて、唾を飲み込み
「うわ〜、ビールに合いそう!大久保社長ともう少しお腹を空かしてから行きますね。」
と言うと、会釈をして出て行った。大久保は既に隣のハコスカのところへ行っていた。慌てて後を追う。なんか、懐かしい匂いもする。オイルの匂いなのか、ハコスカのシートの匂いなのか、若い時に嗅いだ匂いで間違いない。大久保がハコスカの運転席のドアを開ける。
「先生、覚えてるかいハコスカ。運転席に座ってみて。タイムマシンみたいになるから。」
と言われ、促され吸い込まれるようにハコスカの運転席に座った。座り心地、メータパネル、助手席の感じ、ハンドルの握り心地何もかもが18〜20歳にタイムスリップする。あの当時、ロックンロールが流行っていて、原色のスカートやポニーテールの大きなリボン、助手席にナンパしたロックンロールの姿をした女の子が可愛かった。その後、松田聖子、中森明菜世代になって、聖子ちゃんカットにした子や、中森明菜みたいなアイシャドウを濃い目に塗った不良っぽい女の子とか乗せた。自分もリーゼントにしたり、オールバックにしたりしてポマードを塗って、いちいちクセでセットしたりして、警察官になったばかりの頃もそんな遊びしてて怒られた。うわっ、一瞬だけど、一時間ぐらい昔を思い出した。
「社長、凄かった、タイムマシン。ポニーテールの子や聖子ちゃんカットの子が助手席に現れたよ。懐かしいなぁ〜。」
大久保は首を縦に何回も振って、俺の話を懐かしそうに聞いていた。続けて社長は、これは先生は知ってるのかなとバイクにかかったシートをはずし、バイクが表れる。Z750RSだ。さっき後半部分見えてたけど、俺は警察官だったし、特に大型免許を持ってないグループだったので、ZIIと言われてもマンガの主人公が乗ってたらしいけど、どちらかと言えば、乗っていたFX400とかだったら分かる。大型免許をあの時取得するタイミングがあったのに取らなかった。なんとZIIも600万円ぐらいするらしい。ちなみにハコスカっは確実にこんな綺麗だと2千万円近いだろう。社長は、こんなものは、乗るもんじゃ無い、持っとくもんだと言うように月日が経つうちに値段も上がってゆく。最後に見せられたのが、普段乗りのハーレーダビットソンだ。1,200cc。当然俺には乗れない。
「やっぱ先生、バイクはリッターバイクだよ。乗ったものしか分からないパワー・加速。だって、軽自動車が660ccでしょ。倍だよ倍。軽自動車もあんなに走るのに。」
と内側から、さっき外側から道路に平行にあるシャッターを開ける。大久保がハーレーのエンジンを掛ける。大久保のハーレーは余計なものは付いてないタイプで、車体からエンジンが飛び出してて、エンジンが走っているかのようだ。マフラーの排気音も大きい。
バタバタバタ、フルルルーン!
エンジンが温まってくるとエンジン音や排気音もカッコよく聞こえる。そこでふいに、大久保はヘルメットを被り、おれもあと一つあるヘルメットを投げて渡した。
「えっ!」
と思ったら、大久保が排気音に負けない声で、
「先生、後ろに乗りな。タンデムで少し流してこよう。」
と言って大久保が後ろのステップを出して指を刺す。掴まるところは、タンデムバーがあった。5mの道路に出ると左折右折で大通りへ。ここは一方通行なんだろう。先の信号が青になった途端に出発して加速する。タンデムバーが横と後ろにあるから踏ん張れた。ものすごい加速だ。Gがすごい。400ccでは味わえない加速。大久保の切り回しも上手い。あんまりびっくりして覚えてないがあっと言う間に首都高速に乗り、あっと言う間に有明のフェリー埠頭に着いた。近所を走っている感覚で。大久保が
「ここは、俺が所有する倉庫だ。」
と指さすが、めちゃくちゃでかい。入り口に警備員が居て、敬礼をした。このバイクがここのオーナーのだと知ってるらしい。バイクが停まった。
「先生、ここは俺の私有地だ。このハーレー乗ってみなよ。こけたっていいから。」
えっ、まぁ、道路でもないし、大久保の所有する私有地なら免許は要らない。
「さぁ、先生。」
俺はハーレーに跨って、クラッチを握り、ギアをローにして、スタートさせた。切り回しも思ったより軽い。だんだん加速してみたりした。いやいや、これは凄い加速だ。病みつきになるわ。何分かぐるぐる回り、大久保のところに帰る。エンジンを一回止める。
「社長、病みつきになりますねこれ。中型バイクとは違う。なんかスーパーカーに乗ってるみたいにパワフルで、しかも切り回し思ったより小回り効くし、普段乗りにしたくなりますね。素晴らしい。」
と俺は目を丸くして言うと
「だろ!先生も今のうちに大型取りに行った方がいいよ。すぐ道交法とか変わるし、俺なんか、17歳の時に11回かけてやっと取った。今じゃ、教習所で中型免許持ってるから1週間ぐらいで取れちゃうよ。先生もハーレーで、一緒にツーリングとかよく無い?」
確かにそうだ。昔は何回行っても合格しなかった大型免許。今は教習所で何時間か乗れば取得できる。仕事が忙しくなる前にと、退職金がまだある時に好きなことをすると決めたので、ハーレーに乗るのもいいなぁと思う。。大久保なんか、俺よりずっと年上なのに、あんなに軽やかに乗っている。よし!明日でも教習所に問い合わせてみよう。言わずもがな、帰りもあっと言う間に大久保の事務所に着いて、一旦解散し、午後6時に居酒屋マリーに集合になった。

一時間半も時間がある。シャワーを浴びてさっぱりする。冷蔵庫から缶ビールの350mlを一気に飲む。今日のビールはめちゃくちゃ美味い。あまり使い方が分からないスマホを一応チェックする。チェックと言っても、今は何をどう触っていいのか分からないまま、検索エンジンは分かるので、大型バイク、教習所、東京と検索してみる。
うわーっ、たくさん出てきた。ほとんどが合宿免許だ。合宿免許だと中型二輪を所持していたら最短5日だそうだ。毎日2時間ずつ乗って13時間だそうだ。近くの教習所に電話してみた。
アットホームな感じで好きな日に空いていたら1日2時間仕事終わってからとか、休みの日に乗って、とにかく13時間乗ればいいですよ。ただ、毎日乗れるかは運次第なんですよ。キャンセルで空いたりしますから、上手くいくと1週間で取れます。
 なんかこの歳になってから合宿免許っていうのもなぁ〜って考えて、明日でもその近くの教習所に行ってみようと思った。
そのあと、ハーレーダビットソンで検索をかけた。めちゃくちゃ新車から中古車まで、またスポーツ仕様だったり、キャリーボックスが付いてたり、収納ボックスが付いてたり、カウルが付いてたり、タンデム用に色々仕様がある。型式もXLだとかMXだとか服のサイズか?って言うぐらい色々ある。これも大久保に聞いてからオススメとかあるだろうから。あっ、そう言えばママの娘の彼氏、杉田くんもハーレーをマリーの車庫に入れていたなぁ〜。ってか、とんとん拍子すぎるかなぁ?
でもあとでやっとけば良かったと後悔するより思い切った方が良いと考えた。好きなことをやると決めたんだ。
あとは仕事を集めて一生懸命やればいい。今までの35年間を取り戻さねば。どう考えればいいのか?定年したから、今、こんなことができるのか、それとも、若い時に単調な仕事で何回も辞めようと思った時に、辞めて何か他の仕事を起業した方が良かったのか?過ぎたことだけど後悔だけはしたくないので、今は定年愛色で再雇用されなかったから、こんなことができているんだと自分で言い聞かせている。
その中でこの大型バイク免許。そして大型バイクの購入。生まれて初めて趣味というものに出会えた気がする。何かの運命のように。少し大袈裟かな。


居酒屋マリーに出かける時も警察時代は、いつも同じようなジャンパーみたいなものや。ポロシャツとかで行っていたが、退官して、行政書士の看板をあげた途端に先生と言われるようになったし、遊ぶ相手が大久保を含む町の有権者などに変わって来たので、ちゃんとジャケットを着て行くようになった。
しかも、マリーを出て、たまには行こうよとか言われ、六本木や銀座とかにも行く機会が増えた。バイクに乗ったその日は、大久保がものすごく機嫌が良く、終始バイクと車の話だった。
そして、俺が大型免許を取ることにしたと宣言したら、ハーレーは俺が探してやるよと言ったり、今度一緒に見に行こうとか、俺的には、ちゃんと大型免許を手にしてから、ゆっくりと店を回ってペットを見つけるように探すつもりだ。
それにしても大久保の奴、新車のベンツと言い、有明の倉庫といい、まだ俺には言ってないことがたくさんありそうだ。あいつ一体、どのぐらい金持ってるんだろう。そこにも興味が出てきた。
だって、ハコスカ、ZII持ってるだけでいいって。考えてみるとハコスカとか、先輩が10万円で買わないか?と当時言われたほどの車だ。あの時10万円で買って、ずーっと車庫に入れてたら1千万円ぐらい儲けたってことだ。
当時はそんなの分かるわけはない。
俺は時計にも興味がなかったから俺には自慢しないけど、腕時計もコレクターだ。なんか聞いた話では仮想通貨では何年も前に遊び買って放置した仮想通貨が100倍近い値が付いたと大騒ぎしたことがあって、それが税務署にバレて半分税金持ってかれたと言っていた。でも半分儲かったんだろうって当時言ったら、それが腕時計に変わったと言って見せびらかせていた。そして今、その腕時計で税務署に持ってかれた分を取り戻したとか。運の良い奴だ。そうそう、運のいい奴と言えば、マリーのママに聞いたが、ほとんど毎日来る大久保から、損をした話を聞いたことが無いと言っていた。凄い奴がいたもんだ。と言うことで今日も大久保は上機嫌。一升瓶のキープボトルも仲間4〜5人で飲むので、すぐ飲んでしまう。今日は大久保がまぁまぁブランドの芋焼酎の一升瓶をキープしてもらった。もちろんロックだ。あの丸氷で飲むと氷があんまり溶けないから焼酎の方がガンガン減っていく。酔いも早い。大久保が
「今日は先生が、大型バイクの免許を取って、我々ハーレーダビットソンの仲間入りを宣言してくれたので、皆さんには悪いが、先生とちょっとだけ銀座に行ってきます。」
と少し酔って、軍隊みたいに敬礼する。
タクシーに乗って、中央区銀座の並木通りに入って、通称ポルシェビルの前で降りる。係の店のポーターが社長(大久保)を見付けて飛んできた。
「な〜んだ。今日はお前んちは行くつもりなかったけど、今日は俺の親友を奈美ママに紹介に来たんだ。」
と言った途端に着物の30歳ぐらいの綺麗な人が、
「いらっしゃいませ。社長」
と呼びかける。
「ごめん。今日は急に来ちゃったんだ。奈美ママ居て良かった。」
奈美はお客様接客中ポーターからのインカムで大久保社長が奈美んとこに来たと言っていると聞いて飛んできた。
そのくらい、大久保は銀座では太客だ。大久保は奈美に気づき、
「おう、奈美ママ。久しぶりだな!今日は親友を連れて来た。無礼のないようにな。この前まで警察官だった方だ。大田さん。俺は圭ちゃんって呼んでいるけどな。」
タクシーが降りるのを待っているので、俺がSUICAで支払いする。奈美が
「ひとまず、社長、お店行きましょう。」
とほろ酔いの大久保に語りかけると、
「圭ちゃん!」
と確認する。
「社長、俺、いるから大丈夫だよ。あれ?もう酔ってるんですか?」
とわざと煽ってやる。
「圭ちゃん、まだまだだよ。奈美はさぁ、もう長い仲なんだ。圭ちゃんもせっかくだから気に入った子、ちゃんと見付けてね。」
席に着いたらすぐ言われた。それにしても美人揃いだ。
隣の席にはテレビと良くみる俳優さんが女の子に囲まれて、時々大笑いになったりしてシャンパンを飲んでたりする。俳優さんって儲かるんだろうな。と今思った。
大久保が俺のことを大袈裟に紹介するものだから、まぁ、しなくても左右前方と女の子に囲まれて一挙手一投足を注目している。
とりあえず、教えてもらった銀座の礼儀がまず、なんでも飲みなさい!だ。女の子に水を飲ましているわけにもいかないので、女の子用のレディスグラスで好きなのを飲ませる。ちなみに小さなグラスで少ししか入ってないのに1杯2千円は覚悟しておかなければならない。ちなみに座っただけで平均5万円取られている。今日は大久保のおごりだと言ってたので、俺もこの際、変わった酒を飲みたいなぁと思った時に、大久保が
「今日は、色々な圭ちゃんの祝いだから、奈美、1本抜いてくれ!足りなかったら2本でもいい。」
右脇の女の子にやったー!とか言ってるので、どう言うこと?って聞いたら、銀座にあまり来てないことがバレたが、一時の恥でいいと思って色々聞いた。
「大田さん、銀座初めてなんですね。抜くって、変な意味ではなくて、シャンパンを入れるってことなんです。ほら、コルクを抜くでしょ。ポンッて。あれです。この人数なら1本でシャンパングラス1杯ぐらいしか回らないんで、2本ってことです。銀座には色々しきたりみたいのがあるから、私も入店したては困りました。」
こんなとこ一生来ないだろうなぁ〜と思って、良くテレビとかドラマに高級な銀座のクラブとか出てるけど人ごとのように考えていた。それがなんと、定年して半年程度で先生になるわ、開業するわ、大型バイクに乗ろうとしているわ、銀座の高級クラブで酒飲んでいるわ。自分でも自然とそうなった。割に気に入っている。こんな美人たちと話するには、もっと飲まなきゃ無理だと言いながら、芋焼酎ロックをチビチビと飲んで、シャンパン2杯で元気が出てきた。
なんか楽しくて仕方なくなった。女の子たちと元警察官の時の失敗談とか、親父ギャグとかが出てきた。すると大久保が
「なんだ、なんだ、圭ちゃん、調子いいな。いつもと違う圭ちゃんが出てる。いつもは実直で冗談も言わないクセにどうしたの?」
と大久保が横から行ってきたので、
「社長、せっかく銀座に来たんです。恥を捨てて帰ろうかと思いまして。」
とまた軍隊みたいな敬礼をした。
「圭ちゃん、それより、良い子見付けたの?タイプってどんな子がタイプなの?」
と大久保は誰かとくっつけようとしている。
「タイプですか?難しいですねぇ〜。強いて言えば、太ってなくて、胸が大きい子で背が高い子ですかね。」
回りがザワザワ騒ぎ出す。大久保が
「そんなモデルみたいな子、3人に1人ぐらいしかいないわ。あっ、3人に1人ってことは、まぁまぁいるんだ。」
と大久保が言うと、
大田シフトになったように胸の大きい子と背の高い子に囲まれた。更に大久保が
「銀座は永久指名制って言って、この店で指名した子は、その子が他の店に行っても着いていかないとだぞ!なんで、良く考えて選んだほうがいいよ!」って言うのか既に周りには、甲乙付け難い美女揃いになった。
右横の子が代わっていて、ボブカットの良く似合う芸能人並みの子が、積極的に
「大田さん、私じゃだめですか?」
めちゃくちゃ肌が綺麗で、いつもは着物だけど、今日はドレスだそうだ。身長165cm、胸は谷間が凄い。ドストライク。大田が慌てて、
「ダメなわけないじゃ無いですか?俺に選択権があるなら、あなたですね。お名前は?」
「わぁ〜嬉しい。アヤって言います。糸辺の難しいのが本名ですけど、カタカナでアヤ。よろしくお願いします。あっ、胸はこんな感じですが大丈夫ですかぁ〜?」
とイタズラに胸寄せして大田の右腕にボヨ〜ンってしてみせる。
「アヤちゃん、優勝!合格です。」それ見て皆んな笑う。胸攻撃は効いた。大久保が
「圭ちゃん、半年前ならアヤちゃんはワイセツなんとか罪で逮捕だなぁ〜!」
皆んな大笑いする。アヤがすぐ、
「えっ、大田さん警察官だったんですか?」
大久保がすぐ、
「そうだよ!半年前ならやばかったよ。でも今は先生なんだよね。行政書士の先生。」
代弁してくれてありがとうと思いながら、アヤが
「じゃー、大田さんじゃなくて先生って呼んでいい?あっ、先生って呼んだら振り向く人沢山居るから大田先生かな?んー?下の名前は?」
とアヤがゴソゴソとバックの中から何やら出そうとして
「圭介だけど。」
アヤはスマホを出した。
「じゃあ、圭先生だ!決定。圭先生ね。」と言葉が止まり待っている感じ。で?
「あれ?スマホは?ライン交換しようよ。」
とアヤが言うので、それが銀座風の挨拶の仕方かと、俺もスマホを出すが
「アヤちゃん、スマホ持ってるけど、ほとんど使ってない。ほら。」と言ってスマホをアヤに渡す。
「えっ、何これ?アプリ何も入ってないっていうか、設定すらしてないから、今やってあげる。いい?」
とアヤがスマホをイジっていいか承諾を求めた。使い易くなるならと快諾して、色々設定してもらった。お店のWi-Fiでアプリをバリバリダウンロード。ラインからSNSまで、圭先生で設定している模様。
ラインも電話帳とリンクしたので、アヤが、
「話したくない人とか、繋がりたくない人が出て来たらブロックっていうのがあるから。」
って言うか、スマホに変えた時にそんな奴はとっくに電話張から削除したので大丈夫。その旨をアヤに言う。
「じゃあ大丈夫だ。多分、明日あたり、ラインやってる人から承認され、あれ、元気ですか?とか言ってくるよ。」
とか、他にもアヤに色々スマホについて教えてもらった。何か分からなかったら、アヤが私にラインしてって、親切だ。この子と町を歩くと皆んな振り向くだろうなと思う。
他にもこの店には美人が沢山居る。こんなところにいつも来ている大久保が羨ましい。俺も、ぼちぼちやってたら死ぬまでには一発当たるだろう。
よし頑張ろうと思った日だった。何か目標がないと頑張れないよね。アヤのところにも単体で来れるように頑張ろうと思った。


翌日、アヤの言った通り、スマホは大渋滞していた。
まず、息子から
「オヤジ、ラインできるんだ。そっか今まで会社で必要なかったからね。スマホ。オヤジとラインで繋がるなんて、なんか一緒に息子と酒を飲んだくらい嬉しいな。どう、定年後の生活は?」
とか、似たようなラインが山ほど来てた。
「お久しぶりです。まぁぼちぼちやってます。」
みたいな文章をコピぺで送信して、また返信来ての繰り返しなので、俺で返信しないで終わてるのがほとんどだ。付き合ってたら、ずーっと続きそうで。
今日は昨日決めてた、近所の教習所にい行って話を聞いてみようとトレーニングウェアに運動靴で斜め掛けのバックに財布とかスマホとか入れて、歩いて行った。受付案内に行って
「すいません!大型自動二輪の免許を取りたいんですけど!」
と言うと、あっ、入学ってことですね。右奥に1番窓口ですとだけ言うと、下を向いてしまった。なんだこの対応は。言われるまま1番窓口に行くと、
「あっ、入学ですね。現在所持している免許は何をお持ちですか?良かったら免許証お見せください。」
と言われたのでバックから財布、財布から免許証を出した。
「あっ、現在、普通二輪なので12時間乗って、13時間目が卒業試験となります。入学式が水曜日です。その後、1日に2時まで乗れますので、パソコン及びスマホで、当教習所の予約表がありますので、こちらから予約できます。夜もやってます。19時から20時までの1時間で最後となっております。教習者(お客様)は、バイクに乗れる服装をして来てください。長袖、長ズボン、運動靴、雨の日も実施いたしますので、一応、教習所にもカッパはありますが、自分のカッパを持参された方が、着て帰ってそのまま脱いで乾かせますからね。あと必ず自分のヘルメット、グローブは用意してください。」
ここまで説明は大丈夫ですか?と聞かれ、
「はいっ!」
と答えると続けて、
「料金の説明をしますね。入学時に14万5千円を全額支払っていただきます。入学されますと、6ヶ月以内に卒業できないとリセットされ、無効になってしまいます。それから検定保険がございます。卒業検定で、一発で合格される方は、更に言うと必ず合格する自信のある方は勿体無いから必要ないと言う方もおられますが、卒業検定をもし落ちてしまうと、次の卒業検定代として5千円がかかります。それを何回でも受けられる保険みたいなのがあります。入学時に2万円払っていただくと何回卒業検定に落ちようが無料となります。これは良くある例ですが、卒検前に少し自信が無いからと言って、2万円の保険を払うと言うのはできません。入学時に限り有効ですので、良く考えて加入するかしないか決めてください。ここまでお分かりになられたら、この申請用紙を書いてください。言っておきますが、日にちを後回しするにつれて、予約が沢山はいりますので、今、このスケジュール予約表を見て予約して、入学された方が自分がいつ頃卒業できるかも分かると言うわけです。私の説明は以上ですが、分からないことはありますか?」
と、分かり易く立板に水のようにスラスラと説明され、俺はもう入学申請して行こうと決めていた。
たまたま今日は火曜だったので、明日からのスケジュールを見たら、4日連続で乗れることが分かる。事務員が言う。
「大田さん、ラッキーですよ。明日入学式終わって1時間、夕方に1時間空いてて、次の日からは3日続けて2時間連続乗れて、その後も何となく時間は離れてますけど、予約しとけばもしかするとキャンセル出たら続けて乗れる場合もありますからね。あとは大田さん次第、大田さん60歳って書いてあるけど全然見えないし、例の卒検保険も要らないのではないですか?バイクは、中型ずっと乗られてたのでしょう?」
いやいやいや、一発で卒検受かる自信は今のところ無いから、その保険は入ると思う。あと、予約表見たら、ほんとに連続で今なら乗れる。事務員に大田が聞く。
「皆んな平均どのくらいで取っています?」
事務員はパソコンをパチパチといじり、
「うん、やっぱ最短タイミングが良くて6日目に卒検が最短です。でもこれを可能にするには仕事をしている人には無理ですね。時間空いたら連絡くれ、要はキャンセルでたら連絡してと言う方がいらっしゃいますが、すぐ来る人もいますが、仕事で来られない方もいますので、集中している人なら取れると思います。大田さん、今、ラッキーです。バイクの免許はコロナ感染中は大人気だったのですが、今収束してきたでの空いて来ました。」
それを聞いて予約表をじっくり見ると、本当運が良ければ、6〜7日。キャンセル出なくても10日で取れるスケジュールになる。コロナ中は1ヶ月かかった人とかいるらしい。
俺は入学用紙を全部書いて埋め、現金14万5千円の基本というところに丸をして、卒検の保険は、一発で受かると言う目標と言うことで見送った。免許証のコピーを取られ、デジカメで検定証用の写真も撮られた。手続きを全て済ませ、事務員が、
「それでは明日午前9時が入学式です。予約も今、とりあえず卒業検定の日まで取りましたが、キャンセルで早まることもありますので、とりあえず今のスケジュールでは10日後の卒業となります。あと、明日は大田さんの他に2人新入生もいらっしゃいますので仲良く教習されるようお願いします。本日は以上です。明日、忘れ物とかございませんよう、家に帰ったら、お渡ししたパンフレットや案内を、もう一度お読みになってください。何か分からないことがございましたら、いつでも、こちらの方へご連絡ください。」
と言って、バイク屋の本や、教習所の案内、バイクの広告なども一緒に手提げ袋にして渡された。明日なので、これは急を要する。ヘルメットやグローブ、出来ればバイクに乗る時の靴とか、ウインドウブレーカー的なアウターも必要だ。
バイク専門店は、近くと言っても車で5〜6分のところ、いや、歩いてだと坂道なので、30分はかかるだろう。それより、大久保にこのことを言ったらバイク屋に一緒に行ってくれるかもしれないとまず大久保に電話して事業を話した。
「えっ、圭ちゃん、何でもやることが早いなぁ〜。圭ちゃんってそんな性格だって知らなかったわぁ〜。今、どこよ、こっち来れる?俺はあと15分ぐらいしたら手が空くから、こっち来なよ。一緒にバイク用品店行こう。」
とやっぱり頼りのある大久保様は予想通りの展開になってきた。
今すぐ行って仕事の邪魔をする訳にはいかないから、自販機でブラックコーヒーを買って、バス停の椅子でパンフレットを見る。
大型バイクに関するバイク屋さんのパンフや広告、保険屋の広告、色々あった。何もかも見てて楽しいし、ワクワクする。こんなにワクワクするのは、高校入学のときか、警察学校に入学するとき以来かもしれない。大型バイクもそんなに高くない。新車でも100万円少し、中古なら100万円以内でいくらでもある感じだった。ネットで見付けても、そんな驚くような値段ではない。
時計を見たら、15分は軽く過ぎていた。慌てて大久保不動産に向かう。大久保が道路にハーレー出してエンジン掛けて待っていた。
「おっ、きたきた。今ちょうどバイク出して暖気運転始めたところだよ。どうだった。」
大久保に明日入学式だと言うこと、10日以内には取るという自信があること、あと卒検の保険をパスしたことなど話し、今日買うものを言い並べた。ヘルメット、グローブ、あと雨ガッパ、靴だ。ウェアも良いのあったら買おうかと思うと大久保に話したら、
「圭ちゃん、夢中になって何か忘れてないか?」
えっ、何?まさかバイクを買う?
「圭ちゃん、まずメシ食おうよ。腹が減っては・・って言うじゃないか?はい、これ被って後ろ乗って。」
そう言えば、今日何も食べて無いわ。
夢中になるとメシを忘れることは今までもあったが、これも久し振りだった。大久保のハーレーがいつもの加速で走る。バイクショップの方だ。ん?でも手前の鰻屋の駐車場に入った。
「圭ちゃん、やっぱ疲れてるときは鰻でも食わねぇ〜とな。」
鰻は大好きだが、自分で進んで食べに行ったことが無かった。ここに鰻屋があったのは知ってたが、いつも並んでいて、並んでまで鰻を食う気にはなれなかった。今日は昼も少し後半に来ていたので、並んではなかったため、すぐ席に案内された。
店員が、水の入ったグラスとおしぼりを持って来たら、大久保がすぐ
「松を2つ。」
と注文する。メニューを見なくても、松・竹・梅とコースがあるのが分かる。
「圭ちゃん、いよいよだな。本当今のうちに大型は取っておいたほうがいいよ。年取ってからも乗るし、すぐ道交法変わって、取るの難しくなるから。でもラッキーだなぁ。ほとんど毎日2時間乗れるとはなぁ〜。その間、圭ちゃんの気に入ったバイク見付けなきゃな。言っとくけど、国産もいいけど、やっぱハーレーに最後はなるよ。無駄使いしないで、最初からハーレー買っといた方がいいよ。」
鰻の松が2つ来た。鰻重になってて、箸を入れ食べて行くと下にも鰻が引いてあった。二重になっていた。ほくほくでめっちゃ美味い。何年ぶりだろう。こんな美味しい鰻を食べたの。それも大久保に言った。
「やっぱあれだなぁ。圭ちゃんは組織の中に規則規則で縛られてたから、ある意味、世間知らずのところあるよね。」
確かに大久保の言う通りだ。大久保やマリーの人たちが居なかったら、どうなってたんだろうと思うとぞーっとする。今は好きな事を好きなようにやれて、自由って素晴らしいと思った。あっ、思い出したけど、家の固定電話の留守電が点滅していた。帰ったら聞いてみよう。
鰻を食べてお茶を飲んでると、大久保がおもむろにヘルメットを出して、
「圭ちゃん、このヘルメットな、実はこんな機能が付いてるんだ。」とヘルメットを俺に渡し、
「内側の耳に当たるところを見て、それとフルフェイスだから、顎の前の部分。」
あっ、耳のところにはスピーカー、顎のところにはマイクロフォンが付いている。
「うわっ、初めて見た。これ何?」
と大久保に聞くと詳しく教えてくれた。
Bluetoothで繋がっていて、音楽を聞いたり、スマホで電話もできる。更にヘルメット同志6人まで電話で話すみたいに20mぐらいまでなら話せるということなど聞いた。
 とりあえず、バイク用品ショップに行こうと言って立ち上がった。俺はすかさず会計を取った。いつも大久保ばかりで申し訳ないからだ。銀座のクラブよりは、こっちの方が安い。そのような事を言うと、じゃあ、圭ちゃんありがとうと素直に受け入れてくれた。税金のこともあるので、大田行政書士事務所と領収書には書いてもらう癖を付けた。名刺も作った。肩書きも所長兼行政書士と書いてある。名刺を渡した人は、その時点から先生と言う。
 さぁ、バイク用品ショップに着いた。うわーっ、なんだこれは?
バイク本体意外は、全部売っている感じだ。コーナーが色々あって、ヘルメットならヘルメットが、Zヘルからフルフェイスのヘルメット。その両方、どちらでもと言うのもある。さっき大久保が言ったまたスマホに繋がる機器が内臓されているやつとか、そうでない普通のやつは、隙間をうまく使って固定できる機器も出ている。
あとヘルメットは少しピッタリより、レーサーじゃないので大きめが脱着がスムースという。色々被ってみた。大久保とか、杉田とか、バイク乗りに言わせれば、寒い季節の方がバイクは楽しいという。乗ってないから寒いというイメージがあるが、少しも寒くないらしい。バイクの電源やモバイルバッテリーで、グローブも電熱線が入っているのとか、ウェアの下に着るベストにも電熱ヒータのものもあるらしい。着るのが面倒臭いけどそれさえ面倒ではなければ、オールシーズンいける。大久保は、ヘルメットはやっぱ2つあるらしい。まぁタンデム(2人乗り)用でもあるが、フルフェイスとZヘル。Zヘルはさっと被れるし、シールドを下げれば砂や石が飛んできても当たらないらしい。
教習所が終わって、免許とバイクを買った頃は、少し寒くなる季節になるので、フルフェイスを買うことにした。その際、件のスマホと繋ぐ機器も内臓しているものを買った。その場で従業員に大久保のヘルメットと繋ぐ設定をしてもらった。更に自分のスマホにも繋ぐ設定をした。あと、グローブ、ジャンバー、靴、ぐるぐる回ってたら、ズボンには、膝にプロテクターが内側に内臓されていた。濃紺でかっこよかった。ヘルメットの箱とか、他にもゴミになるような奴はショップで処分し、大久保に家まで送ってもらった。大久保のハーレーの後ろに乗るのも楽しくなった。完全にバイクにトリコになってしまっていた。大久保が、
「明日から教習所、頑張ってね。免許取ったら一緒にバイク見に行こうね。じゃあ、またマリーで。」
バタバタバターッと去って行った。やっぱかっこいい。

家に帰り、鍵を開けて家の中に荷物を入れて、表から少し離れて家を看板点けて見てみた。うーん、字だけがカッコよくて昼間見るのとは少し違う気がした。回りが暗いのだ。
全体的にはまだカッコ悪い。シャッターの色が錆びているし何分か、15mぐらい離れて見てみた。俺としては、一番上から事務所の表全体を照らすスポットライトが勿体無いぐらい、あと横のシャッターは、どうせプリウス廃車にして、ハーレーを入れるから、シャッターを塗り直すのも古いタイプのシャッターだし、うーん。明日、教習所も午前中で終わるし、業者に来てもらおう。すぐ電話した。
OKだそうだ。知り合いの車屋に電話してみた。プリウスの話をすると、下取りして新しい車を買ってもらえると思ったらしく、今、良い車が入っているから明日でも乗って行くよと言うが、いや、プリウスの廃車だけで良いと言った。今、車の廃車でも、リサイクル代とか何やら金がかかるらしい、そこをなんとか車をやるから名変して売ればいいじゃないかと説得して、無料で引き取ってくれることになった。それも明日の午後にした。こんな風に今までの生活を変えてゆくのも楽しい。家の中に入り、昨日から気になっていた留守電の点滅を聞くことにした。
「ピーッ、留守番電話が一件あります。ガチャガチャ、大田先生でいらっしゃいますか?行政書士協会のホームページで見て、1番当社から近かったので電話しました。また営業時間に電話します。カチャ。○月○日、午後7時45分。」
気になるけど今は仕事をもらっても、教習所優先だし、またタイミングが合ったらでいい案件だしと思ったので、放っておくことにした。しかも、相手が誰だか分かんないし。
あっそうか。着信で電話番号が出てる。スマホで検索してみる。あっ、本当だ。近くの建設会社。本当の仕事らしい。でも今受けると教習所に行けなくなっちゃから、無視した方が良さそうだ。今の所一回だし、他の行政書士が見つかったかもしれないし。そう思いながら先に風呂に入ろうと思った。
風呂はリフォーム前、詳しくは退官前に前の給湯器が壊れたので、新しい風呂ごと交換した。だから、今、この前のリフォーム後に古いと言ったら瓦屋根と車庫ぐらいのもんだ。あと2階か。息子の部屋は触ってない。息子が帰って来たら驚くだろうな。あいつ急に帰って来るから。今のところはバレてない。
一階は半分が事務所に、半分がリビングと台所、あと風呂。俺の部屋も潰した。前の家の面影も無い。風呂に浸かりながら、頭の中で明日の照明とシャッターは、もう今のタイプ、昔からの鉄の上で巻いている奴じゃなくて、板が一枚が内側の上に入るやつか、板が3枚くらいに分けて内側の上に入る奴。しかもリモコンと考えている。そしたら、スポットライトに照らされてもかっこいい。そう思っている。そこはちょっと大久保より見栄を張ってみよう。そう思った。


「もっと右を走って下さい!」
「少しスピード早すぎです。」
「何回言えば分かるんですか。」
こっちは60歳過ぎてるのに、あっちはまだ20歳代。しかも毎日乗ってる教官だから、少しは優しく教えてもいいじゃないか?こんなにきつく汗だくになるとは思ってなかった。
2日目からは着替えを持って行くほどだ。グローブなんて、汗でガバガバになってしまい、ヘルメットは毎日日光浴させるか、ドライヤーで乾かす始末。難しいのがクランクと一本橋だ。
皆んなスラロームが難しいと言うが、昔400を乗っていたせいか、早く通過できる。一本橋は巾10cmの板の上10mをできるだけ遅く走らないといけない。中型は10秒だったと思うけど、大型は7秒以内。
半クラッチやブレーキを使いバランスをハンドルで取りながらだ。練習の時は、楽勝でイケる。なんだったら教官とどっちが遅く通るかとかチャレンジした。5秒で通った時もあった。検定の時は緊張しているので、7秒どころか途中で落ちてしまう者さえいるらしい。
気がついたのが生徒が半分女子。中型も大型も女子が多い。
検定とか一本橋が最後のコースだと、気が抜けてか7秒どころか落ちてしまって号泣している女子もいた。
あっという間に検定も一発で通り2万円損せずに済んだ。
毎回汗びっしょりになるのは予想外だった。皆んなには黙っていたが、2回程キャンセルが出たので、最短の6日で取ることができ、午前中卒業検定合格して、午後から免許センターに書き換えに行けた。
昔みたいに限定解除ではないので、ちゃんと大型二輪の星があるので、写真も今の姿になった。
前の免許証もそのまま渡されるけど、今の免許証の顔写真の方が10歳以上若く見える。交付する試験場の職員が気付いたのか、私らと同業だったんですねぇ〜、今の方が若く見えると言われた。
 家に帰ったら、工事が全て終わっていた。中に入り看板やスポットライト、ガレージのリモコンで入り口を開けて見る。プリウスももう無い。
外観がめっちゃカッコいい。何時間も見てられる。
大久保に久々電話した。大久保はすぐ電話に出て
「どうだい、大型結構難しいだろう。」
って言った言葉を遮って
「社長は今日、マリー行くの?」
と聞いたら、
「圭ちゃん行くなら、行くよ。」
と大久保が言ったので、
「んじゃー、行く前に俺ん家に寄って。今さ、家の外で缶ビール飲んでるんだ。最高の気分でさ。」
電話を切って、スマホから1970年代の洋楽を聴きながら、缶ビールを飲んでいると
「圭ちゃん、何だこれは!」
と大久保の驚きの声。
「めちゃくちゃかっこいいじゃん圭ちゃん。」
見てて社長と言ってガレージを開けると
「うわ〜っ、何だこれ?これシャッターが3枚に分かれてるんだぁ〜。かっこいいな。あれ、プリウスもいないし。」
そして、黙って社長に免許証を見せる。
「お〜、圭ちゃん、いつの間に。警察の何かの裏技使ったのか?」
そんなわけないよ。キャンセルが出たから予定より早く取れたと言って説明した。
「それにしても事務所、綺麗になったな。あとはあれだな。」
「ハーレーダビットソン!」
と2人合わせて言った。
さぁ行こうとどっちが先に言うでもなく、居酒屋マリーに2人仲良く行った。
「いらっしゃいませ!あら、今日は仲良し2人組が一緒に来るってあまりないわよね。ここを待ち合わせ場所にするとかならいつもあるけど、珍しい。ニコニコして何か良いことあったのかしら。」と、とりあえずの生ビールをジョッキで持ってくるママが言う。
「乾杯!」
とりあえず一気にグビグビ飲んだ後、大久保が
「今日はママ、圭ちゃん、大型二輪の免許合格したんだ。しかも、事務所も綺麗になったしバイクを入れるガレージも完成したんだ。めちゃ綺麗だったよ。」
大田が朝早くから教習所行ったこと、卒業検定を一発で合格したこと。その後、鮫洲の免許センターで免許を更新したこと。帰って照明やガレージが完成した件など、朝からさっきまでバタバタした件を一気に話した。
「大変そうな1日みたいだけど、良いことばっかりなんだね、なんか楽しそう。気分良いでしょう今。それなら、今の一杯は最高に美味しいはずね。」とママが2人のニコニコしているわけが分かり一緒に喜ぶ。
「ママ、圭ちゃんがこの前まで、カウンターで1人警察官だからって皆んなに嫌厭されて、おとなしい人かなぁ〜って思っていたら、今、先生でこれだよ。世の中って分かんねぇ〜もんだ。」
と大久保が言うが、
「よく言うよ社長。有明まで連れてかれて、心に火をつけたのは誰だよ。」
大久保は更に言う。
「やっぱりあれで火が点いたのか?楽しいだろ、ハーレーダビットソン。」
ダビットソンを大田も一緒に言う。そして皆んなで笑う。
「圭ちゃん、もう雑誌とかチラシとか見てどのバイクにするか決めたの?」
いや、それがハーレーにも色々あって、実際見て跨ってみなきゃ分かんないと、のらりくらり言って、一緒に探しに行こうと頼む。
「そっか、明日は予定入っているから、明後日、俺のハーレー買ったところ行くか。ちょうどオイル交換時期だし。電話予約しとくわ。今は急に行ったってやってくれないんだよ。予約制。もし、予約取れなかったらバイク屋さん環八に行けばなんぼでもあるから。」
大久保が居ないと一人でバイク屋さんに飛び込みで行く勇気がない。
「俺、大久保社長居ないとハーレーのこと分かんないし、この前というか署にいる若い連中にコミ力無いって言われたほど人見知りなんで・・・。」
その時、ガラガラーっと店の扉が開いて杉田とママの娘の葵が入って来た。大久保が
「葵ちゃん、珍しいな。たまには息抜きも大事だよ。杉田くんもどうしたイベント疲れたか?」
といつも大久保は人ん家に土足で入ってくるクセがある。さすが不動産屋だ。葵は少し会釈して、厨房の中へ入って行く杉田がママに
「生ビールジョッキで下さい。」
「はーい!」とママは言ってビールサーバーから冷凍庫に入ったジョッキに入れ、差し出す。
「どうぞ。」
杉田が生ビールを飲むと
「うめー、やっぱこれっすよね。」
と皆んなに言う。大田も
「仕事のあとは、これに限るよ。ママもう一杯。大久保社長は?」
「あっ、俺も俺も。」
と大久保も続く。杉田が急に
「俺、今日仕事辞めて来ました。」
皆んなが新しいビールを飲みながら吹き出しそうになる。杉田が続ける。
「コロナの間に入社した奴らがいるんですけど、俺ら古い人間を無視して企画が進んでいって、また、その企画が俺なんか考えつかないような企画で、太刀打ちできないんで上から、杉田、お前ら何やってんだってなって、俺を含め3名古いの居るんですが、会社からはクビにできないんで、雑用係ですよ。クビ宣言と一緒ですから。いっときは我慢してたんですが、3人で話し合って辞表を出して来ました。今、有休消化ってわけです。」
大久保が付き出しの漬物を箸でつつきながら、
「今の時代、そんなのが多いらしいな。上下関係なんか関係なしに。なんて言うか、遠慮ってのを知らないって言うか。ビルゲイツとか世界一の金持ちって驚いてたけど、今度は何?イーロンマスクとか、国家予算どころの金じゃない世界一の金持ちがここ何年かだろ。ビルゲイツの何倍も金持ってるらしいじゃん。なんか、そんな話に似てるな。」
ママが横から入ってくる
「ああ、Twitterを買った人でしょ。何兆円ってそんなお金持ってて困ることってあるのかしら。杉田さんも大変だろうけど、頑張ってね。きっと良い風が吹くと思いますよ。」
杉田が
「なるほど、イーロンマスク。火星に行こうととんでもないこと言って、ロケットの会社立ち上げて何回も失敗するも、今じゃNASAがスペースX社のロケット借りたり電気自動車に目を付け、先に目を付けていた他社は失敗するも、テスラだけは大成功してますもんね。俺もテスラ乗ってみましたけど、俺が乗ってるハーレーの何十倍の加速ありますよ。あれはすごい。そう考えると俺たちもぬるま湯に浸かってたのかなぁ〜。俺もイーロンマスクみたいに夢持って、その夢を叶うようになんか考えないとな。人と同じことをしていたら、今回みたいに抜かれてしまうんだな。なるほど。大久保さん、ありがとう。」
なんか照れくさそうに大久保が
「いや〜、最近知ったのさ。まだ俺がやっと知ったぐらいなんで、多分もっと凄い人になるか、それを上回る人が現れるのか、世界から見ると日本の東京都の隅っこなんかから世界に発信できるようなことが出来ればいいんだけどね。杉田さんが何か起業して、そのイーロンマスクに近づいて行ったらどう?」
と笑いながら大久保は言うが、杉田は真面目に
「お金持ちの人のやってることを真似するのも良い金儲けの方法と言いますよね。何をするかは、具体的にはまだ決めてませんが、何かしようと考えています。その為には、ハーレー売ろうかと思ってます。」
大久保と大田、ママまでもが
「え〜っ!!」って言った。それを勘違いしたのか杉田が
「やっぱもったいないですかねぇ。」
大久保がすぐ、実は大田がこれこれこう言うわけで、明後日からバイク探しに行こうかと話をしていたところだと。杉田が大田に
「えっ、マジっすか。まずは大型免許取得おめでとうございます。大田さん、本気に今なら安くでいいですよ。知っての通り、去年買った新車ですけど1年乗ったんで中古になりますが、まだ2,000Kmも走って無いです。木村拓哉が乗っていて流行ったそんなハーレーではないですけど、腐ってもハーレーです。俺は買い取りセンターに持っていこうと思っていたくらいなんで、安くでいいです。大久保さん、その代わり、駐車場を解約となりますけど、大丈夫ですか?」
大久保は、
「そんなのはどうでもいいけど、本当にあのハーレー売っちゃっていいの?」「はい、友人と起業しようって金を出し合って会社を立ち上げるんで、逆にハーレー持ってるのも変だし。大田さんさえよかったら、査定値でいいですよマジで。」
と杉田は会社を立ち上げる時に金も要るし、ハーレー持ってるのもおかしいと言う。それはそうだが。大久保は言う。
「なんだこれ、圭ちゃん、宝くじ買ったら当たるんじゃ無いの?っていうぐらい運が良く無い?」
ママが
「凄いわね。大田さん、本当に杉田さんいいの?葵には話したの?」
杉田は
「仕方無いねって言ってました。別に葵ちゃんと別れるわけじゃなく、ハーレーが無くなるだけですから。ただ、行く末は心配していました。」
大久保は杉田のハーレーの型式と買った値段も知ってるから、ネットで買い取り査定を調べたら、50〜60万円にしかならない。確か新車で車体価格が150万だったと思う。杉田は5〜60万円の覚悟はしていたと思う。大田は心の中でハーレー購入予算に150万円までは出して良いと思っていた。それが近くに売る人がいる。杉田が
「あっ大田さん、良かったらこれハーレーの錠です。明日試乗していいですよ。1日試乗してみてください。」
杉田はどうせ買取センターで安く買い取られるのならば、知り合いに同じ価格で売っても良いと言った。大田の頭の中は、既に買おうと思っているが、明日1日自由に乗れると言うのも嬉しい。大田は
「じゃあ、いいですか?明日借りちゃって。何もなきゃ買ってもいいと思ってます。値段は杉田さん決めてください。」
杉田は大久保の顔を見て
「大田さんが買ってくれたら、駐車場の解約をお願いします。」
大久保は
「それはいいけど、圭ちゃんにいくらで売るよ。買い取り価格はって言うけど、ピンキリだぜ。杉田君はなるべく高く買ってもらいたいのは分かるよ。少しでも会社の資本金欲しいもんなぁ。」
「まぁ、それはそうですけど早く売ろうと思えば安く叩かれるし、高く売ろうとすれば、どっかオークションとかに出して買い手が見つかるの待たなきゃいけない。私としては大田さんが既に欲しいと言っている訳だから、じゃあ、1日考えてくださいって貸すのがベストじゃないかと思ったのです。」
「よし、決まりだ。明日圭ちゃん、1日ドライブ行って来なよ。俺も一緒に行きたいけど、最初に言ったように大事な仕事が入っている。電話は出られないけど、ラインなら返信できるよ。」
と大久保が言うと、杉田とママが、
「えっ、大田さんラインやってるの?杉田くんもやってるんでしょ?私は除け者だったの?」
大田が慌てて、右手の平を顔の前でヒラヒラさせて、
「いや〜ね、この前、スマホをあんまり使い方分かんなかったんで、社長に連れて言ってもらった銀座のキャストさんに設定してもらって、ついでにラインを入れてもらったと言うわけで、何人か電話帳から良く使う人とはラインで繋がっていますが、繋がったの息子と大久保さん、その銀座の子ぐらいです。」
と慌てて大田は言う。
「ずる〜い。私もライン友達にしてくださいよ。ねぇ、杉田さんも。」
と言って厨房の方からスマホを持って来た。QRコードをママがカウンターに出すと大田、大久保、杉田と全員が初めてママとラインが繋がった。
なんかその気配をたまたま厨房の奥から見ていた、ママの娘の葵も
「ずる〜い、私も!」
とQRコードを出してカウンターにスマホを出した。ママが葵に
「えっ、なんで葵まで?」
と言うと葵も
「なんか最近、おやじグループ、楽しそうなんだもん。司法試験受かったら弁護士になって役に立てるかも知れないよう!」
と真面目に言う。
葵は勉強しすぎで、気休めの相手でもしてくださいねと付け加えて、再び厨房の中に入って行った。ロースクールもあと1年。その間に予備試験のチャンス2回あるから、来月にある予備試験を狙っているらしかった。
「ママー、芋焼酎のロックちょうだい。」と杉田が言った。
すかさず大久保が、
「あ〜、芋焼酎だったら、俺らのボトル一升瓶あるからいくらでも飲んで!ママが鹿児島出身で、いくらでも手に入らない焼酎が手に入るらしいんだ。これ本当に美味しいよ、なぁママ。」
「美味しいよこの焼酎。最近の芋焼酎は臭みもなくて高級感があるの。飲ませていただきなさい。」
とママがいつもの丸氷をロックグラスに入れて、一升瓶から注ぎ、チェイサーの水と一緒に戻す。
「どうぞ。」
杉田がいつも飲んでるのは麦焼酎らしかった。初芋焼酎ということで、舐めるように口に付けて飲んでいた。
「うわっ、何これ?ブランデーみたいに美味いじゃん。ソーダ割でハイボールにしても美味しそう。」
と杉田が目を丸くして言った。
大久保がハーレーの特徴とか色々注意点とかを大田に話していた。
大田からコケることなんかあるんですか?
と聞かれていたので、
「圭ちゃん、俺は買って何年もなるけど、1度もコケたこと無いなぁ。杉田くんはどう?コケたことある?」
と杉田に話を繋げた。杉田は
「お話中だったので言い忘れましたが芋焼酎いただいてます。めっちゃ美味しいです。あっ、ハーレーの話ですね。俺はハーレーでコケた人見たことないし、立ちコケってあるけど、エンジン回りにガードのバーがあるので、斜めになる程度。事故をしない限りはコケないと思います。まっ、明日乗ってみて慣れて、自分の体の一部みたいになったら、もう無くてはならない存在になりますよ。」
あっ、そうだと杉田がスマホをいじり出した。大田のスマホの着信音が連続で鳴り出した。杉田が
「大田さん、これ今送ったのが、私のハーレーの昼間に撮った写真です。色んな角度から撮ってあるので良く分かると思います。」
大田が着信を見て来たファイルを開く。写真が20枚程度並んでいる。濃紺のカウルで、収納ケースとか左右にあるバージョンと今のカウルから収納ケースとか取り除いてシンプルになったバージョンと二通りある。大田は既に胸が高鳴っていた。どれどれと大久保も横から見る。大久保が
「お〜、なんだカウルからボックスまで全部あるんだな。どっちの仕様もかっこいいな。」
大久保が小さな声で大田に、これは100万円でも普通買えないよ。まぁ、明日乗ってみてエンジンの調子とか教えて隣でコソコソ言った。
大田が急に
「杉田くん、俺、買うよ。杉田くんも会社立ち上げて役員になるんだから少しでも手助けするつもりで100万円で買う。どう?安い?」
と大田から言われた杉田は驚いたように
「えっ、まじっすか。100万円。めっちゃ助かるんですけど。あっ、大久保さんにはすいません。」
大田には、もう分かっていた。乗ろうが乗るまいが良い買い物だし、こんな話は滅多に無い。退官して今まで不運だった35年間の運が、今一気にパンクしているのだと。
そして翌日。シャッターの鍵と今はまだ杉田名義のハーレーの錠を持って、居酒屋マリーに朝早く来た。まだ夜は明けたばっかりだ。
 昨夜あれからすぐ帰宅して、一度シャワーを浴び、酔いを覚まし、大画面テレビでYouTubeを見て、ハーレーの動画やそれに関連した動画を見た。
酒を飲みたくなったが、二日酔いになったら困るので烏龍茶で我慢した。
最初は自宅兼会社のパソコンを立ち上げ、検索とかしていたが、パソコンが古すぎて、このパソコンも買えないとどうしようも無い。多分仕事にならない。パソコンが必要なのにプリンターも無い。代書屋と言われる行政書士が、これでは失格だ。
明日ハーレーの試乗ついでにパソコンとプリンターを入手しないといけない。どこの家電量販店でも配達してくれるので、ドライブがてら、ベイエリアの量販店に行ってみることにした。どこの量販店もバイクの駐車場があるからだ。今日は夜が空けるのが待ち遠しかった。
烏龍茶飲んで、すぐ布団に入り目覚ましを5時とかにしていた。まだ外は暗い。ウェアやズボンを着たり、靴の紐を通したりヘルメットをスマホに繋いだりとしていたら、明るくなって来た。斜めがけのバックをして、財布や免許証などを入れ、スマホは、ハーレーにスマホスタンドがあると言うのでポケットに入れた。そしてヘルメットを持って、自分ん家の車庫のリモコンもポケットに入れた。
マリーの2階には、ママの「真理」が寝ていると思うので、シャッターを音がしないようにゆっくりと開けた。ハーレーに錠を差して、ハンドルロックも解錠した。サイドスタンドを上げて、バイクを垂直にしてバックで車庫から出した。
車庫の中には、カウルとか、サイドボックスとかオプション部品が沢山あるが、次回、自宅の車庫に運ぶことになるだろう。そして、シャッターを再度音がしないように閉め、鍵を閉めると誰か気配がした。振り返ってみると、長めのカーディガンを着た真理が立っていた。驚いて大田が
「あっ、ごめんなさい。こんな朝早く目が覚めてしまいました?失礼しました。」
と言うと、真理が何やら手に持っていたものを大田に渡すと
「これ、持って行って。あにぎり、どうせバイクが気になって店とか行かないと思うから。私も大田さんの気持ちが伝染してしまって、昨夜、店閉めてから寝れなかったの。何でだろう。じゃあ、気をつけて行ってね。今度は、後ろに乗せてね。絶対だよー。」
って言って家の中に入って行った。大田はラップと銀紙で包んであるおにぎりをじっと見て、頭の中で真理さんって何歳だっけ?とかいつも働いてる姿を思い出していた。とりあえず、斜めがけのバックに真理から差し入れのおにぎりを入れてヘルメットを被る。ヘルメットの横に付いているボタン操作で、スマホと繋がった。スマホスタンドをメーターの横にして、Siriに
「音楽をかけて。」
とテストしてみる。音楽が鳴り出した。ランダムに俺が設定したアーティストのジャンルで流れる。次にSiriに
「フタバ電気湾岸店に行くルートを出して。」
と言ったら、マップのアプリケーションが起動して
「フタバ電気湾岸店までのルートはこちらでどうでしょうか?それからETCカードを挿入してください。」
あっ!と思ったが、プリウスのETCカードを偶然財布に入れていた。
あらかじめETCの機械の場所は聞いてたので、財布からETCカードを出して挿入する。再び、Siriが
「フタバ電気湾岸店まで、このルートでよろしいでしょうか?」
見ると、永福から首都高に乗り、芝浦で下りてあとは下の道を少し行くルートだ。行きはそのルートで行こう。帰りはナビではなくて、気ままに下の道を帰ろうと思った。店から少し離れたところまで押して移動し、跨ってエンジンを掛ける。
キュルルル、バタバタバタ・・・
と一発でエンジンが掛かった。アクセルを回すと、まだレスポンスが悪いので温まるまで待つ。この気分、最高だ。
考えてみるとあの有明で生まれて初めてハーレーに乗って、今は免許取って、公道を堂々と乗れるんだから人生って分からないもんだ。しかも、ハーレーがすぐ手に入ったし。
アクセルスロットルを回してみる。すぐエンジンが反応するようになる。
クラッチを握って、シフトをローに入れる。カチッとギアが入ったのが体で感じ、クラッチを徐々に離すとスタートするのだが、ナビの案内が無い時の音楽が大きすぎるので、Siriに音楽は止めてと指示し、エンジン音とナビの声だけで走る。さぁスタートして、あっと言う間に首都高速に乗る。
シートの位置も良いし、ハンドルの位置も言うことない。おまけに足が停まっている時に両方足裏まで全部着く。ちょうど良いポジションだ。
ETCも反応した。なんだこれは、本当スーパーカーだ。アクセルを捻るだけで体を持っていかれるように加速する。ブレーキも良く効くし、言うことない。走行距離も1,800Km少ししか走ってない。ほぼ新車と言っても過言ではない。
量販店まであっという間だった。駐車場内での切り回しも楽だし、100万円でこれが買えたってことは誰にも言わない方が良い。新車に車検3年取ってるし、税金もプリウスより安い。
ハーレーを駐車場に停め、パソコンを見に行った。使い慣れた前のパソコンの新型を買った。あとプリンターはネットワークプリンターにも出来るように、少し高い事務用(業務用)のプリンターを買った。とりあえず周辺機器などは特に今日は必要ないと思った。必要ならネットで買えば済む。今、買ったやつは全部、送付するように依頼した。
たまたま配達に空きがあるということで明日午後一番に持って来てもらうことになった。送付状とか書くのが面倒臭かったので、名刺を出してここへ送って欲しいと言ったら、女性従業員が全部書いてくれて名刺を
「はい先生、ありがとうございました。」
と言われた。現金で支払ったので、領収書も書いてもらって一緒に渡された。これも仕事の道具だから経費計上できるのはいい。
 店の中をぐるぐる回ると、あれもこれもと買ってしまうので、我慢して、駐車場に向かう。今は、この前買ったライダージャケットとバイク乗りが履くカーゴズボンに似た膝のところと左右の骨板のところにプロテクターが付いているやつだ。次回バイクショップに行ったら、インナーに着る胸のプロテクターと肘の左右のプロテクターも必要だなと思った。あと、グローブが教習所で汗かいて薄くなったのもあるが、もっと厚めのやつ買わないと指先が冷たくなる。冬は電熱線の入ったグローブも必要だなと思った。
靴は大久保に言われたものを買ったので冷たくなくなって済んだ。ズボンも風を通さない素材を使っているらしく、全然平気だ。ジャケットもギリ大丈夫だったけど、もう少しは寒くなったらアウトだろう。ヘルメットはこれにして正解だった。いや、それにしても銀座に連れて行ってもらわなかったら、アヤに設定してもらわなかったら、こんなにスマホを使いこなしてない。量販店を出して、レインボーブリッジの無料の方でお台場まで行った。レインボーブリッジは最高だった。東京がほぼ全部見えて、天下を取ったみたいになった。風も気持ち良かった。60歳過ぎて、こんな気分になるとは思わなかった。お台場のテレビ局の前を通り右へ海の方に行くと自由の女神がいる。そこで、この歳になってインカメラで、ハーレーとレインボーブリッジと自分が写るように自撮りをした。自分でもびっくりするぐらい綺麗に撮れた。人に見せたくなって、大久保とママと銀座のアヤに送った。大久保からはすぐ着信があった。
「圭ちゃん、カッコいいな。また上手く撮れてるな。誰か一緒なの?」
「あっ、お疲れ様です。いや、1人ですよ。杉田くんのハーレー、めちゃくちゃいいっすよ。これ新車と変わらない。100万でいいんすかね。社長?」と他にも色々、悪いところは全くないこと、スマホとヘルメットをアプリで繋いで、電気屋行ったことなどを話す。もうこれはバイクじゃないまで言う。
「だろー、あのな圭ちゃん、そんな良いこと無いぞ。杉田くんあの後、大田さん居なかったら本気で買取屋に電話して、二束三文で手放すことになってたかもしれないってホッとしてたよ。しかも、3桁だから、もしかしたら自分が社長やらなきゃかもって言ってた。」
あっ、そうだ。今日は、ひとまずバイクは自宅のガレージに入れて、金庫から100万円封筒に入れて、領収書も持っていかないとなぁと思った。税金もプリウスより安いからお得はお得だ。
「大久保さん、何から何まですいません。本当にこの場を借りて、ありがとうございます。」
と大久保に仕事の開業からバイクまで、色々と世話になった。
あの有明でハーレー乗らなきゃ絶対買ってない。本当に運が今頃回って来たのかと思うくらいだ。人生、山あり谷ありばっかりだった。今は山だ。もっと山が続いて欲しいと思いながら、大久保から圭ちゃんの今の運に乗っかりたいもんだと言われ、電話を切った。
 気がつくと昼になっていた。斜めがけバックに入れた真理から作ってもらったおにぎりを食べようとレインボーブリッジの下の駐車場にバイクを停めて、自販機でお茶を買って砂浜の入り口の岩のところへ腰掛けて丁寧にラップを剥がし、ノリの巻いてあるおにぎりが3つ並んでいた。一つ一つ手が込んでいて、一つはしゃけ。これはわざわざ焼いたものと分かる。あとは梅。種子は取ってある。あと一個はツナマヨだった。薄く塩味で握ってあって、抜群に美味しかった。
 腕時計を見た。腕時計は親父の形見で貰ったもので、親父も警察官だった。
覚えてるのは、退官して警備会社の仕事に行ったが続かず、しばらく家を空けた。何をしてるか母親には聞かなかったが、気が付いたら親父は病院に入院していた。ガンだった。病院で俺が警官になったのを喜んでいた。そして、病院では使わないからと、親父は大事にしていた時計を俺に渡したのがこれだ。ベルトが昔風だったのでオメガの専門店に行ってベルトだけ今風のカッコいい形に変えてもらった。
 そうしているうちに昼も過ぎ二時近くになっていた。頭の中に入っているナビで蒲田から環八を帰ろうと思った。今度はSiriに流行の曲をかけてとお願いした。ボリュームもスキップも巻き戻しも自由自在だ。ヘルメットにジョグスイッチがある。
15号線に出て、蒲田から環八を右だ。この時間はさほど混まない。渋滞で動いたり、停まったりするのもハーレーだと楽しく感じる。
 青海街道が見えて来た。高速道路も下道も時間的には変わらない気がした。あっ、真理にお台場でお土産でもお礼に買ってくれば良かった。今度、後ろに乗せてって言ってたので、この運転なら誰乗せても大丈夫な自信があるので、今度タンデムでも誘ってみよう。
 自宅に着いた。ポケットに入っているリモコンのスイッチを押す。昔のシャッターではなく、なんとなく秘密基地からロケットが出てくるようなイメージでガレージが開く、ハーレーをそこへ入れる。エンジンを切って、フェールコックをOFFにして、ハンドルロックをして終わりだ。
 後日、マリーの車庫からカウル他部品は運び出し、自宅ガレージにDIYで棚とか作って綺麗に整理できた。
ガレージもハーレー1台では、相当隙間が空く。もともと、車が横に2台並ぶ。あれから、次の日に100万円の現金を持ってマリーに行ったが、杉田は来ず、会社設立で忙しいとかで100万円杉田の銀行口座に振り込むことになった。
杉田は申し訳ないので銀行の振込手数料を引いた金額で良いと言ったが、杉田の銀行と同じ銀行を使ってたので、その口座を利用して手数料を無料に出来た。口座に出金履歴が出来るので税務処理もやりやすい。
 仕事の方も、先日の留守電の建設会社と行政書士協会の会長の国立さんからの紹介で商工会の融資の事業計画書の作成だったり、建設業の色んな許認可関係だったり、ネットに申し込み方法が載っているのに、それをやってくれと言う。だから1回覚えて、それのテンプレートがあれば、同じものでも数字を変えたり実際測量に行って、当てはめれば大丈夫なのばかり。そんなに難しいものは皆無に等しい。要は面倒臭いだけなのだ。
しかもその面倒臭い書類に行政書士の職印があるだけで許認可が通りやすい。そういうもんだと国立は言う。
大体ネットに申請の仕方や見本のテンプレートがある。それを一度綺麗に作り上げてしまえば、仕事になるわけだ。Word、Excelが普通に出来れば成り立つ仕事。少し仕事も捌けるようになって来た。捌けるようになると、次にまた仕事が入る。まぁ、しばらく遊ぶつもりだったけど、今のペースならまだ捌けるからいいがこれ以上はまだ早い。仕事をセーブしよう。せっかくハーレーも来たし、定年退職してしばらくゆっくりすると決めたんだ。マイペースマイペース。
 仕事があったので、しばらく行けなかったが、たまには行かなきゃと、10日振りぐらいにマリーに行った。
 えっ、何、また祝賀ムードになっているぞ。
お客さん数人が居て大久保も居る。葵ちゃんもいる。俺が入って行くと、両手を前にバイバイのポーズを取って、
大田さーん久しぶりー!
って涙目になっている。大久保に聞いたら、何やら葵ちゃんが司法試験の予備試験に受かったらしい。合格したってことは良いことだけど、司法試験はまだ合格してないんだろ?大久保が説明する。
「予備試験合格したから、もう司法試験を受けれるんだよ。この予備試験ってのが最高に難しいらしくて、司法試験の本試験より難しいと言われている。だからほぼ合格したのと同じだよ。まだ受けてないけど、エントリーは出来る。だから今のロースクールは行かなくて良くなったんだよ。ロースクールを卒業すれば受験資格が得られるんだけど、予備試験に受かったから、もう受験出来て、しかも合格する確率が高いってこと。」
でいいんだよな?と葵ちゃんに聞くと、その通りと答えた。
大田が言う。
「葵ちゃん、でも気を抜いちゃだめだよ。確か5年以内だよな。」
「そうです。そうです。5年経ったら受験資格無くなります。ってか、5年も勉強しないと合格しませんよ。2年以内には取らないと。」と葵は一刻でも早く受験したい感じだった。運良く試験は3ヶ月後らしい。
「あれから杉田さん来た?葵ちゃん、杉田さんは何て言ってたの?」
と言った途端、真理が俺の顔をギュッと見て、大久保が、
あーあ、地雷踏んじゃったみたいな目で見て、
「あっ、そうか、圭ちゃんはハーレー売ってもらってから会ってなかったんだよな。杉田くんうちのマンション退去して、港区の方に引っ越しちゃったんだ。あとは俺は知らないけど。」
と大久保が言うと、急に葵ちゃんが大田さんに
「大田さん、杉田さんだったら別れました。というか、今の私には彼氏なんか必要ないんです。とにかく頑張ります。ほら、皆んなが居るんで、寂しくなんかありません。受かったらご用命ください。特に大久保社長はトラブル多そう。」
ドッカーンと皆んなが大笑いした。そうかそんなことがあったんだ。でも言っちゃいけないけどそれが良かったよ。100万円握りしめて会社立ち上げてビックになるぞ!ってなった人はたくさんいるけど、その中に入りそうな人には見えなかった。失礼だけど、あのままだと弁護士のヒモになりそうだよ。と心の中で思った。
「大田さん、どうぞ。」
と真理がいつもの一升瓶を俺の少なくなったロックグラスに入れる。
大久保とかお客とは少し離れたところに自然と座ってしまったから、真理がこっちに来た形になった。
「大田さん、いつ連れてってくれるの?ハーレーの後ろ。」
あー、そうだ、そう言う約束してたんだ。
「あー、そうだったね。寒くならないうちに行かないとね。もう十分寒いけど。あー、ちょっと来週まで仕上げなきゃいけない仕事があるから、それまで待ってくれる?」
パッと目が明るくなって、来週過ぎてからねと行って他の客が、ママ、ママって煩わしい、そっちへ行った。その代わりに葵ちゃんが来た。
「先生、大田さんに先に先生になられたけど、仕事の方はどうですか?」
と葵ちゃんとはたまに喋るけど、警察官だった時とは全然話し方が違う。
「うーん、なろうと思ってなってないから、もうなるようになれですよ。ネットで調べて真似っこしたり、調べ物が多いね士業って。」
「そうですね。他の士業もそうかも。新しい法律が出来たり、分からないことばかり。今なら頭の中、条文だらけで、何でも分かりますよ。百科事典みたく。でも、社会経験も必要なんですけどね。受かったら、私もハーレーの後ろに乗せてくれますか?」
真理と同じことを言う。葵も良く見ると真理に似てる。性格はどうなんだろう?
「もちろんだよ。何でも言って。受かってから司法修習が始まるまでの間だね。」
「さすが、良く知ってますね。元司法警察員ですもんね。」
「うわっ、絶対それを言うと思った!」
と少し怒ったふりをして言ったら、厨房に逃げて行った。大久保が他の客を巻いて大田の右隣に来た。大久保がすぐ
「ママと葵ちゃんと何を話してたの?」
気になって仕方ないんだろう。大田が
「ママー!大久保社長のグラス持って来て。」
「はーい。」
と言ってママが持って来た。続けて、
「あら、丸氷が小さくなってるから、新しいの持って来ますね。」
と言いながら手際よくロックグラスに丸氷を入れて速攻持って来た。それはマッハの如く。それを大久保に持たせ、大田が一升瓶から注ぐ。大田が
「まずは乾杯からでしょう!」
と大久保はキョロキョロして、
「そうだね。乾杯!」
皆んなでカチンッ。そして大久保が
「ん、何の乾杯だっけ?」
すぐ大田が
「いやいやいや、俺たちがこうして楽しく飲んでるのも大久保社長のお陰じゃないですか?こうやってね。俺たちが真理ママを応援し、葵ちゃんを応援したから、葵ちゃんも予備試験に受かったんだし、皆ーんなのお陰で、その中心に大久保社長がいるんです。そうだよね、ママ。」
「そうよ、社長。いつもありがとう!」
とママも乗ってくれる。
「あっ、そういうことか、皆んなありがとう。俺んとこも皆んながいるから成り立っている。よっしゃ。一升瓶のあれ、一本入れてくれ。今日は葵ちゃんの祝いだ。俺に書かせろ。合格祝い、合格願い、書くから〝にしむら〟だっけ、あの手に入らない奴、ママ、持って来て!」
と言ったら、葵が一升瓶持って来た。大久保に白マジックをカチカチ振って渡し、書くまで持っていた。封を開けて新しいロックグラスに丸氷を入れてママが持って来た。葵が皆んなに入れて行って、乾杯しようとしたら、葵が
「私も飲みたーい!」
って自分でグラスを持って来た。普通のタンブラーに氷を入れてソーダ水を先に入れて来た。そして皆んなで乾杯をした。いつも渋い顔をする葵が
「えっ、何これ。おいしー!」
気分が味を変えるんだろうな。葵が立派な大人になった証拠だ。
「あんた、ほどほどにしとかないと、頭の中、覚えたの忘れちゃうよ!」
皆んな一斉に笑った。


居酒屋マリーのママ、真理がハーレーの後ろに乗せてという約束を守るために、もう少し寒くなっていたからツーリングがてら東雲にあるバイクショップで、真理の身長を居酒屋マリーの柱などを目安にして、だいたい9号(女性)だろうと思い、ウェストとかフリータイプのゴム式のやつで、ズボンとジャンパーを買った。ズボンの袖はマジックテープ式にした。太ってはいけないから絶対とは言わないけど着れると思う。皮の手袋も用意した。
それを揃えたのは秘密にしておいて、仕事が終わってからマリーに行った。   

 今日は俺が早かったのか、大久保はまだ来てなかった。
「いらっしゃーい!はい、とりあえずの生ビール。」
いつもの感じで、早めにビールが出てくる。
「今日は早いのね大田さん。」
やっぱり言われると思ったセリフを言われる。
「分からない仕事や、仕事に煮詰まったら、放って飲むに限るよ。そういえば、ママ。」
大田は他の客に聞こえないようにキョロキョロして
「ハーレーの後ろ乗るのいつでもいいよ。」
ママは、えっと驚いた顔をして
「まじでー!私は、いつでも寒くならないうちだったら、今度の日曜日空いてるわよ。」
ロックグラスに丸氷を入れて持って来ながら、芋焼酎を一升瓶から入れる。
「今度の日曜日、大丈夫だよ。ママは、俺の自宅知ってたっけ?」
「リフォームしたんでしょう。前の佇まいは知ってるけど、場所が一緒であれば。」
とママはリフォーム前の古民家みたいな家なら知っていると言う。
「場所は変わってないから看板と照明点けて待ってるよ。まだ寒くないから、この前俺が出発したぐらいの時間でも大丈夫?今度はちゃんと寝てね。」と言うとママは笑って、うん、今度はちゃんと寝ると言った。
あと、何も作って来ないでと頼んだ。荷物になるからだ、どっか行った先で店で食べた方が楽しい。それも言うと
「そうね、行った先の色んなとこで食べるの楽しそうね。」
その日は大久保が来なかったので、ほとんどママを独占できた。
以外とアウトドア系なのと、自分ではなるべく隠しているけど、実は気が強いんだと言われた。若干見え隠れはしているが、そこが真理の良いところだと思っていた。そのことをママに言ったら、
「めちゃくちゃ隠しているんだけどね。だって、葵に店ではめちゃ猫かぶってるねって言われるよ。」
俺は一度、逆で失敗しているので何とも言えないと言った。男尊女卑的な感じと。だから今はそうならないように努力をしている。というか、そんなこと彼女がいる人が言うセリフだよね。何言ってんだろう俺って言った。
だけど次はちゃんとしようと思っただけだ。今は自由なんで、凄い楽だ。
「俺も一度失敗しているから、それ以後、猫かぶっていることになるね。」
と言うと真理が
「先生と喧嘩すると凄いことになりそうね。恐い恐い、注意しないと。あっ、あと、先生、私は自分のヘルメットだけはあるんで、大丈夫ですよ。前に大久保社長にツーリング誘われた時に買ってもらったの。なんか、スマホと繋がるインカムセットも装着してあるわよ。」
と大久保と以前ツーリングを経験済みだと言うことを聞いて、やはりやること早いなと思った。
「えっ、そうなんだ。じゃあ慣れたもんだ。こっちが色々教えてもらわないといけないかもね。」
と苦笑いして言った。真理が
「千葉方面に行ったことないから、どお?食事も海の幸が美味しそう。」
コースも真理の行きたいところにと決めてたので、千葉方面に行くことにした。
「じゃあ、日曜日楽しみにしてるね。」
とその日は帰宅した。
 翌日、土曜日だったので家の掃除をして少し書類の整理をしていたら、息子からラインが届いた。2〜3日前にラインのアイコンをハーレーとレインボーブリッジの自撮り写真に変えたら、気が付いての連絡だった。
「親父元気そうだな。どうしたんだよ急に、ハーレーなんか乗って。誰かに乗せてもらったの?」
と予想していた通りのセリフの送信が久々にあった。気が付かなかったが、他にも何軒か未読のラインがあった。息子へ
「そんなことより、仕事はどうなんだ?たまには帰ってくればどうだ。」
と26歳にもなって大学まで出してあげたのに何をやっているのか、コンピュータのSEをやってるとは聞いているが、SEがシステムエンジニアの略だというぐらいしか知らない。人に使われてるのか、どんな会社なのか、全く聞いてない。
「オヤジがそう言うと思って、今、そっちに向かってるところだよ。都内は車の免許も持っているけど、駐車場に苦労するから、専ら電車だけど、2年くらい前に二輪の免許取ったから、たまにはツーリングがてら実家でも帰ってみようかと連絡したんだ。いるんでしょ今日。」
と息子がこっちに向かっているらしい。ここは都内と言ってもおかしくないけど、埼玉県。それにしても急に来るとは、どう言うことだろう?
何か報告でもあるのか?えっ、まさか泊まるとは言わないだろうな。明日朝から真理とツーリングだけど、この歳で息子にそんなところを見られるのも恥ずかしい。なので予防線を張って言っておいた。
「いるんはいるが、明日の朝、早くから用事はあるけど。」
そのように言うと、息子が
「いやいや、今日は暗くなる頃に帰るよ。今度日を改めて行かなきゃいけなくなるし、そんな古民家みたいな古い家には泊まりたくないよ。」
とラインをやってるうちに、バイクの音がして通り過ぎて行った。
なんだ違ったのかと思ったらもう一度バイクが来たので、息子だと分かった。息子の名は幸希。祖父、私から見ると父親が付けた名前だ。本人はとても名前は気に入ってるらしかったが、さて幸せを望むとは・・・と私は当時思ったものだった。
 カチャッとドアが開き、受付の受話器を取り〝1〟を押すようにプレートに記載されている。、だが、内側から開けた。
「すげぇ、オヤジ、家、建て替えたの?俺、道、間違ったと思って、通り過ぎちゃったよ。えっ、どう言うこと?誰かと再婚したの?それなら言ってくれないと!」
と早口で息子が捲し立てる。
「待て待て!幸希。慌てるな。俺なら独身だし、家も建て変えちゃいねぇよ。良く見てみろ。」
一階はほとんど改装されているが、トイレの位置、台所、風呂の位置はリフォームはしてあるが位置は同じ、あと階段も綺麗には見えるが位置も同じで、上がると昔のままだ。幸希の部屋も昔のまま、2階には2部屋あるが、圭介の部屋も家具、ベットは新しいが昔と同じだ。
「ほんとだぁ〜。外から見たら、めっちゃびっくりしたよ。あおの看板なんか今風で東京の取引先とかも採用してるデザインだ。ここまでするんなら、建て替えれば良かったのに。」
まぁ、そうだけど、見積もりしたらリフォームの方が断然安いし、解体料とかめちゃくちゃ掛かるし、その間の住居や荷物とか、リフォームの何倍も金がかかることを説明した。
「あー、そうか。そう考えればリフォームだよね。」
まぁ、話はゆっくり後ですることにして、バイクを車庫に入れろよと息子に促す。一緒に外に出て、息子のバイクを見た。なんと昔俺が乗っていたFX400だった。
「おーっ、FX400じゃないか?これ俺昔乗ってたの知ってたのか?」と息子に聞くと、
「あー、そう言うと思ったけど、たまたまなんだよね。二輪取ったら旧車と決めてて、ホンダのドリームCB400Fを見付けてたんだけど、250万円ぐらいするんで、買えなくて、カワサキもいいなと思ってたら、ちょうど友人が、田舎に帰るから買わないか?と見せられたのが、このバイクだった。でも音も良いし、友人価格だったので、めちゃ得した感じだった。調子良いし。」
圭介は、リモコンでガレージを開ける。ガチャンガチャンガチャンとカッコよく開く。
「な、なんだこれ?えーっ、ハーレーあるじゃん。これ親父の?」
息子がこんなに驚くとは気分がいい。まぁ、バイクを入れなと言って、ガレージを閉め、ガレージの中の電灯を点ける。もちろんLED照明で間接照明にしてある。
「なんか、カッケーなオヤジ。やることなすこと、昔のオヤジのイメージないわ。そんな普段着も誰が選んだのか、10歳ぐらい若くなった感じで髪も黒々としてて。彼女でも出来たの?」
「そんなもんはこの歳だから居ないよ。退官したら、何もかも吹っ切れたんだよ。」
と今までの経緯を説明した。
「オヤジって今まで運が無かったから、今、運が集って来たんだろうね。」
回りに恵まれてるだけだよ。大久保社長とか付き合いのある人たちに助けられてることを話す。
「ところでラインで何か用事があって来たんだろ?なんかあったか?ってか、具体的に何をしてるか詳しく知らないから、教えて欲しいわ。」
とラインでもう1回改めて来ることになると言ったら結婚か婚約、彼女が出来たとかその類だろうと思うが、息子が改まったら、昔から頑固オヤジで通っていた俺に言うってことは、大事なことだろうと思う。
「あー、その件ね。大したことじゃないけど、今、彼女が出来て一緒に住んでいるんだけど、もう彼女とも3年目になるし、そろそろケジメを付けようかと思って。俺、オヤジが再雇用されて警察官のままでは、どうしようか迷ってたけど、今日はっきり決めた。まさかオヤジがここまで頑張って、先生になってると思ってなくて、定年退職してフラフラしてるのかと思ったんだ。しかも、古民家みたいな古い家に連れて来るのも嫌だったし。ラインとか急に始めてたし、様子見に来たんだ正直言うと。」
一杯、ペットボトルのお茶を飲むと、続けて
「実は会社の方も、コロナとかの環境もあって辞めて行った人もいたし、しばらくリモートワークになって色々難しいところとか、色んな壁があったけど、まぁうちの会社も一応、上場企業だし、SEとは言えど、色んな会社のシステムを管理しているから首は切られていないけど、辞めたい人はとっとと辞めてくださいと強気の態度にも負けず、頑張って来た。そして、今年、とうとう統括部長まで任されるようになった。」
と一気に早口で喋る。幸希は昔から頭が良いからか早口なんだ。
「俺は幸希が好きなように生きればいいと昔から言ってたのには変わりは無い。どんな状況になっても父親は父親なんで、何の責任が降りかかっても喜んで背負うつもりでいる。幸希が身染めた人だからきっと素晴らしい人だと思うから、堂々と連れて来なさい。大歓迎だよ。」
「ありがとう。オヤジ。」
と言うとペットボトルの水を全て飲み干した。
考えてみると、幸希は居酒屋マリーには連れて行ったことなかったなぁ。母親が亡くなってから、一度も泊まって帰ったことがなかった。
「次、来る時は連れて行きたい居酒屋があるから一緒に行こう。そこに大久保社長とか仲間がいるんだ。2階の幸希の部屋、業者入れて泊まれるようにしとくから、どうせ俺の寝室もリフォームしようと思ってたからな。仲間の業者だから格安でやってくれるんだ。」
この辺、ビジネスホテルとか皆無だし、泊まろうとすると、町まで出ないといけないので不便だ。早速業者に予約しとかなきゃ。
「あー、助かるよ。リフォームそんなに安いの?」
と外観とか、入り口とかみると大理石使ったり
「うん、実は大久保社長の知り合いで、建築屋さんがいて、あの有名な女社長の日本一のビジネスホテルを手がけてて、材料の切れ端とか、余った材料なんかを使っているから、格安でやってもらえる。その代わりに建設業関係の許認可とか、色々サービスしてWIN-WINでやってるって訳さ。」
息子とは数時間、食事を挟んで話をした。食事は、出前というか、今はウーバーイーツかで中華料理を食べた。息子とこんな長い時間話したことはこれまで無かったんじゃないかと言う程、話した気がした。息子は早口なので多分、人の倍の話題は話しているだろう。だいたい息子の仕事の内容も分かった、システムを開発してて、そのシステムは、色んな企業が使っているシステムらしい。海外はテスラとかロケット開発で人口衛生にも使われているらしい。何でもニュージャージーにも会社があって何ヶ月か行って、そこで所長をやれと言われてたけど、語学が自分なりに不足していると思って断ったとか。彼女は、新聞記者らしい。
あと、もうそろそろ子供も欲しいので結婚した暁には、一軒家を購入する予定だとも言っていた。警察官にさせなくて良かったとつくづく思った。
今、一番楽しいだろう?と問うと、正直に楽しすぎると。今日親父に会えて、状況も予想も遥かに外れてたのも良かったと思ったらしい。運良く俺が今の状況になったら、息子にも環境しているとは不思議なものだ。幸せとか運とかは伝染していくのかな?と思った。自分が努力すれば回りも良くなる。本当にそう思った日だった。

夕暮れになり、そろそろ帰ると幸希が言うので、外の看板や外灯を全部点けてガレージを開けた。幸希は驚いて、少し遠くまで行き外観を見た。写メを撮っていた。入り口とかも看板とかも。おそらく、彼女に見せるのだろう。良かった自慢できる父親でとその時思った。
「じゃあ、また改めて来るよ。今度は車で来ていいよね。部屋の方はよろしく。あっ、大久保社長しか知らないけど、皆さまにもよろしくお伝えください。オヤジ、頑張ってね。」
とバイクをスタートさせた。なんか、ニヤけた。今になって再雇用してもらわなくて良かったと思った。確実に。


「おはようございます!なーに、この外灯に看板。」
驚く真理が夜が明けて、明るくなるぐらいの頃に来た。真理のことだから寝てないのかもしれないが、一応昨日、お店は休みだった筈だ。
真理が来てすぐガレージをリモコンで開けて見せた。
もう呆れて笑っていた。真理の為にと寒くなるかもしれないんで、ライダースジャケットとパンツを渡した。
「えっ、これ、わざわざ買ったの?ありがとう。あっ、これいいかも着ていい?」
と言うので、扉を開けて事務所の中に案内した。真理は思ったより身長が高かった。袖を調整できる奴にして良かった。腰回りも調整できる。ジャケットもぴったりだ。
「うわ〜、これぴったりだしカッコいい。着て来たやつ、ここに置いて行っていい?」
もちろんと言い、真理が持って来たヘルメットのインカムを俺のインカムと電波を繋ぐ。これで、お互い話ができて、各々スマホの曲が聞けたり電話がきたら話せる。話を始めると曲が止まる。話が優先になるわけだ。お互いヘルメットを被った。
「聞こえる?」
「うん、聞こえる。」
と真理。スマホで自宅の外灯や看板のスイッチを切り、リモコンでバイク出したらガレージを閉めた。
「じゃあ、乗って。」と大田が言うと
「もう乗ってるわよ。」
と真理は言う。案外軽い人だ。
「じゃあ、出発しまーす。ところで、今、どこ握ってる?」
と大田が聞くと
「横のタンデムバーと後ろのタンデムバーよ。あっ、心配しないで、慣れたら後ろから抱きついちゃうから。うふっ。」
と真理からからかわれた。なんか、どうせ期待してたんでしょう?と言われてるみたいだった。
幹線道路を通って首都高速を東京の中を過ぎ、箱崎から6号線を京葉道路方面へ向かう。首都高速に乗ってからは背中から抱き付いてきた。
「どう、これでどんな気持ちなの?男の人って、これが良くて女の子バイクの後ろに乗せるんでしょ?」
と真理はいつもの直球で聞いてくる。店でも、それがママの売りだ。
「うーん、まぁ、そうなんだろうね。」
と大田も正直に真理には言う。
「まぁそうなんだろうねって、まだ正直じゃない。これでも私、スタイル良い方で、ちゃんと出るとこも出てるから、ほら。」
ってギューって力を入れて来る。確かに胸のふくらみは背中に感じて心地よい。そのことを正直に真理に言う。確かに真理は47歳になったばかりだ。そうは思えない肌の張りとスタイルだ。抱き付いてばっかりじゃ窮屈なんで、離したり抱き付いたりしてくれて、慣れている。
「そういえば、大久保社長ともツーリング行ったの?」
キュッと抱き付いて
「行ったわよ。1回だけだけど、このヘルメット買ってもらった。でもあの人、運転が乱暴すぎて、言ってはいないけど、あれから何回か誘われてるけど、交わしてる感じ。だから今日は秘密。」
えっ、それはまずいな。秘密って言うことは俺からも行ったって言っちゃいけないってことなのか?なんか、いけないことをしてるしてるみたいで嫌だな。良く考えると俺は大久保社長に言っても何のわだかまりも無いわけで、秘密にしといて、もしママが言ったら、気まずくなる。どうしたらいいんだ。自己申告した方が良さそうな気もするな。
「なんか、秘密って男女間では、蜜の味だけど、男同志でバレると大変なことになる。俺は自己申告するけどいい?」
誰が見てたか分からないし、ママは皆んなのアイドル的な人だし。
「あら、やっぱ警察官だっただけはあるのね。いいわよ、じゃあ言って、そしたら私は大久保社長のことを嫌ってるのがバレバレになって、私との関係がおかしくなるわ。」
「いや、それは特に自由だから、好き嫌いの問題なんで。」
と真面目に答えてみて、あっ、それを言うんじゃなかったと思った。
「じゃあ、大田さんのこと、私が好きだって言っていいの?責任とってくれるの?」
あっ、やっぱり言うと思ったことが返ってきた。
「えっ、ママは人気者だし、俺じゃなくたってもっと良い人がたくさん居るんじゃないですか?」
と言うと体を離して、国道16号線を木更津方向へ走る。少し何分か黙ってから、
「大田さん、私が大田さんをからかって言ってると思ってる?大田さんが知らないだけで、皆んな私が大田さんのことが好きなの知ってるけど。私、今、大田さんに振られたの?ねぇ、どうなの?」
俺は絶句した。本気らしい。
「ママのことは好きだけど、俺でいいのかな?って思っちゃうだけで、ただ、本気だったら、ちゃんとコソコソしないで皆んなに言って付き合いたい。」
大久保社長は何て言うだろう?息子もそうだし、葵ちゃんだって。再び、ギューって抱き付いてきた。
「うん、いいわよ。大久保社長に言ったら、あの人拡声器だから町中の噂になるわ。今日から2人で居る時はママって言わないで、真理って言って。」
そして昨日、息子が来たことも全て言った。なんか、盆と正月が一緒に来たような感じだ。
「息子さんすごいのね。あっ、葵ね、私も大田さん好きだから取らないでって言うのよ。おかしな子。もう私がだいぶ前から大田さんのこと好きなの知ってたみたい。」
もう断る理由が無くなった。お互い気が強いから喧嘩をしないように気をつけないと。あと隠してる問題とか無かったか色々考えてみた。今のところ完璧だ。返って真理のことをあまり知らない。葵ちゃんが頭が良くて弁護士になるって言うことぐらい。幸希、真理のこと、葵のことを聞いたら驚くだろうな。
「ねぇ〜、何考えてたの?」
と音楽が途切れて話が入ってくる。
「いや、昨日ほら、うちリフォームしたじゃない?日を改めて息子が来るって言うので、連れて行きたい居酒屋があるから泊まって行け、2階もリフォームしとくからって言ったから、こっちからも真理との事。、報告が出来るなって考えていた。」
木更津の海岸線を走る道に、海が見える道の駅みたいなところで、一旦休憩することにした。ヘルメットを脱いで顔を見ると何だか恥ずかしかった。ヘルメットとか手袋とか、そのままバイクに置いたままでも触る人はいないのでミラーのところとシートの上に置いて、顔見て直接話した。
「冗談とかじゃないよね。真理ちゃん?」
右腕をガバッと取られて、耳元で
「冗談なわけ無いじゃない?その真理ちゃんっていうのも止めて。真理でいい。」
一緒にトイレと自販機のところへ行った。トイレへ行って、自販機前で待ち合わせをした。バイクも調子良いし、乗りやすいので疲れない。何より真理と話しながらだから楽しくて仕方ない。そんな話を2人でしながらブラックコーヒーの缶を飲んだ。
さっき逆告白されたばかりで、何をどうしていいか分からず、気が付いたら、週ごとでも月ごとでも2人で会議して、NGなことを決めようと言う事を決めた。今のところはNGは無いけど、これは止めてとか、あれは止めてとかちゃんと我慢しないで言おうねってことを先に決めた。今一つ思いついたことは、定年退職してから、ぶっちぎって来たので、考えてみるとどこにも行ってないなって思った。真理も居酒屋を休まず営業して、2人とも彼氏彼女になったわけなので旅行に行きたいと思った。おじいちゃんみたいに温泉とかじゃなくて、ハワイとかニューヨークとかオーストラリアとか思い切って1週間ぐらい旅行をしたいと提案した。
「いいねぇ〜、圭ちゃん、私も圭ちゃんって呼ぶね。いいでしょ。」
「いいよ、発表してからね。」
とフライングしないように念を押した。
「圭ちゃんとこの幸希くんが来たあとに、どこに行くか決めよっか?」とスマホを見たら、ラインに未読が3件ぐらい付いていた。開けると幸希から懸命に候補日と書いてあったので、家に帰ってから真理と決めようと思った。再スタートして真理が
「お腹すいたね、そろそろ。」
16号線を左折すると木更津のアウトレットがある。行ったことはないがあるのは知っていた。
「アウトレットの駐車場に入って、案内表があるみたいだから、フードコートに何が入ってるか見てみない?」
と真理が言ったので賛成して、ハーレーをアウトレットの駐車場に入れた。バイク専門の駐車場があって、場内案内があった。フードコートは真ん中付近にあり、やっぱり有名ラーメン店や天丼屋さん、うどんやカレー屋とか沢山入っていた。大田は
「あっ、いいねぇここ。有名店が沢山入っている。ここにしよ。」
と2人ともヘルメットをロックできるヘルメットホルダーに差し込み、財布とキーだけ持って歩き出す。真理が
「待って。」
と左腕に腕を絡めてくっ付いて来る。真理は自分で甘えん坊で、腕を組んで歩くのが夢だったと喜んでいる。大田が身長174cmで、彼女が164cm。10cmしか変わらない。ライダーズスタイルを2人ともしてるんで、違和感ない。休日なんで、遠方から家族で来ていたり、ベビーカーを引いてきている人たちが多い気もした。大田たちと似たような年配者のカップルも多いから全然ベタベタしても恥ずかしくない。ちょうどフードコートに入ったコーナーの角の家族が食事を終えて立ち上がったところで、声を掛けてキーとジャケットを脱いで席をキープした。
ぐるーっと回りを見渡して、俺は食べたい物が見つかった。真理に何にする?って聞いたら、どのお店も長蛇の列が出来ているのに、二人とも気が合って、
「私は、つけ麺かな。」
と俺の好みと一緒だった。コップに水を2人分持って来て、
「俺もつけ麺だな。一番並んでるけど、見てたら一番早く出来てるみたいだし、あれ有名なつけ麺屋さんだよ。つけ出汁が魚介類を使っていて美味しそうだよね。真理は待っといて席取られないようにね。千葉の人って図々しいって言うから。」
と言うのか、動くのが先か、並んでいる最後尾に並ぶ。やっぱり3人ぐらい前にずるい奴がいた。一人で並んでいるのに3グループの6〜7人分を頼んで、店員に怒られて、店員も頑固オヤジ風で、一組分だけ注文を受けて、あとは並び直すように言ってた。多分、いつものことなんで店員も慣れてるんだろう。それで、文句言いに出て来たクレーマーと対峙する。大将は何言っても最後尾へ並んでください。1家族、もしくは、1グループで代表は一人なので。というか、引かない。ちゃんと看板に書いてある。男も引かない。
「俺たち8人で1グループだよ。なぁ〜。」
と言って並んでた女の人に言うも、出来上がったつけ麺を運んでいた。仕方なく、その男、最後尾に並びなおしていた。あれはどう見たって2家族以上は居る。
そんな店員のクレーマー処理もあって、長くなりそうかなぁと思った列も、すぐ次の人の注文を聞いて、あとは聞く耳を持たず、淡々と注文を取っていた。お陰でそんなに待たずに済んだし、場所も大家族に押されて2人椅子になるところを真理が睨みを効かせて、ちゃんと4椅子取っていた。そうしないと2人分のつけ麺のお盆がのらないからだ。大田が
「ねっ、千葉の人間凄いでしょ。一回千葉にある大きなショッピングモールで、カバンを置いて、もちろん貴重品を取ってフードコートで席を取ってたら、横にポイって置いて、知らない人が座ってて怒ったことあった。」
へぇ〜凄いわねぇと真理はつけ麺を美味しそうに食べながら言って、美味しい美味しいと言って食べていた。俺も美味しいと正直思った。
「さっきの続きだけど、カバン横に置かれて怒ったらどうなったの?」
先に食べ終わった真理が、つけ麺のスープを飲みながら聞いた。
「あっ、そうそう、怒ったらなんかチンピラ風のやつで、あたり前のように、席が足りなかったからのけたんだよ。文句あるか?って言う。これはまずいと思ったので、文句あるなら、ちょっとこっち来いって外に呼び出したんだ。そしたら、ぞろぞろ全員来たんで仕方ないから管轄違うけど、ルールは守らせようと俺はこう言うものだけど、これ以上文句があるんだったら言って来い。公妨で逮捕してやっからって言ったら、全員蜘蛛の子散らすように走って逃げた。そしたら、何か俺がやられたと思ったのか、店の従業員から警備とか来たから、今度は何も無かったかのように特に何もないですよとか、なんか人違いだったみたいで・・とかごまかしといた。」
大っぴらに見せる物でもないし、また他の管轄で揉め事とかあったら、大目玉食うから。今は普通の人になったので、少々の口喧嘩程度はどうってことはない。でも危きには近づくなだよなって真理に言いながら、今日は私が主婦たちに睨みを効かせてたって2人で笑った。
綺麗に片付けて返却口にお盆を持っていこうとしたら、もう誰かのハンカチが席にキープしてあった。真理と大田が顔を見合わせて笑い。腕組んで、少しひと回りした。真理に
「今日は、もっと先まで行くつもりだったけど、人生の転機だし、このまま海ほたる経由で行きの3分の1で帰り着いちゃうけど、海ほたるで乾物のツマミでも買って、うちか、真理ん家で飲もうよ。」
うんっと真理は言ったので、今のうちに何か買い物しとくかと真理に話していると
「あのね、葵が、司法試験の予備を3種類とも取って、来月、本試験なのね。ここまで来ると受かったと言ってもいいの。難しい山は超えたの。だけど、今、気を遣って、そっとしているのよ。あと1ヶ月なんで、葵にはまだ内緒にしておこう。バレたら仕方ないわよ。だって、拡声器大久保さんいるから。でも、接点がないのでバレないと思うから。そして、なんか合格祝いと思ってるんだけど、どうする?2人からって何か出し合って買おうよ。私は腕時計かな。ネックレスでもいいし・・・。」
と具体的なことまで、心の中で決めてるんだったら、その通りにしよう。
「俺も一応、司法に携わってた身だから検事とか若い子とか居たから聞いたけど、司法試験も色んな受験方法があって、最短は予備試験を3種類取って本試験を受ける。今まで最年少合格者18歳だって。高校んときに予備3種取ったらしい。知り合いには会社に勤めながら夜間にロースクール通学して45歳ぐらいから取ろうと決めて、8年かかったとか言ってた。そう考えると、葵ちゃんは早い方なんで、今度話をしようと思ってたけど、タイミングが無かったじゃん。司法修習って合格したらあるんだけど、裁判官をやったり、検事をやったり、弁護士をやったりと、一通りやるから、最終的には弁護士やれるんで、検事、もしくは裁判官やってみたらどうなんだろう?あと、プレゼントは真理に任せるけど、俺も腕時計が記念にもいいと思う。」
 あと真理も言うように付き合ってることを言うのは、試験が終わってからにしようと言うことになった。それと、時計も慌てず、別日に真理と銀座でも行ってちゃんと買おうと言うことになり、帰路に着いた。
行きより少し肌寒いがまだ暗くなってないので、全然寒くなかった。背中は、真理が行きよりも抱きつく回数が増えたので心地よかった。

 海ほたるに着いて、お土産屋を一回りして、買い物かごにイカの足や貝柱、魚の日照しなど、つまみになるようなものや、お店に出せる物を一緒に買った。デッキの方に出て、東京湾から東京全体が見えるところに来たが、寒くはないが風が強くて飛ばされそうで、バイクのところへ戻ってきた。考えてみるとバイクと言うことを忘れて色々買ってしまった。そう言う時のために、折りたたみ式のリュックを積んでおいた、合成の皮で出来ているので、重たい物でも大丈夫で、必然的に真理が背負うことになるが、真理は全然平気だと言った。帰りも色々とインカムで話をした。たまにはこうして出掛けるのもいいよね。暇を見つけて今度は山梨方面とか、静岡方面とか行ってないところに行こうねと約束した。伊豆方向に近い海の岬が好きだそうだ。どこがいいだろう。九十九里浜にも灯台があるところあるし、今度行きたいところリスト作ろうよって話になったところで帰宅した。
リモコンでガレージを開け、素早く閉める。誰が見てるか分からないからだ。外はもう薄暗かったけど外灯は点けなかった。
 バイクを停めて、ヘルメットを取り、ハンドルロックとかしていると、真理がまっすぐ立って動かない。どうやら俺が後始末するのを待ってて、終わったと分かったらキスをしてきた。もう何年もキスなんかしてなかったのでびっくりした。しかも深いキスだった。真理の舌が入ってきた。俺もまだ若いぞと負けじと応戦した。ついクセでキスをしながら彼女のジャケットのファスナーを下げシャツを捲り上げ、ブラジャーの上から乳房を揉む。自然と俺は、ハーレーの座席に横から座る形になる。真理がサッと身をかわし、
「あとはお預け。ちょっと2階見せて。」
と言う。60歳になっても、全然機能は不良ではなかった。ライダーズパンツは張り裂けそうだったが真理にばれないように。
「どうぞ。」
とだけ言って腹を引き気味に歩いて靴を脱いで2階に上がった。
「本当だ。古いわね。ベットだけ新しい感じ。」
と真理は言って、息子の部屋はもっと汚い。明日から息子の部屋は、本とかダンボールに詰めて、壁に本棚を作って、ダブルのベットを入れてあげる予定だ。壁もクロスもフローリングもドアも全部だ。外装は張り替えてある。それが済んだら、俺の部屋の寝室だ。同じように冊子、ドア、クロス、フローリングと張り替え。俺のところには、ベットの足元の方の面に最近のプロジェクターを設置するようにした。
100インチにしても綺麗に写るそうだ。実際東京の電気屋で見たけど、暗くしなくても綺麗に見えて動画アプリは全て見れた。そんな説明を真理にした。
「どうせ、エッチな動画とか見るんでしょう?男の人達って皆んなコソコソ見るよね。」
と真理は言うが、コソコソとは見てない。今は息子も誰もいないので気にすることなく見る時もある言った。ベットに座ったら、私の膝に跨ってきた。そしてキス。さっきの続きが始まった。すると、またストップが入った。
「圭ちゃん、シャワーは下?」
下だと言うと
「シャワー貸してって!」
ってバタバタと下へ下がりながら、バスタオルあるよね?と言うので、洗濯機の上の棚に畳んで置いてあるよって大きな声で言った。風呂もリフォームしておいて良かったと思っていると、〝お風呂が沸きました〟の電子音。シャワーを浴びながらお湯を溜めてくれたんだと分かった。上にも風呂を作ろうかと考えてみた。息子と彼女が来れるようにするのと、真理が泊まりに来たりとか考えたら少し狭い気もした。あとで真理に聞いてみようと。その時、「おーい、圭ちゃん、お風呂入って。下がってきていいよ。」
と言われたので、慌てて下がったら、バスタオルを一枚胸下に巻いて、ベットでスマホ見ながら待ってるわと言って、階段を上がって行った。
慌てて風呂に入りボクサーパンツを着替えて、髪の毛をタオルで拭きながら、何かやっぱ仕事メインにリフォームしたので、この展開はもっとはやく なりたかった展開だった。でも贅沢は言うな。順番はどうでも良い。2階に上がりベットに入ると、久しぶりの人肌が懐かしかった。何年もの欲求をお互い飽きることなく貪り合った。真理に相性がピッタリと言われた。また、「私のこと好き、少し強引すぎた?」
と言われたので、少し恥ずかしいが
「朝も言ったように好意があったのは本当で、まさか、それが両思いだったとは。さっきリフォーム前だったら良かったのにと贅沢なことを考えていた。」
真理は長い足を蛇のように俺の体に巻きつけて来て
「そうね、私、何年も前から好意は持ってたけど、凄く好きになったのは、警察辞めて、色々と実行力が早いことと、ワイルドなところだから、このリフォーム後かも知れないからごめんなさい。」
いや、謝らなくても良いけど、まだ2階があるから真理に感想を聞いた。息子たちもたまに泊まるのを前提にと、我々が気楽に泊まれたりするには、どうしたら良いかを聞いてみた。
「助かったのは、1階でリビングとキッチンが広かったこと。あと2階はもっと広くできるの?それともこの広さで壁紙とかフローリング、窓とかを変えるだけ?広く増築とか出来ないの?」
あーっ、そう言えば業者が、2階が狭すぎるので、2倍くらいに増築できるって言ってたな。
「最初はひとりだったので、息子に言って、息子もそろそろ家を建てるようなことを言ってたので、2階を打ち抜きのワンルームに広くてカッコよくしようと思った。」と真理に言うと、
「それは素敵だけど、息子さんたちが来るから、たまにだけど泊まれるようにゲストルームを作りたいと思ってるんでしょう。だったら今の倍に2階をして、広いワンルームの夢は捨てないで、ゲストルームを作ったら。」
それは良い考えだ。多分、増築もリフォームもそんなに掛かるお金は一緒だと思った。というか、下のリフォームもだいぶ安くしてもらったので、上の増築で金を掛けても別に良いと思った。今は好きな人が手に入ったし、こんな幸せなことはない。早速、明日業者に増築の青写真を作ってもらおうと思った。そのように真理に言うと
「明日、月曜日でしょ。大久保さんに圭ちゃんのこと話すの夜だから、業者さんには息子さん夫婦が泊まりに来るからと言えばいいんじゃない。じゃあ明日は遅くに来てね。ラインするからね。」
と言って、真理が再び体を乗せてきた。退官してから素晴らしい日々が続く。恐いくらい幸運が続く。
 そして翌日、そわそわしてると予定通り、大久保社長が来店して、とりあえずの一杯をやって、ロックグラスに丸氷に一升瓶から一杯ついで、付き出しを出した頃、真理がラインを送信してきた。
大久保さん来たから、そろそろ言う。と送信した。

「ママーっ、この付き出し美味しかったからもう少しちょうだい。」
と言われた。ちょうどいいと思って、
「これ、海ほたるで買ってきたのよ。」
と真理が言ったら、へぇ〜と言ったと思ったら、ロックグラスが止まっていた。
「えっ、海ほたるって海ほたるだよなぁ。んー、まさか圭ちゃんと行ったのか?」
と立ち上がって大久保が驚愕して言ったので、真理は
「まぁ、社長、座ってよ。」
と大久保も、あぁ・・と立っていることを忘れて座った。真理は続ける
「社長、私ね、圭ちゃんに逆告白しちゃった。社長も知ってたでしょ、私が圭ちゃんのこと好きなの。」
大久保は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。大田はモテるかモテないかと言えばモテるほうだうけど、真理から逆告白されるほどモテるとは。
「まぁ知ってたけど、逆告白するんなら俺にも言ってよ。水臭い。でも、めでたいからいいか!圭ちゃんって凄いな。ここんとこ運が集ってるんじゃない?」
大久保が気持ちが落ち着いたころ、多分大久保から言うと思うから待った。「そうね、もう他の女に取られないよう捕獲しといた。」
大久保が
「それで今日は圭ちゃん何やってんだ?」
ほら来たと思って、
「大久保社長に報告しとかないとと思って報告をしたら呼ぶことになってたの?」
「なんだそりゃー!早く圭ちゃん呼べー!」
ってなった。葵には、試験終わるまで言わないでとは言っておいた。大田の方にラインが来た。とりあえず来てとしか書いてない。真理はそんな意地悪をする。
良し、行くか。今日は業者にも来てもらった。見積もりもすぐ出ないが、予算内にはできそうだし、こんな感じと業者に言うと、今風ですね。今、ネットで検索すれば部屋のデザインなんか山ほど出てくる。昨日買った海ほたるの乾き物を手土産に下げて居酒屋マリーに向かった。
「いらっしゃいませ!」
の真理の声に大久保が振り返った。
「おー、来た来た。色男!圭ちゃん、おめでとう。圭ちゃんモテるねぇ〜。」とりあえず一杯、ビールの生ジョッキを真理が持って来る。
「大久保社長、これお土産。」
と大田は海ほたるで買った乾き物を入れた袋を手渡す。
「ありがとう圭ちゃん、何、聞くところによると、バイクで走行中にインカムで告白されたんだって?」
と真理が言ったであろうことを反復して太田に聞く。
「まぁ、そうですけど、そこは真理の体裁もあるんで、俺から告白したことにしましょう。」
と大久保に言いながら真理の顔を見ると、うんうんと頷いていた。大久保は
「どっちでも良いけど、めでたいことだ、改めておめでとう。乾杯!」
とビールジョッキをあげると、慌ててグラスを持ちカチッとグラスを当てた。真理は自分の飲んでいた水のコップを一緒に当てた。もう明日には町中に噂が広がっているだろう。この際、いちいち言わないで良いから良い広告塔だ。
「ママがさぁ、圭ちゃんのこと少し好意があるのかなぁ、なんて、他の客とも噂になってたぐらいだから、思った通りってことで、ここはめでたいめでたい!」
と大久保は訳の分からないことを言っていた。もうこの歳で付き合うと言ったら結婚を前提になっちゃうから、めでたいはめでたいかなと思った。いつものロックグラスに丸氷、芋焼酎のロックを作ってもらうと、今日はいつもと違って格別に美味しい。そのことを大久保が代弁した。
「圭ちゃん、今日の芋ロック、格別に美味しいなぁ〜。」
まぁ、良かった。この男に秘密にすると、なんで言わなかったのかとか色々拗ねられると面倒なので良かった。ついでに、近々、息子が彼女を連れて泊まりがけで帰ってくることも言った。すると大久保がやはり情報通で
「あーっ、だから業者の鉄ちゃんが圭ちゃんとこ、またリフォームとか増築するとか言ってたんだなぁ〜。随分、2階を広くするらしいじゃない。」
「そうなんです。業者の鉄さんには悪いんですけど、突貫工事になると思います。」
と大久保にも言っておけば、話を回してお願い出来るだろうと思った。
翌日には、業者の鉄さんが、おめでとうございますって言った。結婚とかではないのに。どうしても瓦屋根を全部外すために、2日間営業を休みにして、仮の天丼を作り、シートで覆われた。外観も全部足場とシートに囲まれて大仕事だ。
現在の骨とか梁を使ったり新しく鉄骨を入れたりと、要するに家の上に家を鉄骨で作る形だ。瓦をついでなので除去してフラットにして、断熱材や防音材で強化し、耐震強度もさらに強化した。元の家で使っているものは基礎の部分や骨、梁、床、壁程度になった。長方形の2階建が、約10日ぐらいで仕上がる。その間は真理がうちにおいでと言ってくれたので甘えた。葵はもう試験の追い込みらしく、一度も来なかったので、葵の心の邪魔をすることはなかった。
いよいよ完成だと業者の鉄さんから連絡があったので、見に真理と一緒に行った。もう全く違う家になっていた。
2階は全て新築のよう。階段の位置は同じだけど、2階に上がったら廊下があって、すぐドアがあり、洗面場と下の風呂と同じものを奮発して設置。またトイレを増設した。手前のドアが右と左にあって、右が大田の寝室で20畳ほどある。クローゼットも壁と思うほど隠しクローゼットみたいになっていて、奥にダブルのベット。壁と同じ色の机を作ってもらったので、そこでも勉強や仕事だって出来る。横の棚は全て本棚だ。
隣の部屋もダブルのベットだけ真ん中に鎮座していて、隣と同じく隠しクローゼット、あと60型のテレビを壁掛けにした。あとは本棚の前に息子のダンボールが並んでいた。あとはご自由にということだ。ベットに布団とか無いので、ネットで揃えて注文してある。照明もほとんど間接照明が好きらしく、真理が素敵と言っていた。業者の鉄さんが
「どうだい、突貫で5人で仕上げた。あとは片付けるだけだけど、どっか気になるところあったら今のうちに言ってくれる。」
と噂の真理と一緒だったから、少し、どうだとドヤ顔で話してた。鉄さんも良く来るお客さんの一人で、真理も良く知っている。
「鉄さん凄いね。さすがプロ。尊敬しちゃう。」
と鉄さんは言われ、少し赤い顔をしながら頭の後ろを右手でかいて照れくさそうにした。階段から若い衆がが上がって来て、真理に挨拶すると、鉄さんに
「足場全部片付け完了です。下も少し埃っぽかったので掃除しときましたんで。」
と終わったことを知らせに来た。
「鉄さん、本当にありがとうございました。またなにかあったら連絡させてもらいます。」
業者の鉄さんは、照れくさそうに挨拶すると、またお店でと言ってトラック2台で帰って行った。
「すっごく綺麗になったし、贅沢なぐらい広い。やっぱりいいなぁ〜。広い家って。」
ってベットにバタンと大の字に転がる。大田は、通販で買ったばかりの高級なプロジェクターを箱を開けて設置を始めていた。DIYが好きで、ガレージに工具がたくさんある。折りたたみの三脚を持って来て、業者がプロジェクター作るようにボードに梁を入れて取り付けられるようにしてあった。電源も配線してあった。電源を差し込んで天井に線を隠して本体をネジ止めするだけだけど、三脚を真理に持ってもらった。発光部分の元が動くようになってて、だいたい360度どこでも写すことが出来て大きさとピントも合わせられる。とりあえず、一番見やすい大きい壁に100インチぐらいで写してみた。初期設定を自動でしてくれて、5分ぐらいしたら、どのチャンネルも写るようになった。100インチってデカいなって真理に話したら、返事が無いので見たら、寝てた。疲れてるんだろう、起こさないでそのまま寝かせといて、テレビのボリュームを小さくした。夢にまで見た憧れの大画面にホームシアター、ステレオにも繋いであった。部屋の四方にBOSEのスピーカーを吊り下げてある。色々見ようとして、初期設定に時間がかかる。あらかた設定が終わったから工具とか片付けて、ベットに行って、真理の寝顔を見る。おもわず髪を撫でてしまったら目を開けた。手が俺の首に回って来てキスをされた。
「お腹すかない?」
と真理が言った。大田が
「何か作ろうか?」
と言ったら驚いた顔された。
「料理できるの?」
「焼きそばぐらいなら。」
真理は起き上がり、じゃあ次の機会に作ってもらうねと言って
「リビング行こう。冷蔵庫に何があるの?ある物で何か作る。」
真理が言うと、大田は
「焼きそばになっちゃうと思うよ。」
と笑って言って、真理が冷蔵庫開けるのを見ていた。
「焼きそばの材料があるってことは他にも色々作れるわよ。」
と冷凍庫から冷凍してあったご飯をレンジに解凍している間に野菜などを手際良く切ってゆく、中華鍋があるから、それで炒めて片栗粉を湯で混ぜてとろみを付けて炒め物にあえて、丼に飯をついで上に中華炒めをのせて、中華丼の出来上がり。見る見る間に料理が出来た。さすがプロだ。
「お酢とソースはお好みで。」
お酢とソースをかけると美味しいのは、今回初めて聞いた九州では、当たり前だそうだ。
「料理ってさぁ、具材は同じ物使うのに炒めたり、煮たり、調味料で違うだけだから。」
そういえばそうだなあと思う。今度少し勉強しようかなと真理に言ったら、私のやることが無くなるから、それは止めてと言われた。息子さん来た時は何を食べさせてあげようか?と言っていたので、店のメニュー内で十分だよと言うと、何か特別に作ってあげたいのって言う。
そういえば息子に2階全部リフォームしたと報告のラインしたら、えっ、ほんとか机の中のものは?と言われたので箱にいれて、この状態と写メを送ったら、ありがとう、部屋凄いねと言われた。来てからダンボール箱の中、本棚とかクローゼットに入れてねと言って、日にちも1週間後に決まった。平日の金曜日だった。次の日が休みだからだろうと言うと、いやただ彼女は土日関係無いのでたまたまだと言ってた。
「こんな田舎来たらビックリするんじゃない?」
「でも東京まで1時間だよ。」
とちょうど良い距離だと幸希は言う。
「なんか、元警官だと言ったら、なんか知らないけど、あらそうっていつもネタにもらっている人たちに警官が多いから安心してた。でも、緊張するって。」
そうか、こっちが緊張してしまうから、いつものようにな。畏まらないで。ってか、お父さんも報告ある。すると幸希が
「まじか。そんな日が来るんかなと思ってたけど。」
ってまだ何も言ってないじゃ無いか?もうそれ以上言わないと言って、じゃあ当日と言ってラインを終えた。
「予想だけど、その予想が本当なら、親父、警察官合ってなかったのかもね。」と捨て台詞言われて終わった。
いや、でも警官を35年やってここまで来てるし、自分のやって来たこと後悔しないようにしよう。今は真理もいるし、息子は今、幸せそうだし、あっ、そういえば今日から葵ちゃんテストじゃん。真理に聞いたら、
「朝にいってきまーす!」ってラインにあって、多分余裕とか言ってたけど、強がりの部分もあるからどうなんだろう。3日間だっけ、人生の大勝負みたい。頑張るってと真理は言うが心配だろう。
「ねぇねぇ、もしよ、もしだけど、落ちても5年以内に受験できるから、今回入れて5回でしょ。そのうちには受かるだろうけど、それでも今回の試験が終わったらカミングアウトするんでしょ。」
「いや、あの子なら合格するよ。試験終わって、カミングアウトして、合格発表、ネットで一緒に受験番号見つけるのもいいね。」
真理が葵は、きっと喜んでくれると思うけど、ずるいママって言われそう。でも、結婚したらパパになるからいいじゃんって言う。だって圭ちゃん60歳には見えないよ。私より年下に見えるもんと言う。真理は腕時計を見て、やばっ仕込みしないとと言って、慌てて洗面台に行って化粧直しをして
「今日は、片付けで忙しいでしょ。店終わったら来ていいでしょ。」
そうだね、その方がいいやと言って見送った。なんて気が効く子なんだろ。さて、何から片付けるか。そうだ、ドリンク用の冷蔵庫をガレージに入れてある。それをこの部屋に入れよう。実は部屋の角にスライドドアがあって、ウォークインクローゼットになっている。ウォークインクローゼットの床をロックを外してスライドすると、ガレージに行く階段を作ってもらった。ドリンク用の冷蔵庫だから、下でダンボール箱を開けて、一人でモテる重さなので軽々と運べた。冷蔵庫も入れるところも洋酒棚仕様に作ったガラスの壁にクローゼットと同じように特注に埋め込んで作った。その下のスライド棚に入るようになっている。なので、ベットとカウンターみたいに出た机がある程度、あとはスライドすればクローゼットに壁はほとんど使われている。木目調で統一して、漆色といったような色に仕上げている。1メーター以上は全て白の壁紙にしてあって、プロジェクターテレビをどこでも写せるようにした。最近のプロジェクターテレビは普通のテレビとさほど変わらないように写る。下の冷蔵庫から冷えたビール缶を持って来て、さっき敷いたラグの上に昼に組み立ておいたガラステーブルに置いてプルタブを開けて飲む。プロジェクターで動画アプリを使って、あちこちチャンネルを変える。韓国のドラマを1話見たら止まらなくなり、下からロックグラスに氷を入れて、一升瓶の芋焼酎を入れ、2話を見た。ベットに寝転がって続きを見ていたら、いつの間にか寝てしまったのか、真理に起こされた。
「だと思った。ラインも電話も出ないからこんなことだろうと思った。ってか、ずるい自分だけ芋焼酎飲んで、あっ、しかも話題の韓国ドラマ見てるし。」
私も飲みたい!
と言いながら、上のシャワー使ってみるねと缶ビールで乾杯してから、わざと目の前で素っ裸になってポーズを取りながらシャワーに行った。47歳と言う割にはたるんだところがどこも無い。きっとケアをしてるんだろうと思った。もう水となった芋焼酎に上に運んだ冷蔵庫にロック氷を入れておいたので、氷を足して飲んだ。韓国ドラマは2話が終わって止まっていた。2話をもう一度最初から見ることにした。
そうしていると、バスタオル1枚の真理が来て、缶ビールを飲み干し、ロックグラスを店から出したら、
「あっ、冷蔵庫入れたんだ。私も氷!」
と言って冷蔵庫から氷を取って焼酎と入れて、再び乾杯した。
「あらっ、ラグも敷いてある。大きいラグだらかいいね。ガラステーブルも大きい。いいね。」
あっ、ずるいって言われ、韓国のテレビドラマ、また、1話から見ることになった。
「なにこれ、面白いね。2話も見よう。」
と結局2話は2回見たけど、5話くらいになったら、時計を見て寝ないとやばいな、仕事出来なくなっちゃうお互い。と言いながら、プロジェクターを切って、抱き合って寝た。


木曜日になった。
大田と真理は話し合って、水曜日の夜から真理は自宅に帰った。2〜3日居なかっただけで、埃っぽくなるんだなぁと思いながら掃除をする。水曜日の夜は、終わったぁ〜とラインがあった。どうだったとは聞かずに
「お疲れ様。とりあえず、ゆっくり寝なさい。」
とラインした。
「はーい!明日一度帰るね」
と言って、
「お疲れー!」
と言って終わった。本日は、早く起きて朝ごはんでも昼ごはんでも食べれるように支度しといた。昼前に葵が帰って来た。なんかすごく元気でテンションが高かった
「ママ、ただいま!ガッツだぜ!」
と空手の突きの真似をして、バックにたくさん本やノートを持って来たものを自分の部屋に運びダンボール箱に入れていた。
「ママ、あのね一発の手応えあったよ!多分!」
まだ分かんないけど、今回ダメでも、あと4年もあるしってネガティブなことも言ったけど、多分いけたと思うけどさ、これだけは分かんない。でも試験終わったからゆっくりするって言った。
「そうね、ゆっくりリラックスしなさい。」
としか言えなかった。こんな時にどんな言葉を言ってあげて良いのか用意してなかった。
「ママ、何か良いことあったの?」
えっと思ったけど、何もバレるような物とか置いてないし、なんで?と思いながら、
「えっ、どうして?」
と聞き返したら、思ってた通りの答え。
「なんとなく。」
とやっぱ言われた。親子だなやっぱと思った。テーブルに昼食を並べて行った。
「うわっ、やったー!久々のママのご飯。実家のご飯久々だわ。」
いっただきまーすと言って、食べ始める。焼き魚とか、卵焼き、煮物とか、味噌汁。あとは田舎から送って来るたくわんとかだ。
「葵、少し痩せたんじゃない?たくさん食べて元に戻さないと。」
と笑いながら言った。
「うん、3〜4kgくらいだけだどね。」
許容範囲でしょと言う。47歳にもなると、3〜4kgを元に戻すの半端なく難しい。そんな話をして、体型を維持するのって結構難しいんだからねって話した。
「何よ急にママ?やっぱ変だわ。」
と葵に言われ、それっ切り黙るしかなかった。下の厨房に行って、冷蔵庫から食材を出したり冷凍庫からも解凍する食材を次々に出して並べて、準備を始めた。本日の仕込みだ。自分ではいつものように食材を出して、準備をしているつもりでも、上で食事を済ませて、片付けをしてくれて、仕込みの手伝いをしようと思った葵が
「ん?今日は誰か特別な人か何かあるの?」
とすぐ突っ込んできた。するどい洞察力と言うか。
「なんかね、けいち・・・、あっ大田さんが何年か振りに息子さんが来るんだって。しかも彼女連れて。それで、息子さんに連れて行きたい居酒屋があるって言ったらしいのよ。だから、美味しい物出してあげなきゃって思って。」とキャベツを切りながら言うと、
「あっ、やっぱり何か違うと思ったら、もしかするともしかする?」
と葵が何か気づいたような感じだったので、それに引っ掛かんないように冷静に淡々と作業をしているふりをして
「えっ、何、もしかする?って。」
葵は薄ら笑いを浮かべて、ふーんって言いながら手伝いを始めた。
あれ、確か、葵が気づくまで言わないでおこうと言うことになっていたが、どうだろう。今、いつその頃を言った方が良さそうな雰囲気になって来た。返って大田の息子と息子の彼女が来た時にカミングアウトのタイミングじゃ、なんか違うような気が真理はした。そこで、大田にラインをする必要になった。
「あっ、そういえば大田さん、息子さんたち、何時頃連れて来るんだろう?」
と言いながら、スマホを取り出し、大田にラインをした。19時ぐらいに来るのは知っていたが、もう限界、葵が何か気づき始めたとヘルプの連絡をした。
一方の大田は、息子と息子の彼女は車を借りてくるとのことだったので、ガレージのダンボールとかを廃棄したり、掃除をしてるところだった。ラインで、ヘルプの文章が来た。そうか、先に言っとかないと息子に紹介のようにラインで伝える。
真理はほっとしたように、あとは葵がどう言うか少し不安はあるが、言うことにした。スマホを置いて、真理は切り出す
「葵、あのね。」
ん?何々?とニコニコしている。
「ん?なんで、そんな笑ってるの?」
と真理が言う。
「んー、なんか朗報のような気がして。」
「うん、朗報よ。大田さんと付き合ってる。」
と真理が言うと、あんぐり口を開けっぱんしになったあと、
「だと思ったぁ〜。ずるいー!私も好きだったのに。親子って好きなタイプが似るのね。おめでとうママ。」
と言って、目がウルウルしてるのに気づくと
「あっ、ちょっとごめん。」
と言ってトントントンと2階に上がって行った。きっと嬉しいやら悲しいやら複雑な気持ちになったのだろう。もし結婚したらパパなんだからいいじゃんと思った。それも一方的な考えか。しばらく放っておくことにした。そのことを一応ラインで大田には報告しておいた。そしたら、布団に顔を埋めて泣いているのか、音漏れして聞こえた。思いっきり泣いていた。何故?と思ったが。しばらくすると、何もなかったかのように下がって来て、引き続き手伝いを始めた。カウンターを拭いたり、床を掃除したりしていた。
「ママ、ねぇ、いつからなの?」
と葵が急に聞いて来たので、これまでのこと、逆告白したこと、息子さんたちが来るのもあって、ついでに大田の家もリフォームしたこと。全部、今現在までのことを話した。
「それで、今日息子さんたちが来るまで教えてなかったんだ。それもし私が知らなかったら、話合わなくておかしくなってたね。」
だから、さっきラインで緊急事態って報告した。そりゃあ、そうだなってなった。
「ごめんね、黙ってて。葵が受験じゃなきゃすぐ言うんだけど、受験だったから終わってからタイミング見てと言うことになってたの。」
と真理が正直なところを言うと。
「そうね。そのせいで落ちる可能性大だったわ。良かった聞いてなくて。」
と葵が言ったら2人で笑った。
「でも、良かったねママ。大田さん若々しくて、10歳以上は若く見えるし、このタイミング逃したら絶対誰かに取られてたかも。」
と葵が言ったので、
「大久保社長が、銀座に連れてったしょ。あとで大久保さんに聞いたら、めっちゃモテてたって聞いたから、やばいと思って。バイク乗せてってお願いしたの。」
葵が、大久保社長はお母さん狙ってたから、大田さんには推薦しないわよねって言った。
「あっ、それがね。圭ちゃんにも言ってないけど、実は、圭ちゃんとツーリングにでも行ってくればって勧めてくれたの大久保社長なのよ。私が圭ちゃんのこと好きって知ってて言ったと思うのよ。まぁ社長の2度目のツーリングの誘いをのらりくらり交わしたのもあるけど。だって、社長、運転荒くて怖いんだもの。」
「大久保社長、そういうところ潔いのね。社長って誰に対しても世話好きで、悪く言えばおせっかいなところもあるよね。まぁ、ママにチャンスを作ってくれたことには間違いないわね。ん?もしかすると、大型バイクの免許取らせたのもその為なのかなぁ。そこまでは考えてないよね。」
と葵は推理した。
「まさか、たまたまでしょ。どっちでもいいけど、大久保社長には感謝だわ。カミングアウトした時は鳩が前鉄砲を食ったような顔してたけど。」
午後5時半になったから暖簾を出した。葵に本日のおすすめを書いてもらった。お客さんの第一号が大久保社長だった。葵が店に居たもんだから、司法試験の終了おめでとうまた、お疲れ様と乾杯をしてくれた。気を遣って皆んな結果はどうだった?とは聞かなかった。何故なのかは分からないが、結果はどうだったって聞く人は皆無に近い。
いつものとりあえずの生ビールを飲んでいる時、葵が厨房に引っ込んだ隙を見て、真理に
「圭ちゃんのことは知ってんの?教えた?」
と聞いて来たので、もう言いましたと答えといた。大久保が
「今日、息子が彼女を連れて来るらしいじゃん。もう家に着いてるうんだろうね。」
といつものおせっかいと野次馬的な興味津々と言った感じだった。

一方の太田の家では、午後5時すぐぐらいにレンタカーをわざわざ借りて、彼女と一緒に家に来た。彼女には以前は警察官を定年退職したまでしか言ってなかったので、この前実家帰ったら、いつの間にか行政書士の先生になって、事務所まで開設してたと言ったらびっくりしていたらしい。レンタカーをガレージに入れ、事務所を一通り見せたら、自宅のリビングの方に招き入れた。仕事のお客ではないので、事務所の応接室では失礼だ。だがしかし、挨拶する時は、癖なのか、彼女が名刺を出して挨拶したので、慌てて名刺を棚から取って差し出した。すると幸希が
「京子、仕事じゃないんだから名刺はいらないんじゃないの?俺さえ親父に名刺を出したことないよ。」
とツッコミを入れた。そう言えば息子の企業名は有名だし、部署は分からないにしても、部長クラスとは聞いているだけだった。
「まぁ、いいじゃないか、座りなさい。」
と言って3人リビングの食卓に座って、幸希が彼女は新聞記者であること、一緒にに現在暮らしていることなど、色々話したところで、飲み物出そうか?と立とうとしたら
「いいよ。俺やる。」
と言って、幸希が立ち上がり、冷蔵庫の中から、缶ビール出して、
「おやじ、これもらっていい?」
と早速飲みたいと言い出したので、俺も飲もうかなと言うと
「京子も飲むだろう?」
と言い缶ビールを3本出して来て、15分ぐらいしか経ってないのに、3人で缶ビールをプシュッと開けて乾杯した。京子だけが
「よろしくお願いしまーす。」
と本当は緊張していたらしく、一杯飲んだ後
「本当は、めっちゃ緊張してました。お義父さんが元警察官と聞いただけで、ものすごく堅い人なんだろうなと思ったら、めちゃくちゃ若くて驚きました。お兄さんと言っても分からないくらいです。」
いや〜っ、参ったなぁと頭をかきながら、
「記者さんなんで、警察官とも仲良くしなきゃいけないでしょう。我々もブンヤって言って良く接待されましたよ。」
やっぱそうですか?とどこも一緒なんだなぁと言いながら話が弾んだ。幸希が、
「ところで、2階を外から見たらあんまり分かんなかったけど、どこをどうリフォームしたの??」
と言われたので、立ち上がって案内するよと幸希の部屋の物、古い机とか棚とか全部廃棄したことを言って本とかアルバムとかダンボール箱に入れてあるから、暇な時に片付けにたまに来てくれと言いながら、階段を3人で上ると、幸希が
「なんだこれ、めっちゃ違う家になってるじゃん。新築みたいだ。上にもトイレと風呂がある。」
「生活感ないみたいだけど壁、ほら、ほとんどクローゼットになってるんだよ。幸希とこは、ここにテレビを入れるところだけ凹んでいる。」
うわーっ、すごーいと言ったのは京子だった。
テレビだけ間に合わなかったが、ダブルのベットは真ん中ん鎮座してて、シーツや布団は羽毛の軽くて暖かいやつにしといた。ベットマットにボックス式のシーツ、枕が2つとピロケースに全部セッティング済みだ。幸希が、
「今、住んでいるうちのリビングより広い。寝室より完全に広いな、京子。もうここに住もうか。」
と3人で笑いが出た。
「親父の部屋を見せてよ。」
と言われたので、あっ、真理のところへ行ってから気付かれて、気まずいよりいいなと考え、
「幸希、どうせあとで言おうと思ってたけど、今、付き合っている人がいるんだ。まだその人と一緒に住んではいないんだが、行ったり来たりしている。それが今日行く居酒屋をやっている人なんだ。真理って言う。」
あまり驚きもなく、
「へぇ〜、今、人生100年時代だから、そうか。でも親父、還暦すぎてから大型バイク乗り出したくらいだから、若いよね。」
と言いながら、対面にある部屋を案内する。
ベットが隅にあって、ラグが敷いてあって、大きめのガラステーブルにミニカウンター、その後ろの壁は四角いガラスが何枚も入れてある扉で、扉の向こう側には洋酒や、ミニチュアのハーレーや旧車が飾ってあって、ライトアップされている。扉を開けると、この前入れた冷蔵庫。壁はクローゼットになっていて、角のウォークインクローゼットがこっちの部屋だけある。
「なんで、こっちだけウォークインクローゼット作ったの。そんなに服とか一人だからないでしょ。」
と言うんで、床のロックを外してスライドして、スイッチを点けると、ハーレーが見える。
「うわーっ、ガレージに繋がっているんだ。秘密基地みたいだ。」
昔、幼い頃は好きだったなぁ〜。実家の田舎の山にほら穴があって、ワラとかで外から見えないように友達と基地を作って、遊んでいたな。そう言えば天井裏に昇って遊んで、親父に怒られたっけ。そんな話をしていると、
「そういえば、親父、テレビ見ないの?下には大きなテレビあるのは見たけど事務所で、ここはないじゃん。」
「いやいや幸希、昔から俺が電化製品好きなの知ってて言ってるの?これだよ、これ。」
と言ってプロジェクターのスイッチを入れた。入って右側の白い壁にめちゃくちゃデカく民放のテレビが写った。ニュースをやっていた。ウクライナがどうの・・・と言っていた。動画サイトに切り替え、昨日見ていた韓国ドラマが写って、〝続きを見ますか?〟となって止まっていた。ホームに移り、動画アプリがいくつもあるのも見せた。どのチャンネルでも見れると自慢した。
「すっげぇ大きいじゃん。プロジェクターってあんまり明るくなく綺麗に写らないと思ってたら、違うんだね。普通のテレビとあんま変わんない。」
「しかも、どこでも好きなところに投写出来るんだ。こっちの壁にもこうして動かせて大きさ合わせてピントを合わせると、こっちでも綺麗に写る。」
2人とも驚いて、次に買う時はプロジェクターも頭に入れとこと言う。どうせ結婚するんなら家かマンションの分譲を考えてるだろうからと、腕時計を見る。午後6時45分になろうとしていた。
「午後7時に真理んとこ行くことになってたんで、行こうか。」
あっ、そうだ。ひとまず行こう行こうと、促せた。歩いて5分ぐらいだと言うと、めっちゃ近いじゃんと言われた。
「あっ、あと真理の娘さんで葵ちゃんも今日は居るから、ちゃんと挨拶してね。実は昨日、司法試験が全部終わったばかりで、重荷を降ろしたばっかだから。」
京子がすぐ食いつく。
「司法試験ってあの司法試験ですか?弁護士とか検事、裁判官の。すごっ。」
ロースクールに行きながら、予備試験も諦めずに受けていたら、予定より早く予備試験合格したので、受験有効期限5年のうちの1回目。多分1回で合格するんじゃないかと本人も自信を持っているそうだと言っておいた。あと幸希と同じ歳だとも。京子は幸希の1歳年下だそうだ。
お店に向かいながら、そんな話をしていたら、居酒屋マリーの看板を見つけてあれだ!と言った。
店名もたまたま昔ん店名と自分の名前が一緒だったので、そのまま使ったとも話をしといた。太田が店の扉を開ける。
「いらっしゃいませ。」
とみんなの視線を感じた。一瞬で、大久保、葵、真理の順に視線を感じ、皆んな微笑んでいる。
「いらっしゃいませ。狭いカウンターだけのお店だけど、すいません。圭ちゃん、奥の方入って。」
とL字になっているカウンターの大久保が座っている逆の方の奥に案内する。一番奥に太田、京子、幸希の順に座る。京子が飲めるとラインあったので、言わないでも、この店名物の凍ったジョッキに生ビールを3杯、入店してから葵が準備した。
「はい、とりあえず一杯です!この店で飲める人は黙って出て来ます。」
京子が思わず、
「キャー!素敵!!」
と言って、乾杯ー!ってグラスを合わせて、大久保さんの方にもグラスを上げ、
「幸希、あの方が大久保社長で、お世話になっている人だ。大久保さん、息子です。」
幸希もグラスを上げて会釈する。京子は別に紹介しなくても良いだろうと思った。真理が料理を運んできて、やっと挨拶した。
「幸希さん、京子さん、真理です。よろしくお願いします。」
と言うと、幸希も京子も畏まると挨拶を返した。葵も料理を持って来て挨拶した。大田が葵と幸希は同じ歳だと言ったら、驚いていた。それより京子が一歳年下で記者だと言ったら、葵は興味津々に色々話聞きたーいと言っていた。終わりに、大田にだけ分かるように
「大田さん、ママをよろしくお願いします。」
と言われた。また、お客さん引いたら話に来ますねと厨房に料理作りに引っ込んで行った。ようやく挨拶も終わり、大田が京子に聞く。
「こういう店はあんまり来ないでしょう。たまにいいよ。」
と大田が京子が仕事柄、接待といえば高級な店が多いので、気を遣った。
「そうでもないですよ。たまに同僚の記者たちと来たり、幸希さんとも焼き鳥屋とか行きますよ。」
幸希が横から
「あの霧島地鶏の居酒屋は、喫煙OKだから、鳥の焼く匂いとタバコの匂いが混ざって、臭くて仕方ないけど、地鶏の炭火焼きを柚子胡椒で食べるの大好きなんだよね。タバコ辞めてから、タバコの匂いがダメになって。」
居酒屋マリーも喫煙OKだったんだけど、客に吸う人が大久保さんとあと一人ぐらいしか居ないから、カウンターの今、大久保が座っている場所だけOKで、あとの席は禁煙にしたらしい。ちょうど大久保の座る上に換気扇が回っていて、大久保のタバコの煙が吸い込まれていく様が見える、幸希が続ける。
「あれ、お父さん、タバコ辞めたの?それとも加熱式とか。」
「いやぁ、もう辞めて10年以上経つんじゃないかなぁ。署内が禁煙になって、そのうち喫煙室も無くなって、今吸っている者は、署の門の外じゃないと吸えない。スマホも禁止じゃ、時代遅れになっちゃう。」
京子がすぐ
「えっ、署内ってスマホ禁止なんですかぁ〜?私の知り合いのデカ、使ってたけどなぁ。」
署にもよって違うんだけど、ほとんどがダメな筈。取り調べ室とかは絶対ダメになったし、署に入る時に預けるロッカーがある。インターネットの閲覧も署のパソコンが各階に1台づつあって、それしか外部には繋がらないようんなっている。あとは警察のネットワークがあって、免許番号とか名前、生年月日でほとんど全てが検索出来る。昔は署内だと誰でも自由に検索出来たが、今は、年月日、何時何分にID、パスで誰が検索したか、しかも検索した理由書を書かないといけないほど厳しくなっている。
「基本的にはダメだけど、なぁなぁになって、また何かあると厳しくなるのくり返しだよ。結構、警察って組織はいい加減で、今は再雇用しなくて良かったと思っている。実際俺が言うのも何だが、あの組織には辟易してる。」
幸希が言う。
「お袋がいるときは、昇進試験に受かっただの、刑事になった時も張り切っていたのに、珍しいな、親父。俺にも警察官進めたよな。」
「昔の話は幸希、勘弁してくれ。今は他にも俺にやれることはたくさんあるってことに気づいた。だが、35年も勤めたから、後悔だけはしんたと思わないようにしてる。あの時は時代が時代で、今も公務員イコール安定と言う考え方の人も多いけど、今は失敗を怖れず好きなことをやった方が人生1回しかないから。やり直しが効かないからなあ。」
幸希も京子も頷いていた。2人は果たして自分は好きなことをやれているのかと聞いた。幸希は
「俺は、入社してから猪突猛進でこれまで来て、一応失敗も無く好きにさせてもらって、仕事も俺たちがやってることが、日本や世界に役に立ってるんだと思うと嬉しいよね。やっぱ。」
大田は初めて息子から仕事のこと、京子さんのこと、未来のことをこの場で聞いた。まだ今は京子さんがしばらく記者を続けたいとのことで子供は考えてなくて、そのうちにそうなることも考えて、入籍はしようという話だった。あとそれもまだ決めてないが結婚式はするつもりと言っていた。それを言ったのは全部幸希で、京子は少し顔を赤くして、幸希はそこまで考えてくれてたの?って言って、和やかな雰囲気になった。京子が
「今日は、お義父さんに会えて凄く嬉しいです。これからもちょいちょい来ていいですか?お義父さん。こんないい人たちに囲まれて羨ましいです。」
それと、芋焼酎のロックって初めて飲んだのに、こんな美味しいとは知りませんでしたと気が付いたら、4杯目に手が出てるけど、大丈夫ですか?と言ったので、皆んな笑った。幸希とペースが一緒だった。お客さんが引いたので大久保も話に入って来た。
「圭ちゃんにこんな大きな息子さんがいるとは知らなくて、彼女を連れて来るってことなんで、おめでたいことが続くなぁと思った。圭ちゃんはまだ若いから何でも出来るよな。ただ、60歳からは司法試験は無理だろう、なぁ葵ちゃん。」
と話を葵に投げた。
「いえ、60歳からでも大卒の人だったら取れなくはないけど、司法修習終えて、弁護士なんかなっても70歳すぎるとして果たして仕事がまともに出来るかどうかですよ。」
何年か前に18歳で取ったのがいると聞いて、子供にどんな教育をすればそうなるのか興味があった。18歳で取ったやつよりも、その子をどうやって教育したのか知りたい。多分誰もがそう思うであろう。京子が葵に言う。
「うちの記者にも実は、記者をやりながらロースクールに行って、その間に年に2回、3回だっけの予備試験、何回も落ちて、いつも取材なのに勉強してる男子います。辞めて勉強に集中すればいいんだけど、生活があるしってやっぱ両立は難しいよね。」
「私の先輩にも会社に就職したけど諦められず、夜間のロースクールに通いながら、目指している人もいます。そう考えると、すっごくママに感謝しています。」と真理に感謝の言葉が出た。真理は、
「でもね、葵、毎日毎日、来る日も来る日もこうして、必ずお客さんが来てくれたから出来たこと。この店をやろうと思わなければ、ロースクールとか諦めてもらうしかなかったかもね。でも結果、自ら予備試験合格したからロースクール1年早く退学出来た。確か1〜2週間差で、あと1年を払うか払わないかのタイミングだったのよ。雲泥の差だった。」
「この度は私がお母さんを助ける。今回落ちても受験資格そのままで、あと4回受験出来るから絶対取れる自信ある!あおt4回もあるのよ、余裕でしょ。」
凄い気合いだった。母親の負担が無くなるのは良いな。それで、勉強部屋に借りていたワンルームマンションを大久保さんに申し訳なさそうに解約しますと言っていた。大久保は、
「そんなのは、どうでもいいんだよ。もう合格ラインまで来てるんだけど、安心しちゃいけないよ。合格ってハッキリ分かったらもう勉強することないから言いと思ったら、それも間違いで実務の方が覚えることたくさんあると思うな。」
まさにその通りで、裁判官なんか選んだ日には、決まりがいっぱいあるらしい。脳に趣味嗜好を入れてはいけないとか、人を人が裁くわけだから、無、にならないといけないらしい。頭の中でやっぱり人間だから、この人は印象いいなとか、こいつは悪いやつだからと言って私情を入れたら量刑が変わってくるので、裁判員裁判制度が出来たけど、結局、弁護士が被告をどう見せるか、検事がどれほど証拠を出して悪く見せるかの劇場と言ったらいい。しかも結局、被告が量刑不当で上訴したら裁判官が3人で判例に鑑みて判決を変える。裁判官裁判制度は、それこそアメリカの真似だが、それを真似するのなら司法そのものを全部真似すれば、冤罪や、保釈逃走と言ったカルロス・ゴーンのようなことは無かったはずだ。日本だけだ、起訴されたら99.9%有罪と言うのは。その起訴事実すらおかしいのが多いのに。人質司法や裏での司法取引きなど、まともな裁判をやってほしい。疑わしきは罰せずが今は、疑わしかったら罰するに変わりつつある。大田は葵が司法試験合格したら、検事、裁判官にはならないようにと少し話したことがあった。人柄が変わるから。人格が全く変わってしまう。合格したら、司法修習をして、大きな弁護士事務所、もしくは、有名な弁護士の先生にイソ弁になって、7〜8年で独立かな。イソ弁とは居候弁護士のことを言って、下積みのことです。その時々で、相談に乗ってやろう。弁護士の中でも色々あるからね。その中の1つを専門にした方がいいと思う。まっ、まだ始まったばかりとブツブツと一人で言ってしまった。葵が、
「皆んな、特に大田さん。あっ、ってか、ママは圭ちゃんって言ってるの聞いてずるいって思った。私も大田さんじゃなくて、違う呼び方したい。」
大久保が横から、さっと、
「だったら、ジジイっていえばどうだ?」
一瞬全員笑って、
「私も圭ちゃんって呼んでいいママ。」
と真理に言ったら
「どうぞ、好きなように呼んでください。なんなら、パパでもいいよ。」
また一瞬全員笑った。
「パパって私が呼んだら、今、流行のパパ活かと思われちゃう。あれっ、圭ちゃんでも一緒か?」
そこでも全員笑った。
「今、一瞬、お義父さんって言おうかと思ったけど、なんか普通っぽいから圭ちゃんでいいや。いいでしょママ。同じで。」
葵は、ほんとは、ママと好きな気持ちは同じだと張り合って、圭ちゃんと同じ呼び方にするこtにした。パパ活って思われてもいいと思った。京子が
「葵ちゃんとお義父さん、仲良いんですね。いいなぁ。」
と言って、京子は葵より年下なのに葵ちゃんって言った。すぐ幸希が
「京子、葵さん、俺と同級、タメで京子より年上だから、葵ちゃんはないんじゃない。」
と幸希が言うと葵が
「幸希さんも京子さんも、もしかすると親戚になるかも知れないから、全然葵ちゃんでいいですよ。私も幸希くん、京子ちゃんでいい?」
両方、了承し、呼び方が決まった。京子が
「何が急に同じ歳の親族や、若いお義母さん、お義父さんが出来たみたいで、私たちの結婚式までには入籍してくださいね。」
すぐ京子に幸希が
「バカ、何強制してんだよ、酔っててすいまえん。」と形だけ突っ込んどいたが、幸希もそう思っているんだろうと、大田は思った。京子をわざと暴走させて言いたいことを言わせる技を持っている。真理と目が合った。クスッと笑った気がした。葵がロックグラスを持って来て
「圭ちゃん、私も飲んでいいでしょう。もう六法全書の条文を忘れてもいいから。」
真理の顔をチラッと見たら、大丈夫ってサイン出てたから
「いいよ、その代わり、復讐しなきゃいけなくならないようにね。はい、じゃー葵の合格を願って乾杯!」
「あら、葵ちゃんも飲むんだぁ〜乾杯。よろしくお願いします!」
と京子が葵が芋ロックを一発目からグビグビと一気に飲む。
「ママ、これ美味しいね。田舎鹿児島の芋焼酎でしょ。芋臭くはなくて。」
真理が、鹿児島から定期的に送ってもらう。大根の味噌漬けとか、干し大根とか。京子が急に
「ここの料理全部美味しい、私好みです。芋焼酎も初めて飲みましたけど、慣れたら美味しいですね。ロックでだいぶ飲んでいる。あっ、そうだお義父さん、幸希ね、親父、ハーレー乗ってさぁびっくりしたってこの前言ってて、今、幸希は大型免許取りに教習所通ってますよ。」
うわっ、それは言わない約束だろ京子と向こう見ながら怒られていた。真理が
「ふーん、そうなんだぁ。私も行こうかな。」
えーっ、真理も運転したかったの?まぁいいけど、途中で挫折するのだけは辞めてほしい。大久保も聞いてて、
「ママ、今、車の免許は持ってるんだよな。」
「うん、車の免許はあるよ。」
と言うと大久保が
「だったら、確か20時間かそこら乗るだけだよ。今のうちに取っといた方がいいよ。道交法すぐ変わって、取れなくなるから。」
歩いて15分くらいのところに大田が通った教習所がある。大田に、ねぇ、本当教習所行っていい?いいけど、本気か?
「幸希くんも取るし、圭ちゃんと一緒にツーリングしたいの。幸希くんも大久保さんも混ざれるじゃん。ハーレー暴走族。大久保さんどうせハーレー、もう一台くらい持ってるんでしょ。一台売るか、貸してね。」
大久保が目を丸くして
「お店も安く貸してあげてんのに、ハーレーも。別にいいけど。駐車場、杉田が停めてたとこあるじゃん。あそこ使っていいよ。錠あるでしょ。」
まぁ、これもほんと免許取ってからの話でしょ。ってことで、教習所に行くってことにはなった。その日は、あっという間に午前0時の閉店になり、大久保が退店したら、みんなで片付けを手伝って、5人で大田宅へ惣菜などつまみになるものをタッパーに詰めて持って行った。丸氷の業務用の袋も持って行った。スマホで近くまで来たら、外灯を点けた。
「うわーっ、綺麗!スマホで接続してるんだ。」
と京子はあんだけ芋ロックを飲んだのに、大田が心配したが、幸希に聞いたら、あんまり酔わないけど、よく喋るときは酔っている証拠らしい。幸希に大型免許はあと何時だ?と聞いたら、
「本当ならおやじんちくる前の日に卒検でおやじに免許見せるつもりで頑張ったけど、一本橋で落ちちゃって試験中止になって、不合格だった。次は火曜日だったかな。5000円の追加料金だよ。親父んとこはどうか知らないけど、卒検の保険みたいなの無かった?2万円で何回でも受験できるっての。あれ入ってたら気が楽で、落ちてもいいやって気持ちで受験できるから楽に通るんだって。」
俺はそれでも勿体無いと思って、一発で通ったと自慢した。でも2万円の保険の気楽さも分からずでもないな。それとそれとFX400はどうするんだと聞いたら、やっぱり大型免許取ったら、いつかはハーレーダビットソンでしょうと言った。FX400売ったら、まぁ、2台は変えるからな。ハーレーの350ccと500ccが出ると新聞で見て、それの記事を息子に送ったことがあった。それ見てくそっと思ったのかもしれない。自宅に着いた。各々、冷蔵庫に行く人、散りバラになった。その時、
「何これ?聞いてないよー!」とどっかのコメディアンのセリフのように叫んだ。
「パパとママの部屋がある。ちがっ、圭ちゃんとママの部屋。すっげ、広いから葵も加えてもらおうっと。」
と言って葵は家の中パトロールした。
「上も下も大きい風呂あるし、トイレも洗面台もある。けど、クローゼットがないと思ったら壁に全部隠れてるし、かっこいい。ねぇママ、ここに大きなテーブルあるから、こっちがいいんじゃない。」
幸希たちにバスタオルを持って行ってあげて、お風呂を進めて、大田は下のシャワーにキャッキャっと入り、部屋着になって惣菜とかを上に運ぶ。その間、真理もキャッキャっとしたでシャワーを浴び、
「葵、下でシャワー浴びなさい。着替え私の使いなさいな。」
まさか、下着は?と聞かれ、新品あるわよこれで良ければ
「やったー!さすがママ。ってか、今日は私、一人で帰るの嫌だから泊まるからね。」
と言ってシャワーに入って行った。真理と大田で上の部屋でセット出来たので、缶ビールをプシュッと開けて、2人で乾杯した。ガラステーブルも大きいし、それよりラグも大きいし、布団も余計に一枚あるのでラグの上に大田が寝れば、真理と葵がダブルベットに寝れる。寝ようと思えばダブルベットに三人寝れるが、それはまずいだろう。プロジェクターの電源を入れる。この前見た韓国ドラマの途中で停まっている。〝続きを見ますか?〟のボタンがあるけど、違う番組に変えた。ついボタンを押して見てしまうと、せっかく息子たち来てるのに、テレビ鑑賞会になっては困る。大田が切り出す。
「そういえば、さっき店で言ってたけど、教習所のことまじで言ってんの?」大田に告白した時と同じ目になって
「マジで言ってるけど何か?何時間、何日かかろうが取って見せます。この前、木更津行ったでしょう?あの時、隣のハーレーに女が乗ってて、ガン張ったのよ。圭ちゃんには言わなかったけど、へぇ〜あんた後ろに乗ってんの、私はこのバイク運転して来たわ!って言ったような目で見られた。まじムカついたから。あの時、いつか取ってハーレー乗ってやるって思ったの。」
真理が本気だってことが分かった。大久保社長にまた世話になるなぁと思った。録音はしてないけど、間違いなく、車庫はマリーの車庫タダで使っていいって言ったよな。真理にもう一回確認しといてと言った。あとは、ハーレーだ。大久保社長は俺のをやるとか、カスとかあやふやに言ってたので、それも確認した方がいいな。あの人、あっちもこっちにもバイクとか車を隠してあるから、もしかすると安く譲ってくれるかも知れない。それが駄目だったら探しに行くしかないし。そんなことをぼーっと考えてたら、シャワー浴びて髪を乾かしてきて5人揃ったところで、冷蔵庫に入っている色んな種類のチューハイやハイボール、ビールを各々持って来て、再び乾杯した。今日はやけに乾杯する日だ。するとやっぱめざとい葵が、
「何これ、デカってプロジェクターを見て言う」
はいってプロジェクターのリモコンを渡すと、やっぱり、アプリのところに行って動画を開く。
「あっ、ずるっ。人が死ぬ気で試験勉強してる時仲良く韓流ドラマですか?ん?しかも今人気の江南クラス見てるじゃん。京子ちゃんは見たの?」
と京子はやっと自分が求めていたレモンサワーが手に入り、酔いが回って来たところみたいに
「うーん、最近テレビとか動画見る暇なく汚職議員を追っかけてたから。」
一瞬、全員笑う。大田が
「昔の職場じゃ、汚職事件のこと〝サンズイ〟って言ってたよ。」
「あっ、今も言いますよ。もう世間様が知ったら怒るだろうなって思う事件ばかりです。世間様にばれたの10件に1件ぐらいじゃないかと思います。議員さん、とにかく裏から手を回すんですよ。皆んな一個は弱みを持っていて、それ出すんだったら、俺はお前のこれをバラしてやるとかみたいに。だから私みたいな記者なんか知ってても言えない。言ったらトカゲの尻尾切りみたいに首にされちゃいます。幸希にも話してなかったんですけど、そう考えるとフリーのジャーナリストが一番いいんです。自分で事件を見つけ、自分であばいて行く。女の方でフリーの人が何人かいるんですが、やっぱ女だから怖いと言ってました。なので、怖くないジャーナリスト、議員さんじゃない著名人、芸能人の方をやりたいと思っているんです。今の新聞記者は、政治部なんで怖いです。」
幸希がすぐ、そんな仕事なら辞めた方が良いよ。俺も心配だしと話が仕事の話になってたので、既に勝手に〝江南クラス〟が流れていた。しかも第一話から、大田は真理と顔を合わせて笑った。京子の仕事の方が興味があったので聞いていた。
「あったじゃないですか、衆議院議員の議長が、ネタがほしいなら、今からうちに来ないか、良いネタあるぞとか、女だからと言って本気で電話来ますから。それで丁重に断ると無視されるし、私だけ知らないニュースを他の新聞社は知ってたりとか意地悪をするんです。この話は自体もニュースになりますが、証拠がないので、今はこれ、電話がきたら録音するように構えているんですが、これを用意した途端に電話来なくなったんです。誰か言ったんでしょうね。怖いです。」
とボイスレコーダーとマイク付きのイヤホンを準備してあった。真理が口を出した。
「そこまでして、ジャーナリズムの仕事をしたいの京子ちゃんは。」
んーと考えて京子は、昔何かのドラマでそんな記者のドラマを見てかっこいいと思ったのが、きっかけですねと言った。葵が急に言った。
「私は〝ヒーロー〟って言う検事のドラマ、あと海外ドラマで弁護士のやつ、何だっけ忘れちゃったけど、やっぱテレビの環境を受けやすい。京子ちゃんもそうなんだ。じゃあ、今からでも沢山ドラマ見て、私より1歳年下でしょ、まだ何でも出来るんじゃない。そんな危険な仕事しなくても・・・。」
幸希が初めて心配そうな顔になり、仕事のことを家で話すのはいけないんだろうなと思って話をしなかった。でもこうして真剣に聞いたのは初めてだったので驚いた。逆に今の仕事は辞めて欲しいと思ったが、軽々しく言っていいものかと思った。大田が口を開いた。
「俺の意見を聞いてもらえるか?」
必然的に京子は
「はい。」
と言う。
「幸希が何年かぶりに帰って来たから、こんなふうに今。身内として会っている。多分今の会話を幸希が聞いたの初めてだと思う。幸希は幸希なりに家では仕事の話をしたらいけないと思っていたのかもしれない。うちがそうだったから。でも今のこのタイミングで聞いたと言うことは、京子ちゃんはいつか幸希に言いたかったのだと思う。今、聞いたら私ならまだ深みにハマってないので、今すぐにでも辞めた方が良いと私は思う。何か結果事件とかに巻き込まれて困ったことになると思う。これは私の意見だから。どうだ幸希は。」と忠告をして幸希に投げた。
「京子、今の話を早いうちに言っても、今言っても同じことだと思うけど、親父が言うように深みにハマるようになる前に、一旦辞めて考えてもいいし、次の仕事を俺も一緒に見つけるから、また俺たち年が若いから、考え直そう。どう京子?」
京子はしばらく黙っていた。小さな声で
「少し考えさせてください。すいません、皆んな良い状況なのに私みたいな者が心配かけまして。」
葵が、
「京子ちゃん、気にしない方がいいよ。何かあったら、私に連絡して。言いづらいのは私が全部聞く。」
「うん、ありがとう葵ちゃん。葵ちゃんの頭の中には沢山法律が詰まってるから安心。」
法律方面だったら、今なら現役より詳しいと思う。でも少し京子のことが心配なのだろう。お先に寝ますと幸希と京子は向かい側の自分の部屋に入って行った。真理が大田と葵に
「大丈夫かしら京子ちゃん。」
とやはり気になるようだ。大田が
「葵、俺があんなこと行ってよかったと思う?」
葵は、
「あーっ、圭ちゃん、私のこと呼び捨てにした。嬉しい方だよ。葵って呼んで欲しかった。全部ママと一緒だよ。京子ちゃん心配だなぁ〜。3〜5年先だったら弁護士バッチ付けて乗り込んで行くのに。少し京子ちゃん、メンタルも弱いかも。見守るしか今は無いな。圭ちゃんはあれでいいと思う。」
幸希も家で2人の時はそんな話はしなかったが、身内5人になると、辛いことも言ってしまうと言う。ことは、これからどうなるか分からないが、たまには実家に連れて帰って来た方がいいかもしれないと思っただろう。葵もこの先、合格したら司法修習もあるし、家を空けることが多いのかな?それも合格してからでないと聞けない。全部が全部、前にも後にも行けない中、真理の教習所通いは進んでいくだろう。
翌日、普通に朝ごはんの準備を皆んなでして、無言で食事をして、幸希たちは帰り支度をしていた。コロナで黙食が癖になり、昔は食事中に色んな話題が出て来たが、コロナ後遺症はあちこちに出ている。マスクもしてる、咳エチケットもしているのに、くしゃみをしただけで嫌な顔をする人がいたり、必要以上に手を洗ったり、消毒をしたりする人もいる。人に強制する人とかもいる。もう元の生活に戻れないのか?昔は、マスクをしてると、重病な人か芸能人かな?って目立って仕方無かったけど、今は全然、違和感がない。葵は、今日は何も無いのか、朝ごはん食べたら、ベットに転がって、韓流ドラマを見始めた。だいぶ疲れたろうに、どんな頭をしてるんだろうと思った。
ガレージを開けて、そんなに無い荷物を積んでゆく幸希。それを手伝う京子。幸希が
「あのダンボールの中を開けながら、片付けるのも楽しそうだ。多分、幼い時の宝が沢山入っているんだろうな。」
そうだろうな、急いでたから雑に入れたかも知れないが、壊れたりはしてないと言った。準備が出来たようだ。京子が、とっても楽しかったです。幸希とまた来たいと思います。お世話になりましたと幸希と2人、レンタカーで帰って行った。その後、2度と京子が来ることは無かった。幸希はその後、ありまり連絡が無かったが、夜にマリーに居る時、電話が掛かって来たことがあった。
「おう、幸希か、久しぶり。あれからどうしてる?京子さんは?」
と質問を投げかける。京子さんは・・・という声で、厨房から葵も出て来た。
「うん、俺の方は仕事も体も絶好調だけど、京子は実はああれから考え込んじゃって、どんなフォローしようが、ダメで一時一人でいたいって仕事も辞めて福岡の実家に帰った。はっきりしようと言うことで、別れることにしたんだ。俺的には、早く分かって良かった。実家に連れて帰って結果自分の生き方を考えたと思うよ。俺だって考えたもん。もっと頑張んなきゃって。あっ、親父、ハーレー買ったから今度有給取ったら行くね。FX400は、もったいないけど、頭の中で昔鉄のクズって考えて、手放した。ハーレー買ってもお釣りが来たよ。」
やっぱり思った通りの結果になったと思った。大型免許も取ってハーレーも入手したらしい。京子ちゃんにはもっと考えてもらって、幸希には他にも沢山女の子なんかいるから慰めた。幸希は俺は全然大丈夫と強がった。親父の息子だから、親父みたいにモテると思って、良い人現れるまで待つと言っていた。皆んな元気?って言ってた。真理も葵も俺も、ついでに大久保社長も元気だと答えた。皆んなによろしくと言って電話は切れた。大久保が
「ハーレー仲間が一人増えたみたいだな。俺は、もう一台ハーレーあるから心配ご無用。」
ってことは、合計4台になったな。そのうち皆んなでツーリング行くことになるな。真理も順調で、二輪車は自転車しか乗ったことなかったけど、なんとか今は自由に乗れるようになっているらしい。直進45Km/時速 も気持ちが良いと言うし、スラロームは楽勝と言う。
あとやっぱ一本橋が難しいと言っている。今は自分で言うのも何だけど、体の一部になってるみたいに自由自在に操れるようになったらしい。葵の合格発表の日に卒業検定があるけど、ずらそうか迷ったけど、順調に行けばの話だから一発で私も具大角するように頑張るからね。と意気込んでいた。
葵に受験番号を教えてって言ったら、それは絶対無理と言って、誰にも教えていないらしい。でも実は真理が受験票が葵の部屋にあったので隠れて写メを撮っていたらしい。
「圭ちゃん家で、パソコンでみようね。でも日にちは分かったけど、何時から発表か写ってないんだよね。どうせ午前9時とかでしょう。」
「日付変わって0時の場合とかないのかなぁ〜。」
と大田は勘で言ったら、
「あっ、それアリかもね。サイト開けてって1時間おきに更新すればいいじゃん。」
多分、葵に聞いても教えてくれないし。
「あっ、サイトに書いてある。やっぱ9時だ」
とスマホをいじっていた真理が言った。
「っていうことは、葵が合格してたら私も今のところ卒検日に変更ないから、私も合格しなくちゃじゃん。あーあとね、大久保さんが例のハーレーを圭ちゃんと付き合った祝いと、大型免許合格の祝いと葵の司法試験合格祝いにやるって言うのよ。どう思う?一応ちゃんとお金払いますからって言っても聞く耳持たずに車庫に入っている。あとで大久保さんと話してもらうのはいいけど、大人だから、それ相当の返しをしないとだから、もらっても良いけど、何かお返しを考えないと。あと葵の祝いも。来週の月曜日だから、日曜か、抜き打ちにそれまで、日曜って言ったら葵も一緒に行くって言うから、もう明日か明後日かにはプレゼント買いに行かなきゃ。」
と真理は促す。
「あと何にするかは、腕時計をして検事か弁護士になってもらおう。じゃー、おすすすめとブランドを2人同時に言おうよ。いいよ、せーの!」
「シャネル!」
「シャネル!」
と2人とも同じブランド名を言った。
「すごっ!」
いっぱいブランドある中で、葵に合うブランドと言うことになる。大田が言う。
「もし、落ちたらどうする?」
「来年まで隠しておくしかないでしょう。」
と真理。まぁ、一年過ぎるのは早いし時計もだめにならないし、一応事情を説明して置いといてもらう手もある。何か手があるかもしれない。


久々ハーレーで、銀座まで来た。
あとで考えたけど落ちた事を知られたくないと言うのもあって、家に一年取っておくことにした。ハーレーを銀座通りのシャネルの店の前に停めて、店の前に立っている従業員さんにこれを停める駐車場はないかと聞くと、当店にご用命であれば、そのまま停めて頂いて私が見ておきますと親切に言ってくれたので、ヘルメットをいつものミラーのところと、シートのところへ置いて、髪の毛を手櫛しながら
「女性用の時計は何階ですか?」
と聞くと、3階だと言う。
インカムで中の従業員にその旨を言って呼び出すと
「お待たせしました。こちらへどうぞ。」
とエレベーターまで案内する。段差にお気をつけくださいと段差まで教えてくれる。エレベーターが開いた。
「お待たせいたしました。3階、時計、アクセサリー売り場でございます。」と言って、まっすぐソファーの方に案内される。最近は勝手に見る形にあまりなってなく、どんなのが欲しいのか聞いて、数本持ってくるスタイルになっている。
「今日は時計をお探しとお伺いいたしましたが、女性者とお伺いしておりますが奥様がお召しになるのでしょうか。」
いや、娘のプレゼントで試験の合格祝いにと思っていると伝えると、一旦その従業員は引っ込んで、他の従業員がペットボトルのペリエとおしぼりを持って来た。他にも高級なソファーがあちらこちらにあり、本当立って歩いて見てる人がいなかった。と言うより、ショーウインドウが無かった。飾ってあるガラスケースが無いようだ。
さっきの従業員がばろあが張り詰めたトレイを大切そうに持って来て、目の前のテーブルに差し出す。真理がそれを見て、
「うわっ、綺麗!!」
一応、4種類の腕時計を持って来た。丸形と四角形2個ずつの4本だ。4本とも俺がイメージしたのとは違う。もっと派手な奴でも良いと思っている。格式が高い職業なんでとそれを伝える。真理が
「これでも十分目立つわよ、シャネルって感じ。」
次の3本を持って来た。さっきのの3本の価格を聞いたら40万〜50万と言うところだった。次の3本の価格はその上、80万〜100万円といったところだろうと。真理はもう任すと言い出した。本当は150万円くらいと考えていたが、四角で女性向けで、ダイヤが散りばめられてある。98万円のこれが1番良いと思うのだが、どうだと真理に聞く。
「いいんじゃない、一生物だから、ずっとしてくれるわよ。圭ちゃんがいいなら良いわ。」
ベルトもカートリッジに2種類変えられるし、いいと思う。真理がつけてみても似合う。真理に本当は150万円ぐらいの予算で考えていたと言うと、目を丸くして、いやいやこれでいいと思うと言った。最終的に丸か四角かで迷ったが、四角にしようと決定した。
綺麗にラッピングして、祝合格「圭介・真理」とプレゼントカードをリボンに挟むのが主流らしい。あんな小さな腕時計なのにシャネルにかかると、二重も三重もケースがあり、リュックに入れて持って帰るからと替えの手提げ袋を別にくれた。
ハーレーで気持ちよく帰るとガレージに入れ、ガレージから直接事務所とも繋がっているので、中に入ると葵はいなかった。ひと足先に家に帰ったのだろう。
真理は店の仕込み。今日はもつ煮込みを作ってとリクエストした。なんとなく自分が食べたくなったからだ。家に着くと
「おかえり!仲良いんだね。2人とも早起きだし。泊まりに行くといつも置いてかれる。でもモフモフの布団にゴロゴロしながら動画見るの楽しくていいから寂しく無い。」
と少し強がりを言ったつもりに聞こえたが、逆に寂しいのかなぁ、と思ってしまった。
「ママが免許取ったら2台で色んなとこ行こうね。合格して、すぐ色々始まるわけじゃ無いんでしょ?」
 合格したら、合格の通知とこれからやることが掲載されているマニュアルが送られてくると言っていた。最初出す書類が山ほどある。大田が真理に手伝ってもらわないといけないかもしれない。最高裁に出す書類らしい。そして、これは噂レベルだけど、若い子ほど居住地より遠くへ司法修習に1ヶ月ぐらいいかないといけないみたいだ。運が良ければ、東京に住んでて東京地裁とか、近くになることはあるけど、大概若いと遠くに飛ばされる場合が多いようだ。これが一番ドキドキする。大学すら通学したのに勉強部屋は1人住まいとは言わないしなぁ。提出書類は合格してからすぐで、その後はどこへ行けと指令があるまではそんなに長くないため、ゆっくり出来る。その時だったら、ママにハーレー乗せてもらおう。3人でツーリングできる。あっ。でも2台ツーリングする時は圭ちゃんの後ろの乗りたいと葵は思った。ママには少し乗り慣れるまで乗って欲しい。自分では自由自在よと言ってるけど、やっぱハーレーだし、しっかり慣れてからがいいかも。いよいよ明日だ。ママに見られてなきゃ、受験番号見せてない。一人で散歩しながら結果を見ることにしている。あっ、そうだ。ママの教習所まで隠れて卒業検定見に行ってみようかな。ママが合格するの教室行かなきゃ分かんないのか。実技見てても分かんないけど、見てみよう。勘で見て合格かどうか分かると思う。
合格発表当日、朝早くからジョギングウェアと靴でジョギングに出かけた。もちろん首からスマホは下げている。合格発表は既に出ていると思うが、ママの卒業検定を見学していた。ゼッケンに検という時と①というのがママだ。ヘルメットで分かる。葵がみても分かんないが、なんとなく発車して到着すれば、やったーと思うだろう。色んな障害物があると言っていた。
ママがスタートする。見てる方が手に汗を握る。なんか周りで練習している人はぎこちないが、ママはスムーズに走っている。なんか良くテレビで見る白バイの運転の練習を見たことがあるが、あんな感じで強弱はあるし、良く言われている一本橋も少し腰をあげればうまくいくのだろう。そうしてクリアして、外回り一周して帰って来た。サイドスタンドを立てるまでが試験って言ってた。到着してスタンド立てて、教官に挨拶してた。
こっちがガッツポーズが出た。涙が出て来た。ママ合格したと思った。
今度は自分の番だ。とっくに発表時間が過ぎている。ドキドキしながらママが合格したから、きっと私も、でもどうだろう。もうGoogleやYahooニュースに司法試験発表と出ている。インターネットで検索すると司法試験合格者はこちらへと法務省のサイトに行く、自分の番号は後ろの方なので、スライドしてみれるからハラハラする。
2505・・2507、あった!!2507が葵の受験番号だ。落ち着いて、再起動して法務省サイトに繋ぐ。合格者はこちら・・。2507。何回見てもある。
消えない。一度座り込んだ。
再び涙が溢れて来た。これほど嬉しいことは無い。
きっとママが合格したからだ。走って教習所の門の方に回った。
ママが卒業証書を交付まで時間がかかるけど待った。後ろからふいに肩を叩かれた。
「圭ちゃん!」
また涙が出来てた。圭ちゃんにハグした。涙を圭ちゃんの服で拭いた。圭ちゃんが
「おめでとう!」
と言った。何で、何で知ってるの?泣いているから。
「真理の卒検見に来ると思った。真理はどうだったの?」
と葵に聞くと完璧だったよ。一本橋で落ちたら私も落ちてると思ってげん担ぎに見に来たの、そしたら見事だったと。
だから勇気出して合格発表のサイト見に行ったら、合格してた。何回も何回も確認した。真理がヘルメットぶら下げて、2人を確認したら、少し涙目になったけど、
「一発合格よ!ドキドキしたけど。」
「ママ、私も合格しました。これもママの一本橋のおかげ!」
「えっ、どういうこと?」
と言うと、卒検を最初から見てたこと、一本橋に葵も勝負をかけてたこと。本当、ママが一本橋を落ちてたら、私も落ちてると思って、発表サイト見ないで帰ろうと思った、
「葵、とにかく、おめでとう!良く頑張ったね。今から忙しくなるんだろうから、その前の2台のツーリング行こうね。」
慌てて葵が
「ママがハーレー慣れるまでは圭ちゃんの後ろだからね。」
はいはい、慣れるようがんばります。免許の更新は明日朝から行くことにして、隣町の昼もやってる回らない寿司屋に行った。せっかくだから3人で店の仕込みまでぶらぶらすることにした。葵が急に
「圭ちゃん、お願いがあります。これまで勉強した本やノートをダンボールに整理するんで何箱か置かせて欲しい。もう使わないと思うまで取っておきたいの。これから先に勉強するものも増えるし。」
ガレージの奥になんぼでも置けるから置いていいよって伝えた。捨てる物がほとんどだけど、どの仕事をするか分からないから必要な参考書を取っておきたいらしい。聞く話では、司法修習で良い成績を取ったら裁判官やらないか?と言われるらしい。検事だってスカウト制みたいだ。弁護士もいわゆる居候弁護士も司法修習の間に大手弁護士事務所の就活をしないといけないらしい。弁護士になるのも就活とは、スカウトがほとんどらしいが、面接で落とされる時もあるらしい。どっか上級な弁護士事務所からスカウトがあっても、主要な実務を覚えられるところに行かないと独立が出来ないし、良く考えないとだ。この件に関しては、大田と相談をする時期などきたらすることにした。
真理は、教習所からやっとスマホを見たら、着信やラインが沢山来ていた。こっちから合格しました云々と言うのも面倒なんで皆んなにも合格の瞬間を味わってもらおうと、葵の受験番号は〝2507〟ですとだけ返信しといた。その方が簡単で良い。
皆んな合格発表の気分を味わえたと付け加え、
「おめでとう」
の嵐だった。葵のスマホにも沢山のラインやメール来ているらしいが、一人返信すると皆んなにお礼をしないといけないし、合格した人はあんまり浮かれてはいけないみたいで落ちた人の妬みとかがひどいらしい。葵は無視していた。タクシーで再び家方向に行った、3人とも大田宅で降りた。最近は大田宅に着替えも洗濯機もドラム式の一番大きいやつなんで、乾燥機も付いているので何故か服が大田家に片寄る。バタバタ葵が洗濯機を使っている時、葵を大田の部屋へ真理が呼んだ。改まって、真理がプレゼントを差し出し
「これ、圭ちゃんと2人からの合格祝い!おめでとう!」
「えー、嬉しい。なになに?開けていい?」
と言いながら、デパートの袋から出したブランドの袋。
「えーっ、シャネルじゃん!!」
とハイブランドで一度驚く、2人からってことは高級なことは分かった。シャネルはピアスとかネックレスとかアクセサリーが主流なので、ネックレスだなとどんなネックレスかなと思ったら、いやに重いから、さらに開けて行くと指輪とかが良く入れてあるパカっと結婚してくださいとやるヤツのより大きい。ゆっくりと開けて見た。見てすぐ閉じ、
「キャーッ!!見たことないぐらいキラキラ!」
もう一度ゆっくり開けて、真理が
「これ圭ちゃんが選んだだよ。少し派手ぐらいがいいって。」
「そう、刑事ん時、女検事の若い子、皆んなもっと派手目のやつしてたり、ハイブランドの時計してたなって、葵も恥かかないようこれくらいがいいと思って。」
と実際に地味な検事や弁護士もいるけど、腕時計は派手なイメージがある。司法修習でも付けて挑んでと言った。判定する人もそんなところまで見てるのは良く知っているからと葵にも見て来たことを教えてあげた。
「すっご、私に似合うかなぁ〜と左手首に付けてみる。うわっ!綺麗。あっ、でも腕にしっくりくる。腕に付けるとそんな派手って程もないね。ちょうどいい、どうママ。」
「どうせそれにスーツ着るから、ばっちりじゃない。普段使いにって買ったからいつも付けてね。3人の時を刻むんだから。」
と真理が言うと大田が
「そうそう、風呂の時以外は付けとかないと、付けたり外したりしてると失くすからね。俺も時計好きだから風呂以外は外さないな。」
真理もそうだと頷いた。高級なら高級な程、そうするんだと言った。葵がニコニコして、昔、人形で遊んでた時の顔みたいに
「じゃあ、普段はベルトはシックに黒にしといて、勝負の時は青とか赤とか。」
良く見たら、黒と赤か、黒と青かが標準だったけど、大田は赤も青も買った。
「ねぇ、もう今から付けた方がいい?」
と葵が真理と大田に言うと、真理が
「そうね、今からもう気分を変えて、あとからだと失くしちゃう可能性あるから、今から付けて。もう葵、普通の人じゃないのよ。気分転換も兼ねて。」
「じゃあ、そうする。お風呂以外もずーっとね。あっ、寝る時はどうするの?」
と真理に聞かれて大田を見る。
「俺は寝る時は、枕元にスマホと並べて外してるなぁ。時々付けたまま寝る時あるけど、なんで正確には風呂の時と寝る時は外すでいいんじゃない。」
真理も頷いて、寝る時はアクセサリー入れに入れて、起きたら付けるという習慣が身についていると言った。
「うん、分かった。なんかすごい大人になったみたい。多分なったんだろうけど。」
そうね、考えてみると勉強ばっかりしてお洒落とか全くしてなかった。近いうち3人でまた服とか、アクセサリーを買いに行こうと言うことになった。葵も興味がないわけではなかったけど、勉強ばっかりしてて忘れていた。というか、出来なかったと言うか。服とかそんなファッションとか全く考えてないで勉強してたから、全くと言っていいほど持ってないし、自分がどんな服が似合うのかすら分からない。ここは男の大田にコーディネイトしてもらった方が良いのか。友達はいるにはいるが、親友ほどの友達でもないし、彼氏はこの前別れたあのチャラい男に一応、処女は持ってかれた。あの男が買ってくれた服や指輪は多少あるが、服は似合わないと思って全部捨てた。ファッションって難しく、自分の着たい物を着れば良いのか、どんな服が自分に似合うのかが分からない。そのため、男目線なのか、女目線なのか別れると思うので、やっぱ3人で買い物に行こうとなった。リクルートスーツしかスーツも持ってないので、ちゃんとしたスーツも作ろう。この際、ママたちに甘えて、私がちゃんと仕事出来るようになったら沢山恩返しをしようと思った。そう思っていたら急にママと大田は結婚すればいいのに・・と思った。
そう色々考えているうちに、あっ、仕込みの時間と慌てて3人でお店に行った。洗濯ネットも買って来たので(中の見えないやつ)3人分の洗濯を一気に回して来た。コインランドリーに置いてあるような大きな洗濯機なので何回見ても驚く。
店に着いたら不在通知がいつもの3倍ぐらい店の戸に挟まっていた。葵の合格通知および厚い書類とともにポストに入っていて、他は入りきれないので、ポストの上や入り口のドアに挟まっていた。入り口のスライドドアのサッシの錠を開け、一枚ずつ不在通知を見たら、いつもの配達員だったので、また来るだろうと放っておいた。 裏の勝手口には、酒屋さんからビールのケースと炭酸水が沢山届いていた。いつものように冷蔵庫に新しいのを奥に入れ替えていく。しばらくしたら花屋さんが4〜5鉢、5本出しぐらいの胡蝶蘭が届いた。大久保社長や、ほかお客さんから葵へだ。花のカードに
「祝合格 大久保大造」
と他のお客さんもそんな感じだが、置くところがない。
大田が考えて、今日は外に長椅子の折りたたみ式のやつがあるから、それを出して並べた。5鉢置いたらちょうどだった。真理にこれでどうか?と見せてみた。豪華でばっちりじゃないかと言う。大久保さんは真理の卒検合格も知ってるの?と大田が言うので、ラインで教えたそうだ。じゃあ、2人分ってことだろう。

その日は、飲めや食えやの大騒ぎだった。居酒屋マリーが開業してから初の2時間制にして来た客を全員入れた。全然2時間制でも文句言う人はいなかった。大久保社長も2時間で帰った。葵が一番疲れただろう。彼女がメインだった。店が終わったら、葵に明日、午前中に真理を免許センターに連れて行って帰って来たら、タイムシェアの車を借りて来るから、ダンボールの荷物をガレージに運ぼうと約束した。葵は、
「昼まで寝てていい?今日疲れちゃった。ダンボール箱、この前引っ越し屋さんにもらったから全部整理してあるから大丈夫。」
2〜3日前から大田がいつもラグに寝てるのはかわいそうと言って、息子の部屋のベットに寝てる。いつも疲れた疲れたと2人とも言うけど、大田宅に着いて風呂に入り、自分たちの時間になると元気になる。これはいつも。真理はこのひととき、この冷たい一杯の為に頑張っているようなものと言う。
今日は葵が、何回も言おうと思ったんだけどと言う前触れで
「今日さぁ、これ届いてたじゃん。まぁ中を見てもいいけど、圭ちゃん良く知ってると思うけど、いわゆる身上調査なのよ。ママは分かる?言ってる意味。」
あっ、そうか今は外から見ると、居酒屋に住民票が置いてあって、片親になってる。多分、法曹界では少し不利なのかもしれない。これだけは大田次第ってことか。真理は困った顔して大田を見る。
「葵、例えば真理と俺が籍入れたら〝西岡〟じゃなく〝大田〟になっちゃうけど、それは大丈夫なの?あっ、それより俺の気持ちね。真理さえ良ければ、結婚したいよ。葵もね。気になるのは苗字問題。」
と言ったら、真理がニヤけながら泣いた。それを見てた葵が泣いて言った。
「苗字なんて今だったらどうでもいい。この先になってから変わるより、最高裁に申請時に変えとけば、葵もある意味別人であっちの世界に入れるし、今がいいかな?って合格してから言うの決めてたの。」
真理は左手に大田の手を右手に葵の手を強く握って、真理が
「ありがとう圭ちゃん、本当にいいの私で。」
「それはこっちの台詞だよ。そうか、身上調査があるの忘れてた。じゃあ、急がなきゃ。婚姻届も出さなきゃ。それと俺、本籍ここだからね。」
葵が、
「そうなんだぁ〜簡単でいいね。葵の方が多分訂正申請大変だろうから、急ぐね。」
「そうなんだよねぇ。何か知らないけど片親だと点数良くても下に見られちゃったりする。差別もいいとこだよ。〝大田葵〟か。西岡よりずっといい。お宜しくね、お義父さん。」
葵の言う通りだ。片親の状態より、ちゃんと父親もいて、しかも元警察官で現行政書士なんで、いくらか点数もいいだろう。どうせなら明日済ませて戸籍謄本と葵の住民票を取って来てやろう。これは行政書士の得意分野だ。あと何が要るか葵に聞いておこう。少し早起きをして、判子だのカードだの店にも寄って、夫婦で動けば委任状も要らないし、婚姻届のサインは、身内以外にバレたくないので息子に相談したら快諾してくれて、会社ん近くになったら電話することにして、先に運転免許センターに行った。1時間ぐらいで適正検査から交付まで終わった。真理が免許を貰って駐車場に行く間、ハーレーの錠を取られた。まぁ、俺もナビ頼りだったからいいかと運転させることにした。ヘルメットのインカムから
「なにこれ、乗りやすいね。教習所のボロ750ccより軽いし、パワーある。」と取り回しが上手い。ラインで息子に近いことを連絡した。
会社の前の歩道に乗り入れて待ってると、玄関から降りて来て
「お久しぶりです。今日はママ、いや、お義母さんが運転して来たんですって、すごい。俺も取ってハーレー買いました。葵ちゃんにも合格の祝い行きたいし、近々時間決めて行きます。とにかく、何もかもおめでとうございます!」
と言って、ハーレーのタンクの上で証人の欄に住所、氏名、押印をして終わりだ。
「葵ちゃんって何月生まれでしたっけ?」と幸希が言うと真理が8月1日よと言ったら
「生まれは同年ですけど、私は11月生まれなんで義弟ですね。お義姉ちゃんか。なんか嬉しいです。」
じゃあ、気をつけてと真理が運転するバイクを見えなくなるまで見守っていた。あと一人の証人は葵だ。なので一旦、勉強部屋だったところへ行かなきゃだ。認印を準備しとけとラインする。
〝了解!〟と返信来た・真理がインカムで高速乗るよ!と調子が良い。本当体の一部みたいに上手い。あっ、そういえば大久保社長に何を返礼するって話を真理にした。あっ、バカラのグラスとか良くない?箱に4個入りとか、相当するけど、ハーレーと同じじゃだめってこと無いでしょ。ちょっとネットで調べてみた。あー、上級のやつはキリがないけど、1個2万ぐらいのやつを4個かロックグラス2個10万ぐらいとか。それはネットで注文できるからあとで考えよう。それより籍入れたら、3人でウェディングドレスとか着て写真撮影とかしない?葵は普通のドレスで綺麗にして。記念になるよ。
いいね!とインカムでやりとりしている間に葵が外で待っていた。
「ママが運転して来たの?圭ちゃん怖くなかった。で、どこに、あっ、ここ。おっ、大田幸希。義弟になるみたいだね。弟かぁ。チンピラとかじゃなく上場企業で良かった。はい、これでOKだけど、ここで自分たちのとこ書いていきなよ。」
そうだねと言って、空いてる欄を埋め、押印し、そのまま県庁に行った。まず自分の戸籍謄本を取って婚姻届の受付へと行ったら、なんと若い人が前に2組。並んだら後ろに1組。受付に〝大安〟と書いてある。なるほど今日は大安なんだ。15分も待たずに順が回って来て書類の確認や戸籍の確認をコンピュータでやっている。OKなようだが、今すぐ新しい戸籍謄本がいるのだが全員がこの本籍地に転居したいのだがと言うと、あっ、管轄内なので出来ますよ。国保の方も一緒にやってください。あと、娘さんにマイナンバーカードを更新しないとですから、真理がそれもありますと出す。それでは少しお待ちくださいと戸籍課と住民課を行ったり来たりしてくれた。あと新しい戸籍謄本を何に使うのかを聞かれた。正直に娘が司法試験に受かったものですから最高裁に提出のためです!と答えると、あら、おめでとうございますと慣れた言い方で中身は違うが言ってくれた。では娘さんの住民票も必要ですね。と全て揃えてくれた。結構待たされたが、普通は何日か待つらしい。特別にその日に全てやってくれた。やってないのは真理と葵の印鑑登録ぐらいか?それは職業柄、こだわりがあると思うから自分でやってもらおう。これだけあれば、OKとラインが来た。足りなかったら自分で行く。
あと、とりあえず幸希くんの部屋を準備室にすると葵が言った。書く場所もあるし好都合だ。
1回帰って書類を全部降ろして、葵と2人でタイムシェアの車のところへ行く。葵は歩いて大事な物は1回運んだそうだ。だから自宅にいた。2人でタイムシェア行くと1台だけ空いていた。危なかった。タイムシェアのカードをタッチして暗証番号を入力するとボックスが空いてキーが置いてある。それで乗って終わったらガソリンを入れて返すだけだ。葵と車に乗り込み勉強部屋へ。後部座席が全部前に倒れるようになっていて、沢山積めるタイプで助かった。一発でいけそうだ。薄暗くなって来た。真理は店に仕込みへ営業へ行くとラインがあった。アパート1階だから助かった。全部余裕で載った。20個ぐらいか、それより少ないかだった。ガレージまで行きバタバタ降ろす。ガソリンスタンドに寄って2〜3ℓしか入らなかったが、入れたと言うと証明取っておこう。錠を元に戻して終わりだ。途中、真理がハーレー運転しただけでも疲れは無い。帰ってまじまじと戸籍謄本を見る。
「妻、大田真理、長女・大田葵。これで親子ね。」
と葵が言う。嬉しそうだ。
「俺だって嬉しいさ、真理と夫婦で、いきなり娘が出来た。しかも至弁護士さんだ。応援しがいがある。息子は首にならない限り役員にはなると思う。まだ若いから、チームリーダーぐらいだけど、やっぱ歳なんだよな。実歴というか。いやしかし、色々トントン拍手にありすぎて、全然仕事してない。」代書屋だから、弁護士と違って考える仕事じゃなく、決まってることをやって書いて、申請して、まぁ考える仕事もあるけど、ボケ防止程度だよ。みんなが面倒臭い申請など、あや取りみたいに解いて書く仕事かな。士業には変わりないが。
「あっ、そういえば息子が、Wおめでとうって言ってたぞ。あと、お姉さん。だって。」
「良かった少し年上で、妹だったらどうしようとか思った。妹にさぁ弁護士いるんだぁって言われるのと、姉が弁護士でとは全く違くない。」
そういえばそうだ、妹が弁護士、姉が弁護士、並べても、妹だと兄がエラそうだし、姉だと尊敬のようなイメージが出る。なるほどね、今日は2人とも疲れて店に行く気がしなくなったので、ラインで今日は疲れたから帰り待っとくと言う。えーって言われたが疲れてるんなら仕方無いわねって勘弁してもらった。
真理が帰って来るまで2人で頑張って起きてて、缶ビールの乾杯をした。真理は乾杯したら元気が余っていて、
「ねっ、ねっ、今日から親子なのよ。こっちは夫婦。しかもまだ誰にもバレて無い。役場の受付の人にはバレてるけど。」
「真理、元気だな。ハーレーに初めて乗った感想と夫婦になった感想聞きたいな。」
葵もうんうんと頷く。
「初ハーレーはねぇ。車みたいだった。車の走るやつ。もの凄く言うこと聞くバイクね。あと夫婦になったのは嬉しいけど実感が沸かない。」
まぁ3人とも何も実感沸かないだろうね。葵に聞いてみる。
「葵、合格して書類全部出して終わるのいつになるの?それと出してどこどこで司法修習を1年やるから来いって言われるまで時間があるって言ったけど、予想どのくらい?」
葵はちょっと待ってって言って、A3の紙を2つ折りにしたものを持って来た。
「10月31日までに出せって書いてあるから、○○県地方裁判所に来いと案内が来るのは11月中旬として、すぐ来いとは書いてないと思うから、それから10日もしくは1週間として、早く出せば出すほど長く休める。今もう書類揃ってるから明日出して来月の10日までに帰ってこれば余裕でしょ。」
メールアドレスの登録もあるから、安心は安心らしい。真理と葵にどっか行く?って聞いたら葵は沖縄はどお?って言う。真理もいいわね沖縄。鹿児島生まれだけど、それより南に行ったことないと言う。
「ハワイはどうよ!」と大田が言うと、葵が
「マジでぇ〜!行けるんだったらハワイがいいけど。」
真理は
「昔、新婚旅行で言ったけど忘れちゃった。」
「ハワイにしろ、どこにしろ、海外ならパスポートは真理は?多分切れてないと思うから、明日パスポートセンター行ってくる。そのあと、旅行会社にパッケージ今いくらで空席情報を聞いて来るよ。一人で決められないから、3人で行かない?」
あっ、いいねぇ〜、と言うが3人で行かないとパスポートセンターって本人が行くんだった。写真も撮らなきゃだし、サイン書かないとだ。ネットで調べたら戸籍抄本、写真付きの身分証明書、写真はパスポートセンターの入り口に撮ってくれるところがあるらしい。旅行会社もいっぱいある。とりあえず行くことにした。午前10時頃出発しよう。
「うわ〜っ、ハワイ行けたらいいなぁ〜。」と葵は言って、おやすみって準備室と呼んでいる幸希の部屋に行った。


タクシーで、県庁にあるパスポートセンターに行く前に戸籍課に寄って、戸籍抄本を取得し階数の違うパスポートセンターに着いた。着いたら入り口で何ヶ所も写真を撮るところがあり、葵はお姉さん、綺麗に撮ってあげるからおいでと言われ、そっちに行ったが、大田と真理は入り口一軒目のところに捕まり、そこで撮った。45×35cmに切られた写真を500円ずつ取られた。葵は、何回も撮り直し、気に入ったのを選べるシステムになっていた。
「10年使うからねぇ、綺麗に撮っとかないと!」
と言われ撮った。なかなか上手く撮れている。少し明るさとか調整したんだろう。葵は美人の方に入る顔立ちをしているから法曹界では心配だ。センターの中に入るや、床に矢印がしてあり、その通り行くと申し込み用紙や説明する人がいて丁寧に教えてくれて、分かりやすい。3人親子で作ると言ったら10年か5年かを選び、名前と住所を何回も書いた。それをさっき撮った写真を貼ったり、ローマ字を書いたり、サインを書いたりして、10日後に3人一緒に出来るから、旅行はその後から予定して下さいと言われた。無事終わった。10日後と言うと10月下旬。それまでには書類全部もれなくあるか葵は試験センターに届けに行くと言っていた。多分受付てくれると思うけど、大丈夫と言われ受け付けてくれたらラッキー、郵送じゃないとダメなら投函すると完璧にして海外脱出しようと言う目論見だ。いずれにしろ海外に行くことは決定した。
パスポートセンターを出て、10mも行かないところに有名旅行会社がある。そこへ顔を出す。女性従業員にいきなり、出発は10日後にパスポートが出来るから、それ以後で、ハワイに1週間行きたいけど、空き状況とか色々教えてと頼んだ。その子は、それが私たちの仕事だとばかりに、カウンターに案内すると、3人を椅子に座らせ、色々質問が始まる。
「今、お聞きした通りなら、ハワイをご希望。10日後にパスポートが出来上がる。その日以降で1週間でよろしかったですね。失礼ですが、今回が海外旅行は初めてっていうことでよろしかったでしょうか。」
真理が
「あっ、私はハワイ以前に。」
「あっ、失礼しました。以前行かれているのであれば、ご存知かと思いますが、1年間でこのようにハワイは月々航空費が変わります。だいたい2月、9月は少し安いんですが、現在、円安の環境でハワイは3人でざっとエコノミーで150万円ぐらいでしょう。大丈夫なら、飛行機の空席とホテルの空をお探ししますが。」
と言われ、実は昨日、海外旅行ドットコムで、相場を調べていて、それでも行くと決めていた。大田は負けじと10月の最後の週から11月の頭までか、11月頃から1週間でもいいよな葵!と言うと、葵はニコニコとハワイのパンフレットを見ながら、
「いいねぇ〜、私は書類心配だから11月1日〜7日とか超いいんだけど。」と言うと、従業員が出発は成田がいいですか、羽田がいいですかと葵に聞く。
「お義父さん、私が決めちゃっていい?」
「良かったら葵、そうしてくれる?」
「じゃあ、羽田空港。」と葵が従業員に言うと、
「羽田空港から出発でホノルルまで、1日ですと空きはございます。帰りはホノルルが7日ですと全然空きはございます。帰りが8日になりますけど大丈夫でしょうか。5泊7日となります。あと、ホテルのグレードがこちらになります。」
と従業員は、もう調べて知っていると思ったらしく、中級クラスを紹介する。
「お義父さんは、どれがいい?ママは?」
と葵が、その本のページをペラペラめくっていく。円安で高いのは分かっている。ペラペラめくって、高級グレードまでめくってみる。高級でもいいんだが、真理と大田、葵と部屋が二部屋になるので、中級にした。一応、航空券往復エコノミーとヒルトンホテルワイキキを5泊予約した。支払いは10日前までで良い。良い思い出になるだろう。あっという間に葵の申請を機に婚姻、皆んなの再出発の記念旅行ということで、皆んなの念願のハワイも行くことになった。大田は、これで息子に良い人が出来て結婚までしてくれ、孫まで生まれてくれれば何も言うことは無いなと思いながら、先日の京子はどうしているんだろうとふと思ったりする。京子からすると不釣り合いな感じだったのかなとか、色々考えてみた。答えは出なかったが、まだ息子は若いので大丈夫だろうと思った。

今日も居酒屋マリーは大盛況だ。大久保社長にハーレーや車庫のお礼として、当初考えたバカラのロックグラス、タンブラー2個をセットにしたバカラ特製の入れ物付きでプレゼントとした。これは、包み紙に「真理」と入れた。大久保さんには帰り際にそっと渡した。すると大久保社長から
「ママ、聞いた話だけど、圭ちゃんと入籍したんだって、水臭いなぁ。言ってくれないと。」
と、あっと思った。やっぱり狭い町どっかからすぐ漏れる。
「そうなんです。社長だけには言おうと思ってたんですが、タイミング逃しちゃってって言うよりお客さん多かったしね。娘が司法試験合格したので、身上調査で片親っていうのも良く無いとのことで、娘から言われて・・・。」
大久保社長も
「ああそうか、そう言う訳があるんだな。そりゃそうだ。でも目出たいことなんで、今度祝いをさせてくれ。まさかこのまま皆んなに黙ってる訳にもいかないから。」
「これありがとう。重たいけど何かな?」
と言いながら、袋を開けてみる。
「おっ、バカラグラスじゃないの?嬉しいねぇ。ちょうどロックグラスあるので、これ俺専用で、店に置いといていいかな。」
と大久保が箱の中から、ロックグラスだけ出して、ママに渡す。まだカウンターで合計もしていないし、大久保社長一人だったので、
「ママ、そのグラスで一杯芋焼酎飲ましてくれる?」
もちろんですよと丸氷を入れていつもの芋焼酎を注ぐ。グラスが綺麗に乱反射して七色に一瞬一瞬光る。
「重いし高級感あるなぁ〜。味も違って感じる。ママもこの焼酎みたいにいつもと同じだけど違う人になっちゃうんだなぁと思った。」
と大久保が言うとマリーの真理は真理ですよと返答した。
「苗字変わったんなら、賃貸借契約も変更しないとだね。」
「あっ、そうですね。戸籍謄本持って伺います。明日昼すぎでも。」
と、こんなのは早くやっておかないとすぐ後回ししてしまうし、ハワイに行く準備もだし。
「明日、昼過ぎなら大丈夫だ。事務所で待ってますよ。」
と言って、会計して帰って行った。なんか寂しそうな顔をしていたが大丈夫かな?と思った。大田と葵は、今日は疲れたから、お店行かなーいと大田と2人で留守番をしていた。留守中は、旅行会社からもらって来たパンフレットや本屋で買って来たハワイの本を読みあさっていた。
葵が旅行スケジュールアプリを見つけたので、ハワイに着いてホテルまでは旅行会社でリムジンを予約したが、帰りのホテルから空港の送迎までの日程での約5日間をどう楽しむかを検索したり、時差を考えて、クルージングやスカイダイビングなどの予約を葵が流暢な英語で予約していた。ハワイの本にハワイ料理や、バーベキュー、ウェディングフォトなど、葵がやりたいこと全てを5日間に無理なく余裕を持って組み込んだ。大きなショッピングセンターも近くにあって、お土産や記念品なんかも買えそうだ。ハワイは、ほとんどの店に日本人が一人は居るから言葉には困んないと言うけど葵ほど喋れる身内がいれば安心だ。葵もこの旅行が終わったら、厳しい司法修習が待っているから、今は忘れておおいに楽しみたいところだ。


 葵は日焼け止めを毎日塗っていたはずなのに、日本に帰ってきて回りの人と比べてみると焼けていた。帰国後、11月の末から福岡配属になった。司法修習では数人の人が同じくらい焼けていたため、それほど目立たなくて済んだ。福岡行ってみたかったのと、都会なので余裕じゃんと言うので嬉しかった。司法修習が終わってから、裁判官、検事志願なら、各地裁に派遣される。弁護士は今、三社に応募をしている。三社ともいつでも面接可能との返事をもらった。裁判官は首席クラスでないと声を掛けられないが、検事もそれに近いクラスで声を掛けられる。葵は真ん中より前の方で、首席に近いところにいるけど、検事は決まりが多いし、人格が変わるから辞めた方がいいよと言う人や、検事を経験してから弁護士をした方が実務に詳しくなるし、力が付くと言われているが、裁判官や検事までは目指してなかったので、弁護士で十分だ。老舗の弁護士事務所で経験して、できれば、民事を専門にしていきたいと思っている。司法修習では、模擬の裁判で裁判官をやってみたり、検事をやってみたり、弁護士と三役を自分の頭で考え、自分で判決を出してみたりとやらされる。その前に何日も色んな本物の裁判の本質を勉強していく。あっという間の1ヶ月で年末になろうとしていた。結局、裁判官にはスカウトはなく、検事から3回スカウトがあったけど、検事の選択は最初から考えてないとお断りした。帰ったら、弁護士事務所三社全てに面接に行った。三社とも100名以上の弁護士がいる。でも、刑事裁判専門で入社している人が多いので、そこを良く見て、面接の時、刑事、民事、その他を問われたが、民事を主に、特に刑事が嫌とかはないと言うと、うちの会社へ是非と言われたところへ行くことにした。家からも電車一本だし、条件もすごく良い。紆余曲折はあったけど、弁護士登録も出来た。仕事も切りの良いところで1月5日からの出勤となった。また20日以上休みだ。でも司法修習の復讐をしといた方が良さそうな気がした。良く司法修習で習ったはずだがとか、裁判記録でも検事からとか、弁護士からツッコミがあったような気がした。でも、ハワイって綺麗で楽しかったぁ!司法修習中も思い出してニヤニヤしていた。今日は久々に居酒屋マリーに手伝いにと言うか、職業は決まったので、ほぼ遊びで来ている。寒いから熱燗が良く出るので、ポットの水が少なくならないようにと、再び熱湯させねばならないのでスタンばっておいた。カウンターに出ると、大久保社長や、他のお客さんまでもが「葵先生」というようになった。少し照れくさい。真理が厨房で
「今日、お客さん少ないから、先に帰ってていいわよ。圭ちゃん、ひとりで退屈そうだから。」
「うん、分かった。持って帰るものない?」
「じゃあ、もうすぐ終わるから、残ったものタッパに入れて持って帰ってくれる」
「うん、分かった。」
と葵は自分の好きなものを先にタッパに詰め、紙袋に入れて持って帰った。
「ただいま。」
返事が無いから、また動画サイトに夢中だなとポストからこぼれ落ちた黄色い封筒とピンクの封筒は2通、何か厚い書類と一緒に届いていた。国民保険の事務局からだった。とりあえず2階にあがって扉を開けて
「ただいま!」
ともう一度言うと大田はびっくりして、
「おかえり!」
と言う。例の韓国ドラマの続きをまだ見ているらしい。真理も葵もとっくに見終わったドラマだ。
「早かったね。真理も?」
いやママは2人ぐらい客が帰るの待っているかなと言った。どうせ大久保社長だろうと。
「あたり。」
と葵は紙袋からタッパを出し、残りもののつまみを出した。
「うわ、助かった。ちょうど腹減ったなぁと思っていた。」
「どうせ、夕飯食べずに韓流ドラマ見てたんでしょ?下の冷蔵庫に晩飯作ってあるのに。」
と今日は葵が晩飯作ってくれたから、食べてないって知って怒っている。
「これ、クセになるわ。まぁ、仕事までは環境してないが、他の時間は全てこれに取られている。倉庫や庭の掃除、ハーレーもこの前雨の日に乗ったからドロドロだし掃除しなきゃなのに。」
あっ、でもあと2話で終わるからやっつけとこうか?と思った。
葵が缶ビール2本持って来て一本を大田に渡す。自分のプルタブをプシュッと開けて、パパ乾杯と言って一気にグビグビ飲む。最近はお義父さんより、パパの方がいいと言ってハワイからパパと言い始めた。英語ではそっちの方が自然らしい。韓流ドラマに割り込んで、葵のハワイでのムービーをスマホから飛ばして写した。空と海が青く大田は日焼けクリームを塗ってなかったので肌が茶色く、なんか若いイケイケの野郎に見える。髪の毛を金髪に近い茶髪にしようかなと言い出している程だ。何やかんやいって一番喜んでいたのはパパだった。ママもちゃんと水着を持って来ていてビキニタイプで昔から言ってた私はスタイルで男をころっとして来たと言ったのは嘘ではなかった。47歳のスタイルではなかった。ハワイの男にナンパされてたのを見た。私は家族と来たのと英語で言っていた。ママ英語喋れるの?って聞いたら、それだけねだって。
スキューバーダイビングでは、三人とも初めてだからインストラクターにロープ引かれて回遊したけど、水深20mまで言って、珊瑚礁や熱帯魚への餌やりとかやった。それも全部ムービーで撮っていた。それを見てゲラゲラ笑っていた。海岸で、水着で遊んでいる時、近くの外人の家遊と仲良くなったはいいが、パパは英語が喋れず、5歳の子に
「何回言っても分かんないのね。私のスコップはどこにやったの?」
とか言われて、葵に助けを求めたりしたのムービーで抑えた。最後には砂を掛けられ何で分からないの?って泣いていたのが可愛かった。
「なんかあの時は世間から見たら俺がさもいじめているように思えたかな?と思ったらムービー見たら、完全俺いじめられて、回りの外人も笑ってるじゃん。恥ずかしい。」
早朝、早起きして、ダイヤモンドヘッドにも登った。綺麗なこの世のものと思えない程の朝日だった。そのムービーを見せてこんなに綺麗なのに2人はこれって言ってカメラをパンしてクタクタの老人みたいな2人が面白かった。葵がそれ見てこれ(朝日)からのこれ(老人)。とゲラゲラ笑っていた。タクシーをチャーターして島を一周もした。サーフィンの大会があったらしく、大きい波に何人も乗ってチューブと言う現象も見た。海亀も見たし、なんと言っても泊まったホテルのプライベートビーチから花火が打ち上げられたのに他のホテルの人たちや現地の人もたくさん集まっていた。私たちは部屋から見た。5日とも夕日がとても綺麗で、ワイキキビーチで夕日をバックに交代で写メを撮ったのが、どこのプロカメラマンに撮ってもらったのかと思うほど綺麗だった。弁護士になる前のすごく深い思い出となった。パパありがとう。またここまで育ててくれたママ、ありがとう。と心の中で思っていたら、ママが
「ただいまー!」
っていつもの台詞、大久保社長がおめでとう!って何回も言ってなかなか帰んないの参ったわって言う。真理はいつも
「葵は、賢いから放っておいたら育ったって感じ。」
っていつも言っている。
「だって、ほんとなんだもん。お勉強好きで負けず嫌いだったから助かったわ。変な友達とか出来なくて、帰ってニートで良かった。」
大田は、今は皆んなそんなもんなんだなって思った。ゲームとかメタバースとかで遊ぶじゃん、そう言う時代なんだろう。葵が、
「あっ、そうだ。なんか郵便物が届いてた。はい、ママこれ、パパはこれ。私のもあった。」
皆んなで一緒に開けた。皆んな成人病の無料診断券だった。女子は乳がん・子宮がんも付いていた。そういえば退官する前もやってないし、最後に検診やったのいつだったか思い出せないほどだ。葵は司法試験のときに診断書の提出を求められたからやったと、あと真理は最後いつか覚えてないと言う。自分では体に異常は無くても、病気になってる時があるから、せめて真理と大田は行こうと明日、案内の中に入ってる病院名簿の近くて大きな病院を選んで予約しよう。真理も賛成してくれた。葵に苦労を掛けないよう、俺たちも健康でいなきゃ意味がないからな。
翌日、名簿の中の大きい病院を選んで電話した。2人だといって予約日を一緒に出来ないか聞いたら、親切にそうしてくれた。明後日の朝一春の9時となった。その日は1日で終わると言われた。結果次第では後日電話で呼び出すことになった。
当日、9時受付に受診券を出し、ファイルを一枚ずつもらい、採血をしレントゲン、検尿、胃カメラ等々、次から次へとあっち行け、こっち行けと後半は別々になって終わるのを待っていた。
若い医師に胃カメラで白い粉っぽい飲み物を飲まされ、ゲップを我慢してくださいと言われ、我慢してたのに出てしまったら、本気で怒りやがった。今、それを根に持っていた。
真理が出て来た。いつも白い肌で背が高いし、スレンダーなので綺麗に見えるが、今、少し日焼けで黒いのが残っているのか、病人みたいに見えた。俺に気が付くとパッと明るくなって、美人に戻った感じだった。もしかするとどっか悪いのかも知れないと思うほど、なんか一瞬病人っぽく見えた。化粧してないし、病院だからだろう。本日はこれで終わりだそうだ。ちょうど昼だった。何か食べて帰る?と真理に言うとそうね、お蕎麦とかいいね!と言うので、Siriに近くの蕎麦屋と言った。グーグルマップが立ち上がり、すぐ近くに蕎麦屋があった。
「この角を曲がったら右側にあるはず。あった。」
まさに今、人が入って言ったところだったので、人気店だと言うことだ。ガラガラっと扉を開けると2人、レジの前に待っている人が2人いて、今まさに案内されているところだった。その待っていた人の椅子に2人座った。座って2〜3分で奥が空きましたのでどうぞお席へと案内された。座ってメニューを見て、天ざると俺は言う。あっ、私もと言うので店員が水とおしぼりを持って来た時に天ざる2つと注文する。あっ、あと瓶ビールを1本。グラスは1つでいいと注文した。
「さっきの病院のさぁ、胃カメラの白い気持ち悪いやつ。ゲップしたらめっちゃ怒られた。」
と真理に言ったら、あれね。私にはいいですよーもう1回やり直しましょうって優しかったわよって言った、統一してほしい。
「今日は何も言われてないでしょ?後日結果はとしか。」
「まぁ、そうだけど。女医の先生は私にもう1回来てもらうことになるわって言われて、なんでか聞いたら、それは結果見てからしか言えないけど、心配ないわって言ってた。」
だから、真理は何か元気なかったのか。心配ないわって言われたって、今、こんなに絶好調で幸せなのにネガティブになる。
家に帰ったら、当然だが、葵がどうだった?って聞く。結果は後日だってと言うと
「パパ、誰かお客さん来たよ。どちら様ですか?と言われたから、逆にどちら様ですか?と2人とも〝?〟ってなったけど、相手の人が先生は?と言うんで、あっ、ここではパパが先生だと思って、今日は病院へ検診に行ってますと言ったら、事務員さんですか?って言うんで、いや娘ですと言って、出来たばっかの名刺出して、じゃー、来たことをお伝えくださいって言われたわ。」
で、失礼しまーすと戸を閉じた。で名刺を見て国立さんだ。行政書士協会の会長さん。
「葵が出した第1号の名刺が国立さん。えっ、見せて俺にもくれよ。」
「じゃー、パパもちょうだいよ。」
2人で名刺交換した。それ見て真理がハハハハッて何回も笑ってた。
大田が葵に
「なんだこの名刺?会社に勝手に作られたやつね。警察もそうだった。」
「そ、そうなの。全然気に入ってない。会社名でかいし、私の名前と肩書き小さいし、多分、今日の国立さんもそうだと思うけど老眼の人は、弁護士って字見えないのよ。勝手に作り変えちゃうけどね。」
と大田が思ってたことを葵は分かっていたので、同じことを言った。確かに俺も薄いペラペラの名刺で、ピーポ君が印刷してある再生紙ですと書いてあったやつを渡されて、ちゃんとした警察らしいのに自腹で作ったこと、1度や2度じゃない。葵が
「ピーポ君を印刷されてあると使いたくないよね。そりゃ笑うわ。でもこれもバランス悪くて出したくない。何で弁護士のとこだけ明朝体で薄いのって感じ。私の知り合いの弁護士さんは会社が控え目。弁護士○○○と真ん中にドンと来て左下に住所と電話番号だよ。これだけで弁護士より、会社の方、要は中身より銭って感じよね。私はイソ弁は5年で独立しようと実務を人の倍勉強しようと思っているのに、名刺からどんな会社か分かるよね。パパ。」
まぁいいや、国立さんの名刺には自宅と事務所が同じで電話番号書いてあるからかけてみる。あと、真理がもう1回来てもらう事になると思うと言われたらしい。真理が
「そうなの、女同士しか分からない生理関係とか、女性機能関係だと思うわ。圭ちゃんには男だから言えなかったけど、あれ、おかしいな?ってこともあったの。」
葵が、どんな感じ
「うん、もう上がったのかな?と思ったら出血したりとそんなもんかなと思ってたら、今日先生が、しっかりもう1回見る必要があると言われたの。」
大田は聞いてない振りをして、国立に電話をした。する田だったので録音しといた。そうしているうちに、葵が急に
「パパとママにこの前は散財させてごめんなさい。それで、私ずっと勉強ばっかりしてたじゃん、司法試験に命を掛けて来たの。でもこの先、必要な免許がもう一つあって。」
と言われたときにすぐ分かった。前に考えていた時があった。車の免許はどうするんだろう?と。大田がすぐ言った。
「車の免許だろう!」
「パパそう。今なら時期外れだから15日でAT限定が取れるの。合宿だけどね。パパが行ってた、あっ、ママも行ってた教習所は確実に取れない可能性がある。合宿免許なら予定通り取れるわ。どう、行っていい?」
大田が真理の顔を見る。俺は全然いい。全部俺が代金出していい。目で真理に言った。
「100%取れて来れるんなら良いんじゃない。会社の出社日に間に合えばね。」
「ママの子よ、運動神経は良いよ。頭は知っての通り。ママも良い?」
「ママも間に合えば良いと思うよ。これから車は必要だしね。」
「ありがとうママ、パパも。パパにスケジュールとどこに行くのか決まったら言うね。」
合宿免許は予定通り必ず取れる。予定を全部入れて最短でスケジュールを組むからだ。その代わり15日間びっちり実地と学科だ。葵からすると学科は道路交通法を崩してあるので簡単すぎると思う。
大田の会社のパソコンとプリンターで3パターンプリントしてみた。全部2〜3日以内に出発して、15日で確実に取れるところをピックアップした。田舎の教習所に宿泊施設が付いているようなものだ。新しくて綺麗なのは栃木県の那須塩原の教習所がバス1本で行ける便が新宿から出てる。しかもキャンセルがもしかすると出たら14日で取れるとか。
「那須塩原にする。いつもごめん。明日までにこの口座にこれだけ送金しなきゃなの。そして明後日出発。年末前に帰ってくる。」
「大事な体なんだから、変なやつとかには気を付けろよ。心配だけどまじ気を付けて。」
「じゃあ、ママは店の仕込み行くね。」
「あっ、ママー!私も行く。」
「俺は振り込みが終わったら行く。」と2人店に向かったので、プリントしてある口座に金額を振り込んだ。それと同時ぐらいに事務所の電話が鳴った。
「はい、大田事務所です。」
「あー、大田さん、国立です。昼にお邪魔したんですが、いらっしゃらなくて、娘さんって方がいらして、大田さんこちらの情報だと息子さんだったと思ったんですが、間違っていたらすみません。えーと仕事の方ですが、その後、いかがですか?会費はもらっているから大丈夫なのですが、仕事の方は入っているのかと心配になりましてな。」
と娘の名刺の件は特に触れないと言うことはやっぱり詳しく見てないと言うことだ。葵の言う通りだった。
「国立さん、心配には及びません。ぼちぼち自分のペースでやってますから。本日はおりませんので申し訳ございませんでした。」
居なかった事を謝ると
「いえいえ、お電話でもしてからお伺いすれば良かったのですが、次回またお伺いします。次回はお電話してから行きますね。それじゃあまた。」
特に大事な用事はなかったみたいで良かった。娘のことをもっと聞いてほしかった。全く気づいてないみたいだった。それより、真理が言ってた体の状態が気になる。とりあえず早く結果が出るのを待つことにしましょう。
葵が合宿免許に出発してから3日目、真理にも大田にも病院から再検査の呼び出しがあった。呼び出しがあった次の日に行けると回答して行った。入り口は一緒だが、行くところは別々だった。生憎スマホは禁止ではなかったので音を消してラインで連絡を取り合った。大田は泌尿器科、真理は産婦人科だった。大田は当然婦人科の病気の知識は皆無だった。自分の受診番号が表示板に点く。大田はそのまま扉をノックして、40歳過ぎてあろう医師の前に座らされる。
「大田さん、本日は大したことでは無いと思うのですが、先日の血液の数値と検尿の結果を見て、少し再検査をしようと思います。前立腺ってご存知ですか?」
「えっ、ええ。名前だけですが。」と大田は何の役目をしているのかとか詳しくは知らない。先生たちも前立線については詳しく詳細にどんな機能かはある程度しか分かっていないらしい。
「高齢の方に多いのですが、その前立腺が肥大したがために尿道を圧迫して尿が出づらくなったり、力んでも出なくなる場合があります。あと排尿しても残尿があるのに出ないとかの症状が出るんですが、そのような事は無いですか?」
と先生に言われて初めて、あー最近尿が出づらいなと思った事があるなと先生に申し出た。
「大田さん、エコーを撮って見てみますから、そこのベットに仰向けに寝てください。」
と言われ、看護師さんに促されて仰向けに寝て、上着とズボンを下までずらした。
「少し冷たいですよー。」と言われながらゼリー状のものを下腹部に塗られ、半円状のエコー機器を下腹部に当てられ探る。こちらにエコー画像を見せられても、さっぱり解らない。撮った画像をゼリーを拭いて服を整えて丸椅子に座った大田に先生が説明する。膀胱周りの模型と写真を見せながら、
「大田さん、こっちが普通の人の前立線です。大田さんの前立腺は約2倍の大きさに肥大しています。大きさの原因は腫瘍ができてます。だいたい加齢が原因で出来る人は多いんです。その多くは良性なんで気にすることはありませんが、稀に悪性の場合がありますので経過観察が必要です。だいたい3ヶ月くらい経っても同じだったら良性ですから心配要りません。ということで経過を見ることにしましょう。」
本日は以上です。前立線肥大専門の薬がありますので処方しときましょう。1日1回飲んでくださいとのことで終了した。
大田は、以上のことをまとめて大丈夫だったと真理にラインした。
まだ診察中なのだろう、既読にもならない。婦人科に行くのも憚れるので、受付の近くに座って待つことにした。するとしばらくしたら病院から電話が来た。登録していたので病院の名前が出た。
「はい、大田です。」
と電話に出る。
「真理さまの旦那さまでいらっしゃいますか、私、婦人科の医師の勝見と申します。」
と真理は妻だと言う事を言うと、病院内にいらっしゃるということでしたので、そちらが終わっているのであれば、こちらにいらして下さいと言われたので
「はい、すぐ伺います。」
と言って、指定されている診察室へ行きノックした。すると、どうぞ!って言葉が聞こえたので、扉を聞くと真理が先生と座っていた。椅子に促されたので横並びで座った。
「大田さん、今、真理さんの診察を今日は終わったのですが、診察の結果ですが、子宮頸がんです。すでにステージ4まで来ています。これは予想です。心配することはありません。ただ、癌を切除とか色々あるのですが、もう一度、MRIで確認させてください。癌を部分切除で大丈夫なのか、子宮全体を摘出しないといけないのか詳しく見る必要があります。いずれにしても命に関わることではありませんのでお伝えしておきます。」
MRIの予約を取ったから、1週間後に来るように言われた。いずれにしても大か小かの手術になり、入院しないといけないのは間違いない。2人で相談して、葵には帰って来てから言おうと決めた。


葵は順調らしく、15日目には帰ってきて、帰宅後の翌日には頑張って免許センターに100問の学科試験を受けに行って、合格するとその日に免許交付となる。なので、15日目は東京のビジネスホテルに泊まり、16日目の朝から試験を受けて合格だったら昼には免許交付されて帰るとのことだった。要所要所でラインが来てた。卒検一発だった!とか、バスに乗ったーとか、品川駅に着いてホテルチェックインしたとか。免許センターでも、試験終わったけど、ひっかけ問題が多かった。クイズかよとか言って、合格したから交付待ち。疲れたぁ〜とか。そして見事全て予定通り免許を取って帰ってきた。ちょうど真理が店に仕込みに出かけた時だった。
「ただいまー!予定通り最短で取ったどうっ!!」
と冗談混じりで言って元気に帰ってきた。お腹が空いていたようで真理が作っておいたシチューを温めて食べていた。
「ほいひぃー!!」
と温めすぎたのか熱々のシチューを美味しそうにたいらげた。
「葵、免許証見せて。」
と大田が言ったら、
「ヤダー!」
と一蹴された。
「なんでだよ。見してよ。」
「やだよぅ。ブスに写ってるから。」ガサガサと財布から取り出して、
「ほらっ!!」
と遠目に見せる。
「あっ、見えなかった。」
と言うと、今度は顔のとこを指で隠して、
「ほらほらほら!」
って目の前でゆらゆらさせた。普通で条件等にAT限定とある。名前も大田葵だ。
「どうせメイクばっちりして行ったんだろう。」
「ううん、入り口につけまつ毛とコンタクトレンズ禁止と書いてあって検査しますって厳しくて、ビューラーだけしてったら、お姉さんにつけまつ毛とコンタクト外して下さいと付けてると思われて検査されたよ。」
実際、葵は黒目が大きいからコンタクトって言われるらしい。
「でも、予定通り無事で安心した。合宿とかナンパがよくあるって聞いたけど、大丈夫だった?」
それ聞いてドキッとしたのか、
「それそれ、何人か何気に声を掛けてきたけど、完全無視した。しつこいのがいて、お父さん警察官だからって言って何とか交わせた。授業以外は部屋で動画見て篭っていた。」
やっぱり、でも葵は自分のこと解っていて両親思いだと思った。
「あとは仕事だな。日々勉強!」
そうだねと言って、
「パパ、27年間ほとんど勉強ばっかりして、まだ勉強しないといけない。私、絶対負けない!5年で独立する!パパ、ママに恩返ししないと!」
その言葉を聞いて、真理の病気のことを言おうと思ったけど、言ったら店の方に走って行きそうだから、真理帰って来てから言おうとラインで言ったら、OK!とスタンプで返信が来た。本当なら、店なんか休ませて家でゆっくりさせたかったが、体に何の症状も出てないのでいつもの通り営業した。
真理から定時になったから帰りますとラインがあった。午前0時を過ぎたからMRIの予約日が明日となった。いつものように真理は残った惣菜を下げて帰ってきた。
「ただいま!はー、疲れた。」
おかえりと言って2人で荷物を持ったりして手伝った。
「あー、もう寒いね。まぁ遅いぐらいだけど極寒ではないね。もうすぐクリスマスなのにね。」
そう言えばMRIの日はクリスマスイヴだ。葵はあんまり、アニバーサリーが好きでは無い。アニバーサリーで思い出したけど、この前ラインで息子に彼女が出来たらしい。少し真理と葵に報告しといた。本気とか結婚とか考えてるんだったら連れて来るだとうと放っておいた。
「葵、話がある。」
と大田が切り出すと
「えーっ、ママが帰って来たタイミングで話を切り出すってことはママのことですか?」
と軽くすかして聞いて来た。
「そうママの事なんだけど、回りくどく言わないで直球で言うけど、子宮頸がんらしいんだ。命に別状はないけど、午前0時もう過ぎたから明日、クリスマスイヴにMRIで、部分切除か、全摘出か決まる。」
葵が動かなくなった、口がへの字になった。急に涙がポロポロ出て来て、真理に抱き付きようやく号泣した。
「嘘、嘘でしょう。本当に命に別状無いの?最悪が全摘なの?転移してない?」
「医者によると、もしかすると全摘出かもって言ってたから、そこは大丈夫と思う。」
と大田が説明する。葵は言っても仕方無いのに
「何でもっと早く気付かなかったの?良性の時に切除で良い筈なのに。」
もう何年も検診に行ってなかったから、そこは葵も早いうちに検査しなさいと返せた。逆に考えれば手遅れよりは良かったと思えば良い。
当日、3人で病院にゾロゾロ行くのも憚れるので、婦人科だし、葵に真理を任せて行ってもらった。葵に、お前がしっかりしないとダメだぞ、ちょっとやそっとじゃ驚かないで気はしっかり持てと言って励ました。
「うん、ラインで連絡するね。」
病院には、電話で娘が連れて行くと連絡しておいた。娘ならMRIもだけど、内視鏡も見せてもらえるらしいから、葵先生、ちゃんと診断して来てくれと頼んでおいた。
病院に午前10に来てくれとのことだったので、葵にラインが10:20ぐらいに今、MRIに入った。今から20分ぐらい体を輪切りに撮影されるらしい。それから30〜40分してから、葵から内視鏡で見たけど、グロすぎ。初めて癌のやろうを見た。子宮の半分を侵略されていた。先生によると部分切除でもいいけど、子宮的には機能しないから、大事を取って全摘がおすすめと言う。その判断は真理にさせてと頼んだ。このまま癌を残して確実に着床させるなら、まだ若いし子供を作ることも可能らしい。葵も見たら欲しい気もするが、ここは断念しといた方がリスクとの戦いには無理がある。葵もママに選択させるのは酷なんで、手遅れにならないようにしよって葵が言った。真理も同意した。手術は1月の終わりにか2月の頭か、早い方に予約を入れて病床の空き状況で連絡することとなった。期日は1週間。先生が言うには、まだ軽いうちだったから良かったと葵に何回も言ったらしい。
大田は1人、葵のライン報告を見ながらパソコンでエコカーの補助金が無いかつい仕事柄見ていた。あった。何故かうちは車が無いのに気付いた。そうだ、ハーレーを一人身だったので買った時にプリウスを廃車したんだ。葵も免許取ったし、3人とも車の免許あるのに車が無いのは不便だ。補助金を使ってハイブリッドカーでも買うかとネットサーフィンしてた。でも勝手に買ったら葵に怒られる。ここは帰って来てからタイミング見て聞いてみよう。夏はハーレー2台あるし、3人でどこでも行けるけど、冬は進んで乗ろうとは思わないし。
葵からラインだ。
「今日はクリスマスイヴだから、チキンとか買ってくるね。少し遅くなるけど、買い物したら帰るね。」
と送って来た。クリスマスイヴだ。あぁ、やっぱこんな時に車は必要だ。
息子からメリークリスマスとラインスタンプが送って来た。少し凝っていてプレゼントの箱が開いてメリークリスマスと出る仕掛けだ。あっあと、年末帰って来るんだったら、今のうちに言っとかないと、お前の部屋葵弁護士事務所準備室になってるぞと教えといた。
彼女が出来たから帰って来ないとは思うがと付け加えておいた。聞いてみるとの返答だったって事は可能性はゼロではないと言うことだ。色々考えていたら、真理と葵が両手いっぱい食材とか買って、まだ外へタクシーを待たせている。運転手の人が助手席にケーキを入れた箱を出して持って来てくれた。あっ、すみませんと代金を支払っていた。大田も飛んで行って手伝いをした。
葵が、もう正月のものも買って来た。ママとおせち作ると元気だった。自分の目で見て大丈夫と判断したのだろう。それを見て真理も笑顔になっていた。真理に葵は下手すれば裁判官だったかもしれなかったから、葵のジャッジなら大丈夫だよと言った。そうだねと笑った。葵に
「葵、幸希が彼女を連れて年末帰って来るかもよ。」
と言ったら、ふーんと言って、
「彼女だろうが幸希だろうが、あそこは私の弁護士準備室だから、来てもいいけど、あの書類や書籍の中に寝てもらう。」
真理と大田、2人でゲラゲラ笑った。そうだ葵がお義姉さんだったんだ。
「ついでに言っとくけど、私は姉だから、弟には絶対負けるわけにはいかない。」
と腕まくりしていた。それでまた2人とも笑った。今の会社の役員になったら認めてあげよう。多分今は、聞いてる話では部長クラスのチームリーダーだから、女子とかに命令したり、カッコ付けてたんだろうなチャラく。
「でもそれにしては、京子ちゃん以降、彼女情報聞かなかった。急に彼女が出来たって。」
ラインで連絡取っている限り、その間はそんな話はなかった。仕事がめちゃ忙しいだけ。多分紹介レベルまで来る人がいなかったのだろう。
「相手の方も実家あるだろうから、一緒に住んでいるところで過ごすか、実家に一緒に行こうと言われて行くか、別々に実家帰るか、一緒に連れてくるか、いくつもパターンがある。今日返事するって。」
と言ったらすぐ葵が、帰って来なくていいってすぐ言った。気を遣うからか。今日は下の食卓に1人1本ずつ鳥のもも肉の燻製。ホールの生クリームのケーキ。それに蝋燭を立て火を点けて葵が、
「メリークリスマス!」
と火を息で消した。居酒屋マリーは、ちょうど土日で休みだったので、ゆっくり出来た。今年は年末は27日まで年始は葵に合わせて1月5日から始業することにした。


年末は結局、幸希は、前回の京子ちゃんのこともあって慎重になっているようで、彼女を連れて来るのは見合わせたようだ。年末年始は特に何をすることも無く、近くの神社で初詣をして、あとは皆んなで韓国ドラマにハマっていた。年始になると4日には葵はそわそわしていて、5日初日は午前10時出勤で、その日は顔見せと、教わる上席の弁護士との打ち合わせだったようだ。登録弁護士は100名以上居るけど、会社にはいつも半分以下もいないようだ。しかも今年は新人弁護士は葵を入れて5名しかいなかったようだ。葵のイメージと違って、葵の机も上席弁護士と同じ位の机で、パーテーションで仕切られているのみで他の弁護士もその上席弁護士と同じ部屋で4名、先輩弁護士が居るという感じ。やっぱ弁護士らしい。
買ってもらった腕時計も合っている。5日が金曜日で月曜日が祝日で実際に稼働するのは9日火曜日からなので、5日は1日、2日分ぐらいの説明に凝縮されていた。
9日は早速、民事の法廷に行くと言っていた。らしくなって来た。パラリーガルの人が多いので、弁護士バッチを付けていると皆んな会釈していく。慣れて来たら葵にもパラリーガルが付くらしい。とりあえず頑張ろうと思った。休みが多すぎて、頭の中から六法が消えていく気がする。9日からこれやれ、あれやれと事務所のパソコンはフル稼働。訴訟書類や陳述書、準備書面、内容証明と内容確認したり誤字・脱字をチェックする。また具体的な民事訴訟を投げられ、これを提訴するまでの書類作れとか、教えてもらいながらやるという感じで、あっと言う間に2月になり、ママの手術も終わり、入院してても顔を出せず、ママから心配ないよ、大丈夫だから、無事退院したよ!と連絡があって、家に帰ったらやっと会えて
「ごめんね、行けなくて。超忙しくて、泣きたいくらい。」
と言いながら泣いてて、真理はそんな葵をハグして背中をトントンとしていた。涙が止まらなかったけど、元気で帰って来れて良かった。パパにも抱きついた。髪の毛を撫でられた。とても優しい気持ちになった。
「葵、圭ちゃんと家の方は大丈夫だから頑張ってね。」
と真理は葵に声を掛けた。
「うん、まだ始まったばかりだもんね。」
あっと言う間に日が過ぎていく。真理の術後の状態も良く、真理自身も体の疲れも取れて、大田も前立腺肥大は良性で、排尿困難がある程度で生活には支障は無い。
そうしているうちに寒い日々が、だいぶ暖かくなって来た。久々に幸希から連絡があり、年末の彼女とまだ続いているらしく、まだ同棲しているらしい。
4月の日曜日に彼女を乗せてハーレーで帰宅すると言っている。日帰りでツーリングをしないかと言って来たので、真理も久々いいねと真理のと、大田のと整備して、葵も行くか?って誘ったけど、行きたいけど、書類が溜まっていて作成しないとやばいと次回から行くからゴメンねと幸希の新しい彼女、飛鳥さん、幸希より1歳年下で取引先の従業員らしいが挨拶した。飛鳥が
「幸希のお義姉さん、弁護士の先生と伺っております。飛鳥といいます。よろしくお願いします。」
と丁寧に挨拶した。葵は
「へぇ〜、幸希くんの。葵です。今日は行けなくてごめんなさい。よろしくね。」
とサラッと挨拶して、準備室に閉じこもった。引き続きキーボードの音がカチャカチャと始まった。
ハーレーが3台になると大迫力で、4人ともインカムが繋がって話をしながら群馬方向へ行き先を決めずに東北道を下って行った。真理が
「久々で最高ね。」
大田が
「久々だからって無理すんなよ。」
幸希が
「お義母さん、飛ばすねーっ!!」
大田が
「真理、スピードメーター見て110Km/時速以下で走らないと捕まっちゃうよ。」
真理が
「うん、分かってる。あのトラックの前に行って、ゆっくり走る。」と加速したと思ったら、その追い越すトラックの前に遅い車がいたのか、真理のバイクに気付かず追越車線に出て来た。大田と幸希が
「あっ、真理危ない!」
と言った途端、トラックは真理のバイクを中央分離帯に突き飛ばした。
「真理ー!真理ー!」
応答がない。トラックも事故を起こしたと分かったのか、また、左に寄って来たが、真理のバイクは大破。真理は飛ばされて、中央分離帯の先の方に倒れていて動いていない。大田と幸希はハーレーを左側道に停め、走って真理に駆け寄る。生きてたら動かすといけないので真理に声を掛け続ける。
「真理!真理っ!!真理ーっ!!!」
手が動いたような気がした。手を握る。
「真理!真理!!大丈夫か!真理!」
少し手を握り返したような気がした。
「真理!真理!!ワーー!ワーーッ!!」
誰かが救急車を呼んでくれたと思う、救急隊の隊員が来て、脈を確認して、ゆっくり仰向けにして、蘇生作業しながらストレッチャーに乗せて、AEDでも蘇生作業を試みるも再び胸を両手で押す蘇生作業をする。病院が決まったらしく、
「ご主人さん?バイクですか?」
はい、と言うと、ご主人さんだけ付いて来てくださいと救急車がサイレンを鳴らして動き出す。東北道は大渋滞だ。バイクで追跡する。病院に着いた。嵐山(らんざん)の病院らしい。ストレッチャーで運んで行きながらまだ蘇生作業を繰り返す。看護師が蘇生のための注射とかAEDとか尽くしてくれるが、再び心臓が動くことは無かった。


葵に電話した。いつも出ない雰囲気に察したのか、大田が
「真理が・・・うっうっう・・っごめん。葵、ごめん。わぁーーーーーっ!」
「パパ、どこ?どこなの?」
と言うので、看護師さんに変わって場所とか状況を説明してもらった。すぐ行きますと言って切ったらしい。真理!なんでだよう。幸希は彼女を近くの駅に連れて行って、とりあえず今日は帰っといて。連絡すると言って帰しておいて、病院へ向かった。死因は脊髄損傷と出血多量のショック死らしかった。真理の亡骸に処置を加え、綺麗に洗体して霊安室に移された。そのタイミングで葵が到着して激しく扉が開く。
「ママー!ママー!嘘でしょう!起きてよ!ママーッ!!!!ママーッ・・」
とだんだん声が小さくなっていく。泣きじゃくる葵の肩をそっと抱く。長い間そうして
「パパーッ!どうして、どうしてこんな事になったの?」
意外と冷静になり、事故の事情を聞く。病院の外では、管轄の警察が幸希に事情を聞いている。幸希は、事情を聞かれている最中にバイクにドライブレコーダーが装着してあるのを思い出し、スマホと連動していることも分かった。バイクに行ってミニSDカードを抜こうとしたが、このカードを警察に渡してしまうと、こっちがあの時の状況を見れなくなると瞬時に思い、本体からスマホにダウンロードしてから、スマホに転送されたのを確認した後に大事に渡す。警察に
「これが真理さんの後ろから撮れている事故の瞬間です。」
警察官はすぐ、参考資料押収物として書類を作成して預かった。
一方の葵は、大田から事情を聞いて、
「それ、トラックが悪いじゃん。絶対、トラックの運転手許さない。ママがこんなことになって。ママーッ!ママーーーッ帰って来てー!」
と再び泣きじゃくる。
大田は、あっちに呼ばれこっちに呼ばれと今後の段取りとか準備に追われた。真理の亡骸は自宅近くの斎場に移されることになった。幸希から彼女が被っていたヘルメットを借りて、不本意だが、葵を後ろに乗せて来宅した。嘘のような夢であったらいいなと思うような時間だった。幸希は一度自宅に帰って、1週間ほど会社に休みの連絡をし、再び来るとのことだった。
葵も帰宅してすぐ事情を会社に話をし、上席の弁護士に仕事の引き継ぎをお願いし、書類ファイルをアップロードしていた。
葵に先に斎場に行っとくね。ママが寂しがっていると思うからと言うと、タクシーを呼んだ。
「いやだ、待ってパパ、私も一緒に行く!」
と黒いスーツと白のブラウスをタンスから引っ張り出して着ると、バックに化粧品や必要なものをバタバタ入れて、また必要なものがあったら帰ってくればいいやと、タクシーが来たら大田と一緒に斎場に向かった。斎場には、到着したばかりの真理の亡骸が専門の人に綺麗にしてもらっているところで、大田に
「ご主人様ですか。この度は・・」
と聞きたくない台詞を並べられ、祭壇に飾る写真がないかと言われ、葵と相談しながら、これにしようとスマホで選んだ写真を見せ、これでと言うと、パソコンの部屋に連れられて行って、データをパソコンと繋いで飛ばした。斎場の人が、何点か送ってもらって、切り抜きして修正しますから、まだ送られて見てみたらどうか?と言うので4〜5点送った。4〜5点とも四角に切り抜いてもらい修正を掛け見せてもらった。
「パパ、この3番目のやつ、ママっぽくて良くない?」
と葵が言うので、それにしてもらった。

真理の亡骸はとても綺麗に化粧され、今にも起きて来そうだった。今日じゃなくて、明日が通夜で明後日葬儀ということになった。大きめの斎場で祭壇も花がたくさんで凄く綺麗にしてもらった。線香の匂いで夢ではない思いにかられ、涙がまた溢れ出て来る。線香を絶やさないようにしなくてはいけないらしい。身内の誰かがそばに居るのだそうだ。ママの顔を何回も棺の顔の部分の窓から見る。大田は、店の居酒屋マリーと自宅に〝忌中〟の張り紙をして来た。祭壇には早くもお客さんや身内、両家の関係者から花が届いていた。中には驚いて、斎場に飛んで来る人もいた。大久保社長もその一人であった。事故をしたのが、大久保がプレゼントしたハーレーだったので悔しさもひとしおだった。葵に労いの言葉を囁いていた。葵は、頷くばかりだった。通夜の日から、息子の幸希と彼女の飛鳥も合流して受付とか手伝ってくれた。幸希はドライブレコーダーのデータをUSBメディアに入れて来た。葬儀後に葵に渡そうと思った。そうじゃないと運送会社の人や運転手本人も来ると思うし、保険会社も来るだろう。こう言う死亡事故の損害賠償って保険屋でだいぶ違うらしいから、葵は弁護士でもあるし、訴訟にもなる可能性だってあるから、強力な武器になると思ったからだ。葵は泣いている場合ではないと気付いた。今回の事故の過失割合とか、色んな事を保険会社が運送会社なので手慣れた鑑定人で処理されるだろう。今は、自分は弁護士であることを前に出して、ナメられないようにするしかないと思った。一切の葬儀も終わり、真理の亡骸は荼毘に伏せられ、小さい箱になって自宅に帰って来た。葵と相談して居酒屋マリーは閉店することにした。大久保社長にその旨を言うと
「大田さん、葵ちゃん、あの店2人が要る物だけ持って行ってもらって、もし次にやりたい人が居るかもしれないので、あとはあのままで一応、残産放棄って形にしてくれないか。我々が飲むところが無くなるの寂しいなと皆んな言っててね。」
葵が全然構わないと返答した。
「葵ちゃん、ありがとう。きっと引き継いでくれる人が見つかると思うし、我々の飲む場所が無くならないようにしたい。そしたら2人も飲みに来れるしな。ありがとう葵ちゃん。」
と言う話があって、片付けに行き、明け渡しをして2週間もしないうちに大久保さんから連絡があって、借りたいと言う人が見つかったらしい。それは良かったと答え、葵と機会があったら行きますと言っておいた。その件を葵に伝えたら、
「店の中が前のままだったら、ママが出てくると驚いちゃうね。でも、しばらく行く勇気が無い。」
葵はあれから1週間で仕事に復帰し、相変わらず忙しくしていた。
保険会社の来訪もあった。相手の運送会社の社長と言う男も少し無礼な態度だなと思いながら、話を聞いた。その日は、前もって来ると言っていたので、葵も同席した。運送会社の事故対策担当という男と3人での来訪だった。その事故対策担当の男が話を始めた。
「この度はたいへん・・・」
ともう何回聞いたか分からない言葉を何回も口にする。内容が無い。葵が一息
「ふぅ〜っ。」
と行きを吐いて切り出した。
「あのね、お母さんは何度あんた達が謝ったって帰ってこないの。事故対策担当、保険会社、あと社長。どうせマニュアル通り、慣れてんでしょ?事故割合は何割ってねじ伏せて帰ろうとしてるつもり?言ってごらんよ。」
「葵、辞めなさい。普通に話を・・・。」
「パパは黙っといて、パパも目撃者の一人なんだから!」
これは葵と作戦済みの言葉だ。合いの手を渡しが入れると。葵が再び
「ねぇ、どうなの?」
と言うと、とうとう本性を出した。保険会社の男が話を始めた。
「お嬢さん、えーっと葵さんって言いましたっけ、弊社は大田様の真理様がお亡くなりになり、ご冥福をお祈りすると共に、それ相応のご対応をさせてもらおうと来た次第です。それは弊社は保険会社ですから事故割合を精査するのが仕事です。私なりに調べて事故報告書を見る限り、5分5分と考えております。あとは他にも生命保険とかお有りと聞いております。そちらの方は満額なので大丈夫ではないですか。」
と言われた途端、葵が
「貴方、今の全部録音してあるからね。」
と言ってスマホのボイスレコーダー機能の画面を出す。数字が回っている。
「東京W損保の斉藤さん、貴方と貴方の会社が50%と決めたと言う訳でよろしいんですね。」
と再度葵は聞いた。
「はい、左様でございます。運転手にそれ以上の過失はございません。」
とはっきり言ったので、葵は
「斉藤さん、貴方は私をお嬢さんと言いましたね。その辺のお嬢さんと一緒にしないでください。この件に関して民事提訴致しますのでご覚悟をしておいてください。」
と言って、ちゃんと作り直した弁護士が大きく見える名刺を差し出して
「どうせ斉藤さんとこにも代理人の方いらっしゃいますわよね。よろしくお伝えください。本日はわざわざお越しいただきありがとうございました。パパ、お帰りだそうです。」
と斉藤は名刺を見て手が震えていた。3人ともそそくさと帰って行った。
「葵、あんな喧嘩売って勝ち目あるのか。」
と不安そうに大田が葵に聞く。
「パパ、弁護士ってね、負ける勝負は最初からやんないの。勝率が仕事を呼ぶから。」
よし、早速訴状作るか!たんまり取ってやる!ママの為にもと言いながら準備室に入り、キーボードの軽やかな音が聞こえて来た。
幸希から連絡があった。次の土日に線香上げにと彼女と泊まりに行っていいか?とのこと。葵に聞いてみると言って、その件について話をした。
「別にいいけど、準備室に寝ることになるか、パパの部屋に寝させて、パパが事務所のソファに寝るかなら大丈夫じゃない。」
あっ、そうか、その手があったな。事務所のソファはだいぶデカいのを買ったから全然寝れるし、テレビもデカいから見たいの見れるし、大丈夫だ。そう回答すると、土日に来ることになった。幸希の彼女は事故の日と通夜から葬儀にかけて、お世話になったからなのか、前の京子より気を許している感じがする。葵には言ってないが、幸希に聞いたら、なんと現在弁護士事務所でパラリーガルをやりながら司法試験と考えているのだけど、諦めかけているらしい。夜間のロースクールには行っているが、予備試験1つも取れてないらしい。東京の有名大学4年卒業後からパラリーガルをやってるとの事。飛鳥も葵と何回も話をしているが、仕事の話は一度もしていないらしかった。幸希がハーレーに飛鳥を乗せて帰って来た。帰って来たら真っ直ぐリビングに作った祭壇に線香をあげる。その後、食卓に座ってもらう。お茶を入れて出すと葵が階段を降りて来た。葵が
「あっ、幸希くん、飛鳥ちゃんお久しぶり。元気してた?」
と葵が幸希の部屋は、私が準備に使わせてもらってるから、パパの部屋使ってと最初で言った。飛鳥が
「葵さん、準備室って何の準備室なんですか?」
と聞かれたので、司法試験受かって司法修習が福岡だったから、借りてた部屋を解約して幸希くんの部屋に参考書や資料とか持ち込んで最高裁に出す資料とか揃えて準備をあの部屋でやったから準備室。ネット引いてもらって、プリンターセッティングして、環境バッチリ。だから準備室って名前になった。そのうち、どっかに事務所おっ建てるから心配しないで。幸希が
「おっ、やったぁ。じゃあ俺たち親父の部屋だ。酒飲み放題。」
全員笑いが出た。久々笑った感じがする。
「この家のどこに居ようと酒は飲み放題じゃん。」
と葵。それと事故の相手の保険会社の奴と運送会社の社長、事故対策担当という奴ら3人が来たけど50%って喧嘩売って来たから、伝家の宝刀で私が弁護士であることを知って言って来たのか知らずかは知らないが民事提訴するから覚悟しとけと言って、とっとと帰ってもらった。幸希くんのあれ助かるー!
「えっ、なんだ幸希くんのあれって?」
と大田が知らないことを突っ込む。
「パパ、実は幸希くんハーレー、ドラレコ装着してたの。しかも真後ろ走ってたから証拠物甲第一号証よ。」
と大田がまじか?と言ったところで、幸希も知らないことを発表する。
「まだあるの、警察署に3回行って、あと保険会社にも3回かな、事故報告書の開示請求をしたら、ママのバイクのライトが点いてなく見えなかったと運転手は供述しているの、でもね、ドラレコでは確かに点いてるの。あれって道交法調べたら、昼間でも点灯することとなってる。それで、事故したママのバイクを見に行ったの。そしたら、ドラレコでは点いてるのにハンドルのスイッチがOFFになってる。おかしいなぁと思って、警察官に弁護士と示して保険屋が来たか聞いたら、バイクを見に来たと言う訳。おかしいなと思って、バイクの置いてあるところに再び行って回りを見たら、監視カメラがあったから、これまた面倒だけど監視カメラの開示請求して保険屋来た日のデータ抜いて見たら、あの斉藤という男がライトのスイッチをOFFにしてた。で結果、ライトは点いていて、運転手の死角での見落とし、100対0ってないから9対1なのよこの事故、いや事件。」
このストーリーで民事提訴したら、多分刑事事件に発展するから、示談を言って来るわ。本当は提訴する印紙勿体無いから内容証明で脅しといたら安上がりだけどねと言う。
「それも勿体無いから、俺と敵陣に直接対決に行くか葵。」
葵がそれもいいね。今、敵陣は提訴ってどんな訴状が来るか待ってるからね、幸希が
「今の内容をまとめて内容証明でいいんじゃない。何もアクション無かったら提起とか。どう思う飛鳥は?」
飛鳥は
「ごめんなさい葵先生の前なのに、私なら運送会社も運転手の供述が虚偽なので、共謀共同正犯、刑法60条を適用して、会社2社、斉藤、事故対策担当者、運送会社社長の5箇所に内容証明を出し期日指定で回答無き場合は、刑事、民事いかなる措置も辞さないと強烈に書面作成します。」
「えっ、飛鳥ちゃん、何者?すごっ。」
「ごめんなさい。言うタイミング無かったけど、私、大卒後からパラリーガルで司法試験目指してたんですけど、挫折しちゃって。葵先生と逆で実務書面はほとんど書けるんですが、ある先生の裏方さんです。ロースクールは夜間で行くには行ってます。」
と下を向きながら恥ずかしそうに言う。
「ってか、その飛鳥ちゃんが幸希くんとどう繋がるの?」
と言われると準備してたのか、幸希は、
「うちの会社の法務部の先生の助手でトラブル事があった時に少し話をして、弁護士の先生ですか?って聞いたら、パラ・・なんとかって仕事が弁護士の助手って知って、それから連絡先を交換して・・。」
「なるほどねぇ〜、弁護士に少しは興味を持ったって事なのかな??」と意地悪っぽく言う。
「いや、そんなんじゃなくてさぁ、弁護士とか、法律とか、そっちじゃ無理だけど今、自分のやってるシステムエンジニアで凄いことをやってやろうとか、なんか葵姉ちゃんに負けたくなくて、結局負けず嫌なのかな。」
やっぱ大きい傘の下で働いていると頭打ちになっちゃうみたいだと思った。なんていうか、伸び代が無いと言うか。私の場合は早く仕事覚えて独立と言う選択と、飛鳥ちゃんの先生みたいに大手の会社何社かと顧問契約するかの2択だと思った。
「負けず嫌いっていいことよ。ライバルがいるって一番いいこと。負けず嫌いにはライベルよ。競うことによって自然と自分も伸びている。私は今のところライバルだらけよ。頭出ると叩き下されて。叩き下されない為にずば抜けて上がれば大丈夫。早くそうなりたい。」
飛鳥が急に言い出した。
「うわっ、私ももう一度頑張ろうかな?なんか葵さんクラスになると、益々頑張ろうと現実味がある。パラリーガルであるあるなんですけど、基本六法と実務って遠くて、困っちゃう。そこをチェックしとかないと、つい実務でやってることを回答して、不合格になるってケースが多いです。」
「あっ、そうそう、それ私のアシスタントも言ってた。だから受かんないんだって。条文丸暗記しかないのか?」
でも飛鳥ちゃんは、頑張れば2ヶ月あれば取れるんじゃんと言ったら、一才下だから合格したら実務先にやってるから、抜かれちゃうじゃんと思った。
とりあえず事故の方は、内容証明を飛鳥ちゃんと2人で考えて書いて強烈なのが出来た。もう和解に来ないとマスコミリークするぞぐらいの。期限は本書面到着から1週間。多分無視すると、刑事告訴するから、先に警察もしくは検察が動く、マスコミリークするから動かざるを得ない。
4日後に相手の保険会社法務部の弁護士から和解の申し立ての連絡が来た。書面なんでもう顔も見たくないし、関わらずに進めたいから口外しないでくださいと謝罪文と誓約書を書いてくださいとのこと。規定限度額満額を支払わせていただくとのことだった。プラス運送会社も寸志として1千万円を支払うとのことだった。これは幸希とこに分けてあげようと思った。やっぱり世の中って知らないと損することばかりだなと思った。でも、いくら取っても真理は生き返らない。
大田はたまに真理のことを思い出して号泣してしまう。スマホを見ながら泣いているところを葵に見つかったことが何回あった。
やっぱハワイに行ったのが、凄く楽しかった。あの夕日を3人でワイキキビーチから見た時は3人顔を見合わせて笑ったなぁとか、英語で道を聞かれて困ってるところを2人で笑っていたり、飛行機の中では、交代で膝枕して寝て、寝顔を撮られたり、楽しかったなぁ。
「ねぇパパ。ライン見てって。ママとのやり取りの遡って見て行ったの。そういえばと思って・・。見てこれ。」
と言って、スマホを渡され真理が葵に送ったと思われるラインを見た。
「ママがもし死んだら、火葬して、骨を圭ちゃんと2人でハーレー乗って、海に散骨してね!」
とある。
「えっ、何これ?天国と交信したの?」
と冗談で言うと
「これさぁ、あの子宮頸がんの時、やっぱ怖かったんじゃないの。私にハワイに行った後に言って来たの。」
と葵が言った。ハワイに行ったの11月1日〜7日だったから行くんだったら、その日がいいなと言った。でも寒いぞ。葵が
「やっぱ寒いのは嫌だ。暖かくなるまで待とう。じゃあそれは決まり。」
と寒いからと言うことで暖かくなるまで待つことは決まり、まだあるのか?と葵に聞く。
「うん、2つぐらい希望がある。まず丸1、車買おう!、丸2、ドロドロドロージャーン、準備室増設お願いします。」
なるほど、それは将来葵がどうするのかも考えたんだけど、女子だし、27歳だし、この先相手出来たら一緒にいられる可能性が無いので、増設はした方がいいな。この地から、真理との思い出の場所を無くすのも嫌なので残しておきたい。少しそんな事考えながら2つ返事でいいよと答えた。
「やっぱ、パパ大好き!」
とハグして来た。少し真理を思い出した。血が繋がってない親子だから気まずいと思いそうだけど、全然違和感無い。
「葵はどんな車がいいの?」
「葵はハイブリッドカー。」
と堂々と言ったが、今全部ハイブリッドだけど。
「いやいや、セダンタイプなのか、ミニバンなのか、軽なのか、色々あるじゃん。ミニバンはミニって言うけど大きいからね。アルファードとか。」
大きさのタイプを説明すると
「えーっとあれ、あれなんだっけ教習所のヤツ。あっプリウス。」
あー、いいねぇ。色は?と聞いたら、白か黒。それは手配しとくと言うことにした。準備室は、ガレージをリフォームして部屋にして、横の土地も自分の土地なのでガレージを増設することにした。もちろん葵に何パターンか聞いたが、そうすることに。離れのパターンも提案したけど、却下された。今の形はどこも壊したくないので、そうした。
「ねぇ、葵。今から居酒屋マリーに行ってみないか?」
一瞬動きが止まったけど、
「うん、いいよ。少し見てみたのもあるよね。どう変わったか。」
雰囲気悪かったら、すぐ帰ってこようと言って、出掛ける準備して、大久保社長居たら新型プリウスも見つけてくれる人も紹介してもらおう。歩いていつも通ってた道を歩く、葵が寒いと言って腕を組んで来た。角を曲がってビックリした。看板がそのままで電灯が点いていた。扉を開ける。
「いらっしゃいませ!」
大久保が立ち上がった。涙目になって
「圭ちゃん、葵ちゃん、良く来てくれた。こっちこっち、空いているからどうぞ。」
周りを見てもお客さんも同じだ。少し内装を張り替えたり、床を貼り替えたりしてあって、面影が残ってる程度で、主な色がオレンジ調だったのが、黄色っぽくなっていた。葵は挨拶したあと、
「あれ、こんな広かったっけ?」
と内側しかあんまり居なかったので、カウンターに座ると広く感じるんだろう。
「葵ちゃん、こっち側はこんなんだったんだよ。その後、仕事とかうまくいってるかい?」
と大久保は皆んな知ってる筈なのに、葵ちゃん弁護士なんだよって言って自慢していた。知ってるよ!と突っ込まれていた。大久保が注文しないと飲み物も出て来ないよと言ったら、皆んな笑った。
「とりあえずの生ビールジョッキで2つ下さい。」
あっ!と葵が言った。ジョッキを凍らせてあるのは変わらなかった。
「なんでこの店のお客さん、寒いのにとりあえず生ビールって言うのか、大久保社長に聞いて知りました。」と新しいママが言った。40歳ぐらいか、真理が若く見えたjので同じぐらいだ。出て来たジョッキを上に上げて、乾杯!とビールをグイッと飲んだら、小さい声でママだぁーって大田に聞こえた。葵をチラッとみたら涙だけがボロボロ出てた。太田もこの冷たさ、この喉越しはまさに真理だと思った。大久保に大田が
「あれ、丸氷あるんですね。すみません、大久保さんと同じ芋ロック丸氷で2杯下さい。」
出て来た芋ロックを葵と飲んで、葵に
「うん、ママが来てるなこれ、確実に。」
と言ったら
「本当だー!」
とまた涙が止まらなくなった。大久保にプリウスの件を頼んだ。今日はこの辺にしときますと1時間ぐらいでお暇した。帰り道に葵と腕組んで帰っていると
「パパ、ママ一緒に来てたね。」と呟いた。
「そうだな。元気で良かった。」ぷっと笑った。葵が
「しょっちゅうは嫌だけど、たまにはいいかもね。」
家が見えてきた。
「何がっ?!」
葵が寒いって家に向かって走りながら言った。
「たまに3人で飲みに行くの。」
あぁ、そういうことね。たまに思い出しに行くことね。大田はそう答えたが、もう2度と居酒屋マリーに行くのは嫌だと思った。辛すぎるからだ。

翌日から、自宅に内装業者が出入りするようになった。1階だし工事終了後に外壁を組み立てて、現在と同じ素材、色の外壁を貼るのみだけなので、主に床下、フローリング、出入り口のドアを上手く利便性の良い場所にするかだった。机を大きめに取って、ベットはセミダブルにして、他はほとんどが本棚となった。出入り口は増設するガレージ1つ、事務所から1つの2箇所となった。大田の部屋からの秘密の階段も撤去となった。家とは垂直にL字型にガレージ造設をしたので、おのずと葵の部屋も広く延伸することになった。とにかく本と資料が多い。新しい本棚や収納で今ある物の2倍入れられる本棚、収納は欲しいと注文を付けておいた。ガレージを増設した角の部分が広くなったので、準備室より多少広い。しかもベットを隅に設置したから、かなり広く感じる。葵の部屋だけ、床暖房を入れてもらったりもした。あと窓は無しと考えていたが、やっぱり正面に1つだけ設置することにした。完成した時はやっと自分の執務室が出来た感じがした。

完成に合わせたのか、注文しておいたプリウス白色の新車が納車された。真っ白でピカピカで試乗したら、ものすごく乗りやすかった。車の運転は好きだし得意だと自分で思った。書類が多い時はキャリーケースに入れてゴロゴロと移動していたが、車で移動することも多くなってきた。

無我夢中で仕事をした。上席弁護士も3回変わった。気が付いたら3年が経過していた。もう30歳手前まで来ていた。なんとなく彼氏でも出来た。ある日、大田に言われた。
「葵、言いづらくなってたけど、真理の散骨は考えてる?もう3年置いてあるけど。」
と大田に言われて、忘れていたわけじゃないけど、行かなきゃ行かなきゃと思っているうちに月日が経っちゃってと言う。もう少し待って、私なりにキリが良い時がもうすぐ来ると思うからと言うから、葵が忘れているわけではないと思っているだけで良かったと思った。
息子の幸希だが、まだ飛鳥と付き合って同棲が続いているらしい。朗報は来季の人事で念願の取締役執行役員兼プロジェクトチームリーダーと、とうとう取締役に昇進したらしい。それを機に婚約したと報告があった。一応、飛鳥と葵は仲良いし、しょっちゅうラインや電話で話をしているらしい。おめでとうと昇格と婚約に祝福の言葉を言ってくれたと聞いた。また、婚約と同時に新居を購入予定だと言っていた。都内に住んどか無いと会社役員となったので飛鳥と相談してタワーマンションの見晴らしの良いところを解体とのことであった。また、飛鳥もあれから勉強頑張って、予備試験を3種とも合格して、次の7月に本試験1回目にチャレンジするとのことだった。実は葵と飛鳥には、2人で決めたことがあった。2年温めて予定通り進んでいる。葵は、一生に1回のことだからと、あすかと約束して司法試験を諦めないこと。その姿勢を見て多分幸希も何かしら頑張るからと励まし続けていた。結果、予備試験合格、役員に昇格出来た。それを弾にして、早いと言われようが何を言われようが、独立を考えている。計画的にも中小企業何社かと上場企業は2社との顧問契約を締結予定でいるし、飛鳥も合格してもしなくても一緒に独立してくれるとのことと、今付いているアシスタントも女性で年上だが、独立するなら是非先生のところにお邪魔させて下さいと今のところ3人だが、あと1人欲しいところだが独立の噂が広がると、希望者が出るとそこは信じて、現在物件探しなど飛鳥と打ち合わせする機会が多い。飛鳥には幸希くんにはまだ言わないでと伝えてある。
大田はというと、行政書士の仕事もだいぶ覚えて、仕事がコンスタンスに入って来ている。仕事の発端となった協会会長の国立さんは体調が悪いと言うことで会長を辞任されて、別の女性の方が会長になっている。大田は若く見えるのは全然変わらず65になる年にしては、前立腺肥大以外は何の病気もせずに元気だ。大田の勘だが、葵は最初のころは5年で独立を普通の人が7年くらいイソ弁、いわゆる居候弁護士をやってから独立するけど、葵のことだから法曹界の中に入れば、もっと短縮出来ると頑張っているに違いない。その時が近いので散骨を待ってと言っているのだと思った。回り回って幸希から葵ちゃん、彼氏出来たらしいよと聞いて、何故かこころがドキドキというか、絞られる感じがする。葵は、不動産会社の社員と事務所の物件を見ている。多分これで15〜16件目だと思う。霞ヶ関を中心に地図上に円を書いて、近いところで、駅に近くそんな新しくなくて、駐車場も近い、虎ノ門か新橋あたりがベストか。それで絞っていったら、相当あり、広さは弁護士事務所だから依頼人が来ても落ち着くぐらいの大きさで弁護士が2人として執務室2部屋アシスタントの部屋2部屋、会議室10名ほど、それ以上入る部屋を1部屋、依頼人との相談室2部屋。大きめに考えてて、150平米から200平米は考えている。でも家賃抑えたいから20年以上の雑居ビルでも可だ。内装を入れて綺麗にするから、それか新しくて少し狭い100平米ほど。2〜3物件まで絞られていたので、その3物件を飛鳥と見に来た。
「葵先生、私は新橋の150平米のところが古くもなく、新しくもなく、弁護士事務所も2軒あります。家賃も交渉可となっています。」
「そうね、駅近いし、地裁にも歩いてすぐだし、良いかもね。」
飛鳥も幸希と中央区勝どきに新築のタワーマンション45階を購入し、入居は半年後からだった。4年目で独立すると言うことも上席弁護士には伝えてあり、アシスタントは辞職届を提出した。アシスタントには開業からちゃんと給料を払わないといけないので雇用契約書も締結した。物件も新橋に決め、契約も完了し、長く空いていたので家賃を交渉出来た。内装業者を入れ、理想通りに1週間で仕上がった。事務所名も飛鳥と2人で決めた。


〝コネクトブルー総合法律事務所〟青は絶対入れたかった。真理との思い出の海空、あの青い色は忘れない。それと不思議な繋がりコネクト。
事務用品を全て入れたところで、入り口を開けてすぐエントランスを広めに取ってあって、青い壁で仕切られていて、小さいテーブルに電話だけ置いてある。ブルーの壁の左は入口ドア、他は観葉植物しかない。入口ドアを開けると上りかまちになっていて、スリッパと履き違え、長い廊下に扉が沢山並んでいる。弁護士2人の部屋、アシスタントの部屋予備まで入れて3部屋、あとは6人掛けぐらいの依頼者用の相談室が2部屋、残りの大きな部屋はパーテーションを動かせば、2組使えるようにした。雑居ビルだからトイレと給湯室は階ごと共同だが、この階は2社が入ってるので、他に1社税理士事務所がある。
葵の彼氏もそろそろ1年の付き合いになる。独立開業を機にそろそろ挨拶をしたいと言われているが、葵は事務所を見に来た時に事務所でと思ってると答えた。葵と10歳年上の40歳になる年で、ある警察署で会って2回目で告白された。もうこの歳なので結婚前提という形になった。ずっと保留にしていたのだが、まさかパパの昔の職業と同職とはと思うだろう。しかも上級国家公務員の方だからキャリア組。40歳のくせしてと言い方は悪いが、H警察署の署長だそうな。もう40歳で警視5〜6年やっているそうだから、今年は昇格するみたいだと本人は言っている。なんだこの組み合わせは・・と言われるかも知れない。少しドキドキするが、プレオープンの日に独立のことは知っていたので、事務所出来たから見に来てと招待した。

いよいよその日の朝、一緒に車に乗って出勤。地下駐車場に停めて、一気に6階建ての5階なんで行けるけど、エレベーターのボタンのところにも看板付いてるし、1階に降りて、一旦外に出て5階を見上げるとでかい看板が窓は使ってないから被せる様に作ってあって、入口に入ると広いエントランスに階ごとの社名が銀色のプレートに黒で書いてある。5階は2社だ。大田が
「さすが東京だな、すごい街だ。会社もいっぱいある。あれ、今日は彼氏を紹介するとも聞いてるが。」
葵が、そうよと言いながらエレベーターへ誘う。5階に止まる。
扉開いたら目の前だ。
「鉄の扉が古臭かったから、木目調の書斎みたいなドアに変えた。」
ドアを開けると、国会に良く使われているレッドカーペットを敷き詰め淵は全部10cmぐらい黒い。壁はブルーだ。ハワイで見た青をイメージしたらしい。そこに
「コネクトブルー総合法律事務所」
と家の看板と似たような鏡面ステンレスを切って作った文字を裏から間接照明にしてある。聞くと、この間接照明の明るさでイメージが全然違うことが分かったと言う。ボリュームみたいなのが付いてて葵が明暗動かしてみせた。ほんとだ。全然違うというのが分かった。少し暗い方がシックに見える。
そんなことをしていたら、中からドアが開いて飛鳥ちゃんが出て来た。
「おう、飛鳥ちゃんこっち来たんだって、7月大変だけど頑張ってね。」
と一言言うと
「お義父さん、事務所案内します。ここでスリッパに履き替えて。」
と飛鳥が案内する。150平米あるから、めちゃくちゃ広い。会議室や相談室など案内して、アシスタントの執務室を全部見せて、葵が
「あっ、パパ、今だったら部屋ひとつ空いてるから手伝う?行政書士業務もあるわよ。」
と言うと、そうだな、一緒に通勤して、ってなことできるか?!と乗り突っ込みをするも滑る。
最後に弁護士の執務室を見て、広いなぁ、やっぱこれくらいないとなぁ、気分的にも。
「でもここでは、客とお話はしないのよ。ほら、ソファとか無いでしょ。話す時は会議室か相談室に決まってるの。あっ、忘れてた。パパ紹介する。彼氏の内藤剛さん。」
葵の父ですと挨拶すると、コーヒー入れるから会議室に行きましょうと話を切って促す葵。会議室に入ると、もうクセになっているのか、よろしくお願いしますと名刺を出す。
すると、内藤も条件反射で名刺を出した。
「よろしくお願いします。」
と大田は胸ポケットから老眼鏡を出すと再び見て
「えっ、なんと警察官。しかも警視なんて。何と言う偶然なのか、葵がそうしたのか。」
内藤はすぐ
「お義父さん、聞いております。60歳で退官されたと。今は65歳になりましたけどね。」
「はい、でもそのお陰で葵の父としております。また息子との繋がりで飛鳥ちゃんもいます。これも皆んな真理が引き寄せてくれたんです。」
葵がすぐに、
「そうね、ママが皆んなを引き寄せて、繋いでくれたのね。あれっ今日は幸希くんは?会社も一番近いのに?」
飛鳥が
「もう着くって、さっき言ってたんですけどね。」
飛鳥がラインを打ち出したら、入口で音がする。テレビカメラを見ると、幸希が写っていて胡蝶蘭をずらしながら自分も持って来た胡蝶蘭を並べていた。オートロックを開けた。カメラに向かって会釈する。スリッパの音がして会議室の扉が開いた。
「皆さん、遅くなりました。葵の弟の幸希ですって知らない人は姉ちゃんの彼氏じゃん。」
とこれまたクセで名刺を出す。お互い驚く。上場企業の役員に警視だし。幸希が
「親父、すげえな。警察官を好きになるのは、真理ママ譲りだな。」
「ハッハッハッハッ。なるほど。そうなんかなぁ〜。」
「幸希くん、余計なこと言わないの!あっ、言ってなかったから、取締役昇格おめでとうございます。上場企業で取締役だから、10年あと頑張れば天下取れるんじゃない?!」
大田が立派な事務所だ。スタッフも良さそうだし、もう大丈夫だな。ママの大好きなブルーも入れたし、葵が
「そうね。ママには長く待ってもらったけど、私は早い方よ。うーんと、今度の日曜に行こう。千葉の九十九里浜。パパのハーレーの後ろにママを背負って行くから、行ける人だけでいいよ。場所は位置情報送る。」
何時位って声があったので、真理が昔、大田におにぎりを持たせたことあったと聞いたからお昼頃。
「おにぎり食べてから、ママももう一度ハワイと繋がったところに約束通り連れて行こう。ねっ、パパ。」
「えっ、なんでおにぎりのくだり知ってんの?」
「パパのこと、私何でも知ってるから。」
葵は内藤のこと剛と呼ぶ。
「幸希くんとこも剛も現地集合現地解散でいいからね。ハーレーに3人で乗って行って、散骨するのに意味があるの。不法投棄って言われない様にちゃんと調べてあるから。」


当日、朝から2人でおむすびを作った。12〜13個、当時のつなマヨ、梅、昆布だっけと思いながら、海苔は巻いた。
前もって骨を粉状にしておいて、ジップロックに入れ、ブランドのバックの布ケースに入れておいた。分けるパッケージも何枚か入れた。寒くならないよう厚着にして、ハーレーのシートの下に予備に入れておいた折りたたみ式のリュックに骨粉を入れ、おにぎりはハーレーのサイドケースに6個ずつ分けて入れ、さぁ出発だ。
「真理、行くぞもう一度ハワイ。約束通り。散骨するから。」と大田が言うとインカムで
「時間が経つと本当にママが空から見てるみたい。」
大田がいつものように、
「そうだな。昨日まで雨で心配したのに、この空見たか。」
「すごいねパパ、空も海もママの好きなハワイに繋がっている。あの時、見たことなかった笑顔見たもん。」と葵が少し啜り泣いてた。もうそろそろ九十九里浜だ。海も空も青い。
幸希たちがいた。皆んなハーレーに集まってきた。一緒におにぎりを食べた。
大田は、とりあえず骨粉を5袋に分けた。そして、ビニール製の手袋を一緒にやる人に渡した。全員やると言う。
大田はズボンを脱いでインナー長ズボンを膝までまくり、海にどんどん入って行った。そのあとを葵が負けじとスカートの端を結んで濡れない様に海に入って行った。これ以上は下半身が入ってしまうと思うところまで行って
「真理、また間に行くからな!元気でな!」
と言いながら海へ散骨した。その様で
「私は、パパとは別に会いに行く!」
と少し笑いながら涙声で言って散骨した。2人で振り向いたら、皆んな散骨終えて両手を合わせて目をつぶって各々祈っていた。

(おわり)

#創作大賞2024

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?