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映画『終わらない週末』感想 ~世界は「喋ってみたら意外といい奴だった」で出来ている

Netflixオリジナルの「終末」サスペンス

 Netflixオリジナル映画の本作は、全米でベストセラーとなったルマール・アラムの同名小説を映画化。監督・脚本はサム・エスメイル。ジュリア・ロバーツ、イーサン・ホーク、マハーシャラ・アリ、ケビン・ベーコンらが出演。豪華共演陣による終末サスペンス。


 人嫌いのアマンダ(ジュリア・ロバーツ)は、週末の休暇をレンタルした別荘で過ごそうと夫のクレイ(イーサン・ホーク)、息子のアーチー、娘のローズと共に訪れる。家族で休暇を楽しんでいたその夜、別荘のオーナーだと名乗るG・H(マハーシャラ・アリ)とその娘が訪ねてくる。G・Hは、街が大停電のためここまで避難しに来たという。アマンダは不審に思いながら、ふたりを招き入れる。G・Hらを快く思わないアマンダを夫のクレイがなだめていたその時、テレビから「国家非常事態宣言」のテロップが流れる。


典型的なディザスター映画ではない

 この映画は「疑心暗鬼」がテーマの作品である。豪華な週末を過ごしていたごく普通の家族が様々な試練に遭遇する。正体不明の客、群れを成す動物たち、外国語で書かれたビラ、謎の奇病。通信機器も使えず情報が制限され、頼れる人もいない中、家族はどうなるのか。それが市井の人々の目線で描かれる。どうやらアメリカがサイバー攻撃を受けたらしいと言うことは示されるが、真相は分からない。
 ハリウッドレポーターのインタビューに監督が
「伝統的なディザスター映画では登場人物たちが災害を乗り越えて、世界が表面上の日常へと戻ることが期待されます。私は、そんな風にはしたくありませんでした」と答えている。
 この映画にスーパーヒーローは出てこない。一般人が右往左往するだけである。世界の危機に立ち上がった家族が世界を救ったり、悪の親玉が事件の全貌を語ってくれたりもしない。
 観客も登場人物も最後まで真相が分からないまま終わる。でもそれは現実世界でも同じだろう。大きな事件の真相なんて一般人には知る由もない。

コミュニケーションが取れない事はストレスだ

 アマンダはG・Hが訪ねてきた時、露骨に不信感を表す。言葉にこそ出さないが「黒人が豪華な別荘のオーナーであるはずがない」という先入観(G・Hのセリフにも出てくる)からアマンダは不審に思う。そんな彼女をG・Hは腹を割って対話を重ねて行くことで徐々に信頼される存在となっていく。何者なのか分からないという疑心暗鬼状態。それを晴らすためにはコミュニケーションしかないとこの映画は教えてくれる。逆に言えば、話が出来ない相手とは信頼関係は築けない。
 この映画には様々なコミュニケーションが取れない相手が登場する。例えば、別荘の庭に集まる100頭の鹿の群れ。1頭や2頭なら優雅に眺めてもいられるが、100頭の群れともなると冷静ではいられない。何とかお帰り願いたいところだ。作中でもアマンダは大きな身振りと奇声を発して追い払おうとする。鹿たちはじっとアマンダを見つめ去っていく。
 クレイが何か情報はないかと車を走らせていると、スペイン語(?)を話すおばさんと出会う。必死に何かを訴えているが何を言っているのかは分からない。その必死さにビビったクレイは彼女を置き去りにして車を発進させる。
 クレイはその道中、ビラを散布するドローンに出くわす。そのビラにはアラビア語が書かれていた。アーチーによると「アメリカに死を」と書かれているらしい。ネットゲームで覚えたとのこと。宣戦布告かプロパガンダであろうか。そうだとしたら伝わるように英語で書くべきではないか。それとも偽旗作戦なのか。
 結局、鹿たちが襲い掛かってくる事はしないし、おばさんだってしゃべっていただけだ。ドローンが落としたのはミサイルでも毒ガスでもなく、ただの紙切れだ。別に危害を加えられたわけじゃない。とはいえ、コミュニケーションの取れない相手には疑心暗鬼になるし、ストレスを感じる。これには共感しかない。

予想外のコミュニケーション

 日々小売店でレジを打っている身からすると、コミュニケーションが取れない人はストレスでしかない。レジ袋やポイントカードの有無をいちいち確認されるのを面倒に思うのは、分かる。それでも、こちらの確認を全部無視しておいて後から「レジ袋は?」と言われるとムッとしてしまう。
 先日、会計時に高齢女性のお客様がお札を握りしめたまま急にフリーズしてしまった。〈どうしたんだよ。目の前のお皿に置いてくれよ。〉と思いつつ「お会計よろしいですか?」と声をかけた。すると「お金をどこにやればいいか分からなくて」と返ってきた。まさかその年齢で『はじめてのおつかい』でもあるまいしと思っていると「最近は機械に入れてくれとか言うじゃない。おばぁさんには難しくて分からないのよ。あなたがやってくれるの?助かるわぁ!」と予想外の感謝を受けた。私は「セルフレジ多くなりましたからね」と冷静に言いつつ、〈レジなんかいくらでもやってやるからまた来いよババァ!〉と心の中の毒蝮三太夫が答えた。

エンタメに疑心暗鬼は欠かせない

 疑心暗鬼はストレスだ。しかしそれと同時に、エンタメを消費する側からすると、疑心暗鬼の状態は「楽しい」のだ。この映画に限らず、真相や正体が分かるまでのドキドキ感はエンタメには欠かせない。例えばゲーム『バイオハザード』は、ゾンビが出てこない時間が一番ドキドキする。この扉を開けたらゾンビがいるのではないかと息をのむ。このストレスがたまらない。もちろんそれは安全圏にいるからゲームや映画を楽しんでいられる。
 物語後半、虫に刺されたアーチーが熱を出した後、歯がボロボロと抜け落ちてしまう。いかにも意味ありげに虫に刺されたカットが出てきたが、本当にそれが原因なのか。軍による特殊兵器説を唱える人も出てくる。しかし、最新兵器の効果で歯が抜けるっていうのも何だかマヌケだなと感じてしまう(しかも歯が抜ける以外悪そうな所がない)。素人が病気の原因を推測することで勝手に疑心暗鬼に陥る。当事者に近いと焦る気持ちは分かるが、もう少し視点を上げて冷静になろうよと思ってしまう。そう思えるのはコロナ禍を経たからこそだろう。イソジン騒動が懐かしい。

 劇中で真相は分からない。外国勢力によるテロなのか、天才ハッカーのいたずらなのか、それとも宇宙人による侵略なのか。観客も登場人物たちも何が起きているかは推測するしかない。どちらも同じように疑心暗鬼になる。一応G・Hが真相らしき事を話すが、それをそのまま飲み込んでいいのかも疑ってしまう。結局、真相は分からない。ただ、最初は怪しんでいたアマンダも腹を割って話すことでG・Hと信頼関係を築けた。コミュニケーションという光が、疑心暗鬼という暗闇を照らしてくれる。

『終わらない週末』2023年10月25日Netflixにて配信
監督・脚本 サム・エスメイル
出演 ジュリア・ロバーツ
イーサン・ホーク
マハーシャラ・アリ


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