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じっくり解説! 令和5年度共通テスト小説問5~大学受験生応援コラム10月

はじめに小説のテーマを把握する


’** 0 はじめに ***

当記事に目を留めていただき、ありがとうございます。大学入学共通テストの国語問題を題材に、受験対策に役立ててほしいという主旨で始めたブログです。毎回かなり長くなってしまうのですが、解ける方には「ウザい」くらいの解説を目指して書いています。

今回からは、前回行われた共通テスト本試験の小説問題を扱います。

’** 1 令和5年度共通テスト小説 ***

前回までで、小説問題を解くうえで重要になりそうなポイントを色々取り上げてきました。特に、

(1)心情そのものや言動の理由を問う、いわゆる「典型問題」への対処法
(2)小説のテーマを把握する方法
(3)表現問題への対処

この3点が重要であろうということで落ち着きました。そこで今回からは、この検討を踏まえて令和5年度の共通テスト小説を読み解いていきます。今回は(2)、読解において最も重要な(と普通は言われる)小説のテーマを考えてみます。

問題文は以下からダウンロードできます。赤本などがあればそれをご覧いただいても結構。それでは始めます。

’** 2 テーマを把握する(まずは「変化後」) ***

以前にも出した図ですが、こちらをご覧ください。


テーマ把握の基本形

「変化後」は基本的に、最終的な主人公の状態を指します。なお、ここで言う「主人公」とは、作中最も大きな変化を遂げた人物のことです。「変化前」は、「後」と対照的な主人公の状態、主人公の変化を促したものが「きっかけ」となります

そして作品のテーマは、この「きっかけ」に秘められていると考えます。テーマが直接作中で語られることはありませんから、きっかけに当たるものからあれこれ推理するしかないのですが、この記述から外れないこと、またある程度の普遍性を持つことが条件となります。

では以上の説明を頭に置いて、今回の問題文を整理してみます。

まずは「変化後」。主人公「私」の最終的な状態です。大きく三つに分かれた本文のうち、最後の部分の記述を拾ってみます(適度にまとめて、また時系列を意識して列挙します)。

「私」の給料は一日三円=一枚の外食券の闇価と同じ。人並みな暮らしのできる給料を期待していたがそれが不可能だと悟る→絶望・衝撃→一日三円では食えない、それはよくない→静かな怒り→会社を辞めると告げる→明日への危惧はあるものの、普通に勤めていては食えないのならば他に新しい生き方を求めるほかないと決意し、勇気を持つ→しかし、「私」の「飢えの季節」はまだ続く

これをまとめると、こんな感じに。

普通に会社勤めをしていても満足に食べられないと思い知った「私」は怒りを覚え、会社を辞めて新しい生き方をするしかないと決断し、退職に踏み切った

このような「まとめ」た文をどうやって作るのか、何かいい方法があるのか? という質問が出そうなので、ここで一言。

まず、「こうすればきれいなまとめが作れます!」というような、簡便な方法はありません(キッパリ)。公式を覚えたら即できる、というような方法を期待されている方は、あきらめてください。

そうではない方へのヒントとして以下を記します。

先に本文の記述を時系列に沿って(ということは、本文に出てくる順番ではありません)全部書き出してみましたが、そこに書き出した情報をなるべくたくさん(出来れば全部)入れ込もうとして私なりに作ったのが「まとめ」の文章です。

私は塾業界でもう四半世紀以上仕事をしていますが、さすがに列挙した情報を一気に文章化できるわけではありません。情報を見ては書き、また情報を見ては書き直し、書き終えたらまた情報を見直して推敲し…という作業をしています。紙に鉛筆で書いているわけではないし、受験生の皆さんより早く書きあげられるとは思いますが、それでも数分は使っています。

文章にまとめ上げるというのは技術であり、トレーニングすれば身につくものです。もし練習してみようと思われる方は、例えば過去問の演習をした後で、復習する際に「変化前」「きっかけ」「変化後」それぞれ文章化なさってみてはどうでしょう?

赤本(教学社)では、解説の中で要旨をまとめている図があります。その図の最後の部分が、大抵「変化後」を表しているはずです。ご自分でまとめた後で、その部分と比較してみましょう。赤本にはあるのに自分の書いたものにはない情報がある、という場合は情報の検索不足でしょう。逆に赤本以上に自分の方が詳しく書けている場合は取り敢えず良しとします。

「前」と「きっかけ」は探し出すのが難しいかもしれません(特に「きっかけ」)。ただ、例えば黒本(河合塾)の解説などはかなり詳しいですから、丹念に読めばこれかな? と思えるものが見つけられるかもしれません。解説をじっくり読むのも勉強です

’** 3 テーマを把握する(残り) ***

続いて「変化前」。先に挙げたのと対照的な「私」の状態です。これは主に一つ目と二つ目の部分の記述を拾います。

企業は都民や自分の夢のためではなく営利目的で動くものだと理解できていなかった自分の間抜けさに腹が立つ→給料さえもらえれば何でもやるつもりでいたことを改めて思い出す

書かれているのはこの程度ですが、おそらくこの後「私」は企業の儲けに貢献するべく一生懸命仕事をしたことでしょう。まとめると、こんな感じでしょうか。

企業は個々人の夢や理想のためでなく営利目的で動くものだと理解した「私」は、給料のためだけに企業の儲けに貢献する道を選んだ

最後に「きっかけ」。「変化後」にも少し書きましたが、普通に働いても満足に食べられない企業の在り方でしょうか。企業及び従業員については本文の二つ目と三つ目の部分に記述がありますので、それらを順に拾ってみます(これも適度にまとめて表記します)。

戦争中も戦後も政府と手を組み、儲け仕事をしている、慈善事業ではない→会長は血色もよく金回りもよさそう→従業員は栄養状態が悪かったり衣食住に困っていたりする→試用期間とはいえ、「私」は社員というより日雇い労働者のような扱いになっていた

これもまとめると、こんな感じに。

従業員を低賃金で雇用し、おそらく相当の利益を挙げて上層部の者は裕福に暮らすことができている。企業である以上儲けの出る仕事をするものだが、この会社は特に自分たちを儲けさせてくれる政府と節操なく手を組み、庶民の飢えや空腹などには関心がない。そしてこの傾向は戦前も戦後も同様である

’** 4 ここまでの整理整頓 ***

これでテーマの把握に必要な作業は終わりました。見やすくするために再掲します。

変化前:企業は個々人の夢や理想のためでなく営利目的で動くものだと理解した「私」は、給料のためだけに企業の儲けに貢献する道を選んだ
 ↓
きっかけ:従業員を低賃金で雇用し、おそらく相当の利益を挙げて上層部の者は裕福に暮らすことができている。企業である以上儲けの出る仕事をするものだが、この会社は特に自分たちを儲けさせてくれる政府と節操なく手を組み、庶民の飢えや空腹などには関心がない。そしてこの傾向は戦前も戦後も同様である
 ↓
変化後:普通に会社勤めをしていても満足に食べられないと思い知った「私」は怒りを覚え、会社を辞めて新しい生き方をするしかないと決断し、退職に踏み切った

戦前も戦後も変わらない利権構造vs衣食住に苦しみ続ける一般市民」という対立構図が見えてきます。ではここからは、以上で作ったまとめの文章を用いて解答できる問題に当たっていきます。ざっと問題を見たところ3問くらいはできそうなのですが、だいぶ長くなってきたので、今回は問5のみ取り上げ、残りは次回に回したいと思います。


’** 5 問5を解く ***

「変化前」「変化後」の情報をきちんと盛り込んでいる選択肢は①しかありません。⑤はどうもテーマから外れていそうなので解説は割愛します。一応残りの選択肢を見ておきます。

②:前半の「営利重視の経営方針にも目をつぶってきた」ですが、「目をつぶる」というのは悪いことを見て見ぬふりをするときに使うべき表現であって、企業が営利重視することを悪と捉えるのは適切ではありません。

後半。営利主義が薄給にまで把握しているというのは企業活動の実態を考えれば間違いとは言いきれないように思います(企業はコストを下げたいに決まっているから)。しかし、「変化後」の重要な情報「この給料では食べられない」というのが欠落しているのは致命的でしょう。

③:後半の「静かな生活」を食に困らない生活という意味に取れるのかという問題があります。確かに選択肢冒頭には「飢えない暮らしを望んで」と書かれてはいます。しかしだからといって、後半で「飢えない暮らし」を「静かな生活」と表現しても意味合いがズレるでしょう。ここは例えば「自分が望む暮らし」くらいに表現すべきところです。

また後半の「課長に正論を述べても仕方がないと諦めた」は、本文内容に照らして明確に✕! です。「私」は課長に対して、食えないことはよくないと正論を述べています。

④:特に後半の「月給ではなく日給であることに怒りを覚え」が✕! です。そこは主な問題ではありません。

このように、テーマを把握していたら解答は比較的容易です。ただし、後にも少し出てきますが、本問では別のやり方でも解けます。

傍線部Eの発言は、その少し前を読むと「静かな怒り」に基づいて「低い声」でなされています。各選択肢はその末尾において、「私」の口調に言及していますが、それぞれ

①:淡々と伝えた
②:つい感情的に反論した
③:ぞんざいな言い方しかできなかった
④:ぶっきらぼうに伝えた
⑤:負け惜しみのような主張を絞りだす

となっています。ここだけ見ても答えは①に決まります。もし試験場で気付ければラッキーです。

ちなみに、この問題の正当率は5割ほどだそうです(大学入試センターの公表資料による)。

’** 6 外部評価は? ***

共通テストを作成している大学入試センターは、独立行政法人です。つまり、そもそもは公営の機関です。また、共通テストは、毎年何十万人といる大学受験生の進路決定に重大な影響を及ぼす試験でもあります。その影響力ゆえに、毎年外部識者の批判の目にさらされます。

「学校関係者」「国語の専門家」「問題作成者」それぞれの見解が読めて、なかなか参考になります。例えば、問題作成者は作問意図や自己評価などを公表しています。リンクを貼っておきますので、興味のある方は是非。

ページを下にスクロールしていくと、教科ごとの問題評価一覧があります。

さて、今回取り上げた問5は、各方面からどのように評価されているのでしょうか。

◆学校関係者
「『私』が『課長』に辞職の意を伝える場面を適切に捉え、『私』の発言の意図を的確に読 み取る力を問うている」

→そうですねえ、としか言いようがないコメントですね。

◆国語の専門家
「口調まで言及している問題は珍しいが、口調の説明だけで判断できてしまう静かな生活や新しい生活といった内容についても言及して欲しかった

→口調だけで解けるという点については先に書いた通りです。「静かな生活」などについては選択肢中で言及がなかったために、ごく一般的な静かな生活という意味に解釈するしかなくなり、それは必ずしも「飢えない暮らし」じゃないよね、という結論に落ち着きます。

◆問題作成者
 「『私』の周りにいる様々な人々のことを思い返しつつ、自分の将来について考えたときの 『私』の反応について捉えさせる問題である。正答率は若干低かったが、下位層から上位層まで適切に分布しており、読解力の能力差を見る問題として適切であった」

→物語の結論を捉える問題として必要だっただろう問題です。成績分布上も適切な問題だったようです。こういう設問は、授業で本問を扱う際には最も重視される問題になります。


今回はこの辺りで締めくくりたいと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回は問6問7を扱う予定です。

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