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シアターねこ閉館と5000人アリーナ構想のこと

悔やまれるシアターねこの閉館


愛媛県松山市の唯一の小劇場、シアターねこの本年8月末での閉館が公式に発表されました。個人的には閉館自体が残念であると同時に、予見していた事態に対して、ちょっとだけ画策はしたものの、結局何もできなかったことを悔やんでいます。一昨年、松山ブンカ・ラボの文化サポートプログラムで、めぐりて・秦元樹さんを企画者として開催した『まつやま演劇人サミット』では、松山市で活動する劇団、演劇関係者を16名集め、公開で松山市の演劇文化について議論する機会を作りました。この企画の隠れた意図としては、シアターねこをどうやって未来に継承していくか、具体的には、もしシアターねこがなくなってしまったらどうするか?どういう行動をとるか?という問題提起がありました。しかし、このサミットではその点についての議論は深まりませんでした。深まらなかったというか、中堅からベテランの演劇人からは「シアターねこがなくても演劇はできる」式の発言が目立ちました。

劇場の位置づけ、演劇という考え方

当然のことかもしれませんが、多くの松山の演劇人たちが、自分たちの劇団の公演をする場として、劇場を位置づけ、シアターねこを位置づけているということが明らかになったとも言えます。少し肯定的な見解を示すならば、彼らは物理的な意味でオルタナティブな演劇上演の可能性を示していたとも言えます。実際、「シアターねこがなくても、自分たちで場を探す、公園でもカフェでもどこでもできる」という発言もありました。確かにそうかもしれません。しかし、いずれにしても、彼らは演劇上演をする以外の機能をシアターねこにはあまり求めていないんだなということも明らかになりました。別の言い方をすると、演劇というものの捉え方が、稽古を積んで観客に見せる構図のなかに収まっていて、大きな社会的営みとして「演劇という考え方」を捉える視点がそこにはなかった気がしました。この点についは門外漢の私などが説明するより、例えば最近のものですと高山明さんの『テアトロン 社会と演劇を繋ぐもの』(河出書房新社)とかにいいことが書かれてるっぽいです(いいことが書かれてます!)。

僭越ながら私なりの言い方をすると、演劇はある条件の中で世界や他者を捉え共有する術です。劇場はそのための場です。古典戯曲を現代に再現するという術もあるし、現代人の書いた戯曲を上演するという術もあるでしょうが、空間的時間的制約のなかで自分の外側と出会うことでのできるコミュニケーション体験であれば、充分演劇的であるということです(演劇的という部分は音楽的とか美術的という手法を代入することができます。要するに括ってしまえばアートですけど)。そして演劇あるいは劇場というものは、空間的かつ時間的な条件を設定する行為であり場でもあります。意識的にそういう機会を作り出すことが演劇であり劇場で、毎日、あの狭い事務所の空間のなかで、デスクに向かっているシアターねこの鈴木美恵子さんは、朝9時から夕方6時までの時間のなかで、ああやって場を開き、誰かと何かを共有することをいつも待っているわけです。これも劇場と演劇のひとつの機能なんじゃないでしょうか。こうした機能の損失は、カフェや公立施設の貸館で代用できるという考え方もあるでしょうけど、それらは以上述べたような意識と機能を有した専らの場でありません。

そう考えるとシアターねこがなくなるということは、老舗の専門店がなくなってしまうということです。そしてこの老舗があるからこそ、鈴木さんがいるからこそ全国からやって来る劇団の公演を、松山で観ることができなくなってしまうということです(実はここが最も直接的かつ分かりやすい損失だと私は思います)。幸いというか、シアターねこの中にあるB型就労支援施設「風のねこ」は場所を代えて存続し、その場に付随する形で表現の場を確保しようとお考えのようですが、まだ何も具体的なことは決まっていないようです。

「ホールでなくアリーナを」?

さて、そんなシアターねこ閉館のニュースが波紋を呼んでいる矢先、愛媛経済同友会というところが、JR松山駅前の再開発において5000人収容のアリーナ建設計画を市長に提言したというニュースが耳に入ってきました。南海放送のネット記事によると愛媛経済同友会スポーツ振興委員会委員長は「観客を集めて感動を与え、地域を盛り上げ、その中から収益を上げていくというエンターテインメントを行う施設であり、収益性を上げ、地域活性化のコンテンツ発信拠点として位置付けることができる施設」としてアリーナを提案したということです。更に同記事によると「文化的な利用を目的とした「ホール」ではなく、プロスポーツの試合のほかコンサートや展示会など多目的に利用できる「アリーナ」を整備し、スポーツによる地域活性化や交流人口の拡大を目指すべきだと提案」したとのこと。

この松山市の再開発構想ではJR松山駅の高架化に合わせて文化ホールや広場を作ることになっています。お掘りの中の城山公園にある松山市民会館は耐用年数を過ぎつつあり土地は国有地ゆえに再建できないため、再開発に合わせて代替の文化ホールをJR松山駅前に作るという話だったと記憶しています。私も松山ブンカ・ラボが始まったばかりの頃、何度か当時の所管部長に意見を求められました。しかしその後は役所内ではほとんど棚上げ状態というか、少なくとも文化ホールについては具体的な構想を進めているように見えませんでした。そういう状況の間隙をつく形で経済同友会が具体案を示したということなんだと思います。市民会館の代替施設建設計画が含まれているにも関わらず、役所内では都市整備部の専権マターとしてのみ動いているように見えたし、実際そのようでした。官民ともにそんな位置づけの再開発なので5000人アリーナ構想にはあまり違和感を持ちません。アリーナを作って24時間テレビとか5000人の第九とかできるとよいですね。どちらかと言うとスポーツのための会場のようですから氷を張って羽生結弦とかに滑ってもらうのも交流人口が増えてよさげです。

ちなみに愛媛経済同友会の文化芸術委員会の部会には一度お呼ばれして講演をしたことがあります。確かスポーツ振興委員会と合同でした。何を話したかあまり覚えていませんが、一生懸命に現在の文化政策のトレンドを話したと思います。トレンドと言っても、お相手が経済同友会なので「稼ぐ文化」を匂わせつつも、そんなに稼がない文化というか全然稼がない文化について話したので、稀に見る暖簾に腕押しな講演で、ひどく反省したものです。

文化芸術振興計画に基づく文化ホールに

それにしても、松山市で文化ホールを作るというのであれば、松山ブンカ・ラボが策定にあたってお手伝いし、私自身も構成や原文作成などの素案づくりに関わった第2期松山市文化芸術振興計画と整合性をもたせ、この計画に即したものとする必要があるのはないでしょうか。この計画では、松山市の推し文化である俳句やことば文化の普及振興や観光と結びつけた事業の推進など様々な方面への配慮を残しながらも、既存の財団や施設の運営において専門的人材が必要であることや、地域社会との協働をはかる文化事業を展開していくことを謳っています。また、いわゆる中間支援的機能が文化行政に求められることにも言及しています。ところが、来たるべき文化ホール再建を見据えた具体的な記述は一見確認できません。しかし市民会館をはじめとした文化施設の指定管理を担う財団の変革を見据えた記述がいくつかあり、そこに松山市の新しい文化ホールに対するビジョンを少し滲ませています。それは以下の部分です。

方針3 文化施設の整備・運営
「本市の設置する文化施設では、多くの市民の鑑賞機会の提供と、文化芸術活動の創造や発表の機会として活用してもらうための適正な維持管理と運営を行います。施設管理や技術的な専門的人材だけではなく、市民が自由で創造的な文化活動をしていくためには、利用者の立場になって市民の文化活動をサポートする人材が求められます。本市は、本計画の方針を文化施設の指定管理者と共有することに努めていきます。」

別に大したことを書いていませんが、現状、市内のホールを擁する主要文化施設の指定管理者である財団は「施設管理や技術的な専門的人材」しかいません。技術的な専門的人材とは舞台管理の方々を指しています。そこに加え、「利用者の立場になって市民の文化活動をサポートする人材」が文化施設には必要であると書かれているわけです。なぜこういう書き方にしたかというと、文化芸術の専門的人材というと、音大を出ました、ピアノが弾けます、とか、好きな劇団を呼びたいだけ、のような人材が当てはまりがちだからです(悪口風味添加)。

さらに上記の方針3の施策1‐②にこういう記述があります。

「市民が気軽に文化芸術活動に触れ、日常的に訪れることのできる文化施設を目指して、指定管理者と連携して環境整備を行います。」

この「日常的に訪れることのできる文化施設」という表現は、なんでもないようですが、こだわった部分です。要するに文化施設には、シアターねこの事務所にいる鈴木さんのような人がいるということ、あるいは、プロセニアム舞台での上演や企画された自主事業、貸館のみを前提とする場ではなく、コミュニケーションが立ち上がる条件が整っている場であることが毎日求められるというわけです。そして、公演のない日はドアが閉まっていたり、デカいエントランスホールには誰もいない、ということにしないということです。

というわけで、一応、松山市の文化施設に何が求められるかということは、第2期の計画にも忍ばせていますので、そこのところよろしく。

追記:松山ブンカ・ラボの文化芸術振興計画について考えるワークショップで参加者と一緒に中ムラサトコさんが作った歌『松山って何だろう?』ミュージックビデオです。



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